私も、君も
初めて書いた小説です。よろしくお願いします。
目が覚める。四肢が動く。今日も死ななかったようだ。今となっては睡眠と永眠の境界はひどく曖昧だ。正常に機能して当然であった信号。今では回路が熱にやられ、静かに点滅するばかり。もし車が以前のように走るとしても一区間走れれば上等だろう。もっともこのような時世に車に乗ろうなどというものはいないだろうが。
どうしてこんなことに。誰もが一様に嘆く。誰もが嘆き苦しんでいる。そう、誰もがだ。人が虐げられる時、裏側には人を貶め利を得るものがいるはずである。だとすればこの状況はなんだ。なぜ誰も笑っていない。答えは単純なもので、全員が勝者になろうとしたからだ。ふと授業で習った囚人のジレンマが頭をよぎる。あの教室の中だけでも、「黙っていればいいものを馬鹿なことを。」と思ったものは少なくなかっただろう。これらを踏まえるとどうやら自らのバカさを正しく認識できないバカは相当数いるらしい。かくいう私もその一人なわけだが。
学校どころか学問の概念さえ消えた世界で、もはや求められなくなった思考を一人巡らせる。腹が減る。今となっては思考はカロリーの浪費だ。しかし、私はそれをやめることができない。なぜならそれが私を人間の型に収める唯一の方法だからだ。それに意味があるかと問うのは不粋である。いやしかし腹が減った。給食の漬物でもゴーヤでも今ならいくらでも食べれるだろう。ゴーヤはもう育たないらしいが。私は歩く。飯が欲しいから。飯は動く。生きているから。私は歩く。
暑い。風は熱の運送屋であると数年前の私に言ったら信じるだろうか。部屋に溜まり込む熱気にたまらず窓を開け、入り込む微風を浴び涼んでいた私に。しばらくして一つ焚き火跡を見つける。いや今日は運がいい。なんと残飯を見つけてしまった。以前なら最悪の気分になるところだが危険を冒さずに得れる飯のありがたいこと。なんのものかもわからない肉を噛みちぎる。まずい。しかしそれは些事である。なぜなら数日ぶりの食事だからである。正確な日数はわからない。なぜなら意味がないからである。
一通り食らった私はまた歩き出す。ここにもう飯はない。長居は無用だ。それにしても家が恋しい。安全の象徴であったはずの家がまさか私の人生を最大の危機をもたらすとは思わなかった。あの侵入者は今もよろしくやっているだろうか。思うに、家を家たらしめていたのは法であったのだろう。まずい、いつのまにか日の出の時刻ではないか。私は目についた適当な家に入る。3日前に使った家に少し似ている2LDK。
カバンは下ろしてはならない。ナイフを取られてはたまらない。一部屋目を軽く見渡す。めぼしいものはない。いや以前ならばこのギターに目を奪われていたところだが。2部屋目に入る。食料を抱えた男が一人。今日は本当についている。なんとこの男愚かにも寝ているのだ。いや運悪くというべきか。気絶の可能性も大いにある。こんな世界だ。この男にも色々あったのだろう。私はカバンからナイフを取り、刺す。男はかすかに反応したが特段抵抗する様子もない。もはや憔悴しきっているのであろう。殺す必要もなかったか。仕方ないので楽にだけさせる。夕飯が少し赤黒くなったがこれも些事である。今日2度目の夕飯をとる。なにせ数日ぶりだ。2度でも少ないほどである。私はこれまたなんなのかよくわからない木の実を頬張る。生態系も大きく変わったものだ。渋いんだか血の味なんだかよくわからない。残りは明日食べることにする。ここらで止めておこう。
朝も来ることだし、ひとまず横になる。不快なことにフローリングの熱を感じる。目を閉じる。趣味の思考に耽る。人であるために。今日の議題は何にしようか。時間は余るほどにある。昔では考えられないことだ。では、今日はマルクスアウレリウスについて論じよう。ストア派として実践に重きを置いた人物だ。暑い。彼はどんな苦悩の運命であろうと強く受けいれ生きてきた。次期皇帝とされ夢だった哲学者の道を断たれたとき、暑い、彼はどんな気持ちであっただろう。彼ならばこんな世界でも受容し哲学をなお語るのだろうか。熱い...意識が途切れる...
目が覚める。変わらず今日も生きている。ありがたくも腹立たしいことに。飯はある。私が悪人だから。長居はできない。死臭は略奪の目印だから。この世界には私が溢れている。離れよう。飯と荷物。そしてまだ重い体をあげる。たまには、思い出さなくては...
美術館へ行こう。私がまともに生きていたときの気晴らしの場所に。私は歩く。美術館を目指して。必要性に駆られたわけでもない。ただ行きたいから。久しく忘れていた晴々とした思いが湧き上がるのを感じた。月も見えない空とは似ても似つかない、そんな気持ちを。
美術館に到着し、様々な絵画を見る。その中で一際壮大な作品が眼前に広がる。「最後の審判。」なんとはなしに口にする。ミケランジェロ一つ苦言を呈すならば、天国行きが多すぎることだ。この世の中、きっと天国はひどく閑散としている。地獄は...満員御礼でもおかしくないだろう。誰もが悪人となった今。この絵がかかれた時代では思想、宗教で悪が防がれたということだ。なんと素晴らしい。我々も見習いたいものだ。地獄も法もただの概念だ。人が作り人が壊した。今はもう何を作るものもいない。これが終わるということか。その後も一通り館内を巡り、私の心を蘇生する。そのまま飯を食い、作品に囲まれて眠る。今日を思えば、この世界も悪いことばかりではない。明日は何をしよう。意識が途切れる...
目が覚める。やはり私は生きている。朝、いや夕飯すらないというのに。例によって腹が減る。私は美術館を後にする。飯を探す道すがら、地方裁判所が目に入った。今となっては公平の黒を纏う正義の人はもういない。黒を纏うのは夜襲を狙う者くらいだ。政府は言った。もう手遅れだと。司法は言った。もう意味はないと。無法者は叫んだ。全て奪うと。弱者は叫んだ。助けてくれと。今もなお響くのは無法者の声ばかりだ。
私はなお歩く。なおめぐらせる。善人は一人残らず消えてしまった。どこへ?消えたのではない。悪人に成り変わったのだ。どこまでいっても人は人なのだ。ではなぜ悪人は善人に変わることができなかったのか。せんなきことばかり頭を巡る。何千年とかけて築かれた文明はいとも容易く、最も文明が栄えた現代に打ち壊された。競え争え利得のために。そうして未来の発展ばかりに注力してきた。その結果がこれだ。前ばかり向いた。だから足元を掬われた。私たちは何をしていたのだろう。それも目の端に映り込んだ残飯の前に薄れて消えた。
奪って生きている以上奪われる恐怖は常に身にまとわりつく。ゆっくり飯を食べ切ることもできないほどに。哀れな者だ。みんな、みんな。空も白んできた。残飯は適当な家で食べるとしよう。そのとき、背後から音が近づく。振り返るも、対処は間に合わず側頭部に衝撃が走る。相手は礫を握っていた。まさかまともな武器を持ったものが石で殴りかかりはしないだろう。つまりナイフのある私が有利。とはいえ、無傷ではすまない。その後はひどいものだった。殴る、刺す、の繰り返し。刺される側が先に動かなくなる。やっと終わった。全身が痛い。肩で息をする。日も昇る。早く家に...
どうにか飯を抱え近場の家に転がり込む。動けない。痛い。ただ、辛い...こんな時こそ思考をめぐらせようではないか。私の趣味を。今日はこの世界はなぜこうなったか。改めてこれを考えよう。やはり一つにはみなが勝利を求めたことが挙げられる。しかしこれはあくまできっかけだろう。学べばよかった。そこに起きた悲劇から。いやこれが本当に有効ならば戦争は最初のものが最後になっただろう。少なくとも学問が確立されてからは。つまりこれは違う。であれば学びを実践しなかったことはどうだろう。そうだ、囚人のジレンマなど誰もが習ったことだろう。かつての社会と呼ばれたものがそれに陥っていたことも自明だっただろう。痛い...学ばない愚か者ども。元凶はそんなものではなく、痛い痛い、学べどなお変わらない愚か者ども。なかなか筋の通った論理ではないか。痛い。そうであれば私は、なんと愚かな人間か、いや人でさえない、のかもしれない。痛い...意識が途切れる。「まさか食料抱えて寝るバカがいるとはな。今日はついてる。」目は覚めない。
私も、君も