詩集 修羅と名も無い僧 四章
四章
善を行い、自身の想念について観察をした。
怒ることも、憎むことも、不平不満に思うことも、
その行いは、相手への自発的な依存ではないか。
私は、反省をしたい。
怒り、憎み、不平に思い、自らを裏切った。
善行には必然と徳が積まれるのだから、
私は凡夫として、ただ継続したら良い。
子猫が集めたどんぐりを、リスが持ち去ってしまった。
子猫はリスに「ちょっと待って」と声をかけた。
「こっちのどんぐりの方が、美味しいよ」
子猫はリスに、最良のものを差し出した。
無数の幸せを両手で欲張り、抱きかかえた後に、
ひとつひとつを甘やかすと、苦しみの相をしている。
遠ざけようと必死になっていた苦しみを、抱きしめて、
ひとつひとつを磨くと、穏やかな相をしている。
苦しみは、赤子であります。
育てれば、大人になります。
苦しみは、我が儘で、大声で泣きます。
育てれば、静かな声で、意見を述べます。
喧嘩を売られても、別れ際に恨み節を吐かれても、
親を侮辱されても、自身の全てを愚かと言われても、
心身が砕けるまで殴られようとも。
わざと人の心を傷つける言葉を、使いもしない、
言い返しも、殴り返しも、恨み返しも、何もしない。
その私を作ったのは、今までの業です。私ではない。
それ程に魂が傷を負い、
なおも傷ついて、傷にまみれ、
痛みに声を抑えて震えるなら、
満身創痍のお前を愛せば良い。
その傷は、傷にあって、傷に在らず。
傷という名の、お前の血肉の一部だ。
愛が難しい事ならば、そうだな、
私と一緒に祈ろうか、明け方まで。
かつては、生まれ落ちたことを不安に思っていた。
どす黒い海に投げ出された思いに、入り浸っていた。
しかし、泥沼の世界よ、御仏の掌の上よ。
何を不安に駆られるのか、分からなくなった。
救われる約束の上で、望んで、少し遠回りをしている。
この事実に、安堵さえも覚えたのだ。
記憶の魔物よ、フラッシュバックよ、
馬鹿野郎、大馬鹿野郎、
俺は今日も生きたぞ、生きているぞ。
震える声音でも、震える手足でも、
割れた皿や錠剤が、部屋に散らばろうとも、
馬鹿野郎、俺はまだ生きているぞ。
十二年、お前と闘ってきたのだ。
今さら負けるような、俺じゃない。
人の病むか、病まないか、他者を気にする割に、
相手の幸せを祈るどころか、不幸を願う者達へ。
かつて、修羅であった私は、怒りを昇華するため、
無数の詩を書いてきた。それは事実だ。
けれど、人の不幸を笑う詩など、呪いの詩など、
一度も書いたことは無い。詩は祈りの道だからだ。
貴方の優しいところが、好き。
貴方の純朴なところが、好き。
手を繋ぐと温かくて、好き。
くすぐり合うと嬉しくて、好き。
キスをするとどうしようもなく、好き。
一緒に過ごす時間が幸せで、好き。
貴方がいるからこそ、喧嘩もできて、好き。
貴方が私を、私が貴方を、両想いで、好き。
何故、他者と闘う。
私は、自らと闘いたい。
これ以上ないほどに、無上の争いを続けて、
その果てに、私は自身と和解を遂げたい。
「悪かった、どうか赦してくれ」
「いや、良いんだ。お互い様だ」
私の真我と偽我が、抱きしめ合った時、
私は、青い世界に身を投ぐ事ができる。
それも行、これも行、そう、どれだって行だ。
私は行ずる者なのだから、黙っていれば良い。
行は人の心に映さず、神仏の御心に映される。
人が正しいか、間違っているか、或いは、
私が正しいか、間違っているか、その様な事は、
実は、神様仏様だって、興味の無い事なのではないか。
生まれつき、目の見えない修行僧がいました。
彼は、経典を読むことができませんでした。
しかし、彼はある日、気づきました。
「経典なら、ここにあったんだ」
彼は自らの胸に手を当てて、涙しました。
無明に生きる衆生はいつか、仏に成る。
人の命とは、経典の文字の一部だったのです。
「待って、お坊さん、お布施をさせてください」
名も無い僧は、老婆の声に立ち止まる。
老婆は、ガタガタと震えながら、僧に石を手渡した。
合掌した老婆は涙しつつ、足早に立ち去る。
僧は掌の上の石を、しばらく見つめた。
彼は、深々と頭を下げて、また歩き出した。
師の事を、どの様にして赦せば良いのか、分からない。
散々、侮辱してくれた。
耐えた日々が馬鹿馬鹿しく思えて、歯を食いしばる。
いいや、耐えてしまおう。笑ってしまおう。
悔しさのあまりに涙が流れるなら、そのままにしよう。
それ程に侮辱されようとも、私は負けなかったのだ。
子猫のもとに、リスがどんぐりを持って訪ねました。
「この前は、どんぐりを盗んで、ごめんね」
子猫はにっこり笑って答えました。
「君がお腹を満たせたなら、良かったよ」
リスは、赦された喜びと、良心の痛みにより、
涙を零しながら、子猫に大きなどんぐりを渡しました。
お布施というと、大袈裟に聴こえるかも知れない。
だが、繋がった数珠の様に、皆がお布施をしている。
悪事を働く、善行に努める、蹴落とされる、救われる、
欲を満たす、欲に貪られる、怒鳴る、怒鳴られる、
裏切る、裏切られる、愛する、愛される。
皆の行いの一切が、お布施ではないか。
時折、夢を見ている気持ちになる時がある。
大好きな人や、親しい友達のみならず、
大嫌いな人や、決別した人達も含めて、
何もかもが、愛おしく思える。そんな日がある。
人を思いやる。
そのように考えるのは、良くないのかも知れない。
ただ、善を成す。
人のため、と想えば我を張ってしまう。
ただ、自己の為に徳を積む。
そのためにも、ただひたすらに、善を成す。
徳を積んだならば、自己のためと執着せず、
ただただ、その徳を以て他者を助ける。
残酷な仕打ちを受けただとか、
残酷な言葉を言われただとか、
身に被った難に苦しむ暇があれば、
その相手でさえも、助けてしまえ。
心無い者に、愛を施せば良い。
心ある言葉を伝えれば、お前の善心が育つ。
フラッシュバックが私の命を奪うならば、
ひとつだけ、この病魔に、誓願を立てさせる。
もう二度と、人の心に棲まない事を、誓え。
その誓いを果たして、菩薩に成ったならば、
冥界に沈む私を、救えば良い。文句があるか。
だが、お前が菩薩に成ることは無い。
何故なら、私は生きるからだ。
大勢から石を投げつけられ、血を流す男が言った。
「私も、人間だよ」
市民達が、男を殴り倒し、蹴り飛ばし、侮辱した。
だが、血塗れの男は言った。
「私も、人間だよ」
衣服を破り捨てられ、全裸になり、冷水をかけられて、
震えながらも、やはり、男は言った。
「私も、人間だよ」
今日、死ぬ訳にはいかない。
毎日、その覚悟がいるのだ。
お爺さんが、音楽をかけた。
二人が出会ったばかりの頃、流行っていた愛の歌。
お婆さんが、大人しい色のドレスを着た。
若い頃は、もっと派手な服が似合っていた。
老夫婦が手を取り合い、リビングで、静かに踊る。
共に愛に生きた、抱きしめ合う相手だけが、世の全て。
清く死ぬ事を、清い、と人々が称賛した時、
初めて、死は穢れに覆われてしまう。
最期は、生きとし生ける全てに約束されているのだ。
それの、何を特別視して、褒め称えると言うのだ。
一刻と待たずに命は通り過ぎていくのだから、
如何に生きるか、これぞ人間足り得る、清い足掻きだ。
私の背中に触れた父が、気遣うように言った。
「前より、瘦せたんじゃないか」
両手で背中を摩り、温めてくれた。
私は泣きたかった。泣いてしまいたかった。
人に想われるとは、こんなにも嬉しい事なのか。
弱さを話すことは、格好悪い。
誰かが決めた、不文律。
深夜のガードレールに腰かけて、明け方まで語った。
友達の声音は震えていた。初めて、私に涙を見せた。
分け合って飲んだ缶コーヒーが甘かった。
「じゃあ、明日も頑張るよ」
青白い空の下、友達は帰っていった。
母の実家で飼われていた、大型犬のレオンを思い出す。
レオンは、まったく人に吠えない、穏やかな犬だった。
ある年、レオンは母親になった。
親子そっくりな毛並みの、可愛い子犬を産んだのだ。
人が子犬に近づいた時、初めて、レオンは吠えた。
そうか。あれこそ、親心というものなのか。
復讐劇の主人公として生きるより、
喜劇の脇役として、笑っていたい。
詩集 修羅と名も無い僧 四章