櫻の樹の基に。

梶井基次郎さんの作品である「櫻の樹の下には」を基に、オマージュ作品として作りました。
文字数、改行数、改行を除いた文字数、改行・空白を除いた文字数などを、総て原作と一致させております。
私は、心から梶井基次郎さんを尊敬しております故、これを作らざるを得ませんでした。
ただ、彼に対する、私の恋文を。南京玉を添えつつ。

 櫻の樹の基には彼が埋まっている?
 其れは信じていいことなのか?何故って、あんなにも見事な人間は見たことがない程じゃないか!あの指先も、荒れてはいるが骨っぽく、四角く、太い。あの鼻だって、富士を思わせた。中果皮そこそこに、私にほろ苦さを覚えさせた総て。無骨ながらも柔い彼の総て。
櫻の樹の基には彼が埋まっている?其れは信じていいことなのか。

 よくある夏の、蝉の声。一匹残らず、告白に成功してしまえば。隣に陣取る蠅の瞳。すももを抱いて、私に縋る。彼にはこの気持ちがわからないだろうが──どうも私にも分かっていない──ただ、彼のみ想う年中に、彼は知りもしない。
 いったいどんな彼でも、いわゆる盲愛というもので通してしまうと、周りの空気さえ惜しくも感じるものだ。それは、ただ内に秘めたる恋心なんぞの、安っちいものなんかぢゃあない。所謂──敬愛でもあれば、性愛──もしくは偏愛、執愛……云々。それは果てしなく、穹よりも、独りの部屋なんかよりも広い、独特の匂いを放った美学なのだ。それでしかないのだ。
 しかし、彼は何を想う。私の目には届かぬまま、基に。彼すら信じられなくなってしまった私を、どうみるのか?偶像に縋り、幻影に悶え、雨に呑む。ようやく分かったのかい、彼は手の届かない、熾天使よりも遥か澄んだ彼れであり、また概念として成り立つものではなかった。ただ、ひたすらに生きた彼に対するもの。
 貴方、この牛肉鍋を囲む日も、南京玉を弾いて笑みを漏らす日も、私の心はいつだって此処に埋まっていたんだよ。やっと、分かってくれたのかい。
 蠅の横たえる姿、猫の浅い息を、犬の涙で濡れた毛並みが、行く末は全て等しい。平等にやってくる、唯一の概念。銀座の、少し洒落た、喫茶店にはステーキが、何より美味かった。其れを頂く彼が、何より美味かった。
 櫻の樹が今も尚、彼の手を、足を、声を絡めとっては、吸い上げ、私に還ってくる。循環して、彼に還す。それから──また同じだった。
 貴方は何をそう幸せそうな顔をしているのか。とても辛いことではないか。その病でさえ、理解しようとすればするほどに、何を考えているのか分からなくなる。知りたい。私の半生を、根本から塗り替えた貴方に、今から何ができるというのか。私は未だ、貴方に囚われているというのに。
 二三日前、私は彼と同じことをしていた。ここで彼は泳ぎ、ここで彼は飛び込んだ。総てを思った。彼は知る由もないだろうが、誰もが知らない彼までも想像を熱心に行ったものだ。彼が死せる後でも、息を吹くその瞬間でさえ、何かを巡らせる。あの海の岩。彼を真っ向から見つめた唯一の無機物。私は堪らなく悔しくて、何度も願った。櫻の葉、食う彼の餅。喉元を過ぎれば、彼は再び飲み込んだ。新芽を食えば、雪が抱いた。人に慣れたメダカが私の指を食べて、私もメダカを。ただ愛しさのみが残って、寂しさを擬似的になくさせた。今は彼を諦めるよ、なんて思える程、私は羽の柔さを理解することはできやしない。
 私は彼を見たとき、胸が衝かれるような気がした。墓場ごと愛した、死者を崇拝せし変質者のように感じただろう。酷く焦燥に駆られ、生まれてすぐに損失を味わった。不条理に妬かれながら、一心に捧げる。例え、見れなくたって、いつかは巡り会えるそのときまで、只管に生き、私には其れ以外の方法はない。そう教えてくれたのは、彼だったぢゃあないか。
 この世界において、私を悦ばすのは彼の内を通したもののみ。彼を媒介として、繁殖する私は?残忍な幻影そのもの。手からこぼれ落ちる目白と、彼はいったい何が違う。親を求め、鳴いた蛇が地面となり、蟻の住処になる。何も上手くは行かずに、総てが終わってしまうのだ。其れを何故、彼は打ち消す。深い情だけが洗い流して、みる世界が滲んだ。私の心が生まれるとともに、彼の想いは完成していく。
 ──貴方も腋の下を拭いているね。冷や汗が出るのか。それは私も同じことだ。何もそれを不愉快がることはない。帯下のように糸を引いて、今もそれが彼に巻き付く。それで私だけの想いは完成するのだ。
 ああ、櫻の樹の基には彼が埋まっている!
 いったいいつから想い浮かんで来た感情かさっぱり見当のつかない私は、いまはまるで櫻の樹の一つになって、どんなに彼を忘れても離れてゆこうとしない。
 今こそ私は、あの櫻の樹の下で想いを馳せている彼と同じ権利で、彼に想いを馳せれそうな気がする。

櫻の樹の基に。

どうしても、書きたかった。

二三日、不安、焦燥で堪らなくなっていた。

ずっと奥底にしまっていた此れを、返歌のようにしたかった。

総てを一致させ、対比・同化させることによって、私の憂鬱は完成したのだ!

櫻の樹の基に。

櫻の樹の基に眠る彼への、南京玉。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-09-01

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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