いとしい人
「うん、めっちゃうまい」
頬をリスのように膨らませ、がつがつ頬張る横顔を惚けながらも眺めていた。俺は昔から、この無邪気に食べ物を口にする瞬間をこよなく愛している。だから一緒になったのか、と問われれば返答に困るけど、そういう些細な仕草の繰り返しでいつの間にか恋に落ちていることなんて、よくある話だとは思う。
バゲットを細かく、六つほどに切り分けたはずなのにそのほとんどはその胃袋の中へ消える。やっぱり物足りないのか、ごつごつと骨ばった節くれた指が油に塗れて、続けざまに口の中へ放り込まれる。あますことなく味わうその姿に、しまった、もっと作っておけばまだまだ見ていられたのに、と後悔が募ったのは彼がごちそうさまと両手を合わせてすぐのことだった。
今日のリクエストはアンチョビトーストだった。なんで朝から酒のつまみにも似た、高カロリーなリクエストをしてくるんだとは思ったが。
塩分も油分もたっぷりの不健康な朝食だ、そんなの食ったら俺なら確実に胃もたれする。そう喉まで出かかってブラックコーヒーを啜っていたのもつかの間、目の前の相手からふと、こんな声が漏れてくる。
「あ、ごめん、全部食っちゃった」
「いいよ。うまかったんだろ」
うまかったならそれでいいんだ。それがいいし、そういうお前を常日頃から、いつだって見つめていたいんだよ。胸に抱え込んだ思いは全部吐き出すことはなかったが、伸ばした手の中で体よく収まった丸みの帯びた後頭部を撫でながら、俺は静かに微笑みを返したのだった。
いとしい人