『しょうがいよもやまばなし・補足』
補足。
◯わたしたち人間は、差別という強すぎる言葉ではなくとも、大なり小なり、ある領域に無関心を決めこんで、見ないふりをし、見すごし、無遠慮にふるまい、日々ようやっと生きながらえていると、わたしは思う。
そのことに自覚的か無自覚かという、認識の違いが広がっている。
ある領域とは世界にある、数々のマイノリティのことである。
わたしの意見だけれども、ひとはなるべく自覚的であればより良いと思う。
自分自身の世界観でははかれない、知らないわからないものが世界にはあり、どうにかしたくてもどうにもならず立ち竦む現実があり、それゆえに、知りたいわかり合いたいと欲求する人間性をわたしは、否定しない。
◯わたしは持病をもっているし、一見、健康ではないと分類されてしまうのかもしれない。
でも、ひととして幸せを感じたり逆に幸せを感じられず辛かったりするときもある。
健康ではないと分類されても、幸せは感じていいし、感じられないときもあっていい。
それは健康なひとも同じだと思う。
幸せなときもあるし、悲しみにくれるときもある。
これは、健康なひとも健康ではないと分類されたひとも、たったひとりの人間だからだと思う。
健康はあればより良いけれど、喪失しても、人間をやめるわけじゃない。
人生は、続く。
『しょうがいよもやまばなし・補足』