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日本よ、僕の財布には十円しかない。
これは単なる貨幣の不足ではなかった。少なくとも、田無駅北口の地下に存在すると噂される非公式の購買力調整委員会によれば、十円玉とは国家が個人の時間を測定するために開発した最小単位であり、表面の平等院鳳凰堂は実際には秘密通信衛星の地上管制施設を象徴しているという。もちろん、委員会の存在を証明する文書はない。文書がないことこそ存在の証拠だ、と彼らは主張した。
コキアはその頃、宇宙飛行士見習い期間を終えていた。宇宙船に乗らない理由は簡単だった。地球上の人間に対するパフォーマンスが悪い。サーバーの作業を覚える方がまだ現実的だったし、何より宇宙服にはポケットが少なすぎた。十円玉を格納する場所がないのである。
一方、Sun Microsystemsの旧式サーバー群は、すでに退職した社員たちの夢を自動的にバックアップしていた。Javaの先生が黒板に書いた構造体の定義、C言語のポインタ、理解できなかったTPアドレス。それらは消去されず、半導体工場の地下にある冷却設備の隙間で、何年も同じエラーを吐き続けていた。
「最後までやりとげて一流のプログラマーになりたかった」
この発言を記録したのは、キャセイパシフィックの事務室に設置されたコーヒーメーカーだった。松本という上司の名前は、記録上では暗号化されていた。コーヒーは美味しかった。これは重要な証言である。なぜなら、企業の善意はしばしば経理部門の帳簿に記載されないからだ。
マルクスはコーヒーを飲みながら、ベーシックインカムの導入に反対する財団の理事たちを罵倒していた。グラムシはサングラスを磨き、アルトーは自分の診断書を火星の郵便局へ送ろうとしていた。誰も郵便料金を払おうとしなかった。郵便局はすでに民営化されていたからである。
そして、誰かが言った。
「急ぎ過ぎたのかも」
その言葉を聞いたミニバイクは、エンジンを止めた。西武池袋線は定刻どおりに到着し、乗れなかった者たちの後悔を積み込んで郊外へ向かった。車内広告には、平均所得の上昇を示すグラフが掲載されていた。グラフの外側にいる人々は、統計上、存在しないことになっていた。
コキアは十円玉を見つめた。
「僕って優しい?」
誰も答えなかった。
その沈黙を、政府は平和と呼んだ。
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