魔女コレーの花まじない 雛菊の章 仕事はじめ

 からだのどこかに紋様のようなアザ、世界の色を照り返す乳白色の瞳。

 それがこの世界の『魔女』と呼ばれる者たちと、そうではない『只人』とを見た目で区別するすべであった。そして、魔女であるベルは、その瞳を月色に輝かせ、鍋に満たした水を傾けた。

「月の光、上手くすくえたか?」

 ゆらゆらと鍋を揺らすベルの後ろから、ソフィは彼女に話しかける。ベルはそっと鍋をここ──作業場の窓辺のテーブルの上に置くと、振り返って微笑んだ。

「ええ! 少し空がくもってたから心配だったけど……いっぱい採れたわ、月のひかり!」
「上手になったな、ベル」
「ふふっ、でしょう」

 胸を張るベルの頭をソフィは優しく撫でた。
 妖精たちは知っている。月光には治癒の力があるのだ。月の光はすべてのものに淡く優しく溶け込み、癒やしを与えてくれる。そして、その光が溶け込んだ水は傷の痛みを和らがせるのだ。夜、窓辺に水を張った鍋を置いて月光を集めておくのは、魔女としてのベルの日課であった。
 ベルとソフィは、先ほどまで森へ薬草摘みに行っていた。咲き誇る雪割草に挨拶をしながら、新年初めての仕事のためにだ。厚い革手袋をはめ、摘んできたのは鋭いトゲの生えた"魔除け草"と真っ白な"骨の花"──ネトルと雛菊。

「魔除け草はお茶にして、骨の花は打ち身の軟膏にしようとおもうの」
「うん、良いと思う。でも魔除け草はすごく苦いから、人間が好んで飲んでくれるか分からないよ」
「きっとだいじょうぶ、月の水に少しだけひたしておくの。そうすれば……月のひかりがやさしいお味にしてくれるわ。魔除け草は冬のうちにからだに溜まった毒を出してくれるって、ソフィはおしえてくれたでしょう。だからわたし、まちのひとたちに良い春をむかえてほしいの」
「……そうか。じゃあこの水は魔除け草に半分、骨の花を煮るのに半分使おうか」
「はーい!」

 ベルはにっこりと目を細める。月色が薄れた乳白色の瞳は、自慢げに鍋を見つめる幼子のものではなく、すっかり仕事をする魔女のものになっていた。

 彼女は部屋の隅に置いてあった、薬草たちを洗うための水で満たされた桶をふたつ持ってこようとした……のだが、六歳のベルにはなみなみと水で満たされた桶を両手にひとつずつ抱えるのは、少々重かったようだ。うーん、と困った声を上げる少女の上からすっと腕が伸びる。ソフィがふたつとも持っていってしまった。

「あ! もうっ、ソフィったら」
「なんだよ」
「わたしが持ちたかったの!」
「重いだろ、転んだらどうする。ほら、骨の花を洗って。魔除け草は僕がやっておくから」
「むう」

 ほんの少しばかり眉をひそめながら、ベルは雛菊を受け取り桶の水にくぐらせた。優しく花びらと茎、そして葉を指でこすっていくと、隠れてついていた土が落ちていく。そうして綺麗になった雛菊の水を切り、布で拭けば洗い作業は完成だ。ベルは棚からまな板を出して、軽く拭いた後に雛菊をその上に乗せた。振り向けば、ソフィも洗うのを終え、浅いうつわに注がれた月の水で満たし、そこにネトルを浸していた。革手袋は着けていない。
 ベルは知っていた……森の妖精──みどりの化身でもあるソフィを、ネトルはそのトゲで傷つけることはないのだと。なのに摘む時に革手袋をはめるのは、ベルの手本をするためだと。

(わたし、ちゃんとわかってるのに)

 そう思ってしまうと、ベルはどんどん気分が落ち込んでしまうのだ。この小さな魔女は、六歳にして世界のすべてを解った気でいた。一人前の薬師になった気でいるのだ。彼女の瞳は、しゅんとした灰色になっていた。

「ベル? どうしたの」
「……わたし、もう魔除け草のトゲでけがしないし、ひとりでじゅんびもできるわ。ソフィ」

 ベルのその小さな声を聞いたソフィは、彼女に目線を合わせるように膝を折る。

「うん。知ってるよ」

 背伸びをしている魔女は目を瞬かせた。

「……ほんとう?」
「ああ。ネトルを摘むときも、前よりずっと上手になった。月の水だって、今日は僕が手伝わなくてもちゃんと採れたじゃないか」
「えへへ……」
「ベルはちゃんと上手になっているよ」

 彼女の先ほどまで灰色に染まっていた瞳が、ぱっと明るくなる。嬉しそうにうずうずと足踏みをし、その手を胸の上で組んだ。
 ソフィも、ちゃんとベルの成長を見ていた、知っていた。いつか自分の元から巣立ちひとりで生きていく彼女を、想像してしまうほどに。それは彼にとって喜ばしいことであったが、同時に寂しいものでもあった。──だから、まだもう少しだけ、彼はこの妹であり娘であり弟子である少女の世話を焼くのだ。何百年も生きてきた妖精の、わがままなのである。

「それに、ベルが作った薬を楽しみにしてるひとたちがいるだろう」
「……!」
「ベルの手は優しい手だよ。だから、もっと善き魔女になれるよう手伝わせて」
「うん、うん! ありがとうソフィ! ……あのね、ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「わたし、ソフィが何でもできることに、むーってなっちゃってたの。でも、ソフィはわたしをできない子って思っているから何でもしちゃうわけじゃないのね。ちがうのぎゃくなの、わたしを、できるってしんじてくれているのね」

 ソフィは微笑み、ベルの肩に手を置く。その手はあたたかく、触れられるだけでベルの心は安らかになった。

「そうだとも。お前は立派だよ」
「……じゃあ、魔除け草を手袋をつけずにとってもだいじょうぶ?」
「それとこれとは違います」
「むう。……ふふっ、じょうだんよ」

 すっかり機嫌を良くしたベルは鼻歌を歌いながらまな板の上の雛菊を撫で、そして作業机の引き出しから小ぶりなナイフを取り出した。

「きざんだ葉とくきだけじゃなくて、花びらもいっしょに入れようとおもうの。きらきらして、きれいになると思うわ」
「ああ、いいと思う。油を温めておくから、ベルは骨の花を刻んでおいて」
「わかったわ。……魔除け草はどのくらい水にひたしておけばいい? おしえて、ソフィお師さま」

 お師さま。そのかわいらしい口ぶりにソフィは苦笑した。

「軟膏ができてからで良い。月の水から取り出したら、あとは煎じるだけだから」
「のこった月の水はすててしまうの?」
「水に溶けた苦みにも魔除けの力はあるからな……ガーデンの草花にやろう。栄養になる」
「うん! わかったわ」

 一言一言にこくこくと頷きながら、ベルはソフィの教えを飲み込んでいった。先ほどまで拗ねていたのだが、やはりベルにとってソフィは優しくもしっかり手を取り導いてくれる師匠なのであった。

◇

 ベルはとん、とん、と音を立て、雛菊を刻んでいく。これを仕事にしているのだから、刻む量はなかなかに多い。けれど、魔女の少女の手つきは慣れたもので、細かく細かく丁寧な手の中で葉と茎の緑と、花の白と黄色が小さくなっていく。飾りのための花びらはより小さく、小さく。やがて全てを刻み終わった時には、作業場には植物油のふわりとしたかぐわしい香りが満ちていた。

「ソフィ、できたわ」
「こっちも温め終わったよ。さ、骨の花を入れて。湯煎、ひとりでできるか?」
「できるわ、がんばる。弱火でていねいに、ことこと、よね」
「そう。よく覚えてたな」
「ふふ」
「落ち着いてやってみなさい」
「ええ!」

 黄金色の植物油に刻んだ雛菊を入れる。熱しすぎないよう、かといって冷ましすぎないよう、ゆっくりとかき混ぜていく。ここからは根性比べだ。雛菊を湯煎していくこの作業にかかる時間は一時間ほど。けして焦ってはいけないのだ。
 ソフィが後ろで軟膏を入れる陶器の瓶を準備している小さな音が聞こえる。ベルは振り返らず鍋を見つめながら、ソフィが近くにいてくれることに安心していた。ベルはソフィに対してはおしゃべりな少女であったが、仕事をしている時はとても集中をすることができるのであった。いくらでも静かにすることができる。

 ことり、とたまに木べらが鍋の内側に当たる音を聞きながら──時間が経った。この次は、濾して油だけの状態にしていく。そして、蜜蝋を合わせて再び湯煎するのだ。水分が入らないように、慎重に。ベルはそっと鍋を傾けて油を濾していく。入れて良いのは白い花びらだけだ。油の黄金色にちらちらと白が散る。蜜蝋を準備していたソフィは、その様子を見て「綺麗じゃないか」と微笑んだ。

「ふふっ。……でもまだできあがってないわ。うまく蜜蝋と混ざるかしら」
「そこは、魔女の腕の見せ所だ。これも、できるかな? 疲れたなら僕と代わろうか」
「だいじょうぶ! できるわ。ソフィは小瓶のよういをして? 全部でいつつ分!」
「ああ、わかったよ」

 すっかりしんなりして用済みとなった葉と茎、そして花びらの黄色い部分を除け、濾した油を再び鍋に入れた後、蜜蝋を入れていく。それはとろりと溶けていき、甘い蜂蜜のような香りを醸し出していった。油の匂いと混ざって、ただ甘いだけではない、大人びたものになっていくのを、ベルは丁寧にかき混ぜながら楽しんだ。

「おくすりって、薬草だけじゃなくて……いろいろな材料のちからをかりてできるのね、ソフィ」

 蜜蝋だって、みつばちが作るでしょう? と、ベルはこぼす。小瓶の中をゆっくりと拭いていたソフィはその言葉を聞いて頷いた。

「そう。そのいろいろな材料を、丁寧に丁寧にひとつにしていってできるのが、町のみんなが頼る魔女コレーの薬」
「そっか……」
「良い仕事は、小さなものを丁寧に、繰り返し、積み重ねて、できるものだよ、ベル」
「ていねいに、くりかえし、つみかさね……わたし、できてる?」
「できてるとも。……さあ、そろそろ瓶に入れていこうか」
「よおし」

 とろとろとした黄金色と白。ベルはそれらをまたゆっくりと小瓶に入れていく。瓶がいっぱいになったら、ソフィがきゅっと栓を締めていく。
 それを繰り返すうちに、軟膏が入った瓶が五つ生まれた。

「できたわ! あとはかたまったら完成ね!」
「ああ、上手くできたな」
「町のひとたち……つかってくれるといいな。もちろん。怪我がないのがいちばんだけれど」
「そうだね。でも、きっと喜んでくれるよ」

 嬉しそうに目を細めるベルの頭をソフィは撫でた。今度は労うように。

「さてと……次は魔除け草のお茶ね!」
「ああ、待ってベル」
「? どうしたの、ソフィ」
「おやつの時間にしよう。休憩も大事」
「まあ! すてき」

 ぴょんとベルは子うさぎのように跳ねてソフィに飛びつく。ソフィはそんな彼女を抱き上げた。年不相応にしっかりしていて、けれど年相応に幼い。相反する顔を持ちながらも、それでもソフィに対してはどちらの顔でも甘えん坊なのだ。

「お菓子はおとといつくったファッジかしら」
「うん。それと、紅茶を合わせよう」
「やった。ファッジって、とってもあまくて夢みたい。それに、おとといつくったものはナッツとマシュマロ入りよ。わたし、だいすき」
「あれは美味しくできたな。紅茶も濃く煎れて、ゆっくり休憩しよう。ベル、魔除け草のお茶作りは僕に任せても良いけれど……どうする?」

 少女はほんの少し考えると、ぎゅっとソフィの首に抱きついた。

「まだまだげんきよ! わたし、やるわ!」

 そう言ったベルの髪は、ほんのり蜂蜜の香りがしていた。
 窓の外の森には雪割草が咲いている。冬を耐えた花が、春の訪れを告げている。自分の手で誰かを助けられる薬を作ることができた。それが、大きな自信に繋がると信じて。ふたりは作業場のドアを閉め、しばしエプロンを脱ぐのであった。

魔女コレーの花まじない 雛菊の章 仕事はじめ

魔女コレーの花まじない 雛菊の章 仕事はじめ

薬屋を営む幼い魔女ベルと、彼女の守護者の妖精ソフィの物語。二月、薬屋の仕事始め

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-10-26

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 1
  2. ◇