肩書きと枠
「はじめまして。株式会社〇〇の赤瀬川と申します。本日はどうぞ、よろしくお願いいたします。」
よく聞く挨拶だ。
株式会社〇〇
代表取締役 赤瀬川 豪
これが「私」である。
そして名刺には、「建築施工管理技士」と書いている。
私の職業は、リフォーム屋だ。
リフォーム屋ってなんだ!?
工事をする人か、監督か、それとも経営者か?
代表取締役と書けば、経営者だということはわかる。でも今日の挨拶は、いったいどの私なのだろう。
ふと、工事について考えてみる。
大きな会社であれば、社長は社長の仕事をして、専務や常務も役員としての仕事をする。そして、営業本部長、第一営業課長、係長、主任と、役職が続く。
ちなみに零細企業では、これをみんな一人で行う。ついでに言うと、総務部長と経理部長も兼任だ。
今日はお客さんとリフォームの打ち合わせに来ている。それであれば、営業本部長か課長の私か、それとも役職のない営業担当が対応しているのだと思う。
そして打ち合わせは続く。
「ここにピアノを移動したいから、床を補強したほうがいいのかしらね?」
「そうですね。畳を上げたときに状態を確認いたしますが、補強をしたほうが安心ですよね。ちなみにグランドピアノですか?それともアップライト?」
「あっ、アップライトです。」
「そうですか。どなたが弾くのですか?奥さん?」
「ええ、私と娘がね、昔やっていたんですけどね。」
「そうですか。私もピアノ、弾くんですよ。」
「え?そうなんですか?」
「はい。高校と大学は音楽科のピアノ専攻を卒業しました。」
「すごい、じゃあ本格的ですね。」
「いえいえ、今は趣味でやってるくらいですから。」
「ああ、最近も弾くんですね。」
よくある会話だ。ここに「ピアノ弾き」の私が登場する。でもピアニストではない。
一般に日本で、「ピアニスト」とは、ピアノを弾くことで収益を得て、生計をたてていることを指すからだ。
話しを打ち合わせに戻そう。
「じゃあ、それでお願いします。実際に工事に来られる方に、今の内容をお伝えしておいてくださいね。」
「あっ、当日工事に来るのは私です。」
「えっ?そうなんですか?赤瀬川さんは社長さんだから、別の方が来るかと思ってました。」
「そうですよね。私が来て、大工工事は私がやります。クロスは専門職人を連れてきて、私が指示しますので、何かあればいつでも言ってください。」
大工の私と、監督の私が挨拶する。
少し雑談をする。
「当日は、私はちょっと用がありますが、主人がおりますので、何かあったら主人に言ってくださいね。」
「そうですか。承知いたしました。ご主人は音楽とかはやらないのですか?」
「主人は全然やらないですよ。もうスキーと山登りばっかりで…。」
「そうなんですか。私、学生時代に体育会系のアルペンスキー部にいたんですよ。」
「あら、そうなの?じゃあ主人とも話しが合うかもしれないわね。」
スキーヤーの私が出てくる。
スキーヤーとは言ってもいいみたいだ。職業にしている人は「プロスキーヤー」というからだ。
雑談は更に続く。
「赤瀬川さんってめずらしいお名前ね。なんか作家の方みたい。」
「ああ、ご存知でしたか?作家の赤瀬川は、私の伯父です。」
「え?そうなんですか?なんかすごい人と知り合ったみたいね。」
「いえいえ、すごいのは伯父で、私は普通の人間ですよ。」
ここで普通の人である私が顔を出す。普通ってなんだ?
続けよう。
「でもピアノをやってたりとか、やっぱり芸術系なんですかね?」
「うーん、それはわからないですけどね。」
「赤瀬川さんは、小説とかは書かないの?」
「あっ、妻にすすめられて時々書くんですけどね、別に妻以外の人に読んでもらうことはないですね。」
小説を書く私が出てくる。しかし、私は小説家ではない。やっぱり小説家とは、世に名前が知られていて、物書きとして収益を得ている人をいうのだろう。
でも、小説家って売れた瞬間から小説家になるのだろうか?そうではない。だって「売れない小説家」という言葉があるからだ。
売れない小説家だって小説家だ。でも名刺に「売れない小説家」とは書かないだろう。
名刺というのは自己紹介を兼ねている。だから何枚も違う名刺を持っている方もいる。
〇〇会社社長の名刺
〇〇協会副会長の名刺
〇〇ゴルフ会理事の名刺
〇〇高校同窓会会長の名刺
どれも同じ人だ。それぞれの場面で使い分けるのだろう。
ではこういうのはどうだろうか。
バンドを組んでいて、時々呼ばれるとしよう。地元の自治会や老人会などで披露する。謝礼をいただけば、一応収入だ。少なくかもしれないが、ピアノを弾いてお金をいただいた。これはピアニストなのか…。
小説もそうだ。ちょっとしたコメントや文章を頼まれて書く。数千円いただく。これは物書きとしていいのか?
知り合いにお笑い芸人がいる。
お笑い芸人といっても、芸人での収入はほとんどなく、主な収入は警備員のアルバイトをして生計をたてている。この人はお笑い芸人なのか?
ミュージシャン、作家、俳優、いろいろなところで生計を立てるほどの収入はないけど、その職業を名乗っているではないか。
それならばこれはどうだろう。
職業
赤瀬川 豪
そうだ。私の職業は、赤瀬川 豪をすることだ。赤瀬川 豪には様々な機能がある。大工をやり、内装工事をやり、時にはピアノを弾き、スキーをやって、ものを書く。これは良い。
そういえば、以前に経営者セミナーなどで、自分という役を演じる、などということを教わったことがある。
そうだ、自分の人生は自分が主役。そんな素敵なことを教わりつつ、それを名刺にする人は少ないだろう。
こういうのはどうだろう。
「売れたい小説家」
「こんにちは。先日連絡させていただきました、売れたい小説家の赤瀬川です。」
こういう名刺を持って、出版社などに行ってご挨拶をしたら面白そうだ。ただ、相手にされるかどうかは別の話しだろう。
もちろん、売れていようが売れていなかろうが、有名ではなくても自分のやっていることに誇りをもって名乗っている方はいるだろう。
よく妻に言っていた。私の思う妻の肩書きはこうだ。
代表取締役経理係長
よく取締役営業本部長などという名刺を見る。この人は取締役であって営業本部長を兼任しているのだろう。やっぱりただ営業本部長と書いてあるよりも、取締役営業本部長のほうがかっこいいし、立場が上の方なのだろうな、と印象をもたれる。あるいは持ってもらいたいのだろう。
しかし代表取締役経理係長はどうだ?社長なのに係長を兼任ってどういうこと?と思われるだろう。
会長や社長といった方が、あえて役職を伝えずに対応する場合もある。この方は役職で仕事をしていなくて、肩書きがなくともできる自信があるのかもしれない。すばらしい方だ。
そうだ。人は相手の肩書きで態度を変える。すべての人がそうではないが、そういう人は多いだろう。
「お金を稼ぐ」ということに対して職業はついてくるのか?
貨幣経済が当たり前の今の時代、そういうことに疑問を持つ人は少ないのだろう。私のような人は、ちょっ変わった人という枠に入りそうだ。
そうそう、枠だ。
何かと枠の中に入れようとする。それを共通用語にして、様々な枠にまとめているのだ。人はきっと枠が好きなのだろう。
でも、貨幣経済ではなかった世界ではどうだ?
例えば縄文時代、狩りが上手な人が、「あっ、私は狩人です。」って言ってたのだろうか。
狩人でも家づくりもするだろうし、草刈もするだろう。土器を作ったり。ん?土器?
では見事な土器を作る方は、
土器名人とか名乗るのかな。
そうではない。
みんないろいろなことをやって生きてるいる。
人間
赤瀬川 豪
これは面白いが、きっと仕事の相談ならば断られそうだ。しかし、この先人間と見分けがつかないくらいの人型AIロボットなどが街を歩くようになれば話しは別だ。
でも真面目に考えると、自分は何だ?金銭を得ていることを職業として名乗るならば、好き嫌い、上手下手は関係なさそうだ。
プロとして活動していなくても、プロよりピアノが上手な人もいる。
プロとして活動していなくても、自宅改修工事とか全部上手にやってしまう人もいる。
主婦(主夫)はどうだ?
主婦(主夫)
赤瀬川 〇〇
これは最強だ。
主婦(主夫)というのはすごい。本当にすごい。洗濯、掃除、調理、子育て、アイロンがけ、縫物、収支勘定、予算編成、外交、年間計画、進捗管理、方針転換………。もう会社でいう仕事ができる人よりも、遥かににすごい。しかも24時間営業だ。ついでに言うと共同経営者である夫(妻)と役員会議をおこなわなければならない。夫(妻)が優秀な共同経営者ならばよいが、出来が悪ければこれは大変だ。
うちには犬が4頭いる。
私が仕事の時は、2回に分けて妻が散歩にいってくれる。
「しろ」のお母さん
「もこ」のお母さん
「ころ」のお母さん
「ちこ」のお母さん
これだけで更に4つの役職を持っているではないか。従って別の4枚の名刺を持つ。
お散歩の途中で誰かに会う。
この時は主婦ではなく、犬のお母さんだ。
「こんにちは、今はもこのお母さんとちこのお母さんをやっている赤瀬川 〇〇です。」
といって、2枚の名刺を差し出す。
「このあと、しろのお母さんところのお母さんに役職がかわります。」
まあこんな人はいないだろう。
しかもいちいち名刺は渡さない。全種類揃えると、何かがもらえるわけではないし…。
小説家の話しに戻そう。
売ろうとしない小説家
これも面白い。こういう肩書きの人に会ったら最高だ。
では自称小説家はどうだ?
これはあまり面白くない。きっと自称している人は既にたくさんいるだろうし…。
ちょっとやってみよう。
「はじめまして。小説家の赤瀬川です。よろしくお願いいたします。」
「あ、よろしくお願いします。小説家でいらっしゃるのですね?すごい!どんな本を出しているのですか?」
「ええ、私は売ろうとしない小説家なので、本は出していませんし、出版社にも持って行ったことはありません。これからも持っていくつもりもありません。でも小説を書いていますから小説家です。」
変な人の出来上がりだ。
こういう人に出会うと、対応も大変だろう。
そもそも小説家の方の名刺っていただいたことがないが、何て書いてあるのだろう。作家とか小説家とか書いてあるのだろうか。きっと有名な方の場合、書いていないだろう。まして〇〇賞受賞作家、などと自分で書く人はいなさそうだ。
では政治家はどうだ?
議員の場合は、〇〇党衆議院議員とか、〇〇市議会議員とか書いてあるだろう。でも選挙に落選したらどうだろう。落選したら議員ではなくなる。議員のみで生計をたてていた人ならば、落選した瞬間から無職だ。
いや、そうなのか?議員では無くても政治活動家であれば政治家だ。肩書きは政治家でも良いだろう。では一度も議員に当選したことがない方はどうだ?確かに政治活動家ではあるが、こういう人が挨拶をしたらどうなる?
「はじめまして。政治家の赤瀬川です。」
「ああ、はじめまして。政治家なんですね。どちらかの議員さんなのですか?」
「いえいえ、まだ当選したことははいのですが、政治活動をしています。」
この段階で極左か極右の方なのかな、などと思われてしまうかもしれない。
その点、政治評論家というのは便利だ。自分は評論をしていればよいのだ。議員でなくても良い。当選する努力も落選した悔しさも、他人事でいられる。
決して政治評論家の方を悪く言うつもりはない…。ごめんなさい。
そうそう、さっき落選した人は無職になると言った。無職…。
無職
赤瀬川 豪
これは面白い。流行りの言葉でニートというのもある。これはどうだ?ちょっと面白くない。
そういえば、どうでもよいことだが、学生のころ部活に入らない人のことを帰宅部と言った。
これは誰が考えたのだろう。普通にみんなが使う言葉だが、考えてみるととてもユニークだ。帰宅部に入るために、入部届けは必要ない。むしろ、どこにも入部届けをださなかったから、帰宅部という称号を得る。
仮に、もし体育祭などで、部活対抗リレーがあって、優勝した部には部費が割増になるとしよう。
そこに現れる「帰宅部」。やたらと足が早い。陸上部をぶっちぎり優勝する。部費は払われるのか?
もし払われたら収入だ。帰宅部でお金を稼いでしまった。そして、ゲームの課金という生計を立てることに成功。これは職業っぽい。
うん、考えることをやめよう。
そんなことを考えるのは楽しいが、やはり「変な人」の枠に入ってしまうからだ。
ここでまた出てくる。
変な人
赤瀬川 豪
確かに変なことを考えだしてしまった。これはいつ終わりをむかえられるのだろうか。
さあ、工事の準備にとりかかろう。私はリフォーム屋だったっけ。
肩書きと枠