詩集 修羅と名も無い僧 二章

二章

 思い出は敵ではなく ただ二つの顔を持つ友なのだろう
 時には親友の顔を見せ またある時には悪友の顔になる

 鏡を見る度に 自身の弱さに気づく
 眼をそらす度に 強くなったと錯覚する

 投げられた石の数 この額に当たった数
 赦そうと努めた数 心を見つめ直した数

 生涯の意味を問うまでも無く 生きる事を喜び尊ぶ
 命の是非を考える事も無く 生かされた今日に学ぶ

 私が父の涙を見たことは 今までに三度しかない
 不思議な事にその三度の涙を どうしても忘れられない

 残酷に思えるかも知れないけれど
 自身の業に責任を持つことにより
 私は初めて人間として息ができる

 地獄の底から見上げた光 それは紛れもない光
 あなたは誰ですか 問いかけたくなる光
 私が手放した あの日のあなたとそっくりな光
 世界で最も幸せになってほしい光
 私に倫理を教えてくれた 一条の光

 鏡面に沁みた悲しみが 笑みひとつを零して不覚と笑う

 桜は散ってもさくらんぼ

 生まれ変わった数だけ ラの音を響かせた数だけ
 御両親の笑みと涙の数だけ 不器用な愛の数だけ
 争い合った数だけ 赦し合った数だけ
 分かり合えた数だけ 癒えた傷の数だけ
 朝を迎えた数だけ それが今生のありったけ

 親猫を亡くした子猫が 弱りきって 雨に打たれて
 悲しくて 寂しくて 涙をポロポロと零していました
 通りかかった鬼が哀れに想い 子猫を保護しました
「鬼さん ありがとう ぼく うれしかった」
 翌朝 世を去った子猫のために 鬼はお墓を作りました
 子猫の成仏を祈り 鬼が手を合わせていました
 そこへ地蔵菩薩が姿を現して 鬼にお礼を言いました
「ありがとう あなたのおかげで 親子は再会できた」
 鬼は静かに涙を流しつつ 頭を垂れました
 良かった 本当に良かった と繰り返しながら

 塹壕の向こうに 歓喜の叫びを投げかけた
「今日は私の誕生日なんだ 久々に炊いた飯が食えるんだ」
 鉄条網越しに 敵兵達は声を揃えて返した
「天に感謝を 誕生日おめでとう」
 その心が嬉しくて 涙を堪えきれなかった

 砕かれた希望を抱きしめたお爺さんは
 その破片を 丁寧に山河に散りばめて
 世界はこんなにも輝いていると笑いました
 その辛苦と悲しみを全て知っている孫は
 自分のおやつをお爺さんと分け合いました

 二人旅を阻み別つ枯れ木 離れた手 震えた指
 春の精の歌に聴き入れば 花が咲く咲く 二人は憩う
 繋いだ手と結んだ指に 輝く星空 刻む古の文字
 切れた絃を共に張りかえて 中程に締めて奏でよう
 誰も聴いちゃいないさ 二人っきりで歌うのだ

 情熱の槍が 私の胸を突き破り 溢れる想念は愛の色

 人間って 本当は 怒りも 憎悪も 嘘なんじゃないか
 人間って 真には 赦し合う ただそれだけじゃないか

 野山の草花 物言わぬ姿 謙虚に生きるだけの命は
 何故 人間の胸を穿つのか 何故 学ばせてくれるのか

『産み育てて頂いた御恩 乞い願わくば 六年の報恩』
 兵隊さんは蝋燭を吹き消すと 静かに頭を垂れました

 眠れぬ鬼達は地の上の光を囲み 心を考える

 闘う人は笑われるんです 声援なんて 無いんです
 闘う人は戦友のために 何も語らず駆けつけるんです

 御恩二十年は親不孝の二十年 制服を着れば僅か三年
 最期の後に四と九だけを足せば十三に成りますからね
 父と母と親族で十三を引いて 七を数えてくださいね

 心が砕けて 涙の音だけ 胸に残る

 ひとりのバラックで 項垂れる 入り日の窓は
 里端の道を想わせて 家族の声音 夢に聴く

 洞窟に舞え 熱意の血が流れているならば
 屈した記憶に抗え 情熱の槍を携えて
 天の使いが喇叭を鳴らしても 沈黙してはならぬ
 人は人の歌を唄い 地上の楽器を鳴らせ
 四 八 十三 三 六 九 全てを砕いて舞おう

「何故悲しみがあるのだ」と彼は叫んだ
 叫びは高原を越えて山を越えて河川を越えた
 遂には海原を越えて 叫びは彼のもとへ帰ってきた
 彼は胸が締め付けられて 唇を震わせて涙した

「人間に成ったふりをするのは止せ」
 胸中の修羅が 私に怒りをぶつけている
 他者に怒りをぶつけろと 争いに生きろと騒いでいる
 では 私からも 自身の修羅にひとつ話したい
「人間に成りたいと泣いたのは お前ではないか」

 神様が地獄を救わないのではなくて
 神様の手が届かない場所を 人間が創った
 仏様が人間を見放したのではなくて
 仏様から見えない場所に 人間が住み着いた

 水を運ぶご老人の脚は傷が多い
 それでも孫達のために痛みを堪えて
 村に辿り着く頃には汗を拭い
 満面の笑みで「水を持ってきたよ」と大声で言う
 村の皆が 彼のためにナツメヤシを分け与える

 復讐したい この命を 復讐のためだけに捧げたい
 震える拳 握りしめた想念のナイフ 血走った眼差し
 胸中の修羅と畜生が争い 修羅が堂々と勝った
 倫理の力を以て この刃を我が胸に深く刺す
 真紅の正義が胸から零れ落ちる 私は安堵を覚える
 人間未満でも 私はまだ修羅でいられるんだ

 神様仏様は 私を見放しちゃいないし裏切っていない
 私の方から 神様仏様を見放し 裏切っていたんだよ
 それでも 小さな神様は隣でご飯を食べているし
 小さな仏様は 私にいろいろな世界を教えてくれるんだよ

 鬼は時間をかけて考えていました
 何故 俺は鬼に成ったのだろう
 悩んでいる内に 彼はいつの間にか反省を始めて
 気が付けば 鬼は人間だった頃の姿に戻りました

 窓の傍に猛禽が訪れて 窓の奥に問いかけました
「何故今日に至るまで 山の葉の移ろいは美しいのだ」
 窓の奥から答えが返ってきます
「春夏秋冬と人々は語るが 君は全てを見ている」
 猛禽は一度お辞儀をすると 再び飛んでいきました

 お母さん猫が 子猫を抱っこ 子守唄を歌ってあげる
 いつの間にか お母さん猫もスヤスヤと眠っている
 子猫は お母さんのために 子守唄を歌っている
 子猫はすでに ねむねむ でも 母さんの頭をなでなで
 母猫も一緒に ねむねむ でも 我が子の頭をなでなで

 彼にはひとつだけ 我慢ならない事があった
 家族を侮辱される事だけは 耐えられないのだ
 けれど 父も母も同胞も 皆が優しい人達だから
「たとえ馬鹿にされても気にしないよ」と話す
 ゆえに 家族の心を重んじた彼は 赦しを学んだ

 空の上には鷲の歌 孤忠の眼差し 命の讃歌
 谷の底には花の歌 静寂に根差し 命の讃歌

 命の砂を減らしながら生きている
 その実感が嬉しくて 泣いてしまう事がある
 全ての砂が流れても 悲しくなんかない
 次の輪廻を迎えるべく 次のラの音が待っている

 鬼は どうしても人の不幸を笑えませんでした
 鬼は どうしても人の不幸を願えませんでした
 それがとても悲しい事だと 鬼は知っていたからです

 人の攻撃性に気が付く私は、深く反省すべきである。
 自身に闘争心があるから、似た言動に関心が向く。
 心穏やかな人は、他者の荒々しさに無関心なはずだ。

 緑の葉が力強く茂っている
 橙色の それでいて中央が赤紫に染まる花弁を
 ぐっと押し出すように 数えきれない程の葉が
 勇気無き我が子の背中を押すように 茂っている
 花は産まれた命と 宿命との二面性を受け入れて
 陽光と潮風とに 照らされ 揺られ 在るだけ

 文句を言う口も 罵倒語を使う口も 嘘を言う口も
 全て要らないから ただ この胸中の何もかもを
「ありがとうございました」の一言で表す口が欲しい

 別の種だと想っていた花が 芝の花であると知った
 自身の知識を頼りに増上慢に陥った私に対して
 芝の花は静かに咲いて 何もぶつけてこなかった
 頭でっかちになり それでいて何も知らなかった
 花が私に「自惚れているよ」と教えてくれたけど
 その教訓さえもが 私の手による自己美化だ

 私のような 血も涙もない 人間未満には
 地の底がきっと 流刑の学び舎だろうけれど
 まだ心臓が動くのだから 無学のままにいる
 常しえの悲しみを 壁に黙している
 勇気も無いままに 差しこむ一条に 瞼を閉ざす

 今まで怒りをあらわにした自身も 泣いた自身も
 闘志を言い訳にペン先を武器にした日々も
 一文字で 一文字だけで 偽物ですよと告げられる
 何故か それがうれしかった やっと楽になったから

 悲しい海に船を浮かべた 波も風も 起きぬまま
 明け方のスープが温かいから笑えた
 暮れ方の静かな水面に泣いた 涙は海とひとつになった
 神様 小さな神様 私は船頭ですが気軽なものです
 この海の全ては 私の何もかもですから

 病に苦しむ姉は 痛む体を引きずって 働いて
 幼い弟達のために僅かな賃金を得ます
 そのお金でパンと野菜を買い 皆と食事をします
 家族は孤独ではありませんでした 心が豊かでした
 弟達は勉学に励み 医者を志します 真心ゆえにです
 その生き様を いつしか誰かが愛と呼びました

 真っ暗な波が押し寄せる この浜辺に立っている
 恐怖や不安を問うのかい やめておきなさい
 生きている限りは 間違いなく希望の日の連続なんだ
 倒れる日が来たって 是非を問うまでも無く希望だから

 小さな神様がご飯を作っていました
 ご飯は大勢の人々に配られました
 腹を空かせた悪魔が 不機嫌に立ち去ろうとしました
 神様は悪魔を呼び止めて 一緒にご飯を食べました
 生きている実感を思い出した悪魔は 泣きました
 優しさや思いやりに対して 嘘を言えないからです


 敵を憎むからには 敵を愛する覚悟も必要なのだ
 人間は憎しみだけでは終われない命だからだ
 憎しみを 敵意を 振りかざした分だけ愛せ
 そうでなければ 私は道を踏み外す 外道に成り果てる
 いつか 私も気づく日が来るだろう
 敵と言う言葉の脆さを 赦すことが心の務めである事を

 自身に赦しを言い聞かせて 繰り返し赦しを実行して
 胸中にて怒りと憎悪 愛情と真情の想念を対峙して
 吹き荒ぶ高原の真ん中で 井戸を掘り水を得るように
 水が芽をもたらすように 人の往来を生むように
 やはり 赦したいという願いは間違っていなかった

 便りを書けど涙は胸の内 軒端の空から赤翡翠
 三神を染めて路面を塗りつぶす 命 誠に 不死の花
 見上げた心に耐えどころ 母の声音を一途に頷き
 謝る言葉も滲むばかり 明けて暮れてはべそをかく

 弾む心で石ころを投げた 皆がはしゃいだ水面揺れた
 秋の蝉呼び 鳴き声震わし 麗しい古里 我が故郷
 親の背中と ひとつ子守唄 筆を折るような苦労の最中
 情けを捨てて投げかけたんだ 言葉の刃に目蓋閉じた

 親を亡くした子猫を 小さな仏様が抱っこしました
 子猫は記憶に香る お母さんの匂いを思い出す
 瞼を開いた時 もうそこには母も仏様も居ないけれど
 子猫はちゃんと分かっています
 大好きなお母さんも 応援してくれた仏様も
 自身の胸の内にいることを 深く理解しています

 赦すための努力を繰り返した事実が
 赦そうとしても赦せなかったという事実が
 しかし それでも赦そうと努めた事実が
 私の等身大で話せる 全てであってほしい

 誠に生きている人は知っている
 不幸の中にいて 囲いの内で幸せになっている事を
 誠に生きている人は知っている
 幸せに満たされて 吹き荒ぶ野原の震える寂しさを

 明け方も暮れ方も 望んだからには 見届けたかった
 震える指と確かなペン先 辛苦で黒く染まったインク
 夢や希望を持っている 幸せに包まれている
 赦すためにも自身の胸中や想念と向き合ってきた
 けれど 命が無ければ何も書けない私だから
 命の限り今だけは 書かせて下さいと祈る 神様に

詩集 修羅と名も無い僧 二章

詩集 修羅と名も無い僧 二章

  • 自由詩
  • 短編
  • 青年向け
更新日
登録日
2026-08-26

Copyrighted
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