なんでこんな所にいるのかというと、そもそもポイ活をしていただけだった

 俺はメシを食っていた。スーパーで安くなっていた野菜を適当に醤油と胡椒で味付けした野菜炒めというのもおこがましい、へなへなの植物の残骸だ。カネがあったらお惣菜でも買いたいが、次のバイトの給料日までこれでガマンするしかない。タッパーにつめて明日の弁当にもする。学食に行くカネさえ惜しい。
 俺はくたくたのくせに味だけは濃い野菜に箸を進めつつ、スマホでポイ活を、具体的には広告を垂れ流して適当なタイミングでタップしていた。すると、どこでどう間違ったのか、マッチングアプリに登録していた。
 それに気付いたのは、メッセージが来てからだった。無視すればいいというのは分かっていた。しかし、サクラでも何でも、送ってくれたメッセージを無視するのは気が引けた。というか、実際のところ、広告の通りにすごい美女が送ってくれている可能性も二〇パーセントくらいあるんじゃないかと思った。もっと言うと、そのメッセージを見たとき、胸がときめいた。
 誰も来ないんじゃないかとも思ったが、改札前には女がいた。女だったが、ものすごいブサイクだった。俺は、中学の時のクラスメイトの三島を思い出した。三島はバカで不細工で、今考えるとさすがにそんなわけはないのに、プールの時間、小便を漏らしたとかいう噂が立って、その後しばらく男子はみんなプールを欠席もしくは見学した。
 俺は、話しかけるのをやめて帰ろうと思った。
「あの、アプリの?」
 しかし、そう話しかけられて帰る訳にもいかなくなった。
「はあ、まあ」
 俺はある程度否定のニュアンスを込めたつもりだったが、女は妙な色気を帯びた視線を送ってきた。
「私、カナです」
 俺は、カナブンという昆虫を思い出した。そして、田舎のじいちゃんの畑にあるフェロモントラップを思い出した。自由意志など持たない虫は、メスのフェロモンさえあれば、たとえそれが人間の作ったトラップであっても飛び込んでいく。そして、同じ生物である以上、人間も大して変わらない。
「カナ、お腹すいちゃった」
 女はさっそく自分の事を名前で呼び始めた。そして、目で俺にたかっていた。「私とやりたいんでしょ? それなら、相応の投資をしなきゃ」とそう言っていた。さすがにカナブンには似ていなかったが、マントヒヒに似ていた。それも、縄張り争いに負けて、憔悴しきった感じだった。
 あまり経験がないので分からないが、こういう時、きっとそれなりの店に連れていくべきなのだろう。しかし、俺はさっきまで野菜の燃えカスを食っていたような体たらくだ。いや、たとえ産地直送の有機野菜を食っていたとしても、こんな女にはびた一文出したくない。が、俺は気が弱かった。
「じゃあ、ファミレスでも行く?」
 自分の中でなんとか値切って、ファミレスにした。ヒヒは、じゃなくてカナは、あからさまな落胆を覗かせて、しかし、「私いい子だから」みたいな笑顔でそれを覆って、
「ミッチーが行きたいところなら、どこでもいいよ」
 と、いきなり勝手にあだ名で呼んだ。

 ファミレスにしたのは間違いだった。隣の席にタッツーとレナ、俺の大学の友達がいたのだ。しかも、俺はレナのことが好きだった。初めて見たとき、好みのタイプのあらゆる要素が実現されていたので、俺はたじろぎ舞い上がり、しかし話しかけることもできなかった。レナと話すようになったのは、同じ高校だったタッツーを通じてだ。
 俺はいつもレナを見ていた。彼女はかわいいだけでなく、優しかった。バカで三流大学(なのはタッツーもレナも同じだが)で、特技もなく、ややぽっちゃり体型の俺に対してさえ、笑顔で話しかけてくれた。
 レナが俺の彼女にならないのはいい。それが無理だというのは俺が一番わかっている。それはいい。仕方がない。
 でもいつの間にかタッツーと付き合っていて、しかもヒヒみたいな女と一緒にいるところを目撃されるなんて、あまりにひどすぎる。
 ふと、俺は踏み台だったのかな、と思った。タッツーは背も高いしスポーツもできる。もしかすると、女の子にとって近寄りがたいのかもしれない。レナは、同じ高校だった俺を交えることにより、仲良くなろうとしたのかもしれない。
 俺は泣きそうになった。でもこらえた。ヒヒを連れて、いきなりファミレスで泣きださないくらいの常識は心得ていた。そして、せめて二人に気付かないふりをしようかと思ったが、開放的な店内で、さすがにそれは無理があった。
「あれ、ミッチーじゃん」
 レナに話しかけられた。
「ん? ああ」
 俺は、「え? 誰?」と「あ、気付かなかった」というニュアンスを最大限に込めた。「ほっといてくれ」というニュアンスも幾分こもっていたはずだったが、レナには通じなかった。
「その子、彼女?」
 なぜか俺は隣のカナを見ることができず、レナの瞳を見つめた。相変わらずかわいかった。
「そうなんですー」
 表面的にはぼーっとしているが脳内は高速回転している俺の隙をついて、カナは一番言ってほしくない嘘をついた。
「えー、紹介してよー」
 女同士の会話は手に負えそうもないので、俺は助けを求めるつもりでタッツーを見た。カナがヒヒみたいにブサイクだからか、俺のような男にも一応彼女を名乗る女がいるからか、タッツーは当惑したみたいな視線を返して来た。

 その食事は、針の筵の上に茨で編んだ服を着て座っているようなものだったが、一ついいことがあった。
「今日は楽しかったね、また一緒に行こうね」
 なんとレナからメッセージが来たのだ。俺は、彼女持ちはモテるという金言を思い出した。どこかの国では猿は神の使いとされているらしいが、ヒヒのカナは、俺にとって幸運の使者になるかもしれない。

 それから俺達は、カナを伴って度々遊びに行くようになった。レナとの距離は確実に縮まった。男同士では分からないが、どうやらタッツーには独善的なところがあるらしい。
「誕生日のデートなんだから、そんなラフな服装で来てほしくない」
 とか言うらしい。俺だったら、独善的云々以前に、そんな事言う余裕はない。レナが隣にいてくれるのなら、学ランでもボディコンでも、なんなら裸でもいい。
「あいつにも、ミッチーみたいな優しさがあればいいのに」
「俺でよければ、いつでも力になるよ」
 俺は一計を案じた。レナとカナを取り換える。ここまで来れば、それは不可能ではないように思えた。

 実際、内面の葛藤を別にすれば、計画は順調に進んだ。カナは俺に惚れているというわけでも何でもなく、ただ彼氏が欲しいだけなので、「タッツーが最近、カナのことやたらと聞いてくるんだよね」と言ったら目を輝かせた。自分で言うのも悔しいが、タッツーは俺よりあらゆる点において優れている。カナの反応は当然だ。
 しかし、去る者は追いたくなるもの。俺は実際に悔しさがないわけではないので、「でもあいつ、こんな所もあるんだぜ」と、食事をよくこぼすとか、歩いているとやたらと人にぶつかるとか、タッツーのささいな欠点をあげつらった。言ってみると、思った以上にみじめな気持ちになった。やめようかな、と思ったが、
「ねえ、他には?」
 カナは興味津々で聞いてくる。

 それと同時に、深夜にレナに呼び出されることが増えた。レナもどうやら内面に問題があって、特に夜一人でいると、寂しさで死にそうになるらしい。死にそうだというので駆けつけると、大学であった下らないこととか、バイト先の愚痴なんかを二時間も三時間も聞かされた。
「ごめんね、こんな話、タッツーにはできないの」
 そう言われると、「いいよ、レナが元気になってくれてよかった」と応じるしかないが、俺は眠かった。みんなで遊びにいくカネを稼ぐために、バイトを増やしているのだ。しかも炭化野菜を食うカネすら惜しくなり、豆腐半丁で一日を乗り切ったりしているのだ。
 タッツーは気付いているのかいないのか、
「お前らと一緒に遊ぶようになって、レナが明るくなったよ」
 と言った。それにも俺は、「そっか、なら良かった」としか言えなかった。

「なあ」
 タッツーが言った。空気は冷たく乾燥していた。大学の真ん中にある池が余計寒々しかった。
「お前、レナのこと好きなのか?」
「そんなわけねーだろ、お前の彼女じゃねーかよ」
 俺はわざと慌てた様子を見せた。そうすることにより、「実はそうなんだ、俺に寄越せ」と言外に伝えようとしたのだ。
「そうだよな」
 タッツーは言った。
「友達疑うなんて最低だな、俺」
 それが「友達の彼女を奪おうなんて最低だな、お前」という意味だとは分かった。俺は、
「そんなことねえよ」
 と答えた。そして、
「今度の土曜、カナがまた遊びたいって言ってたけど」
 そう言ってから、さっき「俺にはカナがいるじゃねえかよ」と言うべきだったのだと気が付いた。しかし、もうタイミングは逸しているし、そもそもそんなこと心の片隅にも思っていない。
「レナにも伝えといてよ」
 そう言った時、すべてにおいて劣っていた俺が、初めてタッツーに対し優位に立ったような気がした。タッツーは曖昧な返事をした。

 その夜、とうとうレナがやった。二時に呼び出されて行ってみると、手首と、二の腕から血が出ていた。
「どうしたんだ!」
 俺は駆け寄った。そして、
「警察! いや、救急車!」
 叫んでスマホを出すと、レナが首を振った。
「もう呼んだから、大丈夫」
 俺は夢中でポケットティッシュを出すと、傷口を押さえた。緊急事態だというのにレナの腕は柔らかかった。柔らかかったが、出血は止まらなかった。緊急事態は刻々と進行していて、それが冷たい氷のように空気を覆っている。まるで表皮とその内側が分離したようだった。
 俺はその分離をつなぎとめるため、そしてレナにその柔らかさを堪能していることを悟られないため、深刻な顔をつくって「救急車、まだかな」などと呟いていた。が、傷は命に関わるものではなそうなので、なるべくゆっくり来てほしいとも願っていた。そして、もし命に関わるものだったらどうだろう? それでも俺は、この快感に溺れていたかもしれない。少なくとも、それを意識はしているはずだ。
 そう思うと、時間が凍りついたようだった。そして、そう思って時間が凍りついたと感じる自分はまだ大丈夫、むしろ心優しい人間なんじゃないかとさえ思った。時間はあっという間に解凍されて、警官が来た。アパートのドアを開けて「大丈夫ですか?」こちらを覗き込んでいる。
「助けて!」
 レナは警官に駆け寄った。助けて? 俺は意味が分からなかった。
「この人が、彼氏と別れろって! じゃなきゃ、お前を殺すって!」
 しかしとっさに否定できなかったのは、事態が十分理解できなかったからという他に、レナの発言がある程度俺の内心を反映していたからだった。声に出すと、自分もまだ見たことのない醜いものが出てきそうで、恐ろしかった。
 言葉の出なかった俺は、「心底意外だ」という表情を作って警官に向けた。が、通用しなかった。後ろからもう一人警官が現れて、「ちょっとお話しをおうかがいできますか?」俺の返事を待たずに、パトカーに詰め込まれた。

「面会だ」
 言われて俺は立ち上がった。アクリル板みたいのに無数の穴がちょうど人間の顔と同じくらいの大きさの円をかたち作っているのを見て、「あっ、テレビで見たのと同じだ」と思った。そして、そんなことを考えている自分を内側から観察して、「余裕あるじゃん」と思った。いや、余裕があるというより、甘えている。女を物みたいに取り替えようとした挙句、惚れた女、しかも友達の彼女にだまされても、まだ自分は人間として大丈夫だと思っている。
 向こうにいたのは、タッツーとカナだった。
 俺は知らなかったのだが、カナは薬科大学に通っていたらしい。無事に薬剤師の資格を取った彼女は、メガバンクに就職したタッツーと結婚し、来春、待望のベイビーが生まれるとか。
「こんな事言うのもなんだけど、お前のおかげだよ」
 タッツーは言った。
「その、こっから出た後さ、何かあったら、いつでも俺達が力になるから」
「ありがとう」
 流した涙はしょっぱかった。少し嘘の味がした。なんでこんな所にいるのだろう。俺は思った。そもそもポイ活をしていただけなのに。

なんでこんな所にいるのかというと、そもそもポイ活をしていただけだった

なんでこんな所にいるのかというと、そもそもポイ活をしていただけだった

第12回ブックショートアワード11月期優秀作品になったやつです。

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更新日
登録日
2026-09-26

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