綿矢りさ風小説 青木康善remix2
創作文芸板で要望があったので
多田君は、きのこのような人だと思った。
どういう意味できのこなのか、自分でもよくわからない。背が低いとか、湿気のあるところが好きそうだとか、そういう外見の話ではない。人間関係の中で、いつのまにか生えていて、誰も植えた覚えがないのに、本人だけは自分の居場所をよく知っている。そういう人だ。
「きのこを採るときって、音は必要なのかな」
私が聞くと、多田君は少しだけこちらを見た。
「何の音?」
「太鼓とか」
「きのこ採りに太鼓は使わないだろ」
それはそうだった。私は自分の質問が間違っていたことより、多田君が何のためらいもなく正しいことを言ったのが気に入らなかった。人間はもう少し、間違った質問に付き合ってくれてもいいのだ。
その日は土曜日だった。
土曜日だからといって、何かが起こるわけではない。財布には一万三千円あった。数字にすると頼もしいが、実際には何をするにも中途半端な金額だった。映画を観るにはいい。旅行には足りない。パチンコに行けば、夕方までに消えてしまう可能性がある。
「四パチやりてえな」
私は誰にともなく言った。
「やめとけば」
誰かが答えた。
私はその人の名前を思い出せなかった。思い出せないこと自体は、たいして珍しくもなかった。
母がいた頃、杏林大学の仕事帰りに花小金井駅まで迎えに来てくれたことがある。駅に着くと母は笑っていた。私はその笑顔を、別に特別なものだとは思わなかった。迎えに来てくれるのだから、笑っているのは普通だと思っていた。
今になって、あの笑顔を何度も思い出す。
人間は、持っているときには、それがなくなる可能性についてほとんど考えない。なくなってから、あのときの自分はずいぶん恵まれていたのだと気づく。気づいたところで、過去の自分に電話をかけて忠告することもできない。
「黄色いなお前。土曜日か?今日は」
誰かが言った。
私は自分の服を見た。黄色くはなかった。
それでも、何かを間違えているのは私のほうなのかもしれなかった。
帰りに百円のコーヒーを買おうと思った。母が好きだったコーヒーだ。値段はもう百円ではないかもしれないし、店だって変わっているかもしれない。そういうことを考えているうちに、私はどこにも行かず、部屋に戻っていた。
時計は壊れたままだった。
時間が止まっているのではなく、私が時計を直すのを面倒くさがっているだけだった。
それでも私は、何かが止まっているような気がしていた。
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