mellow night | daydream 第四話「Night Train」

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第四話「Night Train」

森山孝二と高崎凛は、夜行列車に乗っていた。
向かいの席には、見知らぬ老人が一人、眠っている。

しばらくは、うとうとしては顔を上げていたが、今は泥酔したようにシートへ身体を預け、静かな寝息を立てていた。

二人の目的地は、海が一望できるリゾートホテルだった。

恋人になって初めての旅行。

秋が深まり始めた、爽やかな風の吹く季節だった。

「余裕のある秋のうちに、心置きなく旅行を楽しもう」

そう提案したのは凛だった。

森山は以前から、「オートバイには二人乗りはしない」と言っていた。

凛は自動車で行くことを提案したが、

「疲れるから列車にしよう」

と森山は自動車での旅行を拒んだ。

「二人以上の旅は、列車に限る。旅行をしている気分になる」

そう言って、森山が半ば強引に決めてしまった。

今は、もう真夜中を過ぎている。

森山は窓際の席に座り、冷えた缶ビールを飲んでいる。

正面に座った凛も、眠そうな顔で缶ビールを手にしていた。

向かいの老人は、すっかり眠り込んでいる。

「前のお爺さん、疲れて寝てるわ」

凛が言った。

森山は彼女を見て微笑んだ。

「そっとしておこう」

「最初は、意欲満々だったのにね」

「もうガス欠のようだね」

彼の言葉に、凛は静かに笑った。

快速で走っていた夜行列車は、大きな橋の上で停止している。

単線のため、すれ違いの列車を待っているのだ。

二人は窓の外を眺めた。

橋の下には、工業地帯の夜景が広がっている。

煙突から炎が時々上がる。

人工の冷たい光に包まれながら、巨大な工業地帯全体が、一つの生き物のように暗闇の中で息づいている。

「綺麗ね」

「あの煙突の炎は何かな」

「気になるわ」

「ときどき炎が上がるね」

二人は、それぞれのスマートフォンで同じラジオ放送を聴いていた。

さっきから凛は、森山の指先の動きを見ている。

そして、唐突に言った。

「あなたの指先って……」

「指先がどうかした?」

「色っぽいのね」

「指先が色っぽい?」

「ほら、指先の動きが色っぽいの」

「セクシュアルってこと?」

「そうね。それもあるわ」

森山は視線を外し、うつむいて短く笑った。

「おかしいの?」

「いや。急に思ってもいないことを言うから」

「女性にモテるでしょ」

「そうかな。モテないと言うと嘘になる」

「やっぱりモテるのね」

森山はまた静かに笑い、戯けたように首を左右に振った。

二人はしばらく黙ったまま、同じラジオ放送を聴いていた。

Welcome to the midnight lounge. Ocean Bay FM.
街の灯りも消えて星の輝きが満ちてくる時間です。
今日と明日が出逢う時midnight lounge。

皆さんこんばんわ。葉月 夏緒です。
真夜中の時間いかがお過ごしでしょうか?
今夜の曲は、Marvin Gaye Sexual Healing。

Sexual Healingはマーヴィン・ゲイのキャリア史上最も成功をおさめた楽曲。同時に生涯最後のポップ・ヒットとなりました。

「この曲いいね。アレンジが洒落てる」

「私も好き。なんて曲?」

「マーヴィン・ゲイの『Sexual Feeling』だったかな……」

それを聞いた凛は、静かに笑った。

「どうした?」

「だって、さっきの会話にリンクしてるじゃない」

「ああ、そうだな。セクシュアルな俺」

その言葉に、凛はさらにクスクスと笑った。

二人は曲を最後まで聴いた。

曲がエンディングを迎える頃、森山が凛に尋ねた。

「ねえ。俺と出逢う前にさ、軽音のパーティーがあっただろ?」

「ええ、何?」

「君と相沢が二人で会場からいなくなったって聞いたんだけどさ」

凛は森山を振り向き、黙って見つめた。

「……」

森山も凛の方を振り返る。

「恋人同士だった?」

「いえ、違うわ」

「ふーん。で、その夜は何かあった?」

「ええ。あったわ」

凛は、まるで罪悪感を見せることなく、相沢と関係を持ったことをあっさり認めた。

森山は少し黙った。

「まあ、俺と出逢う前のことだから、とやかくは言わないけどさ……」

「ないと言えば嘘になるわ」

「そうか」

森山は窓の外へ視線を向けた。

「その後で君は俺と出逢って、俺を選んだわけだけど……」

凛は何も言わない。

「本当は相沢にも気持ちがあるじゃない。ね?」

「そうね」

「相沢とは、どうするの?」

「わからない」

「どちらかを恋人にするか、はっきりしなきゃね」

「ええ」

森山は少し笑った。

「俺を選ぶか? それとも相沢を選ぶか?」

凛は答えず、窓の外を見た。

「……そうね」

「俺たちの曖昧な関係って、変かな。相沢の存在は認めてるけど」

「普通は、別れたらそれっきりなのよ」

「そうなのか」

「そうなのよ」

少しの沈黙。

「じゃあさ。一旦、白紙に戻そうよ」

森山は軽い調子で言った。

「君がどちらかを恋人に選べばいい。三人の関係をはっきりさせなきゃね」

「ええ」

「で、三人の関係は続けるんだね」

凛は森山を見る。

「恋人として、どちらを選んでも……もう一人とは、友人として関係を続けるわ」

「へえ、そうなんだ」

「また友達の関係に戻るだけなの」

「お互い、仲が悪くなったわけではないからね」

「そうなの」

「別れて、二度と会わない関係とは違うの」

「そうだね」

凛は静かに言った。

「新しい関係に変えるだけなの」

森山は少し考えた。

「まあ、そうだな」

そして、冗談めかして笑った。

「じゃあ、これは恋愛ゲームだな」

凛は笑わなかった。

「……ゲーム?」

「そう。三人で会って、凛がどっちを選ぶか」

「私たちの関係を白紙に戻すの?」

「まあ、そうしないとフェアとは言えない」

二人の会話は、そこで途切れた。

midnight loungeのDJ葉月夏緒が次の曲を紹している…

次の曲もソウルナンバーだった。今度は、甘い声の女性ヴォーカルの歌だった。

二人は、ラジオから流れる曲を黙って聴いていた。

途中から、凛が曲に合わせて歌い始めた。

森山は、彼女の歌声を聴きながら凛を見つめている。

凛が視線を投げかける。

二人の目が合う。

凛は微笑みながら歌い続けた。

曲が終わる。

森山は静かに拍手した。


番組midnight loungeもそろそろ終わりの様だ。

夏も終わり、夜風が涼しくなる頃ですね。
夜は、快適に過ごせるようになりました。

10月初めまで、日中はしばらく残暑が続きそうですね。夏の名残りの季節、夏の疲れで体調を崩しがちな時期ですね。皆様もご自愛ください。
ファッション雑誌は、秋冬物の記事が多くなり気持ちは秋服に気分に切り替えたいのですが、まだしばらくは、半袖一枚の日が続きます。

暖かく湿った空気の影響で、東日本や西日本では大気の状態が不安定となる見込みです。北海道と東北は大体晴れるでしょう。関東から九州北部は晴れますが、午後はあちらこちらで激しい雨が降りそうです。

私は、休暇をとって旅先の海辺のホテルでバカンスを計画中です。もう夏は終わってしまったけれど。

epilogue

波の音とともに一日が終わろうとしています。
静かな夜のしじまのひと時が穏やかに過ぎていきます。

それでは、今夜はこの辺で。

お相手は、葉月夏緒でした。

Also some night. good night.

「相変わらず歌が上手いね」

「ありがとう」

「歌手になればいいのに」

「アイドル歌手をする年齢は、とうの昔に過ぎ去ったのよ」

森山は軽く笑った。

「そんなことないよ。君は美人だし、可愛い」

「ありがとう」

「ピアノ弾けるんだっけ? シンガーソングライターだったら格好いい」

「歌は好きだけど、永遠に歌える人はいないのよ」

「永遠?」

「歳をとれば、声も出なくなるから。綺麗な音域では歌えなくなるわ」

「それはそれで味があっていいよ」

「嫌よ。それに私だって、いつかはお婆ちゃんになるのよ」

「そんな君が、今でも好きだよ」

凛は少し驚いたように森山を見る。

「お婆ちゃんになっても?」

「もちろん愛せると思うよ」

凛は安堵したように微笑んだ。

「よかった」

「愛してる」

「私も」

その言葉のあとに、二人の間には少しだけ沈黙が残った。

「けど……三人の曖昧な関係のままだ」

「別にいいじゃない」

「相沢は、恋人同士になる可能性を秘めた友達だよね?」

「わからないわ」

「この際、はっきりどちらかを選んでもらいたいな」

凛は森山を見つめた。

「ねえ、森山くん」

「なに?」

「こっちに来て」

森山は、向かいの老人を起こさないように、そっと立ち上がった。

凛の隣の席へ移る。

二人は並んで座った。

しばらく見つめ合う。

やがて、静かに微笑む。

そして、二人は長い口づけを交わした。

大橋の向こう側から、列車の光が見えた。

列車は快速のスピードで近づいてくる。

やがて、二人の乗った列車とすれ違った。

すれ違う列車の風と線路の走行音が、二人を包み込んだ。

向かい側の窓には、すれ違う列車の窓が流れるように見える。

走行音は、時を刻むように一定の間隔で響いていた。

何両目かの車両に乗っていた冴えない中年男性が、二人に気づいた。

一瞬、驚いたような顔で二人を見る。

しかし、その窓はあっという間に進行方向へ流れていった。

すれ違う列車の音が、しばらく続く。

二人は、お互いを確かめるように口づけを続けた。

やがて対向列車は後方へ走り去った。

二人は顔を離した。

しばらく抱き合いながら見つめ合う。

もう一度、顔を近づけようとしたとき、

「うーん……」

向かいの老人が寝返りを打った。

二人は驚いて身体を離し、老人を見る。

老人は熟睡したままだ。

二人は顔を見合わせ、愉快そうに肩をすくめて微笑んだ。

やがて、待機していた夜行列車が、ゆっくりと音を立てて橋を渡り始める。

二人は視線を外し、窓の外を見た。

工業地帯の夜景が、再び二人の目の前に広がっている。

煙突から炎が時々上がる。

巨大な生き物のように、人工の冷たい光に包まれながら、暗闇の中で息づいている。

少しずつ遠ざかっていく巨大な工業地帯の光と炎を、二人は飽きることなく眺めた。

「ねえ」

「どうした?」

凛は、再び煙突から燃え上がった炎を指差した。

「あの炎」

「うん」

「どちらかを選んでも、どちらかと別れても……私たちは、あの煙突の炎のように消えないわ」

凛は窓の外を眺めながら、独り言のように呟いた。

森山は何も答えなかった。

ただ、凛の横顔を見ていた。

二人が旅行から帰って三日後。

森山から、相沢コオに電話がかかってきた。

相沢コオの部屋

午後の終わり。

黄昏から蒼い時間が深まってくる頃、コオはベッドの上で眠っていた。

ナイトテーブルの上に置かれた携帯電話が鳴った。

眠気の残る身体を起こし、手探りで携帯電話を探し当てる。

「はい……」

気怠い声で応える。

電話の向こうから聞こえてきたのは、森山の声だった。

「よお! 相沢幸樹くんの電話は、これで間違いないのかい?」

コオは一瞬で目が覚めた。

「森山? 森山なのか?」

「そうだ、俺だけど」

「なぜ?」

「電話番号か? 凛に聞いたよ」

「何の用なのか?」

コオの胸に、嫌な予感が走った。

「凛と君のことだ。わかるだろ?」

「何のことだよ」

とっさに誤魔化すような口調になる。

「君さあ、俺と凛が出逢う前は恋人だったの?」

「……いや。そういうわけじゃない」

「やったのか?」

森山は露骨な言い方で尋ねた。

「いや、そういう言い方はないだろ」

森山は電話の向こうで笑った。

「まあな。で、どうなんだ、凛とは」

コオは言葉を探した。

「凛には……気持ちが傾いていると言えば、嘘ではない」

「そうか」

森山は少し間を置いた。

「軽音にさ、友達がいてさ。夏になる前にパーティーがあったじゃない?」

「ああ」

「友達が言うには、君と凛が二人で会場から抜け出して、いなくなったのを見たらしい」

「……」

嫌な予感が的中した。

コオは何も返せない。

ただ、携帯電話を握ったまま、壁を見つめていた。

「まあ、俺と凛が出逢う前だから、気にはしないけどさ」

「ああ」

「そのことを凛に聞いたんだ。そしたら、あっさり認めた」

「えっ……」

驚きのあとから、失望がじわじわと身体を蝕んでいく。

まさか、凛があっさり認めるとは思わなかった。

普通は、隠すものじゃないのか。

なぜ……?

「図星のようだな」

森山の声がする。

「関係があったってことだな?」

コオは小さく息を吐いた。

「……すまない」

「いや、謝ることじゃないよ」

森山の声は、相変わらず軽かった。

「で、これからのことなんだけどさ」

「ああ」

「凛を呼んで、俺と君のどちらを恋人にするか決めよう」

「ええっ?」

コオは思わず声を上げた。

どうして、そんな馬鹿なことをするんだ。

もし期待はずれの選択だったら、失望するだけだ。

「なっ、そうしよう。これは恋愛ゲームだ」

森山は愉快そうに言った。

「真面目に言ってるのか?」

「ああ。凛にはそう言った。一旦、白紙に戻して、どちらか選んでくれって」

「なぜ?」

「いいじゃないか。恋愛ゲームだよ」

森山は、まるで勝手にゲームのルールを決めるような調子だった。

コオは、その不真面目さに苛立った。

「わかったよ。でも、選ばれなかった方はどうするんだい?」

「ああ。凛が言うには、選ばれなかった方は友達に戻って関係を続けるそうだ」

「凛がそう言ったの?」

「そうだよ」

コオはしばらく黙った。

「選ばれない方は……耐えられない屈辱じゃないか」

「まあ、凛は選ばない方とも友人として関係を続けたいそうだ。嫌なら別れて、会わなければいいじゃないか」

コオは携帯電話を持ったまま、長い沈黙の中にいた。

「相沢? どうした?」

森山の声に、コオは我に返った。

「……わかったよ」

声は静かだった。

「そうしよう」

電話を切ったあと、コオはしばらく携帯電話を見つめていた。

凛への想いは、まだ消えていない。

けれど今、自分の気持ちが恋愛ゲームの駒の一つにされてしまったような、やりきれない感覚だけが残った。

数日後

三人は会った。

森山は、いつものようにどこか飄々としている。

コオは静かだった。

凛は二人を交互に見た。

「凛」

森山が言った。

「決めてくれ」

凛は黙っている。

コオは何も言わない。

選択を迫られている。

けれど凛自身は、二人のどちらかを切り捨てたいわけではなかった。

どちらも大切だった。

どちらかを選んでも、もう一人とは友達として関係を続けたい。

それが凛の本当の気持ちだった。

しかし、二人の視線を受けながら、凛は静かに答えた。

「……森山くん」

森山が微笑んだ。

コオは一瞬、目を伏せた。

「そう……」

それだけだった。

「コオとは、ふとした瞬間に……魔が差したようなものだったの」

凛の言葉に、コオの胸が痛んだ。

「あの夜が、そういうものだったってこと?」

「……自分でも、よくわからないの」

凛は目を伏せた。

コオは何も言わなかった。

凛を責めることもできない。

けれど、想いを捨てることもできなかった。

三人の関係は、その日を境に少しずつ形を変えていった。

mellow night | daydream 第四話「Night Train」

mellow night | daydream 第四話「Night Train」

  • 小説
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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-09-09

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