映画『SCRAPPER/スクラッパー』レビュー
「あの子は私にとって一番の親友だった」
不治の病で亡くなるまでたった一人、愛娘であるジョージーを育ててきた母親がジェイソンに残したこの言葉が全ての鍵を握っていたと思います。
12年間、一度も出会ったことのない親娘です。父親と名乗る男が本当に自分の父親か分からない。本当に父親だったとしても、何の目的があって今更のこのこと自分の前に姿を現したのかが分からない。
ジョージーにとってジェイソンという人物は福祉課の職員や、近所の大人たちと同じ全く信用できないヤツらです。他の誰を犠牲にしても自分を守ってくれる、そんな期待を持てる訳がない有象無象の一人として彼女がジェイソンを拒むのは当然です。
ジェイソンの方も、彼自身が未だに子供な一面を持っているせいで、悪態をつくジョージーと上手くやれない。大人な振舞いを少しもできない。
そんな二人がどうやって「家族」をするのか。
イギリス社会における貧困家庭の実際に焦点を当てつつ本作が導き出す答えは、先のジョージーの母親の遺言を切り口にして実に逞しく、かつ刺激に満ちた二人っきりの関係を浮き彫りにします。
明日をも知れぬ身という危機的状況はちっとも変わっていない、なのに妙な安心感と爽快感だけがスクリーンの上にどんどん広がっていく。キャッチコピーの中に本作の良さを炭酸水で喩えるものがありましたが、これが体感的に納得できるんですよね。とりあえずやるしかない、それが一生続けばいいじゃないって感じで。変な力を貰えるんです、本当に。
映画としての上手さも随所に映えるのがまた本作のいい所で、例えば周りも手を焼くほどの悪ガキという共通点を持つジョージーとジェイソンが合間、合間に見せる風刺の効いた台詞が観客の脇腹を擽ったり、見惚れるぐらいに美しい構図の中でイリーガルな行為に勤しむ彼らの姿に文学的な説得力を感じたりもする。後者の側面に関しては本作のタイトルである『SCRAPPER/スクラッパー』に引っ掛けたダジャレが、けれどジョージーが密かに積み上げるガラクタな夢と、ぶち壊したい現実の双方を跨ぐエモーショナルな描写としてスクリーンに映り、映画の魔法として本作を完璧なものに仕上げていました。彼らは間違いなく戦う人「たち」であり、瓦礫の上に立つ人「たち」なんです。
友達みたいに喧嘩して、信じられないくらいに罵り合い、気まずい空気に口を塞ぎ込んでもふとしたきっかけで笑い合い、元に戻ってはまた同じ事を繰り返す。
とても親娘とは思えない(はずの)ジョージーとジェイソンが本作を通じて見せるものは決して抽象化できない、いい意味で論じるに値しない絆です。だから本作については頭で考えるより見た方が早い。リズミカルな編集を施されたコマ割り、劇中に流れる音楽がその手助けをしてくれます。
上映時間も90分前後という実に快適な長さです。普段、映画を見ない人にもうってつけ。胸を張ってお勧めしたい。UーNEXTやAmazonプライムで絶賛、配信中です。興味がある方は是非。
映画『SCRAPPER/スクラッパー』レビュー