旅
熟年夫婦のほのぼのエピソード
圏央道の青梅インターを、予定通り深夜12時に通り過ぎ、目的地へ向かう。毎年妻とはお盆休みに旅行へ行く。そう、楽しみにしていた今年の旅行のスタートだ。目的地は盛りだくさん。まずは島根県へ向かうことになっていた。
それにしても、最近の軽自動車の性能は本当に素晴らしい。高速道路だって全く力の無さは感じない。エンジン音だって静かなものだ。これなら何時間運転しても疲れないな、などと思っていた。
今年の旅行は何故島根に行くことになったのか。それは島根県の美保神社というところへどうしても行きたかったからである。
実のところ、僕は神社というものをあまりよく知らない。母方の祖父母は熱心な浄土真宗の門徒だった。父はサラリーマンだったがある日から仏教を学び、得度した。だからだろうか。僕は、お寺のことは割とよく知っている。お仏壇にも毎日手を合わせている。
ちなみに妻の父方は日蓮宗、母方は神道だ。そして妻は中学から大学までプロテスタントの学校に通っていた。そして僕と知り合って、京都の本願寺で帰敬式を受け、浄土真宗の門徒となった。
こちらも盛りだくさんだ。
そんな僕たちが、「観光」として神社に行こうとした理由は単純だ。
僕の妻の名は「美保」だ。そう、それだけの理由だ。
しかし、事前に調べていると、とてもすごい神社であることを知る。恵比寿さまの総本宮だそうだ。「えびすだいこく両参り、出雲だけでは片参り」といわれるほどだ。
この旅行の少し前に、圏央道が東名高速とつながった。僕はこの圏央道から東名高速へ行く新しい道も楽しみにしていた。しかし時はお盆だ。東京から地方へ帰省する車で大渋滞が予測されている。だからこそ、夜中に走って渋滞を回避しようとしていた。
甘かった。
八王子ジャンクションを越えて渋滞がスタートした。まあ、多少は混むよね、くらいに思っていた。
本当に甘かった。しかももう降りることも出来ない。自分が許せなくなる。いろいろな思いが頭を巡る。何故中央道を選ばなかったのか、何故さっきのインターで降りなかったのか、気づけば僕は怒っていた。誰に?そう、誰でもない。自分にだ。助手席の妻は、なだめようと声をかけてくれた。しかしそんな言葉は僕には届かない。そして八つ当たりをはじめる。うん、最低だ…。
厚木を越えたときには、もうおひさまが上がっていた。5時間以上かけて、まだ関東を出ていない…。
これはどういうことだ?島根に着くのはいったい何時になるのだろうか。気が遠くなるようなスタートだった。
ホテルは予約している。チェックインの時間もある。もう休んではいられない。頑張って走らなければ…。
名古屋周辺はなんとかスムーズに抜けたが、大阪は簡単には通過させてはくれない。東京ナンバーだから嫌がらせか?と、今度は大阪に八つ当たりをする。うん、アホだ…。そして太陽の塔の横を通り過ぎる。このあたりは朝通過する予定だったのに…。
高速を降りて美保関へ向かう。あと少しだ。
夫婦岩を少しだけ見て、再び車を走らせる。大山が見える。そして…。
やっと着いた。夕方の5時少し前。17時間ほど運転をしてきたようだ。高性能の軽自動車でも、さすがにこれは疲れた。隣の妻も疲れただろう。何しろ、最低のアホの八つ当たりを聞かされていたのだから。
チェックインする。もう寝転びたい、と思ったが、ちょっとだけ散歩へ行くことにした。
あった。美保神社。
深々と頭を下げ、鳥居をくぐる。そして拝殿へ向かって歩く。
僕たち以外にもう一組参拝者がいた。だけど全く気にならない。
静かだ。なんだろう、この感覚。口では表せない不思議な感覚。スーッと身体の疲れが癒やされていくのがわかる。あれっ?17時間の運転の疲れ、苛立ち、怒り、全てがどこかにいってしまった…。身体が軽い。
明日、またしっかりとお参りさせていただきます。本当にありがとうございます。そう言ってその日は美保神社をあとにした。
すごく素敵な石畳の道を歩く。ああ、本当によいところだな、と思った。ほとんどのお店はもう閉まっていたが、酒屋さんだけまだ開いていた。「美保」というお酒を買ってホテルに帰った。
ホテルに帰ってから食事をしてお風呂に入って寝た。何を食べたのか、どんなお風呂だったのか、あまり覚えていない。やっぱり疲れていたのだろう。
でもあの時の感覚、あんな心地の良い感覚は、はじめてだった。忘れないでおこう。そう思った。そしてそのことを興奮しながら妻に話して聞いてもらったことを覚えている。うんうん、と妻は話を聞いてくれた。ありがとう。そしてごめんなさい…。
翌日の日の出前、車を走らせる。美保関の先端の灯台があるところ、ここから日の出が見たかったのだ。この旅行の前から決めていたわけではない。なんとなく夕べ妻と話していた時にそんな段取りになったのだ。
海が見える。水平線がハッキリと見える。雲はほとんどない。
日の出だ。
この世のものとは思えないほどの美しさ。水平線から太陽が上がるって、実際に見るのはもしかしてはじめてなのではないだろうか。
近くに体操をしている方がいた。感動している僕たちに、言った。毎日ここで体操してるけど、こんなにきれいな日の出はなかなか見られないよ。あんたたち、ついてるね!
うれしい言葉だった。
ホテルへ戻り、美保神社に再び参拝をした。こちらでは毎朝、祝詞のあとに巫女舞が奉納されるらしい。知らなかった。しかし見ることができた。よかった…。
さあ、出発だ。次の目的地は出雲大社だ。松江市内を通り、宍道湖の脇を走り、出雲へ向かう。
出雲大社はすごく混んでいた。それはそうだろう。これだけ有名なところだ。しかも今はお盆休み。お昼のお蕎麦をいただくのも一苦労だった。そして暑い。大きな大きな日の丸がなびく。
念願だった出雲大社にお参りできたことは、本当にうれしかった。「えびすだいこく両参り」ができたのだ。
ただ、あまりの人の多さに圧倒されてしまった。そこには実にさまざまな人の思いや気配があるように感じた。
出雲市内に予約している宿に向かっても良かったのだが、まだ少し時間が早い。どうしようかな、と思って地図を見ていると、このさらに西の奥に灯台があるということがわかった。よし、ここに行ってみよう!
車を走らせる。そして到着した。
日御碕。
知らなかった。ここに日御碕神社というお社があった。まずは参拝させていただいた。
僕たち以外に人はいない。とても静かだった。あの昨日の感覚に近い。でもまた少し違う、とても心地良い感じだった。なんだろう、この感覚…。
海に目を向けると島がある。島のてっぺんに鳥居がある。あそこに行きたい。しかし、海を渡らないと行かれない。きっと、立ち入ってはいけない神聖な場所なのだろうな、そんなことを考えて近くの茶屋に入ったら、そこの女将さんらしき方がいろいろ教えてくれた。あの島には立ち入ってはいけないこと。天照大御神さまが降り立ったこと。やっぱりそうか…。
そして、最後にこう言った。
あなたたち、占い師か霊能者かなんかかい?
ん?いえ違います。ただの観光です。さっき出雲大社へお参りに行ったんですが、この日御碕のことはさっきまで知らなかったんですよ。
ああ、そうなの。じゃあ呼ばれたんだね。
そうか、呼ばれたのか。これはすごい。呼んでいただけたとなるとうれしくなる。
聞けば、ものすごい力のある地だから、占い師の方とかがたくさん訪れるのだそうだ。しかし夕方ということもあってか、誰もいない。落ち着いて参拝できたことがとてもうれしかった。
女将さんに写真を見せてもらった。
あの島の鳥居の真ん中に、沈む夕日がぴったり入っている写真を…。
妻はどうしてもその瞬間が見たいと言い、日が沈むまで日御碕で過ごすことになった。
水平線。雲は一つもない。
夕日が沈むコースを予測して、場所を決め、その瞬間を待つ。
来た。沈む夕日が鳥居のなかに入る。すごい。言葉にならない。
そして夕日は水平線に沈んでいった。その沈む瞬間、妻は海に向かってこう叫んだ。
「私たち、幸せになります!」
考えると、この日は本当にすごい。朝の美保関灯台、夕方の日御碕灯台。昨日までは知らなかった場所だ。しかしそこで朝日を見て、そして夕日を見ている。
しかも晴れだ。晴天だ。
目に見えない「何か」に守られているように感じた。
「よく来たね!」
と、言われたような気がした。
少し遅れてホテルに到着する。
この日のホテルは食事なしで予約していたので、近くの温泉施設で夕飯を食べ、お風呂に入った。
ちなみに夕飯は意図して頼まなかったのではない。夕飯付の予約が取れなかったのだ。しかし、だからこそ日が沈むまで日御碕にいられたのだった。
翌日は少したくさん移動する。今度は広島県の宮島に向かう。そう、目的地は厳島神社だ。
そして朝を迎え、また車で走り始めた。
宮島に到着し、予定通りフェリーに乗り、厳島神社へお参りさせていただいた。有名な鳥居。ちょうど潮が引いて、鳥居に触れるところまで行かれた。良かった。この鳥居は置いてあるだけらしい。つまり固定はしていないのだ。すごい。
それにしても人が多い。やっぱり多い。ここも多くの人で賑わっていた。もちろん、厳島神社に参拝できたことはうれしい。ただ、もう少し静かな時間に、ゆっくりとこの場所を感じてみたいとも思った。
そんなことを考えながら、参拝を終えて、フェリー乗り場のすぐ近くのホテルへチェックインした。
さて今回の旅行、宿の予約はここまでだった。明日は帰る予定だ。そう思って夕飯を終えた時、妻と話をしていて思った。
僕は小さい頃、足を悪くして入院し、その後2年間松葉杖で生活をしていた。その時、足が治るようにとお参りに行ったことがある。うっすらと思い出す。そう、あれは香川の金比羅さんだ。
スマホで地図を見てみる。
しまなみ海道という道路がある。四国へ渡ることができるようだ。
そして決めた。明日は金比羅さんへ御礼参りに行こう。妻がそう言ってくれた。
妻は僕よりも神社のことを知っている。知っているというか、神社が好きといつも言っていた。だからこそ今回の旅行は神社三昧で予定をたてた。そしてさらにもう一社行かれることになったことは、とてもうれしかった。
翌朝また車を走らせる。しまなみ海道はとても景色が良い。ちょっと通行料が高いが、それ以上のものがある。
妻は助手席でスマホを構える。走行中の車内からきれいな景色をカメラで撮りたいからだ。ところが、撮ろうとすると壁に阻まれたり、木に遮られたりする。きっとこういうところで運を使わない人なのだろう。
金比羅さんに到着する。数十年ぶりだ。すごい階段。なんとなく覚えている。そしてこの階段を登っていく。杖を持っていったほうがいいよ、と駐車場の案内の方に言われ、お借りした。登りはじめて思う。なるほど、お借りして良かった。
拝殿に到着する。やった、登りきった。そして参拝をする。
足、治りました。おかげさまで元気に歩けてます。
すると更に奥社があると知る。そう、まだここから先にかなり登るのだ。これは真夏にはなかなかこたえる。しかし、今日は足が治ったことの御礼参りだ、しっかりと歩いていけるところを神様にお見せしなければ。そんなことを考えていた。
奥社までは本当に遠かった。それだけに達成感みたいなものがあった。
ありがとうございます。こんなに登って来られるくらい、僕は元気にすごせています。さらに御礼を言った。
金比羅さんも人はたくさんいたが、不思議とあの「人の気」は感じなかった。すがすがしいなんとも言えない心地よさだった。
さて、もう宿は予約していない。しかも休みも終わりだ。明後日には仕事が始まる。そういうことで帰路に着く。
鳴門の渦潮をみて、明石海峡大橋を渡る。しかもとても混んでいる。これは家には何時に着くのかな。そう思った。
妻は隣で寝ている。その様子を見ながらふと思う。いつも一番近くで見ててくれてるのは、やっぱりこの人だな。
そんなことを思いながら、僕は車を走らせる。
名古屋からは中央高速に入った。妻の実家がある山梨県を通るほうが慣れているからだ。しかも来る時には東名高速だったから、違う道を走りたい。それに厚木はもう懲り懲りだ。
須玉インターを通り過ぎるとなんとなく帰ってきたように感じた。しかし、僕たちの家は東京だ。まだあと100km以上はある。
日の出前、東京の自宅に到着した。ノンストップだった。しかし、不思議と疲れはない。
この旅行は最高だった。
これをこえる旅行には、まだ出会っていない。そう思うほど良かった。
僕はこの旅行のあと、神社についていろいろ調べ始めた。古事記、日本書紀も学んだ。神仏融合も神仏分離も勉強した。
そしてたどり着く思い…。
神社は日本人の暮らしの中に根付いている。そして神様や仏様は、信仰という言葉よりもずっと身近なところにいる。信じる、信じないという話ではなく、昔からそこにある。
そう、私たちは知らず知らずのうちに、神仏とともに暮らしている。
僕のなかでは、神様も仏様もどちらも大切だ。
そしてもちろんもう一人…。
これ以降、妻との旅行は
「全国一の宮めぐり」になる。
今では、ほとんどの一の宮さんをお参りさせていただいた。そして、宗派にとらわれず、総本山にもお参りさせていただいている。
永平寺も久遠寺も高野山も本願寺も行った。
「観光」で始まった神仏めぐりは、もう観光ではなくなっている。気づきと自分探し、そして必要なものを既に全て与えてくださっている神様や仏様に「感謝」を伝える旅になった。
「ほら、行くよ!スマホ持った?」
「あ、忘れた!ちょっと待ってて。」
「全く、もう出発の時間すぎてるよー(笑)。」
「ごめん、ごめん!」
「じゃあ、今年も。出発!」
ちょっとおっちょこちょいの我が家の弁財天さんは、今日も隣で微笑んでくれる。
まだまだ僕たちの「旅」は続く。
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