俗悪-美詩集
辛い労働環境で終電間際まで働き、毎夜ふらりと無心で列車に飛び降りそうになっていた時期、ヴェイユを毎晩読みながら貞節と生存を守りたくて縋るように書いていた時期の、短くささやかな詩を集めています。
象徴派につよい影響を受けているもののみを選びました。
鈴木信太郎大好き~。
〈仏蘭西式十四行詩〉
双頭の女神
跪け、我が”わたし”よ 無個性なる心よ
平伏して、理不尽なる異教徒神に 頭をがしと掴まれて、
地に額を擦られながら “理想”に肉を裂かれることよしとして、
憎しみを心臓に刻み、次の風景に跪くことをせよ──かの燦爛たる月光。
弓を吹け、我が”わたし”よ 非人格の領域よ
貴様の後頭部を掴む 澄みきった硝子製の腕は、
背後に拡がり四方を閉ざす一面の硝子盤 彫刻の翳波うつ”現実”なる神、
ぼくは貴様を憎んでる、つまりは愛し信仰する──反逆の刃を投げつけよう。
燦爛たる月光、美と善の翳落すその”理想” 死と虚空を照り返し、
硝子盤なる”現実”もまた、それ等孕んでる ぼくが風景を重層させたから。
つまりは双方、双頭の一神か?──美しく、冷たく硬いのがその明証、
ぼく、硝子製の気体に横臥し神経疵つけ泳ぐよう──
わが身は死と虚空でのみ寛げて、されど憎め、青・白・銀の詩を迸れ、
ひとは何かに跪く──さすれば詩人に必要は、跪き、反逆を打つ一神の双頭。
蜘蛛の銀飛沫
悲哀に重たく 銀の瞼降ろす
荘厳な 遥かなる硬き天空が、
余りの切情に、亀裂から涙落し、
わが肉 ぞっと神経へ染むがように、
俟ちびと 一途に俟ちつづける蜘蛛、
片恋の恋人の不在 わが巣で不断に耐え、
死の時が来て、腹に溜め膨らませた涙を、
滅びながら 絞るが如く銀に飛沫かせるのであった、
その銀の体液 さながらに聖き光の清むいきれ、
神経さらす雪景色に かのシモーヌの毀した
一条の 鮮血の詩性に、照りかえしが似るよう、
銀の蜘蛛の淋しさに わがそれ重ねる、
賤しき詩人の僕なれば 君が涙の飛沫、
爪に塗ろうか。されば歌、引掻いてもみせようか。
やつれた瞼
清廉な 銀の飛沫の水音よ… 硬き涙音燦らせて
──それは天浮ぶ熾天使の、冷然な眸の如くでした──
蒼穹 さながら重たく垂れ込む青玻璃のタイルの天井が、
一刹那に質量を喪う さればわたしの背に蔽い被さる──
わたし 其をやつれた瞼を透かして視た、
わたし 其をやつれた瞼を透かして聴いた、
一刹那に折りたたまれる悉くは空無であり、ましろ、
果て織られ、重装し飛翔びあがって、揺蕩うは天の衣装よ。
わたし 其をやつれた瞼を透かして視た、
わたし 其をやつれた瞼を透かして聴いた、
わたしには音楽が光であり、光が音楽であるのだから。
そが死のフーガ──生を賛美する光のモティーフ、
幾たびもくりかえされる筆致の、重奏構造の建築、
重たく被さった瞼は一条の光にひらかれる──沈みえれば。
アフリカの仮面
──ヴェルレエヌへの愛とランボオへの愛憎──
昔 私が仏蘭西の路上で、怪しげな男から購入した、
深紅の色と奇怪の線に塗りたくられ、衝動の儘に描かれたような
アフリカの仮面を被るなら、わが肉体の内奥 まるで裏がえって、
火のようなアフリカを闊歩する、わたしの本性 剥かれ昇るよう、
私はアフリカの大地で、褐色の肌 太陽のように晒して、
血色の好い頬で野生の儘に踊り、歓び、怒り、ワンワンと泣き、歌う。
──雄叫びながら後退りする儀式だ、酒をもってこい、音楽を鳴らせ、
なるたけ官能的なグルーヴがいい、乱痴気の墜落に 天へと跳ぶ想いさ。
されば私、浴びるようなアルコールに酩酊、どっと寄せる睡魔、
泥のように沈み寝て、黎明の光が、昨夜の躁がしい歌責めたてる、
土製のアフリカの仮面、床に転げ割れている、瓶割れた酒流れてる、
わたしは咽び泣きながら、双に割れた仮面をくっつけるも、
片方は毀れた酒に穢れて黝い、私はわが身がこの秩序にあること想い、
整列世界に抛られ蹴り跳ばれる──されば黝い私、此処にありつづける。
狭心症
わたしの夢想は、
わたしの心臓を重たく鋭く絞めつける──
甘やかな笑みをして しなやかなゆびづかいで
眸に吹雪を炎やして 月肌を水晶に燦燦に照らして。
わたしの夢想は、
わたしの心臓をかるみの幻影を背後に絞めつける──
わが躰はそが夢の空に架かる単色の青き虹に、
つ、と糸のように吊りさがる、その傾斜は崩壊へ伝う。
如何なる指も──
天空より降りはしない。わたしを手折る
遥かな幽かな悠遠のかるみの靭き指、巨きな父の指、
わたしの躰を掬うように撫で殺すそれはない、
わたしの夢想はわが心臓を絞め、躰を吊らせ、拘束し、
虚空の点より無き虹を虚数の城へ架ける、矢は月へ駆ける──失墜。
銀属花の憂い
その銀属製の造花は後ろめたげに背を反らしている──
それは部屋の隅 燭台の傍らに置かれていて、
黎明のましろく射す庭園の花々 生命の咲く散り散りな印象、
銀属花は わが美にひけめを感じかれらに涙のあるのを憂う。
造花は無機の燦やきをひそやかに照らすから──
やがて萎れる命の迸りの鮮明に憧れる わが硬さを呪い、
わが冷たさを憎む。銀属花は銀の茎をしならせ、
サファイヤの花弁を冷然に耀かせ、硝子の透明な葉を項垂れさせる。
銀属花は溜息つくことすら赦されぬ! 涙なぞもってのほかだ──
その蒼褪めた冷然硬質な美は有機の勇気に焦がれる、
血潮漲り美へ奔る線をうごかす聖性を視る 造花は唯屹立するのみ。
張りつめた巣さながらの玻璃窓があけ放たれた──
青き銀属花はわが身を墜落させる、花壇へ、憧れと憎しみに従って!
純粋な滅びの音楽は薄明の清む永遠に重奏、砕けた硝子が刹那を溜息した。
わが王國
高空に 夢と理想に棚びき浮ぶ 月硝子城
銀鏤められる 蒼と青の 浮世にはなれた王國 我
神の足場 地上に 根をもちえぬ わたしは
唯仲介のそらに浮び 月光に根づき 音楽に踊らされる
わが王國 足場をつくらずに 立てる
銀の背骨を 幾夜の淋しさに 注がれ
疵負わす夜の平手打ちに 硬く締めた いまにも毀れそうな
背骨のみ 硬質 そらに立つ わが城よ
月硝子城 そが理想の光を みすえ
月光 そが舞踏の音楽に うごき
月翳城 それへ歌を沈め わが身を淪め、
わたしは わが王國を 構築する 湖へさかしまに沈めて
風に砕け 散り 月に降られ 揺れ
いつや積雪に 斃れれば 佳い ましろに重なって
硝子の夜
赤々と燃え滾る太陽 唯一に生まれた儘の姿を赦された黄金の焔が
淫らな銀の夜を欲す、詩書きの賤しき男供の乱雑な腕に掻きまわされ、
あっけらかんと輝るが為に、直視をできぬ太陽の孕む真理諸共、
清んだ純潔神・神経的蒼穹の表面へ、塗りたくるように曳伸ばされ、
──ご覧。天空、太陽の黒い破片で欲情の満潮のように蔽われた、
かの真昼時 唯一に、壮麗にして完全無欠な裸体を啓蒙していた、
黄金の燃ゆる太陽は、玲瓏な冷然な漆黒な硬質な情欲煽る艶やかな素裸、
ぞっと美麗にして なべてを秘密と晒す皮革の艶をそれ照らしていて、
内より洩れる暗みに湿る肌に沈む ぬらぬらと燦りうつろう陰翳に、
嘗ての輝かしき太陽神の真理 豊かな腰付煽るがように泳がせて、
邪な水鳥の頭の如く浮んだり、とろみの水音散らし奥へそっと沈んだり、
嗚 そいつ、悉くを呑む官能的虚無の風景、滴り散れるは熱い体液。
この無秩序な原始の風景、硬く純粋な幻視へ澄まし「死」と重装させよう、
──虚空に盗んだ火を放て! 闇を硝子の花へ剥け! 融合い曳伴れ空へ舞え!
レノアの神殿
月照る夜に壮麗に燦く かのレノアよ… ぼくはわが胸中に睡る、
隔てられた 銀と群青の暗みの風景に、淋しい神殿を建築したよ。
虚無と非情と孤独の金属夢 それ骨組なしに、音楽・光で綾織らせ、
虚空に盗んだ断末魔の火を放ち、霞の如く 茫洋な神殿が暗示された。
想いかえせば玲瓏な 冷然と、素気ない美ばかりを蒐集する、
死の清む燦き 月を透して憧れる、そんな少年であったよう。
非情はちかと閃く銀の殴打のように美しく、虚無に孤独漂う夢想、
それ唯一のわが寛ぎで、不条理に頭抑えられ、漸く湧くは生の意欲。
レノア 君は誰だ、何処から来た、不可解、されば君、永遠の女性だ、
つまりはぼくと無関係、きんと冷たく突き放す 蒼白の妖婦は月の光、
嗚 月よ、貴女がぼくの女神であったか、神殿を司る絶対神は、貴女。
想いかえせば独りぼっちの ぼく、きみばかりを書いていた、十二歳、
かの時書いた詩、貴女に花を渡された──ぼくは甘えていたようだ。
レノア 貴女に二つ名を付けよう、虚無に棲む詩人を炎やす、"理不尽"。
白銀花の眸
白銀花を熔かし容れ 金属液としたたるように、
なよやかで、ましろき火のひとすぢうつろう肢体、
官能の翳 冷酷の眸に揺れている──蠱惑としなる白蛇よ、
きみのまなこは美しい、何故って、美への不感があるから。
さながらその美 海や空にも似ているよう、
壮麗精緻な現実の、冷然な照り返しにも似ているよう、
その眸、美さえ映さぬその虚空、閃く銀の紗の羽音、
その眼じたいが美しい、それこそ森羅の不思議である。
僕は君の視界の裡で、「わたし」を身振と奇怪にうごこう、
きみが眸に映る奇怪な僕は まるでのっぺりと滑稽だろう、
滑るように退行、するすると逃げ、低みに蹲る僕を見ておくれ、
自意識過剰な役者の僕が、そが眸の鏡面 わが肉に埋め秘め、
僕、同情不能な君の手前で犬死しよう、第一級の喜劇役者として。
──僕等を閉ざす 硝子の箱に、蜘蛛の無意味な涙がしたたる。
紅椿と白椿
紅椿 紅椿──
緋色の情念の重きに耐えかね首を吊り、
豪奢に炎ゆる滅亡の火を頸と折り、
ふっと幽かな翳曳き堕つる天蓋に攣る。
白椿 白椿──
あらゆる色を果実の表皮と瑕に剥き、
げっそり落ちた頬肉に似て骨剥き出し、
しずしず慎ましく墜つる遥か天空へ売淫る。
椿の閃く一季節に──
わたしの情念と核の深みを想起こし、
詩人は双のうごきを綾織り迸り肉散らし、
紅椿 白椿──
洞穴に摺り堕ち乍らも昇る魂の筋力のうごき、
わが夢──花に身投げし天蓋へ歌投げ椿薙ぐ如く果て墜落。
くちびるの結び
わたし、くちびるとくちびるとを結んでみたいとも想っている、
それが恋人のそれであったら とてもとても佳いと想うのだけれど、
それ、はやわたしに禁じられて了ったのでありますから、
せめて 真紅のrougeを、くちびるに拒絶の鎧と蔽わせるのです。
わたしの紅いくちびるはレザーの照り返し、硬き反映、
うぬぼれ? 濡れた硝子めく蠱惑 もしやほうっと薫らせてはいないかしら、
あなた、知ってはいなくって? どぎつい真紅は情欲煽るの、
わたしはわたしの身振に噴き炎ゆる火を、亦身振に秘めなおすのです。
そうして──わたしのくちびるは椿の花となりました、
透して──椿の花は清む管にするすると落ちて往きました、
されば上澄を逆光でもするように──花は水晶へ澄み往くのです、
祝福してくださいませんか? わたしはわたしのくちびるを、
ましろのアネモネの花畑まで墜落させられたのでした、結びつきの情欲を、
匿名の無個性の無辜の透明の淋しさの風景──死へ花剥けもしたのでした。
安息の夜
寝台に身を横臥え、
わたしは夢想の裡で 「我」を不在へ指で剥いて、
「わたし」をましろの虚空へ 夢みる吹矢で飛ばして、
「死」の風景と重ね──されば窓辺から月光零れるように、
安息の夜が わたしの不穏な魂の夜に訪れる。
然り わたしは其処に安住してはいけないけれど、
睡りに落ちる落葉の幾夜の時々は、それ赦されるのだと想う、
ひっそりと ひっそりと落葉させて往く、剥がれるように、
わたしはいつや 故郷ふるさとに落葉するのだろう、
幾たびも夢み歌った 月照る湖の風景画へ──一条に。
わたしはいつや 匿名の水晶を抱き墜ちるのだろう──不在に。
其処には わたしの歌った歌とおんなじ歌を香気吐く、
真白なアネモネと真蒼なアネモネ 死と重奏し林立してい、
銀に燦る蜘蛛の巣が──滅びた後の暗みを射していることだろう。
〈十四行詩の他〉
酔いどれ列車
私は不感な河を下って行ったのだが(…)
──アルチュール・ランボオ「酔いどれ船」
1
寝台列車は薔薇と金でいっぱい、
噎せかえるようなglamorous等は束になり
花と斃れる如く酔いどれどもは織重なって、
快楽の儘に吸い吐きし、薔薇ともみくちゃに戯れる。
まるで空で棚引くけらくのいきれ、
内奥の湿る深淵から吐く水気に従順な者どもだ、
薔薇を掻き分け新たな悦楽さがしては、
金に濡れ、だらしのない豪奢な顔をやつれさせる。
寝台列車は急行で、死と破滅へ──
decadenceに奇奇怪怪なうごきで向かう予定です、
有限の時間をありあまる快楽で埋める遊び人は、
至極真剣 無為に徒に時過ごす、何時や死んでも好いように。
けたたましい笑い声、舞い散る絢爛な金、豪壮な薔薇、
幾重の糸の引き攣り揺れうつろうが如く蠢く酔いどれども、
其処で不断に鳴るのは鎮魂歌、モオツァルトの涙の日、
──扨て、音忽然と吊られました、引き攣る音は断末魔です。
2
はい 酔いどれどもを曳伴れた、
薔薇と金の快楽でいっぱいな寝台列車は、
その薔薇の体臭吐く尻を、銀に燦るクレーンに掴まれ、
ひねられ吊られ、地に叩きつけられ毀れて了った。
glamorousとdecadence、古代羅馬の時代より
永遠の恋人であるらしく、まるで双方の心中で、
それ愛し合う時点で始まっていた、死ぬ気の恋でありました、
愛の純化に恋愛はなく、恋愛の純化は死でありました。
恋愛の純化は死でありました? はい、おそらくそうであります。
虚栄と生活と幸福諸共様々剥いで、恋愛へ向う恋に酔ってる神殿列車、
不幸と孤立 密室にむっと立ち込めて、しゃんと銀の衣擦れ曳きながら、
まるで地獄へ堕ちて往きます──恐らくや、恋愛の純化は死でありました。
わたし かの酔いどれ列車からの唯一の生存者、
背に負うのは雪の衣装、身の片側に死を背負い、恋人は不在、
曳きずるズタ袋にはわが死骸の幻影を容れ、嘗ての音楽口ずさむ、
涙の日を歌います──恋愛禁止の我、気付くと恋愛の極に在りました。
3
肉欲の、儘に、うごきましょう、
撥ねる、硝子を、叩くが、如く、
さながらに、glamorousに、decadenceに、
乱痴気、騒ぎと、舞踊りましょう。
扨て、月の光、が、照りました、
無へ、剥きもした、雪の衣装は、
銀の鱗と、わが身縛り、撥ねるうごきを、制約す、
然れば、ひらひら、月の光に、舞踏られましょう──花ぢゃ、我。
亡き王女のソナタ
──エドガー・ポオへの愛着の詩
かの一音…
はや亡き貴女のましろきゆびさきで、
さながらに銀の雨粒、澄む青玻璃に
たんと落ちるがように響くのなら、
ぼくが心は夢の追憶へと、
かの喪失の日へ連れこまれるのに、
淡いゆびさき ぼくが夢想に翳と揺れるばかり、
音楽は鼓膜──揺らさない。
その音楽は銀の月夜に
霧のように青く霞んでいたのかしら?
あるいは夜の群青 冷然と貫く
しろき雷であったかしら?
いずれもまたわからぬこと、
ぼくが識るのはその一音さえ鳴れば、
聖なる光を浴びる幼き日々
聖歌を想起するということ──ほかはない。
嗚 あれは少年期のぼく等、
無数の無垢という名の
神経の糸等を弾く、
涙と涙の綾織る、
まっさらな
清むいたみではなかったろうか?
青紫に病むぼくが頬の色、
いたみを純粋に感受したそれ──もはやない。
それは不連続性に閉ざされた淋しさ、
愛に捧ぐ犠牲に流血する連続の薔薇の幻、
死と憐憫とに金属で飾られ
一面の絵画に 四方を覆われた、
暗い城の一室での啜泣…
其処で鳴り
ぼくを生き抜かせた、
汝が姫の一音を聴くのは──またとない。
黒と赤
官能打つ通奏低音と
閑かに湖の心中と沈められる
穿たれた黒の空間、沈鬱な花
はらはらと墜ち呑むが如く、
其処にめざめるは絶世の絵画よ、
腰の不連続な焔 夢想と閃かす
舞台に溶け、深淵に糸曳けば肉の底ふるえ、
*
ふと眼打つ刺激に華みひらけば、
めいっぱいに真紅の風景拡がり、
どぎつく毒と這入りこむは
沈む淋しさの連続と迸る絶頂の音楽よ、
紅き薔薇の花弁剥かれた如き眸に映るは
紅に染まった戦慄く肌で、
*
されば風景は肉に染む詩歌さながらに
漆黒へと乱暴に剥きなおされて、
欲掻きまわしありとある色混濁し
如何なる芸術も憂鬱清ますことなく、
乱雑と焦燥と欲心の儘に、
濁りうねった灰の翳およぐ海の躰横臥わって、
*
幻惑音楽の圧潰す狂った眼差に
砕け剥き曝された内奥に鮮血の滲み、
畳み込まれるように波と押し寄せる
躁がしく鍵盤叩くピアノソナタ、
その湧きあがる赤き悪酒の酩酊の儘に、
血奔った歌の幾夜へと跳べ!
舞踊る腰付
Ⅰ.象徴画
暗み くれなゐの火
ゆらめく どぎつい深紅
月と浮ぶは 異国の踊り子よ
焔の照り波うつ 肢体のうつろひ
Ⅱ.印象音楽
ま ゆ ら め く ゐ
ま ゆ ゑ な を に
く を ん や ん な
ま ゆ れ く を ん
Ⅲ.わたくしごと
嗚 結びえぬ 不連続の腰の焔
脳裡の濡れた夢想へ 星翔ばせ
淋しさの炎ゆる 淫靡の情景よ
病める火花 久遠の暗みへ結べ
高空の墓
如何なる翳 陽なきが故にむしろ不在した、
あっけらかんと淋しさの光源をしろく閃かせる領域、
失意のあかるみの射し、淋しいほど率直にざらついた地、
無為にいたみの刻まれた荒野よ、幾夜の墜落地に在れ──
その領域に わたしは墓を建てたのだ、
空とすら結ばれぬよう 冷然なステンレスに言葉の骸を閉ざし、
安っぽい涙のような何ともいえぬ照りかえしは軽蔑のそれ──
わたしは其処に墓を建てた、わが身よ 一つの希みを絶て。
祈り断ちて去り背を立った──背骨に銀液を注ぎ 時は経ち、
アルミの石はわたしの企みの儘にようよう剥がれて往き、
象徴派詩人どもの荒み砕けた眼元の如き、暗い荒廃を晒す、
わたしを凝視する点でしかなきその墓石の奥──白銀花の眸荒れ、
炎ゆる。余りにあまりに鮮明な白で刻まれているが故、
眞昼時 光のうえで辷り浮ぶことなき墓標が刻まれている、
夜の巨きな翼降り、幾夜の断末魔曳く荒野の背を圧迫するとき、
圧しだされるように、その言葉が銀の吐瀉物とし燦燦と垂れ──
墓標──「愛の交合」
孤独を守護し、磨け。わたしはその墓に花すら捧げえぬ。
だらしなく揺蕩うわが水の躰を 呪わしき撒水の如くに投げ放ち、
それがアルミに点と撥ねて辷りえるのを、他人行儀に一瞥する我。
わたしは孤独の風景に打たれ、音楽に斃れこんではいけない、
淋しさに安息してはいけない。孤独を主体に孤独を打て。立て。
背を墓にせよ。わたしは死せる夜鷹の彫像の如き墓石を高空へ残す、
詩人は、地に立つことなぞできやしないから──そらで背骨を立て。
*
御覧、あなたのそれは美しいだろう──自恃の宿る一領域──
肉を押しだす レリイフの如きゴチックな建築美の突起、
流れ往く儘に理不尽に泳がされ洗われた、青春の奇形疾患、
肉に産れ契りに縛られ生命を嘔吐した硬質な背骨。──破裂を俟て。
夜は饒舌
1
親愛な夜よ、
ぼくにはきみの対となる昼こそが無口で、
あなたこそ饒舌だ。
剥かれめざめているのは何処までもきみ、
なべてをのみこみ
靄として光と闇をふっくらと孕み秘め、
されどきみが壮麗な表面に鏤められた翳、
まるで様々を語るね。
くわえてその陰翳
蛇の如くglamourousな艶とうねりうつろい、
真善美なるもの等翳に秘め、
霞んでちらと月のように赫い、
ぼくがうでのばし掴まんとすれば
さながら敏捷な猫の如く、
毛並に蔽われた強靭な筋肉を美しく律動させ、
されば逃げるようだね。
2
ぼくにそっけない昼よ、
ぼく白き肌黎明し溢しているも
寡黙なきみを愛さないんだ、
きみ、一切を語らず悉くを曝し、
視線のっぺりと
光の粒子の曲線に滑る、
まるで蠱惑のない。そうだ、
あなたに黒のスウェーターを着せてみたい、
豊穣かな白い曲線には
きっと
上質なハイゲージの漆黒の官能がにあうよ、
然れば夢に浮ぶ曲線にそっと触れ、
指へ奔る電流が伝えばね、
恰もぼくの脳裏には
アフロ音楽が奏でるよう──
昼よ 自己韜晦の官能は君にこそ相応しい。
3
風景に人体美を希むなら、
装飾蔽うか、夜に剥け。
ぼくは齢をとった
少年の 甘やかな夢想のうえに、
ましろき水音の花束が降った 月の織重なる行進で。
仰ぐ純潔な頬に 花の柔かい切先が落ちてきた…
跡には白き灰が残光している 夢の頬は双掌に包まれている──
*
背を折りまげ 躰をごつごつ膨らせた中年男が
そがこぢんまりな水溜の夢想を ビルの如き腹の翳に蔽い
嘗ての薄明のしろき落葉を拭った、嗤う現実の傷穴が晒された、
かれは一個の神経と変容する──清む光は神経で、神経に番う。
*
純粋さを求めるなら、現実を、塗るな。
その本性まで、傷みながら、剥け。──ぼくは齢をとって了った。
菫たちの降る一季節
紫がかる黎明には
菫色のドレスを着た少女たちが星さながら満ちる、
乙女たちは硝子製のバレエシューズの爪先を、
蒼穹に水音として浸しはじめる、
星々の散るような硬質な銀の沓音を立て舞踊る少女たち、
指縺れ、
僕等とは足先をさかしまにして愛し合う
──ルネ・ヴィヴィアンをご存知?
菫の少女たちのイマージュは
とおく遥かで棚引き翔んで、
僕等には愛しえない愛を愛し
愛に愛され異国の幻影王国に燦爛としている、
その制服は縫われた菫の花であり、
愛の証と菫の花冠、国歌は菫の詩、
此処は魂の零す音楽のままに愛を愛せる領域。
ルネはまるで王国を築いた。
まっさらに紫の花弁に剥かれた一季節の空は、
幻影王国を刹那照らすだけ、
菫色の少女たちは影絵と美しくうごき、
真実と愛をうごいてみせる──幽かに。
この王国の制服は乙女にしか似合わない、
年齢・性は問わないけれど。
この王国の花冠は祝福のそれのみでない、
少女と愛のDandyism──戒律革命。
扨て、
王国の神殿、紫がかる霧の雲から君臨する女王が現れた──月硝子城。
僕等にとりこれ等イマージュは菫たちの降る一季節に過ぎぬ、
城 はや去ぎぬ。
蓮の花
膝折って、泥の暗みに沈むぼくの話、
君は上から聞いてくれるかい?
ぼくのかんがえではね、
めくるめく痛みこそが人生の花であり、
わが水晶、薔薇へ剥きつづけるうごきの源もまた、
痛みであるのだった。
痛みと花のシノニム──その花咲く泥沼は、
わが身ただよう澄む青空。
地獄──あるいはそうといえるかもしれぬ、
それはぼくが決めること。
されどたっぷりと蠱惑と血の薫孕む真紅の花、
突き放す妖婦が、
そういうものが好きなんだ。
いわく、愛されないぼくが、ぼくは好き。
自己憐憫と卑俗を撰びとった詩人のぼく。
不潔な痛みに、磨かれたいのだ。
ところでぼく、此処をはや
地獄と呼ぶことはないのだった、
何故って、
くるしみたい苦しみをくるしめること
そいつエゴにしてはや歓び、
それを撰びとれるぼく、
何かから、
恩恵を受けているのは明らかであるから。
何から? それを追究え。
あるいは不在としての聖性の実在を。
苦痛を澄ませよ、
痛みを清ませよ、
ぼくが生れ落ちたわけ
──そんなものはないけれど──
後付でいうのなら、
痛みに神経を轢かせ、
それ花と清ませ、
淋しさを瑕で磨き、
それでも尚残る一領域から昇る詩性を
喉から込みあがらせること。
水に映る恋人
群青色の不在
しんとしずまった夜空のような
ささやかな
ささやかな清む水のたまりがありまして
ぼくはその不安な波うちに
冷然で優美にたゆたう水のおもてに
嘗ての恋人がいるとみまがい、
いとおしげに 絹触れるごとくゆびで圧す
昔の恋のperfumeの光──
一条落ちるのは 剥がれた恋だけであって
薫りの想起は音楽の裡に浮びません
詩は光と音楽の共同舞踏──昔の恋は独舞踊
かのひとの黒髪ははや砂のダイヤの硬き印象
去って了った恋人の幻影は今宵群青の天に張る
いな いな 彼女は天空そのものであるのです
後ろ髪ひかれるのがぼくの性情とは淋しきこと
*
舞踊っていなさい
犬死詩人よ
ひらひらひらと虚空に照らされ
無き月硝子城へ焦がれる自己の憐れの詐欺音楽を愛していなさい
閃き千切れ裂かれたら、
最後に名前を呼んであげるわ──
俗悪-美詩集
読んでくれてありがとうございました。生き抜こうね。