詩集 浜の光と芝の花 一章
一章
学問や、地位や、金銭に恵まれようとも、
人間を赦す努力に於いては、何の関係も無い。
無学であっても、無名であっても、貧乏であっても、
人間を赦す努力を始める事に、何の支障も無い。
人間を赦す、常しえの努力を始める時期についても、
早かったか、遅かったかなど、苦に想う必要は無い。
私が常に「是が非でも赦す」と足掻く理由は、
他者に対して、一切無関心になる事ができないからだ。
人の言動が善であれば、胸中にて称賛し、
人の言動が悪であれば、頭蓋の内にて怒りを燃やす。
全て、私の身勝手な倫理観による咎でしかない。
人を赦す事は、修行以前に、私自身の罪償いだ。
報われないからと嘆いて、焦る事は無い。
いつ報われるかなんて、誰も約束していないのだから。
満たされないからと嘆いて、諦める事は無い。
いつ満たされるかなんて、誰も約束していないのだから。
赦せないからと嘆いて、怒る事は無い。
いつの日か必ず赦せる。私が自らに約束したのだから。
内省は決して苦しみではないから、惜しまなくても良い。
道義に反するではないか、と葛藤に達する直前で、
名も無い僧が「それで良いのだ」と修羅の背中を摩った。
未だに折れないペン先が、俺に「負けるな」と闘志を叫ぶ。
悪魔が差し出している、腐ったパン屑は受け取らない。
欲心故に、悪魔に与してはいけない。
青鬼は、名も無い僧と力を合わせて、川に橋を架けました。
「これで、大勢の人達が助かりますね、お坊さん」
僧は合掌しながら答えた。
「この橋を、大勢の悪人達が渡る事もあるだろう」
青鬼は、悲しげな声で呟いた。
「善を成しても、悪行に満ちる明日も、あり得るのですね」
敵意を持ってしまうと、人の幸せを願う事は難しい。
だから、敵意を持つ事を最も避けたかった。
そのために、大勢の人達から遠ざかった。
人の幸せを願ってこそ人間。
痛みに耐えて、孤独に耐えて、倫理に従った。
「誰か一人でも理解してくれたら幸せだよね」
いつかの友の、言葉を思い出す。
砂の原から見上げた夜空に、赤インクで祈りました。
海の向こうの貴方に、早く会いたいと願いました。
貴方は来てくれた。愛の七日間を過ごしてくれた。
バス停から見送った、寂しげな顔が、愛しくて、
勇気を出して会いに行った、同じ海を越えて。
夕飯代わりにアイスひとつを食べて、嬉しそうな貴方。
夜半の平塚市で、三拍子の歌に合わせて抱きしめ合って、
幸せの一語に完結している。世界を置き去り、二人きり。
たとえ、どれ程に憎い相手だろうと、
かつての友であり、裏切った存在であろうと、
人の不幸を願えない、人の不幸を嗤えない。
そんなお前を、誇りに想え。
世に照らせ。見せつけてやれ。
これが、正しいかなんて、気にしなくて良い。
朝に開いた冷蔵庫に、実家のカレーライスが一人前。
ちゃんとご飯を食べているか、と言葉も無しに、
私のためにお裾分けをする、父の愛に今一度、朝が来る。
相手の言葉だけを聴いていませんか。
意図する所に気づかず、喰われていませんか。
自らの傷を縫合せず、他者に傷を負わせながら、
傷を舐めあう構図に持ち込み、幸せと錯覚させる悪魔が嗤う。
刮目して、自助努力で救われてほしい。
教科書は前提であり、実学はその先にある成長だから。
私の人格が、ふたつあった頃だ。もう十年前だ。
春が訪れて、父が私を山に連れて行った。
桜の花が満開で咲いていたけれど、私は感動しなかった。
すると、父は桜の木々に向かって大声を出した。
「桜の精、ありがとう、桜の精、ありがとう」
壊れた私にも、桜の精霊がいるんだな、と信じられた。
鉄条網に囚われて、傷ついて血を流す鬼が居ました。
哀れに想った兵隊さんが、鬼を助けました。
「俺は鬼だ、お前達を苦しめる鬼だ、助けて良いのか」
兵隊さんは水筒を差し出して、言いました。
「誰かの苦しみを望むほど、私は鬼じゃないんだよ」
光に背を向けて、闘いに臨もうと、決心をすると、
小さな神様が、袖を掴んで、哀しげな声で話す。
「やめましょう、ね、一緒にいよう」
疑う余地の無い、心底から込み上げる温かさが、
涙に変わって頬を落ちる。私は膝をつく。
皆を赦したい本願は、募るばかりである。
修羅は、名も無い僧の膝に縋りつきました。
「お坊さん、これ程に苦しいのは、何年ぶりだろうか」
心を鬼にした僧は、修羅の頬を一度、打ちました。
「今まで、赦すために努力してきたお前自身を、裏切るな」
全てを見守ってきた僧が、しかってくれた。
修羅は有難く合掌して、静かに祈りました。
古い足跡の方角が今までの苦しみならば、
白い光が射す方角が、今日からの希望。
神様、この苦難を乗り越えるための、一握りの勇気をください。
虎の面も、鬼の仮面も、今は似合わないから供養しよう。
どちらを被っても、名も無い僧にはいつも見破られる。
「葛藤を、その様な形で体現してはならないよ」
「では、この苦しみや嘆きを、如何にして」
問いかけは必ず、途中で終わる。
自らの仏性で、愚問であったと気付くからだ。
今朝、父とお話をした。他界した祖母についてだ。
死は終わりではない。魂は永遠である。
今生の別れを悲しむ気持ちはあっても、沈んではならぬ。
祖母は生まれ、最期まで生き抜いて、父と孫を残した。
私達は船頭として生きる為の、肉体船を頂いた。
生きる事は常しえの学びである、喜びである。
お祖母ちゃんが買ってくれた干瓢巻きを覚えています。
まだ幼い私には「かんぴょう」が何なのかが分からず、
それでも、お祖母ちゃんに笑顔で、言いました。
「美味しいね、ありがとう、お祖母ちゃん」
貴女は「美味しいねえ」と一言だけ。
それでも、貴女の嬉しそうな笑みを覚えています。
明日は、秋桜の夢を見ます。
若かりし頃の名も無い僧は、嘆いていました。
「煩悩を全て捨てたい、強くなりたいのだ」
彼の肩を抱いて、眼を見てくれた、仏様がいました。
「どれほどに美しい花だって、その蕾は、開くべき時に開く」
ただ一言の説法が、あの僧に、安堵の心を与えました。
悪意を持った幻影を相手に、自らの生き死にを決めるな。
山の姿の日向と日影が雲の証。
光が欲しい、と喚く事は自由であります。
しかし、瞼を閉じたあなた方は、既に光の中にいる。
相対評価に基づく幸せの報酬は自由であります。
しかし、その実体は仮想敵への対抗心です。
喜びを生む蒸留酒を奪う事は自由であります。
汚泥を混ぜ、嗤い、今に飲み干すのは、あなた方ですから。
父と椅子を並べて歌を語る。
民の心の叫び『里の秋』を習ったと貴方は言う
母と二人で、貴方の帰りを日毎夜毎に願っていた。
貴方の座布団を敷いて、笑って、暮れには泣いた。
父母と兄弟と揃って暮らせる、この現実は夢か。
夢のように想うほど、私が願った幸せだ。
赦しとは、条件ではない。無条件の行いである。
赦しとは、取引ではない。無償の努力である。
赦しとは、不安ではない。無明を照らす光である。
詩集 浜の光と芝の花 一章