郷愁の一念は鷹と成り
郷愁の一念は鷹と成り
牢獄の一室で、冷めた雑穀粥を食べながら、ふと匙の手を止めた。
鉄格子に閉ざされた牢の中で、窓の外から差し込む白い輝きに心を奪われた。
この季節ならば、空は高く晴れ渡り、馬は肥える時期だろう。
ツァーリの尖兵としての義務を果たすために、里の若者達が立派な騎兵になろうと、馬を走らせて、その技を磨き合っている頃だろう。自由の民コサックとして、チェチェン人との戦に勝利を重ねて、焚火を囲みながら祝杯を挙げている頃だろう。
勝鬨の声は遠く耳朶を打つ。村の暮らしの音は、この独りぼっちの胸を打つ。私は、故郷で犯した罪により、里を追われて帝政ロシアの国境南西部へと閉じ込められた。恩赦の無い限り、生涯をこの流刑地にて終える事だろう。
粥を口に含む度に、家に残した母を思い出す。家で独りぼっちの母さんは、肩身の狭い思いをしていないだろうか。私を想いながら涙していないだろうか。
兄は先の戦役にて戦死して、末の弟も昨年、流行り病でこの世を去った。
老いた母は一人きりの家にて、何を想いながら暮らしているだろう。
斯様な親孝行の真似事めいた思案に悩むぐらいならば、潔白の身でいれば良かったのだ。
しかし、自ら咎人になりながら、善の心を働かせる事も、また等しく咎であろうか。
朝早くから泥炭掘りの労働が始まる。だが、私はこの懲罰にさえ、故郷の香りを、麦畑の香りを思い出す。与えられた畑にて、皆で労働歌を歌いながら農作業をした日々を思い出す。麦穂が黄金色に実り、地平線を埋め尽くす時には、思いを寄せた相手と二人きりで隠れて時間を過ごした。
全て、全て、一切が過去である。今の私にあるものは、監獄、懲罰、冷めた粥、最後に訪れる死のみである。しかし、それが何になろう。不幸だけが人生ならば、人は誰しもが不幸で始まり、不幸で終わる筈だ。生きる苦楽は隣り合わせで在り、背中合わせで在る。
艱難辛苦、千辛万苦に耐えながらにして、故郷での思い出を振り返り、私にも、人間らしく生きている時間が確かにあった事を、一体誰が奪えよう。思い出が私を裏切る事の無い様に、私もまた、思い出を裏切る事は無いのだから。
土汚れに塗れた囚人服と、南京虫によって赤く腫れた身体が、私の何もかもだったとしても、この心に宿る叙景の念は、喜ばしくも悲しくも、決して砕かれないものである。
暮れ方の、真っ赤な夕焼け空を見上げて、今日の懲罰労働を終えた。風呂に入る事も無く、そのまま囚人らしく牢へと戻るのだが、しかし、何故だか胸の内は晴れやかであった。自由民や文明人から見れば、今の私は惨めそのものだろうけれど、それでも私は、咎人として幸せなのだ。
頬を滾り落つ熱い涙を、拭う事も無い儘に、牢の窓から夕陽を眺めていた。
世界は美しい。
私は今もなお、故郷を愛しているのだから、里の人々を敬愛しているのだから、家に残した母親を想っているのだから、我が魂は、神の与えてくれた、善で在る事への努めを果たしているのだ。毎日を生きる糧は僅かな粥でも、毎日の懲罰に耐えられず斃れる囚人が後を絶たなくとも、私の胸中に存在する故郷は美しく、優しく輝き、誠に慈悲深い。
もう終わりだ、と諦念に沈む日々もあった。楽に死ぬ方法を考えた眠れない夜もあった。
しかし、何を諦め、何を死ぬ事があるだろうか。否、我が道を明らめて、最後の最期まで生きるべきである。私が生まれ落ちてから愛されて、共に生きて、支え合って暮らした里の、明の空から夜半の星々の輝きまで、この監獄で見上げる空の姿と、一体何が異なるというのか。
空の彼方から鷹の鳴き声が響き渡る。鷹よ、私の想いを、何卒故郷の皆に伝えてくれないか。私はこの地にて生きていく。私はこの地で生涯を終える。宿命があるのなら受け入れよう。無いのなら尚更認めよう。コサックの囚人は自由を取り上げられてもなお、郷愁の念ひとつを奪われなかったのだから。
郷愁の一念は鷹と成り