映画『我々は宇宙人』レビュー

 子供だった「あの頃」に覚えたこと、感じたことの全部が息苦しくなるぐらい詰まっていて、楽しくて楽しくて仕方なかった時間が永遠に続くと思えたあの多幸感。なんでもできるって信じていた万能感が色褪せていく様を巧みな構成で描く作品。好奇心旺盛で、感受性の塊みたいな暁太郎に焦点を合わせると大人になることの悲しさを痛々しいほど感じられて、ノスタルジックという言葉に心から陥落してしまう。
 タイトルである『我々は宇宙人』に読み取れる意味もストーリーの展開に応じてどんどん変わるが、ラストカットに辿り着いた瞬間に噴火するカタルシスは技術うんぬんを超えた物語の力が凝縮されていて、感情がぐちゃぐちゃになった。そこにあるものを撮ることから始まる実写と違って、そこにあるものを描くことから生まれるアニメの真髄があの数秒間に詰まっていると評しても過言じゃない。トラウマ級のエモさに打ちのめされて、動けないままに迎えるエンドロールに聴こえ出すadieuさんの歌声がまたとんでもなく、真っ赤に腫れ上がった傷跡にそっと触れるような優しさで寄り添ってくれる。その何もかもが「うわぁ…」と呻くしかできないぐらいに完璧な映画の時間で、無事、木っ端微塵に吹き飛んだから自分の亡骸を抱えるような足取りで帰路につくしかなかった。
 主演を務められた坂東龍汰さん、岡山天音さんのお二人も絶賛に値する。正直に記せば、本業じゃない方が演じられる場合、ご本人の顔がキャラクターに被って観えることが少なくないが、お二人に関しては本人たちの影が全くといっていいほどに窺えない。鑑賞中、そのお名前が頭からすっぽり抜け落ちるぐらいに翼として、暁太郎として劇中を生きていた。子供から大人へのグラデーションが曖昧になる時期のニュアンスを声で、息で、伝えようとする献身が芝居として昇華されるのを劇場で体験できるのはただの贅沢。あんなの見せられたらますますお二人のファンになるだけですわ、ガチで。
 幼少期のどこかで自分の中にある関心と、周囲のそれとのズレを一度でも感じたことがある人は間違いなくぶっ刺さる映画です。翼目線で観ても、罪悪感に押し潰されそうになるぐらい純粋でいられた自分にきっと出会える。そこから振り返って見える彼の顔に「あの頃」を見つけたらもうお終い。そんな2人の間に割って入って、「私」も「僕」もで思うところを好き放題に言い合うだけ作品としての良さが深まると思うので、多くの人の目に止まって欲しい。TOHOシネマズなどで絶賛、公開中。興味がある方は是非。

映画『我々は宇宙人』レビュー

映画『我々は宇宙人』レビュー

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-09-30

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