詩集 浜の光と芝の花 二章
二章
「倒れている人を見つけたら、必ず抱き起せ」
師匠、あなたの教えは正しかったです。
助ける度に、頼る人達が増えて、都合良く利用されました。
利己心と自己保存によって、幾度と裏切られました。
けれど、師匠、あなたの教えは正しかった。
修羅だった私は、人を助ける修羅に成れました。
私の心の中には、小さな神様と悪魔が住んでいる。
俗に言う、善心と悪心とは少し違う。
倫理を尊び守る心と、倫理を唾棄して嗤える心。
それが、私の中に住まう、小さな神様と悪魔の正体であった。
「それは、善心や悪心と、どう違うのか」
人は疑問を持つだろう。
前者が善で後者が悪とは、私は決めていないのだ。
貴方が無くしたノートには、一切合切の喜びが記されていた。
それを超越するために、私と二人で、新しいノートを買おう。
思い描く地図、旅する者の詩、物語、絵の世界。
何でも良い、素敵だねって思えるものを書き込もう。
最初のノートが、きっと二冊目の中に生まれるのだ。
痛みに目を背ける事と、痛みを直視する事。
どちらが幸せなのか、と考える事が度々ある。
前者も後者も、言動により得られる想念の過程は違う。
けれど、どの道を歩んでも、いずれは菩薩に成るのだ。
生きる道の善し悪しとは、生きる者の弱音ではないか。
私が家のどこで横になっても、
それこそ、父母の寝室や、自室や、廊下で横になっても。
「寒くないか。お布団、持ってきたよ」
温かな母の心を以てして、布団を持ってくる貴女がいる。
私の様な、不出来な息子でも、人間の道を歩めたのは、
純朴で優しい母を、裏切りたくなかったから。
努め続けるのみだ、他に道は無い。
振り返る事も無く残された道を、誰一人として追わずとも。
修羅は、この世は嘘つきが一時的に得をする事を、
経験則から気づいていたからこそ、勇敢に成りました。
そうです、嘘は、永くは通用しません。
嘘で甘く優しい餌をぶら下げて、嘘で隣人を追い出す。
一度始めた椅子取り遊戯は、最後の一人まで続きます。
嘘をつく前に、君は覚悟を決めましたか。
自らの、心の癖と呼べるものを自覚しなくてはならない。
一から百まで、全てを並べて目視で確認をして、
苦しみの生まれる仕組みを、把握しなくてはならない。
心の麻酔は、世に多く出回っている。
何でも手に入る。誰でも手に入れられる。
だが、蛮勇に生きよう。幸せへの一歩こそ敢行しよう。
暗い部屋でも良い、深夜の十階の風景でも良い、
どす黒く潮騒を鳴らす、真夜中の防波堤でも良い。
お前の叫びを受け止めてくれる、器を見つけろ。
その器は、怒りや憎しみ、哀しみを飲み込みお前を救う。
毎夜を叫び、生きる為に頬を濡らせ。
綺麗事ではない日々が、必ずお前を立ち上がらせる。
父の為に、置き手紙を書こうと思った。
ノートのページ一枚を破って使おうと試みたが、
綺麗に破けず、ノートを閉じた。
せっかくだ、父が起きるまで待っていよう。
何を伝えようとしたのか、もう忘れてしまったが、
私が自分の言葉で、声で、家族と話せば良いのだ。
真っ白いラムネを食べた、この胸の内まで白く染まれと。
今まで、大勢の知人達に、実学の知恵を授けた。
「仲が良い事と、都合が良い事は、違うものだ」
灯が通りすがり、その般若の顔が照らされると、
私の善意は、利用されているだけであったと気付く。
ここは、辛苦、利己心、性欲に満ちた集落なのだ。
もっと前に進み、上に登り、輝く方へ行こう。
悪魔や嘘つきだけが嗤っていると思い込んでいました。
その妄想を、生きる喜びで修正したくなったので、
公園に捨てられたゴミを片付けて、家族と笑いました。
再就職先が決まって、とても嬉しくて、笑いました。
野花の写真を、恋人や友人と見せ合って、笑いました。
十二年前に、散々叫び散らした、罵詈雑言で吠えた、
この実家の自室にどうしても謝りたかった。
だが、部屋に対する謝り方なんて、私には解らない。
だから、地元の民謡を二曲、全力で歌った。
扉の向こうから、家族達の拍手が聴こえた。
そうか、私は、家族に感謝を伝えたかったのだ。
朝早く散歩に出かけると、美しい物を拝める。
薄桃色に染まり輝く雲と、淡く霞んだ水色の空。
足元の菫や片喰の花が、言葉も無しに生きている。
私は今日も、一歩進んで、一歩先の神様に会いに行こう。
父も、母も、兄弟も、皆揃って食べるのが早いですね。
学生の頃は私の方が早食いで、よくしかられました。
今ではすっかり、最後に食べ終わるのは私ですから。
家族の食器を私が洗うのは、喜びなのです。
二十九年の御恩を返せるだなんて、自惚れていません。
お皿を洗いたい。それだけです。
シルクロードほど、壮大な物ではありませんが、
この島にも、さとうきびが運ばれる道があります。
それがどうも、この歳にして、愛しく想えます。
私は生まれて初めて、父と二人で、明星を見つけました。
心の底から、神よ仏よ、と喜びの気持ちが溢れました。
二人で、夜の月や星々を眺めました。
「あれは火星かな」と赤い星も探しました。
貴方と数多の光を見上げて、静かに幸せ。
この心こそが「私の一切合切だよ」と誓いたいのです。
アパートの壁が、子供達の落書きで汚れていた。
父と二人で、スポンジやブラシを使って磨いた。
「汚された事実に怒るより、綺麗になった事実に喜べ」
今年の春に、父が教えてくれた心だ。
未熟な私でも、壁の汚れを落とす事はできるんだ。
嬉しかった。自身の心が少しだけ、磨かれた気がした。
親里去ぬ吾子に桃一つ食はす
君は生まれたのか、生まれる事を強いられたのか。
私は、どちらでも良い、と日記に書いている。
唯物的に考えても、修行の観点から考えても、
必ず最期を迎える命は、疎かにしてはならない。
淡々と暮らせば良い。雨滴がアスファルトを濡らす様に。
真っ暗闇に僅かな、光を有難いと想えば良い。
「生きている間の」と書けば大袈裟だ。
「暮らしの中での」と書き表せば充分だ。
生きている間の苦しみ、と書けば一蹴される。
暮らしの中での苦しみ、と書けば言い逃れはできない。
それは、喜びについても同様だ。
「暮らしの中での喜び」
これほどに明朗で、頼もしい友がいるだろうか。
自己や他者の幸せに値札を貼る暮らしで、善いのか。
他者の幸せには「良かったね」の一言で良い。
他者の努力が報われたら「おめでとう」の祝福で良い。
自らの幸せは、絶対的なものである筈だ。
他者が上だとか下だとか、相対的な関係が無い。
野花に感動した心は、他者の定規では奪えないだろう。
青鬼は木端を用いて、小さな仏像を彫り続けた。
浜辺を埋め尽くす地蔵菩薩の姿に、村の皆が拝んだ。
いつしか青鬼は仏師として、村に迎えられた。
だが、彼はいつもの潮騒が届く場所から、動かない。
「昔、ここで泣いたから、俺はここを動きません」
オン カカカ ビサンマエイ ソワカ……。
涙に滲んだ、車の明かりが、光の橋だと本気で想えた。
大声で叫べば、照らす警備員。
私は振り向かない、相手も声を掛けない、それで良い。
綺麗事よりも美しいものは、痛みだろ。
生きている実感は、倒れた自分への憎悪だった。
だが、生きる事は好きだ。最後の最期まで生きたい。
錠剤シートを枕代わりにして、眠る人達もいる。
渇いた喉を潤すために、生き血を啜る人達もいる。
皆は本心の表情を隠したくて、ボタンひとつで切り替える。
皆は致命傷を心配させたくなくて、縫合して笑っている。
床に掛布団一枚で眠りやすい事実を、看護師が疑う。
思い出ばかりが綺麗で、輝いている、その事実を喜べ。
最高だと想える過去を、積み重ねてきたのは、誰だ。
今が最低で、けれど明日が輝いて見える、お前を誇れ。
最も手強い試練を前に、立ち上がった日々が重なる。
頑張ってきたお前の、その過去が美しいのは、必然だ。
自ら扉を閉めて、明かりを消して、天井を仰ぐ。
この指を組んで、静かに祈って、今日が嬉しい。
枕が沈んだ分だけが、私の魂の重さかも知れない。
枕が濡れた分だけ、私は明日をより善く生きられる。
不幸の化粧は飾りだ。
内側に真っ赤な幸せが、待ち望む。
善い行いを繰り返し、悪い考えを減らし、日々を暮らしたい。
何が善で何が悪かを考えるための、自分の信条を持ちたい。
善悪の境目を見つけても、他者を非難せず、赦したい。
悪を定義する私は、決して正義には成り得ませんから。
赦す努めに報われて、心から笑う私が、明日の私ですから。
父が運転する車の助手席に、笑顔の祖母が座っている。
亡き祖母の魂を、父が見送る姿に違いない。
今朝の夢に対して私は、親子愛の真情を見た。
他界する瞬間まで、親孝行をしていた父の努力に、
祖母は「ありがとう」を言いたかったのだ。
ずっと介護をしてくれた父に、笑顔を見せたかったのだ。
赦す努めは、暗闇と朝焼けの連続である。
同時に、この辛苦は、誠実な喜びなのだ。
赦される未来を知らず、怠惰を重ねる者と、
赦せる未来を見据えて、自らを正す者との違いを、
優劣や正否の是非ではなく、愛の有無と知る。
唯物の鉄鎖を棄てた瞬間こそ、
赦す努めは、決して人間を裏切らない。
「手を伸ばしてすぐ届くものは、欲望だよ」
君が教えてくれた。
「志を持って、長い時間を掛けて叶えるのが、夢だよ」
君が教えてくれた。
「倫理を守っていれば、いつか良い事あるよ」
君が教えてくれた。
「僕は君と命を共にしたい」
君が教えてくれた。
君はいつでも、私に愛を教えてくれる。
私と君が、二匹の猫であったなら、
どこまでも駆けて行き、疲れたら抱きしめ合って眠る。
私と君は人間だから、年に数回の機会を得て、
海や空をも越えて、再会の度に抱きしめ合って眠る。
私と君は想い人だから、努める事も喜びである。
時や場所を問わず、慕い続けて、結んでいる。
高卒の私にとって、大学生や大学院生達が得る学問は、
素晴らしい物であり、眩しかった。
けれど、私が暮らしの中で得た実学を話し始めると、
学徒の彼らが、真剣に耳を傾けてくれたので、驚いた。
書物や教授から教わる事ばかりが、学びではない。
実学もまた、人生の必須科目なのだと理解した。
君が善人ではないと自認しているなら、
思い切って、善人に成ってみてはどうだろうか。
自らの咎を見つめる事ができる。ありのままを明かせる。
その君が行く道の先は、真暗闇か。違うだろう。
君の、怒りを捨て難い所や、純朴な心も知っている。
幸せに成れ。それも、善い幸せに至れる事を祈る。
夕暮れの空に顔を向けると、少し温かい。
夜の星を仰げば、美しさのあまりに、有難い。
人を愛そう、人を赦そう、人に成ろう。
海が再び、どす黒く染まっても、もう叫ぶ事は無い。
私は人間に成れたから、今日を生きるだけで良い。
心に編み笠を被り、魂に錫杖を持てば良い。
二人は力を合わせて、この鉄戸を開きました。
門の向こう側へと、二匹の猫が駆けていきます。
「さあ、どこまでも自由に行きなさい」
「いつまでも幸せにね、元気でね」
二人は、心から強く深く、結ばれました。
今生を最後まで生きると誓いました。
だから、明日も光射す方へと、生きるのです。
諦めない事を、赦してもらえない事もある。
積み上げた物を取り上げられて、震える事もある。
私の手の中に在るものは、僅かかも知れない。
それでさえも、風に飛ばされるかも知れない。
だが、この心は既に、ひとつには成り切れない。
この温もりが、私から恐怖を奪ってくれたんだ。
あの公園で暮らしている、深い絆で結ばれた二匹の猫を、
私が優しく抱きあげて、貴方のもとへ連れて行こう。
「ねこにゃ、にゃんこにゃ」
二匹は、いつも面白い鳴き声で鳴いている。
私も、愛しい貴方の名前を、何度でも呼んでいる。
窓の内から、街の中から、あの砂浜から。
電子タバコの煙の向こう側に、神奈川の平塚市を見る。
常夜灯の明かりの奥深くに、二人で見上げた明星を見る。
あの日に間違えたバス停から、道路の向こう側に君を見る。
いつか迎える最期のその先で、君と見つめ合いたい。
信条とよく似た、切望とよく似た、愛に生きるのだ。
真暗闇の中に叩き落とされても、構わない。
この中にいるからこそ、有難く想える光がある。
綺麗事だと、思うかい。
私にとっては、それが日常の中での、連続なのだ。
たとえ魂を砕かれ、心が引き裂かれようとも、
貴方を愛する事と、生きる事に、一切の差異は無いのだ。
この朝にも希望はあると信じて目を覚ます。
一切合切を奪われた心に、懸命にモルタルを流し込む。
砕けぬように、壊れぬように、縋る思いで。
だが、振り返ると現実が、私の心を再び射貫く。
「それでも愛し続けます。その為にも強く成ります」
砕け散った心を拾い集めて、貴方を想い、涙した。
星の輝く空にでも、飛んでいくつもりかい。
それほどに美しい翼を広げて、上を見つめている。
友よ、お前は澄んだ川と野山が、似合うよ。
泥に塗れて、飛び跳ねて、楽しく笑う。
私の一生は、それだけの筈だったけど、旅をした。
友よ、お前と渡った山河は、清らかだったね。
「マタハーリヌツィンダラカヌシャマヨ」
この言葉を幾度と繰り返す、あの歌を唄う。
けれど、貴方の裾を引っ張るつもりは無い。
ただ、勇気を奮い立たせているのさ。
私は強く成れるから、貴方もきっと同じだろう。
思い出の道は分岐路を迎えた。
その先は、誰にも分からないのだから、希望だ。
貴方の事を思い出しながら、目を覚ます朝の鋭さ。
良いよ、おいで、私の胸に突き刺して。
真っ赤な真情が溢れる、愛の言葉が胸中に満ちる。
寂しい事は言わないで。貴方の愛で、私を赤く染めて。
幾年が流れ、一期一会を重ねていくのかも知れない。
今になって、私が悲しませた人達を思い出した。
振り向かないまま、応援歌を歌う様な心で。
答えを出す事に執着せず、この毎日を善く生きる。
三度も続けて謝るなんて、気にしなくて良いんだよ。
私は貴方に、愛され続けて、幸せ者なのだから。
未練だとか、捨てるだとか、迷いだとか、
そういったものとは程遠い、真情を紡いで来た二人だ。
私は貴方の事が、今でも大好きだ。
何よりもそれが、一番大事なのだ。
倫理ひとつを投げ渡されて、暮らしは続く。
我が身も今一度、誠意の蛹に立ち戻り、
陽の明かり、月の光、暗い空の雨滴、微かな風に、
照らされて、護られて、凍えて、耐えて、
私という、人間の姿を、取り戻す時が来たのだ。
詩集 浜の光と芝の花 二章