風と精霊のおまつり

遠くて近い、ある国のお話です。  その国の『風と森の精霊のおまつり』のはじまりのお話をしましょう。

 寒さにあと戻りはしないけれど、まだ暑くもなってはこない、ある年の春から夏にかけてのことです。
 しとしとと続く小雨が長雨になり、森や町や小道をひたひたとぬらしていました。
 降ってはやんで、やんでは降っての繰り返し、地面は乾く間もなく、どこかに必ずできている水たまりが、ほんのたまに顔を出すお日様の光でぬくぬく温められて、じめじめがゆらゆら立ちのぼる、そんなお天気が長く続いていました。
 
 どこの土地にも吹いている、風というものがおりますが、この国のあちらこちらでも吹いておりました。
 風たちには仕事がちゃんとあって、『春は花風』を、『夏は海風』を、『秋は野風』を、『冬は山風』を、というふうに吹いているのです。
 森の木々や、野の草花や、畑の作物などを育てるために、本当は優しい風たちなのに、厳しい顔も見せて、大事な役割をつとめていました。
 寒い季節には冷たい空気を持って来て、高い空から凍った滑り台の山肌を駆け下りて来ます。
 その勢いで、野山や畑や村や町までも、一気に吹き降ろしていきます。
 冷たい空気を吹きかけることで、いっそう甘くおいしくなる実りもあるのです。
『寒い寒い』と嫌がられてばかりのようですが、実は喜ばれることも多いので、風たちは嫌な顔もせず、いい仕事を続けていました。
 風たちは、そんな気のいいところをたくさん見せているので、お日様や、お月様、お星様たちからも好かれていました。
 このお話は、そんな風たちと森の精霊たちの出会いからはじまりまるのです。
 
 さて、冬のあいだの大仕事で忙しくしていた風たちは、暖かくなってくると、冬ほどの大仕事はありません。
 春先から初夏にかけて風たちの仕事は、国中のあちらこちらで草木が育ち、花が咲いてゆくのを見守りながら、いい香りを風に乗せて、みんなを喜ばせてあげるのことです。
 それも大事な仕事には変わりないのですが、冬の間ほどの大仕事ではありません。
 時々そよ風を吹かせるくらいで、遊びながらの仕事でちょうどよいのです。
 おまけにその年は、あまりに小雨が続くので、風たちはしばらくのあいだ出番がなく、のんびりゆったりと休み惚けていました。

 あまりに休みが続くと、かえってつまらないものですし、第一、体がなまって困ります。
 風たちは退屈しのぎに町の方へ遊びに出かけて行きました。
 町へ遊びに行ったのだから、何か別のことをして遊べばいいのですが、行ったら行ったで、やっぱり風を吹かせてみたくなるのでした。
『ふぅん、ふぅん、ふぅん』と鼻歌交じりにちょっとだけ風を吹かせてみましたが、吹けば吹いたで『じめじめしたいやな風だこと』などと、口々に言われてしまいます。
 風たちは、意地悪したかったわけでもないのだし、喜んでもらえないことが物足りなくて、つまらなくなって、こんどは森へ行きました。
 気を取り直して、森へ遊びに行ったのだから、何か別のことをして遊べばいいのですが、行ったら行ったで、やっぱり風を吹かせてみたくなるのでした。
『ひゅう、ひゅう、ひゅう』と口笛を吹くように木々の間を行ったり来たりして、森のみんなのご機嫌伺いをしてみましたが、吹けば吹いたで『静かに考え事をしているところなんだから邪魔をしないで』と木々たちに追い払われてしまいました。
 風たちはこの季節になると、どこへ行ってもいい顔をされないのでがっかりしてしまうのです。
 仕方がなくて、ぬくぬくじめじめゆらゆらとした空気を抱えたまま、町外れから森の入り口のあいだの小道に吹きだまっておりました。

 その小道にいたのは、風たちだけではありませんでした。
 いつも好奇心でいっぱいの森の精霊たちも、ちょうど退屈していたので、寄り集まっていたのです。
 小道の両脇に積まれた石垣にもたれて、遊びの相談をしていたところでした。

 手持ち無沙汰な森の精霊たちは、前から気になっていた風たちが来ているのを見つけて、近寄って行って話しかけてみました。
「風さんたち、どうかしたの?」
 風たちは、退屈していた上に、がっかりして情けなくなっていたところだったので、森の精霊たちに声をかけられて、嬉しくなりました。
 それですぐに風たちと精霊たちは話相手になりました。
「何もすることがなくて退屈していたとこなんだよ」
 風たちがそう言うと、森の精霊たちは
「それじゃあ一緒に何かして遊びましょうよ」
 と、ニコニコと笑顔でそう言います。
 風たちは長いこと退屈していたので、一緒に遊ぶことには賛成でしたが、『遊びましょう』と言われても、すぐに遊びを思いつくことが出来ませんでした。
「何をして遊ぶんだい?」
 風たちは、そう尋ねてみました。
 森の精霊たちは、そう聞かれて『待ってました』とばかりに、自分たちの服のポケットを風たちの前で見せて回りました。
 森の精霊たちはそれぞれに、抱えたかごやポケットの中に、森の木々のタネや木の実、キノコを溢れそうになるほどいっぱいに入れていました。

「私たち森の精霊は、森の木々やキノコを増やして、見守って、育てていくのが大事な仕事なの。ここはもう、本当にりっぱな森なので、木々もキノコもいっぱいに増えていて、これからもきっと大丈夫でしょう。だから、他の場所にタネや木の実やキノコの胞子を運んで行きたいの。あちらこちら国中の町や村にね。よかったら風さんたちも手伝ってくれないかしら? きっと面白いことになると思うわよ」

 森の精霊たちがそう言うと、退屈していた風たちはみんな大賛成しました。
 そうして風たちと森の精霊たちは、さっそくなかよく連れ立って、出かけることになりました。

 風たちはそれぞれの肩先に森の精霊たちを乗せました。
「さあ、いくよ」
 そう言うが早いか風たちは、空高く舞い上がっていきました。
 風たちが風を吹かせながら飛び回ると、森の精霊たちが持っているかごやポケットの中から、森の木々のタネや木の実やキノコの胞子がいっせいに飛び出して、あちらこちらの町や村の上に落ちて行きます。
 風たちと森の精霊たちの、楽しげな笑い声や歌声も、そこらじゅうに響き渡っています。
 まる一日中笑い転げ、歌いながら飛び回っていたので、お日様や、お月様、お星様たちまでつられて笑い転げてしまいました。

 飛び出したタネや胞子は、いろんな場所に落ちて行き、あるものはひとびとに踏まれ、あるものは車の車輪に踏まれて、つぶれてしまいました。
 またあるものは牛や馬たちに踏まれてしまい、地面の下に深くめりこんでしまいました。
 そこで芽が出ず終わってしまうものも多かったのですが、誰にも知られず、柔らかい土と水を見つけて、こっそり芽を出すものもありました。
 森の精霊たちは、それを見て喜び、風たちの肩先から地面を見下ろして、タネや胞子が落ちて行った先をたしかめながら、つぶやきました。
「私たちの仕事は、こうしてタネや胞子をまいて遊ぶことなの。そうして森になるまでずっと見守っていくこともね」
 風たちは、森の精霊たちの遊びが遊びで終わらずに立派な仕事になっていることを、とてもいいなあと思いました。
 そして、自分たちも一緒に遊んでそれを手伝ったのだと思うと、とても嬉しく思いました。
 森の精霊たちがイタズラっぽい笑顔を振りまきながらも生き生きした表情で楽しそうに役目を果たしているのを見ていると、風たちもなんだか嬉しくなって、これからもずっと一緒に遊びながらいい仕事をしていたいなと思うのでした。
 そして、木々のタネや胞子や、森の精霊たちのためになるように、もっともっと遠くまで飛んでいって、もっともっと吹いてやろうと思いました。
 風たちの肩先に乗った森の精霊たちが、駆け抜けざまに、まいたタネや胞子への子守唄を歌うように声をかけます。

「タネさんたちは木々に、胞子さんたちはキノコになって、そこでの暮らしを楽しんで、大きな森に育っていってね」

 その声を耳にしたタネが思いました。
『森に? 大きな森になれるの? 私たちが?』
 運良く芽を出すことが出来たタネたちは、自分たちがまさか大きな森になれるだなんて……と不思議に思いましたが、とにかくそこで顔を出し、芽を出して、小さな細い根も伸ばして行くことにしました。
 風たちも、自分たちが想い想いに吹いて行く先に、タネやキノコの胞子たちが落ちてゆくのを見届けたことで、安心しました。そして、森の精霊たちのおかげで、こんなに楽しく遊びながらもいい仕事が出来たことを、本当に嬉しく思いました。
 そして『タネや胞子が大きな森に育ちますように』と、精霊たちといっしょに祈りました。

 こうして、風たちと精霊たちはとてもなかよしになって、またいっしょに遊ぶ約束をして帰りました。

 そうしたある日のこと、ある町はずれの、森の小道の脇に、小さなキノコがちょこんと顔を出しました。
 精霊たちが風たちの肩先に乗ってばらまいていったキノコの胞子が、落ちたところでうぶごえをあげたのです。
 この年に芽を出すキノコは、実は何百年かに一度の特別なキノコなのです。
 そのことを知っていたのは、この時まで森の精霊たちだけだったのですが、この年になって風たちもそれを知ることになり、他にも協力者が現れてくるのです。
 そのことはずっとあとでわかるので、今は内緒にしておいてくださいね。
 
 さて、今年のこの季節にこの小さな特別なキノコは、森の小道の両脇にいくつも顔を出してきて、かわいい行列を作り始めました。
 夜になるとそれはまるで、こびとさんたちの置き忘れていった小さなランプのように、ほんのり光ってあたりを照らしていました。
 
 町の方からこの森へ、毎年のようにキノコ採りに通っていた、キノコに詳しいひとたちも、初めてこのキノコを目にしたのでした。
「こんなにきれいな傘の色なら、毒キノコではないかしら?」
 そう言って、心配そうに遠巻きに眺めるだけでした。
 風たちと森の精霊たちは、自分たちがまいた胞子から芽吹いたキノコが、毒キノコと思われて避けられていることに胸を痛め、心配になってたびたび様子を見に来ていました。

 それから間もないある日のこと。
 森で夢中になってキノコを採っていたひとたちが、ついうっかり遅くなってしまい、すっかり暗くなってしまった帰り道のことです。
 本当ならちょっとこわいその道を、ランプのようにあかあかとキノコが照らしてくれたおかげで、安心しておしゃべりしながら帰ることができました。
 ひとびとはランプのようなキノコがあるととても助かるので、喜んでそのままにしておくことにしました。

 こっそり様子を見にきていた風たちと精霊たちも、キノコがランプの役割を果たして、ひとびとに喜ばれているのを見ると、とても嬉しくなって、安心して帰りました。

 夜遅くになって、誰も小道を通らなくなると、キノコたちはひそひそと話を始めました。
「毒キノコじゃないかって言われてたから、引っこ抜かれるかもしれなくてハラハラしたねのキノコ」
「ランプのかわりになるって喜ばれてるから、抜かないでもらえてうれしいねのキノコ」
 キノコたちは、そんな風に声を潜めて心配事やうれしいことをつぶやきながら過ごしていました。

 来る日も来る日も、キノコ採りのひとびとが森を訪れ、入れ替わり立ち代りその小道を通ります。
 けれど、誰もそのキノコを摘んでみようとはしませんでした。
 なぜですって?
 もしも、そのランプのようなキノコが、毒キノコでなく、食べられるキノコだったとしても、摘んで食べられるような大きさは、とっくに超えてしまっていたのです。
 それはもう、お鍋に入りきれないくらいの大きなキノコになっていたのです。
 その色といい、ランプのような明るさといい、その大きく育った具合といい、あまりにも珍しかったので、キノコ採りに訪れていたひとたちだけでなく、そのうちに町中だけではなく、国中のひとびとにも知れ渡りました。

 キノコたちは、どれもこれもが、それはそれは鮮やかでキレイな色をしていましたし、日が暮れると火が灯ったランプのように、小道の脇で光りはじめるので、森へ遊びに来たひとたちに、とても重宝がられていました。
 ランプのようにあかあかと光るおかげで、それが毒キノコであろうとなかろうと、お料理に使ってみようなどと思うひとは誰もいなかったのです。
 すでにふつうのキノコの大きさは超えていたので、これからどこまで大きくなるのだろうかと、ひとびとは、もう興味津々でキノコの成長を見守るようになりました。

 それから半月も経った頃でしょうか。
 キノコたちは『こしかけ』になりそうなくらいに大きくなりました。
 その硬さもほどよくて、大きさもじゅうぶんで、座り心地もふかふかで、申し分なくよかったので、森の小道を行くひとたちが、休憩したりおしゃべりしたりするのにちょうどいい椅子になっていました。
 座り心地の良いキノコの椅子で、ながながおしゃべりしていたひとたちが、すっかり夜ふけになってしまってから、やっと腰を上げて帰って行くと、またキノコたちは、ひそひそと話をしました。
「長い時間、腰掛けられていると重たくて大変だけど、引っこ抜かれるよりはいいねのキノコ」
「森に遊びに来たひとに喜んでもらえるなら、多少のことは気にしないで生きていこうねのキノコ」

 それからまた半月も経った頃でしょうか。
 キノコたちの中で一番大きいものは、テーブルにちょうど良いくらいの高さと大きさになっていました。
 一番最初に生えて来たキノコがテーブルにぴったりなら、そのまわりに、少しあとから生えてきたキノコが、ちょうどいい椅子の高さに追いついてきています。
 このキノコたちときたら、すてきなことに、お茶会のできるテーブルと椅子にぴったりなのです。
 森へ遊びに来たひとびとは、キノコ採りに来たはずなのに、その目的も終わらないうちに、大きなキノコのテーブルと椅子で、はやばやとピクニックのおべんとうを広げています。
 小道の両脇には、キノコというキノコに、朝早いうちから我先にと場所取りのしるしになるように、バスケットや帽子が置かれて行きました。
 ひとびとは、大きくなったキノコの上で、昼は昼でお茶会を、夜は夜でパーティーを繰り広げます。
 夜はキノコが光って、また格別に素敵な雰囲気のキノコカフェになるのです。
 ひとびとは大きなキノコがあることを喜び、とても大切に思い始めました。

 風たちと森の精霊たちは、キノコカフェのパーティーの、ワクワクするような噂を耳にして、連れ立って様子を見に来ました。
 ひとびとが大きなキノコのテーブルで楽しそうにしている姿を見た風たちと精霊たちは、キノコが喜ばれているので、嬉しくて誇らしくなり、胸がいっぱいになって、安心して帰りました。

 その日も夜中までキノコカフェで遊んでいたひとびとが、片付けて帰って行くと、またキノコたちはひそひそと話をしました。
「お茶やスープがこぼれると熱いけど、引っこ抜かれるよりはいいよねのキノコ」
「役に立って喜ばれるなんて、生きがいになるよねのキノコ」

 そしてまた半月も経った頃でしょうか。
 一番最初に生えて来た大きいキノコは、あづま屋ふうの屋根になり、その次に大きいキノコがパラソルに、そしてその下にテーブル、椅子と、順々にちょうどいい大きさになって、それぞれが育っていました。
 相変わらず長雨小雨の続く毎日でしたので、ひとびとは、少々雨が降ってきても休憩が出来て、暗くなっても明るく照らしてくれる、大きなキノコの屋根の下に朝から晩まで集いました。
 そして、そこでいろんな相談事をしたり、大好きなひとと待ち合わせたりして、みんなが楽しく過ごすことが出来て、キノコは町のひとたちには、なくてはならない存在になっていました。

 真夜中になって、遊び疲れたひとびとが帰って行くと、またキノコたちはひそひそと話をしました。
「傘の下に大勢集まってきて騒がしいけど、引っこ抜かれるよりはいいねのキノコ」
「楽しそうに過ごしてもらえるのは見ていて嬉しいから、ずっとここにいたいねのキノコ」

 キノコたちは長く降り続く雨を浴びて、さらにもっともっと大きくなっていきました。
 はじめは小さなランプ替わりだったキノコも、いまやあかあかと照らす街灯の役目まで果たしていて、テーブルや椅子までそろった、大屋根付きの立派なキノコカフェ通りです。
 小道の両脇から張り出した屋根の代わりのキノコの傘が、道の真ん中まで届いて重なり合うほどに大きくなり、そこはまるで大屋根キノコの大通りになりました。

 はじめの頃は、キノコのことを、毒キノコかもしれないと疑っていたひともありましたが、今ではみんなとても大切に思っているのです。

 いいことずくめのキノコなのに、どこからかこんなささやきが聞こえてきます。
『休憩するにはとても助かるけれど、ちょっと大きくなりすぎじゃないだろうか?』
 それもそうなのです。
 実は心配なことがあるのです。
 もうすぐ『風と森の精霊のおまつり』の日がやってくるからです。

『風と森の精霊のおまつり』は古くからこの国で祝って来たおまつりです。
 この国では、すべての生き物は、みんな風と森の精霊の助けを借りて生まれ育つものだと言われているのです。
 本当のところは風と森の精霊のいたずらやきまぐれ、遊び心に助けられていることもあるのですが、多くは風と森の精霊に大事に守られ、力をもらって生まれ育ってきたのです。
 
 その時代の風たちと精霊たちが出会って、仲良くなって、いい仕事をしてくれることで自然が豊かになり、生き物たちが立派に育ってきたのです。

『風と森の精霊のおまつり』の日は、そのことを、みんなでお祝いするおまつりなのです。

 その日は、王様のパレードが町の広場までやってきます。
 この小道を馬車でお通りになるのです。
 小道の両脇にキノコの休憩所が並んでいる様子はとてもキレイで、ぜひとも王様に見ていただきたいものだと、ひとびとは思うのですが、こんなに傘が張り出していては、王様の馬車がお通りになる時に邪魔にならないだろうかと、とても不安に思いはじめました。
 パレードの日までに、これはなんとかしなければならないと、町のひとびとが考えるようになって、今日もまたキノコの大屋根の下で相談をしていました。

 そんな町の噂を聞きつけて、お城からの使いの者が、大きなキノコのことを下調べにやって来たのです。
 馬に乗って訪れた、お城の使いの者は、小道の両側にずらっと並んだ大きなキノコを見て、馬から落っこちそうになるほど驚きました。
 傘の高さが、馬の頭の高さどころか、馬上の自分の頭すら超えているのですから、無理もありません。

「こんなに大きなきのこは初めて見たぞ。立派なものだがあまりに大きすぎて、傘が少し垂れ込めて邪魔にならないだろうか? これでは馬車も通れまい。はてどうしたものか?    これはさっそく王様に報告しなければ」
 そう言って、お城へ戻ろうとした時です。
 突然、大粒の雨が降り出しました。
 長雨小雨が続いた季節の変わり目でしたが、こんなに大粒の雨が降るのはひさしぶりです。
 馬に乗ってきたお城の使いの者や、その場に居合わせて傘の用意もなかった町の人々はみんな、おおあわてでキノコの大屋根の下に駆け込みました。
「ほう、これはちょうどいい具合に雨やどりすることが出来た。ありがたいキノコの大屋根だ」
 お城の使いの者はすっかり関心してしまいました。
 大粒の雨が止むのを待っていると日が暮れ始め、キノコの大屋根から出ると、お城の使いの者は、あたりをぐるりと見渡しました。
 道の両脇にずらっと並んだキノコの大屋根が、最初はほんのりと、だんだんあかあかとあたりを照らし始める様子を見ていて、お城の使いの者はなんとも言えない温かい気持ちに包まれました。
「ほう、これはまたすてきなながめだ。雨宿りにもちょうどよかったしな。だが、もしかすると馬車が通れないかもしれない」
 お城の使いの者はつぶやきました。
 王様の馬車が通れなければ、切り倒さなくてはならないのです。
「キノコを切り倒すのですか?」
 ひとびとが心配して尋ねました。
 お城の使いの者は少し困りましたが、そのまま帰って行きました。
 その様子を風と精霊も見に来ていました。
 
 心配して相談していた町のひとびとが、みんな帰ってしまったそのあとで、またキノコたちはひそひそと話をしました。
「こんどこそ切り倒されるかもしれない。みんな順番がくるのかものキノコ」
「順番がくる時まではみんなで一生懸命ここで頑張ろうよのキノコ」

 噂を聞きつけた風たちと森の精霊たちは、自分たちが大切に見守って来たキノコが、嘆いているのを見ていると、かわいそうで心配で胸が痛みます。
 キノコたちが切り倒されるかもしれないと聞いてしまっては、何もしないでいるわけにはいきません。
「そのままにしておいてもらえるような、何かいい方法はないだろうか」と、頭をひねっていました。
「そうだわ、いいことがある!」
 森の精霊の中のひとりが、思いついたことを話しだしました。
「風さんたちと私たちで、キノコの屋根を持ち上げて、王様の馬車が通れるようにしましょうよ」
 みんなは大賛成しましたが、王様の馬車がお通りになる時に、そんなに大きな風を吹かせるわけにはいきません。
『どうすれば小さな風を吹かせるだけで持ち上げることができるだろうか?』などと、みんなで知恵を出しあって考えました。
「大変だろうけど頑張りましょうよ。だってキノコたちのため、森のため、町のひとびとのためだもの。そして、みんなが私たちのことを祝ってくれる『風と森の精霊のおまつり』の日なんだもの」
 風たちと森の精霊たちたちは、それから国中を駆け回って、国中の風たちと国中の精霊たちに手を貸してもらえるよう、声をかけて回りました。

 さて、その日がやって来ました。
『風と森の精霊のおまつり』が始まって、これからいよいよ王様のパレードです。
 今まで、何事もなく、すくすくと育ってきた大屋根キノコたちでしたが、今日のこの日を迎えて、胸のうちは内心びくびくしていました。
 うれしいお祝いの日なのに、町のひとびとも心配でたまりません。

 大屋根キノコの話を、お城の使いの者からいろいろと聞いていらした王様でしたが、ご自分の目で、そのキノコたちをご覧になりたいとお思いになって、『切り倒さずにそのままにしておくように』と、家来に仰せになりました。

 けれど実は、王様の家来は、前もって木こりたちを集めて、『もしもの時には馬車が差し掛かる前に、キノコを切り倒すように』と、命令を出しておりました。
 王様の馬車の屋根がつっかえでもして、馬車がひっくり返るようなことがありでもしたら、それこそ一大事です。

 さてさて、お城の方から王様の馬車が見えて来ました。
 町のひとびとも総出でお迎えです。
 大屋根キノコの大通りは溢れるひとたちでいっぱいになっていました。
 木こりたちへの命令があったことを聞きつけた風たちと森の精霊たちも、間に合わなければ大変と、国中の風たちと精霊たちを集めて、大急ぎで駆けつけていました。

「おお、なんと立派に育ったキノコじゃ」
 王様は遠くから、もう身を乗り出してご覧になっています。
 そして王様の馬車が、キノコのあいだを通り抜けはじめました。
 キノコたちはあれからもまだかなり大きく育っていたので、キノコの傘は馬車の屋根よりも高いものがほとんどでしたが、ギリギリの高さのキノコや少しだけ傘が垂れ込めていて、馬車の屋根とぶつかりそうになるキノコもありました。
 もしもの時はそれを切るために、木こりたちが通りの両脇で待機しています。
 風たちと森の精霊たちは、はじめはヒヤヒヤしながら見守っていましたが、とうとう見ていられなくなって王様の馬車の手前に躍り出ていきました。
 そして、誰にも見えないように、吹き抜けたり飛び回ったりして、みんなで力を合わせてキノコの傘の軒先をかかえ、持ち上げて行きます。
 大きな風を吹かせるのではなく、心地よいくらいのそよ風でありながらキノコの傘を持ち上げるのは、けっこう大変な力がいるのですが、風たちと森の精霊たちは、自分たちの大事なみんなの大好きなキノコを守るために一生懸命になって、知恵と力を振り絞ってがんばりました。
 おかげで王様の馬車は、まったくキノコの傘につっかえることもなく、すんなり通り抜けることが出来たのです。
 王様と町のひとびとは大喜び。
 今日が『風と森の精霊のおまつり』だから、『風と森の精霊が力を貸してくれたに違いない』と、口々に感謝してほめたたえました。
 風たちと精霊たちはちょっとくすぐったく思いましたが、『がんばって良かった』と、ほこりに思いました。

 町の広場では、王様がおこしになるのを歓迎して、うたげの準備ができていました。
 キノコ大通りの出口から、王様の馬車をみんなで囲んだまま、ぞろぞろと町の広場まで移動しようとしていた時でした。
 突然、空から大きな『ひょう』が、バラバラ、ガチガチと音を立てて降って来たではありませんか。
 みんな驚いて声をあげながら、逃げまどいました。

 王様の馬車も、お城の従者も、町のひとびとも、みんな大急ぎで大通りに引き返し、キノコの下へ駆け込みました。
 キノコの傘の上に、軽くめり込むくらいの勢いで、ボコボコと大きな音を立てて降ってくる『ひょう』でしたが、分厚い大屋根キノコの傘はびくともしません。
 みんなはキノコのおかげで、けがもなく、『ひょう』が降るのがやむまで、無事にやり過ごしました。

「たいしたキノコだ、キノコばんざい!」
「風と精霊のおまつりの日、ばんざい!」
「みんな、ここでお祝いのうたげだ!」

 それから、そのまま大屋根キノコの下にお料理やお酒が運ばれて来て、パーティーが始まりました。
 その日は夜が更けても夜が明けるまでも、ずっとパーティーが繰り広げられました。
 キノコたちは嬉しくて、いつもよりもさらにあかあかとあたりを照らします。
 風たちと森の精霊たちも、自分たちのことのように嬉しくて、キノコの傘の上で、みんなのようすを見守りながら楽しく過ごしました。

 町のひとびとはこれからもキノコのことを大事にしていこうと誓いました。
 そしてこれからも『風と精霊のおまつり』の日には、大屋根キノコの大通りに王様をお招きして、キノコのうたげを繰り広げる習わしとすることも決めたのでした。

 風たちと森の精霊たちは、おまつりが無事に終わるのを見届けると、その場所をあとにして、また飛び回って見ることにしました。
 風たちの肩先に森の精霊たちが乗って地面を見下ろしながら、あの日、タネや胞子が落ちて行ったところを見回ります。
「私たちのご先祖もずっとこうして森を作ってきたのよ、きっとどこかで新しい森が育ちはじめているわ」

 あの日、森の精霊たちの声を聞きつけて頭をもたげた小さなタネたち……
 顔を上げ、芽を出し、根を伸ばし始めていたあのタネたちはどうしているでしょう?
「森に? 大きな森になるの? 私たちが?」
 そう言って不思議がっていたタネたちは、あの場所で根を張り小枝や葉をつけて、まだ小さいながらも『木』になろうとしていました。
 木はキノコのようには早く育たないので、木々が大きくなって森が育つ頃には、風たちや精霊たちがもっと年をとって次の世代の風たちや精霊たちと交代するのです。
 次の世代の風たちと精霊たちも仲良く森を育ててくれるようにと祈ります。
 
 それから何百年たったでしょう。
 大きな森が育っていました。
 森は町からほどよく離れていましたが、町のひとびとがピクニックやキャンプをするのにちょうどいい場所でした。

 森は、春から夏にかけてのその時期、キノコ採りのピクニックに訪れるひとたちで賑わっています。
 町の子供たちから大人たちまでが、学校でも家族でも職場でも、ピクニックと言えばこの森というくらいです。
 子供達のおとうさんやおかあさん、おじいさんやおばあさん、そのまたおじいさんに、ひいおばあさん、ひいひいおじいさんと言う具合に、つまりは先祖代々のみんなが、森へ遊びに来ていたのでした。
 よそから引っ越して来たひとたちも、この森がいっぺんに好きになるくらい、そんな素敵な森でした。

 森には小道がいくつもありましたが、そのうちのひとつに言い伝えがありました。
 その小道は、大きな森と少し小さな森をつなぐ小道で、古いお城に繋がっています。
 その小道に昔々、大きな大きな大屋根キノコの『通り抜け』があったという言い伝えです。
 町の子供たちは小さい頃から、森やお城にちなんだ古い昔話をたくさん聞いて育ちました。
 とりわけ人気のあるのは、王様の馬車がキノコの間を通り抜けるお話です。
 それが単なる言い伝えなのか、本当の話なのかを知っている者は、今ではどこにもいないだろうと思われています。
 けれども、森の小道の両脇には、たしかに時々ぽつんぽつんと、小さなランプのようなキノコが現れたりするのです。
 それはとても可愛らしいながめで、見つけたひとは物語の始まりを感じて、夢を見るようにワクワクしながら見物するのですが、キノコが大屋根にまで育つのは、誰も見たことがありませんでした。
 長雨小雨の続く春から夏にかけて、小さなこびとさんのランプのように、森の入り口をほんのしばらく、ほんのりと照らすことはありましたが、大屋根どころか腰掛けほどにも育ったりしたものは見かけません。

「昔話とはそんなものだよ」
と、おとうさんやおかあさんは笑うのですが、おじいさんやおばあさんたちは、
「生きている間に見て見たいものだね」
 と、口ぐせのように言っています。
 子供たちは大人たちのそんな話を聞いて育っていきます。

 この町で育ったリサとタクも、そんな言い伝えを聞いて育ちました。
 リサは、そのお話の王様の子孫でした。
 亡くなったおじいさんから、古いお城を譲り受けていたリサは、最近になって、隣町の大きな会社から連絡をもらいました。
 古いお城を使ったホテルと森のテーマパークを建設する話なのですが、実はその話にはとても乗り気になっているのです。
 お城は歴史があって、情緒もあるとても素敵なところなのですが、古くて壊れかかっていて、電気も引いていないので、怖くて不便で、そのままではとうてい住めません。
 改修したくてもすごくお金がかかることなので、できることなら、森のテーマパークのホテル建設に売ってしまいたいと考えていました。
 タクもこの町で育ち、リサとはいとこ同士でしたが、隣町にあるホテルの会社に勤めています。
 森や、古いお城や、町の将来のことや、会社のこと、自分たちのこと、いろんなことを考えた上で企画を練って、リサにこの話を持って来たのです。
 ふたりは下調べのために、森の入り口の駐車場で待ち合わせしました。
「やあ、リサ、元気そうだね」
「ひさしぶりね、タク。良いお話をありがとう」
 いくつもある小道のひとつから歩いて入って、並んで歩いて行きます。
「子どもの頃、よくピクニックに来たわね」
「ほんとにひさしぶりだ、森は変わらないね」
 ふたりとも小さい頃から、この森が大好きで、森のことはすみからすみまで知っています。
 学校で毎年行うピクニックのことも、いまではなつかしく思い出されます。
「勝手に森の奥深くまで入って行って、よくおこられたっけ」
「森のことなら、こっちは先生よりもよく知ってたもの、全然平気だったわ」
 いとこ同士のふたりは兄妹のように育ったので、とても仲良しで、ことに森のピクニックの時は、よくふたりで探検ごっこをしていました。
『小道の脇からは、ひとりで踏み込んで行ってはいけません。必ずグループで行動するように』
 先生から大声で注意されてもどこ吹く風でした。

「おぼえてる? ランプのキノコを探して、向こうの小道を何往復もしたこと」
「ああ、おぼえてるよ。見たひとがいるって聞いたけど、見つからなかったね。それが何百年かに一度、ものすごく大きくなるんだって、おばあちゃんが言ってた」
「私が聞いた話では、大屋根キノコが育った年に芽を出した木々が、それから立派な森になった頃になると、また大屋根キノコが出てくるんですって」
「それじゃあそろそろ出て来てくれないかなあ。テーマパークが出来た時にでも現れてくれたら、すごいイベントになるし」
「お城の書庫に資料があるかもしれないから下調べに行きたいんだけど、ひとりじゃこわいのよ。オバケが出そうなんだもの」
「じゃあ、これから行ってみよう」
ふたりはお城へ続く小道に入って行きました。
「あの頃から見ても、また立派な森になったものだね」

 歩きながら、ふたりは昔のピクニックのことを思い出していました。
『そっちじゃなくて、あっちに行ってみようよ』『こっちの方がそっちよりおもしろそうよ』などと、よくケンカしながら探検して遊んだものです。
 そんなふうに、なかなか意見がまとまらないながらも、迷子にならないように、ちゃんと一緒に行動していました。
 この道を通るのも十年振りになるでしょうか。
『十年ひと昔』などと言いますが、昨日のことのように思い出されます。
 ふたりは、小道の両脇に積まれた古めかしい石垣が、あの頃よりもいっそう古めかしくなったのに、崩れそうで崩れないのを見て、感心しました。
 ひび割れて崩れ落ちかけているはずの石垣を、つる草や木の根が、がっしりとつかんでいるからです。
 石垣を見ると、そのあたりに腰を下ろして、おべんとうを広げたことも思い出しました。
 この石垣がちょうどいい感じの背もたれになったのですが、もたれている石垣のすき間から、時々足のたくさんある虫が出てきて、びっくりして飛び上がったり、それを見て大笑いしたこともありました。
 もともと森に住んでいる虫たちなのですから、外から来た自分たちが邪魔してはいけません。
 そっとよけたり払ったり、逃がしたりするだけで、ふんだりしないように気をつけてあげたこともおぼえています。
 リサは、上級生になった頃に、おかあさんを少しだけ手伝って、作ってもらった大好物の卵サンドイッチを、ここで広げた時、森の木々の香りもいっしょにほおばって、格別においしかったことを思い出しました。
 タクもおかあさんに作ってもらったピロシキを取り出して、いただきますも言わずにパクパク平らげたことを思い出しました。
 こぼれたパンくずにアリがやって来て、おもしろいように大行列が出来たことや、持って来たおやつを少し食べたらふたりとも眠たくなってしまって、先生に起こされるまで、石垣にもたれたまま昼寝してしまったことなどを、次々に思い出しました。

 そんなふうに、思い出して笑いながら、大きな森から小さな森へ差し掛かる小道に出てきました。
 そこからまっすぐ歩いて行くと、もうすぐお城です。
 その時でした。
 かすかに聞こえたのです。
『リサ、タク、いっしょに遊びましょうよ』

「いま、何か聞こえなかった?」
「聞こえた、誰か、呼ぶ声がした」
 ふたりはあたりを見回しましたが、誰もいません。
 気のせいかと思い、進んでいこうとした時です。
 小道の向こうからつむじ風が走り込んで来て、あっと言う間にふたりを巻き込んでいました。

 ふと気がつくと、頭の周りで羽音のような音がします。
 ふたりははっとして起き上がりました。
 崩れかけた石垣にもたれて眠っていたようなのです。
 頭の周りでハチドリのように飛ぶものがあります。
「リサ、タク、いっしょに遊ばない?」
 と、ふたりに声をかけてきました。
 何が起こったのかわかりません。
「あなたたち、だあれ?」
 リサが聞くと、飛んでいるものが答えました。
「私たちは森の精霊よ。そしてほら、いま降りてくるのが風さんたち」
 ふたりが見上げると、風たちが空から吹いてくるのが見えます。
 そこで、タクが聞きました。
「何をして遊ぶんだい?」
 すると、風たちが笑いながら降りてきました。
「これから森の精霊たちとタネまきの仕事に行くんだ、僕たちの肩先に乗りなよ。見物させてあげるから」
 と言いながら、ふたりの足元に腕を下ろして、肩を突き出しました。
 ふたりはおどろきましたが、迷わず風の肩先によじ登りました。
 森の精霊たちも、リサとタクのとなりにつかまりました。
「さあ、いくよ」
 風たちがそう言うが早いか、空高く舞い上がりました。
 風たちの肩先から下を見下ろすと、森もお城も町もどんどん小さくなって行きます。
 そして、子供の頃に通った学校や、隣町やそのむこうの隣町も、次々に飛び越えて、どんどん遠くへ飛んで行くのです。
 目にも留まらぬ早さで景色が変わって行きました。
「ちょっと寒いけどガマンしてて!」と風たちが言うと、高い山から滑り台を駆け下りるような勢いで、野山や畑へ村や町までも一気に吹き降ろします。
「うわ~、ほんとに寒い~」
 ふたりはブルブル震えましたが、
「寒ければ寒いほどおいしくなる作物があるから、これがいい仕事になるんだよ」
 風たちは言いました。
 ふたりは風が大変な仕事を、こんなにも楽しげにやっているのだと感心しました。
 夢中で景色を眺めていましたが、その早いこと早いこと、目にも留まらぬ早さです。
 それから少しゆっくり吹いたかと思うと、こんどは暖かくなって来ました。
 風たちが上へ下へとふわふわと吹いていると、森の精霊たちは服のポケットを裏返して、タネやキノコの胞子をまいていきます。
「風と森の精霊のお仕事って、なんて楽しいんだろう」
 森の精霊たちは、風たちの肩先から地面を見下ろして、タネや胞子が落ちて行った先を確かめながら、こう言いました。
「私たちの仕事は、こうしてタネや胞子をまいて遊ぶことなの。そうして森になるまでずっと見守ることもなの」
 リサとタクは、風と森の精霊の遊びが遊びで終わらずに、立派な仕事になっていることを、とてもいいなあと思いました。
 
 それからさらに風たちは吹き続け飛び続けて、ずいぶんと遠くへ来たような気がしたのですが、またさっきの森の真上まで戻って来ていました。
「あれれ? もう戻ってきたの? もっと飛んでいたかったなあ」
 タクが言うと、森の精霊たちが笑いました。
「いいえ、まだまだこれからよ」
 そう言って下を指さしました。
 すると、森の小道の両脇に何かが点々と見えてきます。
「あっ! あれは? もしかして」
 ふたりの目に飛び込んできたのは、小さなランプのようなきのこの行列です。
「ここは何百年も前の、あの森よ。あなたたちがピクニックに来ていた森の、もっともっと昔の姿なの」
 森の精霊のひとりが答えると、またひとりが言いました。
「なるべく静かにしていてね。この時代のひとたちには、あなたたちの姿は見えないはずだから心配はないけれど、静かにだまっていて、音をたてないで、見ていてほしいの」
 リサとタクはふたりして、森の精霊のことばにうなずきました。
 
 風たちの肩先から森を覗き込んでいると、キノコ採りのひとびとがやって来ました。
 なんだか古めかしい服装をしています。
 何百年も昔の、この町のひとびとです。
 今の町のひとびとの『ひいひいひいひいおじいちゃんやおばあちゃんたち』、ご先祖さまたちです。
 リサとタクは声をかけたい気持ちになりましたが、森の精霊に止められていたので、ぐっとこらえてだまっていました。
 あたりが暗くなって来て、やがてキノコ採りのひとたちが心細い足取りで森の奥から出て来ましたが、小さなキノコがランプのように足元を照らしているので、みんな安心して帰って行きます。
 それからキノコが腰掛けになりテーブルになりパラソルになり、やがて大屋根になって行くのが見えました。
「すごいなあキノコたち、あんなに大きく育つなんて」
「みんなとても楽しそうでうらやましいわ」
 ふたりは誰にも聞こえないくらいの小さな声で言葉を交わしましたが、森の精霊が口元で、
「しーっ」
 と、指を立てました。
 ひとびとが楽しそうにお茶会をしています。
 そしてお城の使いが雨宿りしているのが見えました。
 大きく立派に育った『キノコの通り抜け』へ、王様の馬車がやってきました。
『私たちのご先祖さまだわ』と、リサは興味津々で王様の行列をのぞき込んでいました。
 馬車の中の王様は、なんだかタクに似ています。
 横に座っているお妃さまの顔が見えると、リサは自分に似ている気がして嬉しくなるのでした。
「ちょっとだけ手伝ってくるからここで見ていてね」
 そう言うと、風たちと森の精霊たちは降りて行って、他の風たちや森の精霊たちと一緒に力を合わせて、キノコの傘を持ち上げていました。

「風と森の精霊のお仕事って、なんて素敵なんだろう」
 風たちと森の精霊たちが一生懸命に力を合わせてキノコの屋根を持ち上げている姿を見ていると、ふたりは、胸の奥からこみ上げてくるものを感じました。
 リサは胸がふるえて、少し涙ぐんでしまいました。
 タクも目を赤くして、大きなため息をついていました。

 降って来た『ひょう』をのがれて、それから大屋根キノコの下で『風と森の精霊のおまつり』のパーティーが開かれたのを見届けると、また森の精霊たちが言いました。
「さあ、もうひと仕事あるのよ。これからまた出かけましょう」
 言うが早いか森の精霊たちは、リサとタクの手を引いて、また風たちの肩先に乗るように合図しました。

 それから風たちは一気に飛び上がり、すごい速さで森や山を飛んで行きました。
 風たちが飛び回り、吹いて回ると、精霊の裏返したポケットから、新しい森の木々のタネやキノコの胞子がいっせいにこぼれて、あちらこちらの町や村の地面に落ちて行きます。
 タネや胞子が、落ちて行く姿。
 ひとびとや車の車輪につぶれる様子。
 牛や馬たちにふまれるところ。
 地面の下に深くめりこんでいくところ。
 池に落ち、川に流される姿。
 
 そして、やっと、柔らかい土の上に。

 いま落ちたちいさなタネや胞子が、これから長い年月をかけて森になって行くのです。
 ふたりは言葉も出ずに見つめていました。
 
 精霊たちが言いました。
「さあ、さっきの大屋根キノコの胞子を持って、何百年も超えて、あなた方の時代へ戻って、これからまた、まくのよ」
「えっ? じゃあ、私たちの住んでいる時代のあの森に、大屋根キノコが生えるの?」
「そうよ。あなたたちといっしょにさっきの『何百年も昔』にまいた木々のタネが、あなたたちの時代にりっぱな森に育っているんですもの。お祝いしなきゃ」

 リサとタクは、自分たちもこうして一緒にそれを手伝っているのだと思うと、心からうれしく思いました。
 こんなにイタズラっぽい笑顔を振りまきながらも、楽しそうに役目を果たしている森の精霊たちの、生き生きした表情を見ていると、リサもタクも、うれしくてたまりません。
 もちろん、風たちもうれしそうです。
 
 それから風たちは、タネや胞子や、森の精霊たちのために、そして、リサとタクのために、もっともっと遠くまで飛んで吹いて回りました。
「タネさん、胞子さんたち、そこで生まれたら、そこの暮らしを楽しんで、大きな森に育ってね」
 風たちの肩先に乗った森の精霊が、吹き抜けざまに、まいたタネや胞子たちへ声をかけます。
 リサとタクも森の精霊たちのマネをして、大きな声で呼びかけます。
「タネさん、大きな森に、立派な、素敵な森に育ってね」
 その声を耳にしたタネがありました。
「森に? 大きな森になれるの? 私たちが?」
 タネたちは自分たちがまさか大きな森になれるだなんて、と不思議に思いましたが、とにかくそこで顔を出し、芽を出して、小さな細い根も伸ばしてみることにしました。

 風と森の精霊とリサとタクは、自分たちが想い想いに吹いて行く先で、タネやキノコの胞子たちが落ちてゆくのを見てこころゆくまで楽しみました。
 このとても大事な仕事を、永遠に伝えて行けたらと願い、『タネや胞子が大きな森に育ちますように』と、心から祈りました。

 こうしてリサとタクは風と森の精霊と、とてもなかよしになり、またいつかきっと、いっしょに遊ぼうと約束をして帰りました。

 ふと気がつくと、頭の周りで羽音がします。
 ふたりは、はっとして起き上がりました。
崩れかけた石垣にもたれて眠っていたようです。
 風がさっと吹き抜けて行きました。
 頭の周りでハチドリのようなものが何度も回っていたように思いましたが、あたりを見回すと何もいません。
 ふたりは顔を見合わせました。
「風たちと森の精霊たちだったね」
「タネと胞子をまいたわ」
「大屋根キノコも見たよね」
「もうすぐ生えるんだわ」

 そして、小道を歩いていてつむじ風に巻き込まれたことも思い出して、すぐに立ち上がってみましたが、どこもけがはありません。

 それから、ふたりはお城の方へ歩いて行きました。
 くずれ落ちそうに見えたお城は、つる草や木の根につかまれて、意外としっかり建っていました。
 ふたりは書庫へ行って記録を調べようと思いました。
 本棚の奥で、タクが何か見つけ出しました。
「背表紙に『風と森の精霊のまつり』って書いてある」
 そう言って、本を引っ張り出して来て、ほこりをかぶった机の上で開きました。

 ふたりが読んで行くと、そこにはこう書いてありました。
『数百年に一度、そのキノコが大屋根にまで育つ。そして、その時代の風たちと森の精霊たちに、その見守り役がまかされている。キノコも森も、そこに降り立った日からずっと、そこで育っていられることが、風と森の精霊のおかげなのだということを全く知らない。けれど、いつも風と森の精霊に見守られていることだけは感じている』
 そして、こうもありました。
『風と森の精霊はその引きつぎの時に、ひとびとの中から協力者を選ぶ』

 この本を記したひとは、きっと、あの時代の『協力者』に選ばれて、その役割を果たしたことでしょう。
 リサとタクは、自分たちが、この時代での『協力者』として、風たちと森の精霊たちから選ばれたのだということを知りました。

「この本には、私たちが風と精霊から教えてもらったこととまったく同じことが書いてあるわ」
「まちがいない。あれは本当のことだったんだね」

 この本が書かれたのは、ふたりが風たちと精霊たちに連れて行かれたあの時代の、あの大屋根キノコが育った頃でしょう。
 風たちと森の精霊たちによって、胞子と同時にまかれた木々のタネたちが、立派な森に育ったことを確かめるため、そのことを祝うために大屋根キノコが現れ、森とキノコがいっしょになって、風と精霊のおまつりを盛大に祝おうと、その時が来るのを待ちわびているのです。
 めぐりめぐる不思議な自然の秘密。
 とても大きな自然の、小さな秘密です。

 リサとタクは、何百年もかけてゆっくり育つ森と、あっと言う間に大きくなるキノコが、同時にスタートを切ったとしても同じペースで育つわけではないことなど、頭ではわかっていても、本当にはわかっていなかったと気づきました。
 いいえ、実際には、ふたりとも、考えたこともなかったのです。
 きっと、風たちと森の精霊たちも、その大切さを伝えたかったのではないだろうかと思いました。

 森ではいろいろな木々や生き物たちがおぎない合って、助け合って育ちます。
 そこにはいろんな生命が宿っていて、もちろんキノコの多くは森の木々の下にいるから育つのです。
 いろんな生命を守り育てることのできる、大きな森に育つまでには何百年という長い長い年月が必要なのです。
 そして、『風と森の精霊のおまつり』が続いているのは、ずっと昔から、風と森の精霊の見守りがあったからなのです。
 リサとタクは、自分たちもこれから子孫のために、ちゃんと森や自然や町のひとびとのことを見守ろうと心に誓いました。

 そうして、リサはお城を売るのをやめ、タクはテーマパークの企画を取り下げました。

 それから数日後、森の小道にこびとのランプのようなキノコの行列ができ始めました。
 国中のあちらこちらで、大きく立派に育っている森。
 その遠く近くで、新しい根を張り、小さな枝葉をつけた細い木が、ひっそりしっかりと生まれ育っているのです。
 
 森へピクニックやキャンプに出かけた時に、古いお寺やお城の庭を訪れた時にも、誰かが起き忘れたランプのような小さなかわいいキノコの光が点々と続いているのを見かけたら、このお話を思い出して下さいね。

風と精霊のおまつり

風と精霊のおまつり

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-10-09

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted