映画『ルックバック』レビュー
原作またはアニメを通じて物語が迎えてしまう結末を知っているからこそ、何気ないシーンで涙腺が緩んでしまう。京本がその姿を現してからはもう感情が煮崩れしまくり。彼女の目に映る藤野がどれだけ特別だったかは実写の方がよく伝わります。幼さないしは拙さがリアルに撮られる分、劇的に変わった人生の分岐点が愛おしくなる。藤野と二人でいる時の京本は、表に出さなくても感情がたくさん動いていて、それが彼女の殻を破ったんだなぁと心から実感できます。それがGペンやマッキーペンといった道具の音として再現される。編集者の手に収まって読まれる生原稿の感触にも2人で積み上げてきた時間の数々が垣間見えるようで、ひたすら感動でした。
プロの漫画家になった後の藤野の描写が膨らまされていたのも良かったです。効率よく漫画を描けるデジタル作業がスクリーンに映れば、京本と二人でアナログ原稿に立ち向かっていた「あの頃」のノスタルジーを激しく掻き立てられますし、アシスタントとチームを組んで連載をこなす姿を観ていると分たれた各々の人生が強くフォーカスされ、藤野の背中がより一層寂しく見える。これらの描写を前振りにして迎えるあの名場面だったから、理性が粉々に吹っ飛ぶのは当たり前です。ロケ地も藤本タツキさんの故郷である秋田県にかほ市。そこでしか見れない四季の移り変わりの元で、藤野と京本が濃密な時間を過ごしたんですよ?メタ構造の正しい用法すぎて涙が出る。激賞です、文句なし。
主演のお二人の演技については掛け値なしの高評価。①終盤において台詞の数が減っていく藤野の心中を「真顔」というたった一つの文法で観客に届けた出口夏希さんは俳優としてますますファンになったし、②横顔を始めとする造形美で京本の存在を語り尽くした蒔田彩珠さんの受けの演技は極上すぎて満漢全席。その全部が幼少期の藤野と京本を演じた七瀬ふうりさん、岡田六花さんが放つ輝きがあってこその陰影だったことを思うと、キャスティングの力というものをとことん信じられます。
私が大好きな坂東祐大さんが劇伴を手掛けていらっしゃったのにも大満足です。漫画でもアニメでも印象に残る藤野が雨に打たれるシーンはテーマ曲を先に作り、それを藤野の鼻歌として現場で流しながら撮影したそうで、音楽が映像を作る面白い試みに興味津々。象徴的な舞台装置として機能していたタンチョウヅルのカットも、撮影中に偶然に映り込んだものを活かしたそうです。「海の音がする」という仕草も然り。七瀬ふうりさん、岡田六花さんが2人で遊んでいた時に生まれた名台詞を監督がキャッチしたという。映画の神様が降りてきたとしか思えない数々のエピソードが散りばめられた本編に、ベネチア国際映画祭が応えたのは最上の誉れですね。原作やアニメを全く知らない方だったらぶっ刺さること間違いなしの良作なので、迷われてる方は是非。原作勢又はアニメ勢なら、脳内にセッティングされているフィルターを通して鑑賞する方がかえって楽しめます。どんなもんか観てやろうじゃないの?という態度で本作に臨んで欲しい。お勧めです。
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