返品理由

返品理由

間宮余白

「こちらの商品を返品したいんですが」

男はカウンターに、小さな箱を置いた。

店員は箱を見て、少し困った顔をした。

「お客様、こちらは当店の商品ではございません」

「でも、ここで買ったんです」

「失礼ですが、何をお買い上げに?」

「自信です」

店員は伝票を調べた。

「ああ、ございました。先月二十日に『根拠のない自信』を一個、ご購入ですね」

「そうです」

「何か不具合でも?」

「根拠がないんです」

「商品名のとおりですが」

「買ったときは、それでいいと思ったんです。でも、使ってみたら困りまして」

「どのように?」

「会社で、できもしない仕事を引き受けました」

「それは大変でしたね」

「結婚式のスピーチも引き受けました」

「それは……」

「昨日は、町内会長に立候補しました」

店員は伝票に目を落とした。

「かなりご使用になっていますね」

「もう要りません。返品してください」

「申し訳ございません。こちらの商品は、使用後の返品をお受けできません」

「そんな!」

「ただし、交換は可能です」

「何と?」

「根拠のある自信です」

男の顔が明るくなった。

「それがいい!」

「では、これまでに何か努力なさったことは?」

「……」

「練習や勉強などは?」

「……」

「小さな成功体験でも結構ですが」

男はしばらく考え込んだ。

「ありません」

「では、交換はできません」

「そんな馬鹿な!」

男は箱を抱えて帰っていった。

翌日、またやってきた。

「交換してください」

「何か努力なさいましたか?」

「昨日、町内会の清掃に参加しました」

「素晴らしいですね」

「それから、スピーチの練習を三回しました」

「いいですね」

「仕事も、先輩に教えてもらいながら少し進めました」

店員は微笑んだ。

「では、箱を開けてみてください」

男が箱を開けると、中には何も入っていなかった。

「空っぽじゃないですか!」

「はい」

「交換品は?」

「もうお持ちです」

男はしばらく黙っていた。

やがて、空の箱を丁寧に閉じた。

「なるほど」

店員は頭を下げた。

「またのご利用をお待ちしております」

男は店を出た。

その背中は、昨日より少しだけ真っすぐだった。

店員は伝票に判を押した。

《交換完了》

それから、カウンターの下にある小さな箱を取り出した。

《店員用・根拠のない自信》

開けてみた。

まだ、たっぷり残っていた。

「さて」

店員は鏡に向かって、襟を正した。

「今日こそ、店長に昇進を申し出よう」

店員は、入社して三日目だった。

返品理由

返品理由

「根拠のない自信」を返品したいという男が、ある店を訪れた。 商品に不具合があるわけではない。 むしろ、商品名どおりなのが問題だった。 返品を断られた男に、店員は交換を提案する。 さて、根拠のない自信は、何と交換できるのだろう。 ちょっと不思議で、少し意地悪な、ある返品騒動のお話。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-10-31

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