インフルエンザ、善処します。
2013年、十年以上ぶりにインフルエンザに罹りました。
39度近くも熱が出たのも数年ぶり。
巷で言うほどインフルエンザはひどいのか?
レポートにしましたのでご覧ください。
高熱明け、朝
昨夜は絶対に高熱が出てた。
やたらに汗をかいたし、熱かった。
なのに背筋はぞくぞくして、これが悪寒って言うのかななんて思いながら
タンが絡んでキンキンした咳を繰り返した。
朝、布団の中で、自分の状態を確認する。
寝汗をかいている。シャワーは浴びたくない。
まだ熱がある気がするけど、ちょっと怖いんで計りたくない。
少なくとも昨夜よりは低いから、大丈夫。
咳が出る。喉が痛い。昨日咳をしすぎたからかもしれない。
だけど、咳をしないと窒息しそうだった。
喉が痛いのにタンがまだ絡んでいる。息苦しいがしないよりマシ、とそっと呼吸を繰り返す。
寝床を貸してくれた友人はすでに起きだしていて、
朝食を作っているようだ。
キングサイズ以上の幅になっている布団の端っこから反対側の端っこを見ると、
友人の娘が気持ちよさそうにまどろんでいた。
熱があるような気がする。
咳が出る。
喉が痛い。
ちょっとだるい。…これらの症状は、まとめて「風邪」というんじゃなかったか?
久しぶりすぎて感覚としてはあまり上手くつかめない。
ゆっくり立ち上がると、頭の上半分が霞がかっている感じがして、バランスが取れない。ふらつく。
顔を洗おうと洗面台に立つが、鏡にうつる自分の髪の毛のボサボサ具合に驚いた。
汗を絡んで、手ぐしではまとまらない。
髪をまとめるために、腕をあげるのもおっくうだ。
昨日着ていたままのTシャツを着て、赤ら顔。日焼けして、浅黒い肌の色。
目は疲れたときのように、きれいに二重になっている。
十時間以上も眠って、起きたときの顔じゃないな、と評価を下す。
泊めてくれた友人に、言ってみる。
「これって、風邪っぽく感じるんだけど」
「それって、風邪だろうね」
自分の主観からだけでなく、外から見ても風邪っぽいのか。
そうか、じゃそうかもしれない。
風邪を引いたらビタミンCを、という友人のアドバイスに従って、ビタミンCのタブレットとみかんを
飲み込む。味はあまり感じなかった。
そのまま具沢山の味噌汁と納豆ご飯を頂き、自宅へ帰ることにする。
医師
電車を乗り継ぎ、最寄り駅で降りる。駅から自宅は徒歩1分かからないが、帰宅前に内科医を探す。
なにしろこの土地のことはずいぶん知っているが、
医者についてはほとんど認識していない。
必要なかったのだ。
胃腸炎にかかって医師を必要としたのは8年前
その前に高熱を出したのは、10年前で、どちらのときもここには住んでいなかった。
いつか必要になったときのために、と情報を集めようとも思ったが、
興味も必要性も薄いままでは上手くいかず、どの医者が良いかなんて今更分かりもしない。
結果、通りを歩いて目に付いた路地に入っていった末、唐突に現れた緑色の看板が掲げてある内科医へと入ることになった。
保険証を提示して、「初めてなんですけど」と声を掛ける。
声は普通に出る。しゃがれてもいない。引っかかりもしない。
しかし表情まで気を使えないから、今の私は酷くムスッとした顔なんではなかろうか。
受付嬢は保険証を受け取った。
保険証とはまったく便利だ。3割負担で良いと言ってくれる。
しかし、
それでもここ数年払ってきた保険料のほうが、今回の診察で払う分より余計にかかっているだろう…。
初診だから、と渡された紙に症状を書き込み、受付に提出。
金曜からのどの痛み、日曜日夜に発熱、のどの痛み、タン、咳、
月曜日現在、のどの痛み、タン、咳、鼻水、…。
ものすごくインフルエンザっぽい。
インフルエンザだったらどうしよう。
高熱が出てすぐだと検査しても陽性反応が出ない場合もあるけど、
今回はもう熱が出てからだいぶたってるから、反応が出ちゃうだろう。
待合室のみなさんは安心して欲しい。
私はマスクをしているから、マスクの湿気にインフルエンザウイルスは引っかかり、
あなたの元まで届かないはずだ。
ちなみにインフルエンザ予防のつもりで健康な人がマスクをしていても、
意味がないことも待合室のあなたには教えてもいいかもしれない。
ずるずるとした鼻水が止まらない。駅前で配っていたティッシュの2袋目に手が伸びた。
受付から呼ばれ、体温計を渡される。
どうか37度台でありますように。
私は祈るような気持ちで、わきの下の計測する位置から若干ずらした位置に体温計を当てる。
元保育士のずるいところはこの辺で、
要は医師が「インフルかどうか検査をしましょう」と思わなければ、インフルエンザ陽性反応も
出ようがないのだと計算しつくしている。
ピピピ…と体温計が鳴って、
文字盤を見た私は自分の浅はかさを知った。
元保育士、ずるくなんかない。
だって今、38,5って、文字盤に書いてある。
ずらしてこの体温なんだから、実際はもっと行っているんだろう。
38度台って身体の感覚とか思考とかってこんな感じだっただろうか。
意外と楽な気がする。
だるくて横になりたい感じではあるけど、
横にならないとやってられない感じではない。
しばらくして、診察室へ呼ばれる。
医師は言った。
「あなたが書いてくれた症状は全てね、ものすごくインフルエンザっぽいですよ」
私は答えた。
「そうですねぇ」
医師はさすがに落ち着いたもので、インフルエンザっぽいのだから検査をするのだと言い切り、
後ろに控えていた看護婦によって、
私は鼻の穴に棒を突っ込まれ、その鼻水をインフルエンザ検査に提供したのだ。
右の鼻にも左の鼻にも棒を突っ込まれ、私は二度、看護婦に向かってくしゃみをした。
検査結果
まぁ
要は
インフルエンザでした。
医師はあっさりそれを私に伝え、
私もあっさりとそれを認めた。
妊娠検査薬を半分に折ったようなコンパクトサイズのそれは、
Aと書かれたところにきっぱりとラインが出ている。
インフルエンザA型という意味なのだそうだ。
問題は、隔離指定が取れるのがいつかということだ。
とにかく今日から一週間なのか、他に指定があるのか、そこを知りたい。
医師は言った。
「タミフルを出しておきますね」
速攻で「いらん」といいたい気持ちをぐっと抑えた私は、こう聞いてみた。
「それ、飲まなくちゃいけませんか?」
だってなにしろインフルエンザの場合は、治療薬はないのだ。
あるのは、対症療法の薬。症状を和らげる薬しか、存在していない。
と、いうことはタミフルだってどうせインフルエンザの治療はしてくれないことだし、
いらん。と思うのは当然のことである。
とにかく高熱であるにもかかわらず多分顔が赤い以外は平然としているように見える私の質問に、
医師は答えてくれた。
「いや、いいですよ」
軽い。
医師いわく、合併症が怖いから早くに熱を下げる必要があるのだとか。
しかしそれにしても一日早めることしかできないってことを知ってるし。
医師いわく、熱があると相当に辛いから、飲むことを選択してもいいのだよ、と。
まぁ39度近くて今の状態だから、薬飲むほど辛い状態にはならないでしょ。
医師から解熱後2日間は自宅に居て、人と触れ合わないように言い渡される。
そして、薬はもらわずに家に帰る。
たぶん作り置きの味噌汁があったはずだ。生姜をすりおろして、味噌汁に入れよう。
インフルエンザ前
友人宅に二泊することになっていた日の日中。
相当に運が悪かった私は、散々な目にあっていた。
まず、仕事の電話を取り、受けたのはよかったが、
そこでしゃべりすぎたのか、喉がイガイガし始めていた。
夕方に友人宅に行こうとしたら、玄関で、靴を履いて立ち上がろうとした瞬間、
靴箱に額を強打した。
酷く痛かった。
めがねが割れなかったのが奇跡だ。
頭の奥までがんがんする。
きっと、コブになる…。
前髪でごまかせるだろうか。
そんな状態で友人宅へ泊まり、
翌日は仕事を済ませて再び友人宅へ向かった。
仕事後はそれなりにハイテンションなのか、地に足が着いていない感覚だったり、
熱に浮かれた感覚だったりしているので、この夜はそんな感じになるのもいつものこと、と思っていた。
他の仲間も友人宅へ集まり、ピザなどつまみながらおしゃべりを楽しむ。
コブにも喉の枯れ具合にも誰も気づかなかったが、
顔が赤い、と指摘してきた仲間はいた。
「お酒飲んだみたいに真っ赤になってるよ!?」
びっくりした!と顔中で驚いている仲間に、私は目を合わせる。
「今日はお化粧してないんだよ~」
他の仲間も集まり、私の顔を覗き込む。
いい天気の下で野外だったから、とか
休憩取らずにずっと働いてるから、とか
化粧してないから日焼けしたんだ、とか
なんだかいろいろ解釈をした末に、
「すっぴんの日焼け」で真っ赤な顔についての会議は収まった。
すでに、熱が出ていたのかもしれない。
その夜は、布団の端っこ丸くなりながら、友人に申し訳なくもありがたく思いながら、
絡んだタンと発熱と悪寒と発汗に酷い状態になっていたのだから。
梓乃と彼氏
朝は、割と普通だった。
具沢山お味噌汁のお味噌は、自分で作っただけあっていつもの極上の味だった。
でもそういえば味が薄い気がして、鰹だしを足したんだった。
ご飯はなんとなく少なめだった。
ちょっと不調の印だったかな?
梓乃は、そんなことを考えながらグラウンドを見下ろした。
サッカーをするどこかのクラスが見える。
なんとなく熱っぽい気がする今は、梓乃の顔も彼らのように少し紅潮してるのかもしれない。
机の下で交差した足首すら、なんだか暑い気がして、梓乃は交差を止めて足を揃えなおす。
紺色のハイソックスが、きつい気がして苦しい。
一限の授業の半ばで「なんか感覚がふわふわしてるな~」とか思ってみたものの、
みんなのお弁当を持っている手前、四限終わりまでは粘りたかった。
熱が出てふわふわしてるんじゃない、って、自分に言い聞かせてみた。
二限の終わりで、彼がこっちに来てくれた。
いつ見てもかっこいい。ちょっと遠くから口の端だけ上げて笑いながら、
どーでもいい感じでひらひら手のひらを振ってるところなんか、最高にかっこいい。
ふわふわした彼の、色の薄い髪の毛と、手のひらの動きがシンクロしてるんだかしてないんだか、
やる気あるのかないのか多分ないだろうな、ってのが服装にも出てるし、
だけどだらしないわけじゃなくて本当にかっこいい。
そのまま時よ止まれ!って感じ。
ぁ、やっぱ止まっちゃ駄目。せっかくだからここまで来てくれないと。
それで、彼がまっすぐ私の前まで来て言った。
「今日は中庭で弁当食おうってさ。」
私は精一杯笑顔を作って答える。
「うん。いいね、お天気だもんね。」
彼は、近くの机に寄りかかって、こっちを見る。
なんかちょっと、眉毛が下がって、こっちを見ている。
なんでそんな表情なんだろう?
「おまえね」
うん?
ふんわりとやさしく前髪を避けられると、ひんやりとした彼の手が、私のおでこに触る。
圧力のかからない手の感触と温度が、気持ち良い。
「保健室、行こうな。」
うっとりしてる場合じゃなかった。なんでセイ君はいっつも私の調子が分かるんだろう?
手を引いて保健室に行く途中の彼の横顔は、ちょっと険しかった。
あぁ、呆れられちゃったかな。
彼はいろいろできるから、多分私みたいないろいろできない子を見てると、愛想を尽かしてしまうんじゃないかと思う。
だから私は、毎日、彼が笑ってくれることに幸せを感じて、彼が横顔を見せるたびに戸惑ってしまう。
保健室で熱を測ったら、39度あった。
さすがにびっくりした。
水銀計の目盛りを彼に見せながら、「びっくりした」と伝えたら、
彼も細い目を見開きながら、「俺も」と笑っていた。
自宅軟禁
医師からインフルエンザAと告げられ、タミフルを断り、自宅に帰って味噌汁を温める。
ひたすら、身体を温める準備を整える。
どうやったら薬を使わずに、熱を早くに下げることが出来るのか?
答えは、兎に角温める、であってると思う。
味噌、生姜、にんにく、丁子、鷹の爪、シナモン…。
布団、羽根布団、毛布、
ナノイーってウイルス除菌できるのか?
まぁいいや、とにかく付けとこう。
鼻水が出るから、ティッシュとゴミ袋を枕元に。
加湿器はないから、美顔器のスチームにがんばってもらおう。
洗濯物を干すと湿度が上がる。洗濯しよう。
もういっそ、このダウンジャケットもジーパンも手袋もマフラーも洗ってしまおう。
寝間着に着替え、洗濯機をまわす。
食事に意識を戻す。
野菜は味噌汁に沢山入っている。
生姜はなかった。
だけど、生姜を蜂蜜に漬けたジンジャーシロップは出来ている。
ジンジャーシロップには丁子と鷹の爪、シナモンも入っているし、
お湯割にして飲もう。
ビタミンはきっと相変わらず足りない。
非常時だからタブレットで摂取しよう。
たんぱく質。卵。
味噌汁椀一杯の卵入り味噌汁と、
コップ一杯のジンジャーシロップお湯割りで、身体が温まった。
よし。これから布団に入って、とにかく身体の中から外から熱を上げてウイルスをやっつける。
確かガンの子どもにがん細胞の絵を見せて、「この絵のがん細胞をやっつけて」とやってから、
「君の身体が今がん細胞をやっつけてるんだ」と説明すると、治癒率が上がるんじゃなかったか。
イメージしてみよう。
友人宅とは違って、一人分しかない布団に一人で包まり、
おなかと胸に手を当ててインフルエンザウイルスをイメージする。
さっき検査薬の上で表示されていた棒のイメージがそのまんま、
白い全身タイツの何者かはたてにまっすぐ正中線がひかれている。
免疫システムのイメージもする。007みたいにかっこいいのが良い。
黒いスーツに身を包み、拳銃を二丁持ちし、見つけたウイルスをバシッと撃つ。
っていうか今ウイルスだらけなんだから、どこ撃っても当たるな。
バシッバシッバシ!!
あー、お見舞いに来てくれる彼氏とかはいないのか私は。うん。妄想してみよう。
…主人公の名前「梓乃」とか、どうかな?
梓乃と彼氏2
梓乃は保健室で「ちょっと待ってろ」と言って出て行った彼を、待っていた。
保健室の窓からは恋愛漫画にあるように、グラウンドが見えたり爽やかサッカー少年が見えたりは
しない。
以前保険医に聞いたところ、「具合の悪い子達が来るのよ?グラウンドの目の前じゃうるさくてだめじゃない」
ということだった。
窓から決してグラウンドが見えない保健室の主は、今はここに居ない。
最初はくるくる回る椅子に座って待っていた梓乃だが、熱の目盛りを見て以降、だるさが急に襲ってきて、
いまやベッドに横になっている。
悪あがきなのか面倒だったのか上履きは履いたままで、下に下ろしている。
掛け布団の上に上半身を休めている格好だった。
彼はどこに行ったのかな?
「待ってろ」と言われた以上、梓乃はいつまでも待つし、誰がなんと言おうと待つ。
待つことに不安はないのだけど、彼がいないことに不安を覚える。
どこかに行ってしまうのでないかと。
はぁっ。
不安が大きくなる前に、息を一つ吐き出し、つぶやく。「セイ君って百回唱えたら不安がなくなるとか」
はぁっ。
先ほどの自分のため息より大きなため息が頭上から聞こえたから、ゆっくり頭を上げる。
セイ君がいた。
「帰るぞ」
呆れ顔で。
セイ君は二人分のかばんを手にして、私の手をゆっくり引いて、
私の歩く早さに合わせて道路まで行く。
タクシーを拾ってくれた。まずは医者だ、とセイ君は言ったので、
いつも行く内科の診察券をセイ君に見せた。
セイ君はそれをそのままタクシーの運転手さんへ見せて、「ここへ」と言った。
タクシーが動き出す。
熱の所為なのか、考えがまとまらない。足元がふわふわする。目を開けてられない。
私はタクシーが動いている間中、セイ君の肩にもたれかかって、うとうとしていた。
お医者さんではインフルエンザだと診断された。
一週間は家で、人に移さないようにしなさいと言われた。
食材は家に豊富にあるし、一人暮らしだし、一週間がんばろう、と思った。
睡眠中ウイルス大量虐殺
寝てると体温が上がる。
これは普段ないことだ。
寝汗をびっしょりかいて起きるが、またすぐに寝付ける。
これも普段ないことだ。
内科から帰ってきて、夕方から夜まで4時間眠り、
残りの味噌汁をまた温めて、卵を入れて食べる。生ワカメも入れた。
ご飯も入れた。雑炊風、とかそのときは思ったが、これは単にねこまんまだった。
ジンジャーシロップでお湯割りも作る。蜂蜜の柔らかい甘みがありがたい。しょうががほんのり香る。
お湯割の蒸気を喉に当てると、痛みが少し和らぐ。
お椀一杯食べては眠り、
起きてはお椀一杯食べる。
眠る前には白タイツのウイルス軍が散弾銃を持った黒スーツにやられていくイメージを確固たる物にする。
イメージすると意外なことに、本当に身体の中でウイルスが減っている気がするから面白い。
黒スーツの集団は、今や二丁拳銃から散弾銃に武器を変え、そこらじゅうに見える白タイツを
面白いくらい綺麗になぎ払っている。
それでも弾が切れることがあるので、そこは黒スーツ、うまく連携して自分たちにダメージがいかないように気をつけている。
おされ気味の白タイツに対し、黒スーツは行動が組織立ってきたようだ。
起きて味噌汁を食べながら(具沢山なので、飲むイメージじゃない)パソコンなんか開いてみたが、
熱が上がらず、ただうだうだしてるようになってしまった。
熱が上がらないとウイルスがやっつけられない。
眠らないと熱が上がらない。
つまり、眠らないとウイルスがやっつけられない。
これは大変だ。
私は積極的に眠ることにした。
とにかく眠って、熱を上げて、ウイルスを駆逐して、そして熱を下げることだ。
熱を平熱に下げてから2日は外に出れないのだから、
今はとにかくがんばって熱を下げるために熱を上げている。
病院に行ったこの日は、起きる度に検温したが、結局一日38度台から下がらなかった。
明日は平熱!と心の中で叫びながら、
白タイツをやっつけていく。(イメージ)
梓乃と彼氏3
自宅に帰ってきた。
コートを脱ぎ、靴下を脱いで、いつも眠るソファベッドに横になる。
彼が上から掛け布団を掛けてくれたので、ありがたく受け取って眠ることにする。
「おやすみなさい」
彼は笑ってくれた。
何度目覚めて、何度眠ったか分からない。
暑苦しくなって目覚めた。うっすら目を開けると、セイ君がおでこに濡れタオルを置いてくれるところだった。
セイ君は私を見て、「ちょっと買い物に出てくるから、その間にパジャマに着替えたら」
と言って、本当に買い物に出て行った。
パジャマに着替えた後、だるくなったからお水を一杯飲んで、すぐにまた眠ってしまった。
夢の中の熱い熱い砂漠の上で、私はパジャマで居た。ころんと横に転がって、水が欲しい、そう思って口をパクパクしていた。
タイミングよく、唇にひんやりとした何かが当たった。
うっすら冷たくて、でもなじみのある温かさも持っていて、柔らかくて気持ち良い。
唇で感触を確かめて、ちょっと舌でなめてみて、薄い塩味がしたとき、これは食べ物ではないんだと気が付いた。
指だ。
完全に目が覚めた状態で、夢から覚める。
セイ君の指が、自分の唇に当たっているのが視界に入ってきた。
その指から手へ、手から腕へ目線を上げていくと、セイ君と目が合う。
私、なめた。セイ君の指、なめた。なめた。なめた。なめた。自分の顔が熱じゃなく真っ赤になっていくのを感じる。
「え、あの、ちょ、な、何で…」
セイ君の指がまだ私の唇にあるので、口をあまり動かせない。
セイ君はにっこり笑ってくれた。
「唇、ガサガサだったから、リップクリームを塗ろうと思って」
私が持っているリップクリームは指で塗るタイプだ。確かにセイ君の反対の手に、そのケースが見える。
セイ君の指が唇を離れる。手のひらがおでこにあたった。
「熱、まだ上がるみたいだから、眠ったほうがいいんじゃない?」
私はこくこくうなづいて、掛け布団を思いっきり頭の上まで引き上げて、眠ることにした。
「セイ君!」
一つ気づいたことがあって、私は目覚めるなり叫んでしまった。
「ハイ?」
セイ君はめがねを掛けて雑誌を読んでいた。私の買ったお惣菜雑誌だ。そんなものを読んでいても、めがねを掛けていても、セイ君はかっこいい。
違う。今はどんだけかっこよくてもセイ君を追い出さなくては。
インフルエンザが移ってしまう。
「セイ君、あのね」
「ハイ」
熱が出て一日で、体力がどれだけ落ちたのか、それだけで息切れしてしまった。
セイ君はお水をコップに入れてくれる。かっこいいだけじゃなく、やさしい彼氏って、いいよね。
セイ君の入れてくれたお水を飲み干して、私は仕切りなおした。
「セイ君、あのね。インフルエンザ移っちゃうから、帰るの」
ちょっと言い方を間違えたかもしれない。
「ここ、梓乃の家だよ。梓乃は帰ってきてるよ」
やっぱり。
「うん。だからね、セイ君がセイ君のおうちに、帰るの。」
「帰らないよ」
「セイ君、インフルエンザ移っちゃうよ!?」
セイ君は笑って私の両手の中のコップを取った。私は息切れしている。
「移るならもう移ってるし、移らないならずっといても移らないよ。だから、どっちにしてももう気にしない。ずっと居るよ。」
やっぱりセイ君は優しい。そうやって私のして欲しいことを、してくれる。
私は、自分の口が何て言おうと、セイ君に居て欲しかったんだ。
「辛いときは無理しない。何か、して欲しいことがあるならするから、梓乃が治るまでここに居るよ」
セイ君の手を握る自分の両手に、力がこもる。ありがたくて、申し訳なくって、いろんな気持ちになった。私はセイ君の手を握ったまま眠りに付いた。
つまりは、セイ君は家に帰らなかった。
私は数日高熱を記録し、熱が落ち着いた頃にはセイ君と一緒におじやを食べてすごした。
最高に幸せだと思った次の日、セイ君が高熱を記録していた。
解熱傾向
医師の診断を受けた日に38度台だった熱は、
翌日には37度台に下がっていた。
出来れば今日中に36度台に下がらないものかと、眠っては起き、起きては食べ、
また眠った。
味噌汁がなくなったので、
病人らしくパン粥でも作りたかった。
パンに蜂蜜をかけて、ホットミルクを掛けて食べるあれ。
それではビタミンが足りないので、結局はミルク汁に野菜を一緒に煮立たせて、
皿では蜂蜜をかけたパンを用意し、あっさり味のシチューのようになった野菜とミルク汁をかけて食べた。
味はよく覚えていない。
その後寝付いたが身体が温まりきらない気がして、
起きてから食べたミルク汁には、味噌を足した。シチューの隠し味に味噌を入れるって聞いたことがあるからである。
熱によって味覚が狂っていると自覚しているからこそのやり方とはいえ、
あまり上手い方法とはいまだに思えない。
とにかく病気のときは味より何より栄養第一なのである。
ジンジャーシロップのお湯割りも、生姜片も一緒に入れてみたり、
鷹の爪を新たに足してみたりと
冒険が増えてくる。
結局分かったのは
・味覚が狂っているので何とかなる。ということと、
・パンより米。ということだった。
同じものを解熱した後で作ったが、とても食べられたものではなかった。
味が極端なのである。
ビタミン剤もまだまだ摂った。
しかし、食べると割りとすぐに寝付ける。
これは、身体が休息を必要としているからだろう、と容易に想像が出来る。
それならば、休めればウイルスはより早くに居なくなるだろうと想像も付くので、
眠るほうにも俄然やる気が出る。
喉が痛いと感じたときには美顔器のスチーム(12分しかつけられない)をつけ、
ひたすら白タイツのインフルエンザウイルス軍をやっつける、かっこいい黒スーツ免疫軍を応援する。
今の黒スーツ免疫軍は、列を成して散弾銃を使っていた。対する白タイツは今や全盛期の五分の一ほどの身長で、もはや顔も分からない。きゃぁきゃぁ言いながら逃げ回っているようだった。
梓乃と彼氏4
梓乃は、回復した。
昨日はお風呂にも入ったし、ソファベッドから降りてご飯を食べたし、
どうやらセイ君にも移らなかったね。なんておしゃべりも楽しんだ。
そして、目が覚めてみたらセイ君が起き上がれないくらいの熱で、苦しんでいた。
「ふええぇぇぇぇぇぇ。」
あんまり情けない声だったのかな、起き上がれないセイ君を見て、思わず出てしまった私の声。
それを聞いて、セイ君は無理にでも身体を起こした。起こしたけど、やっぱり辛いみたいで
息がすっごい熱くて、私はセイ君をそのままお布団に戻した。
症状は私とほとんど一緒で、つまりは喉の痛みと高熱だったので、私はセイ君が食べやすいように
雑炊とビタミンドリンクを作った。
ビタミンドリンクは飲みやすい、とセイ君はコップ一杯すぐに飲み干して、そして眠った。
私は枕の下に氷嚢を入れたり、おでこのタオルを冷えたものに替えたりした。どちらも一昨日まで自分が使っていたものだった。
セイ君が眠っている間にもう少し食べやすく栄養のあるものを用意しようと、すりおろしたり混ぜたり茹でたり、台所が静かに忙しくなった。
セイ君は後悔してないかな。
一週間も私の世話をしていたから、移っちゃったんだ。
当たり前だよね。私インフルエンザなのに、ずっと近くに居た。
その瞬間、リップを塗ってくれた指の感触まで思い出しちゃって、手が止まる。
少しひんやりした、私だけに優しい、セイ君の指。
「はぅ」
なんだか良く分からない声を出しつつ、顔も真っ赤なことを自覚しながら、
とりあえず栄養があって食べやすいものを作っていく。
「セイ君は大丈夫って百回唱えたら治るとか」
そんなことじゃ、治んない。分かってる。
セイ君は何をしてくれたっけ、病院に連れてってくれて、氷嚢を作ってくれて、おでこを冷やしてくれて、
お水と雑炊を用意してくれた。
私がいつ起きても近くに居てくれたし、寝るまで手をつないでてくれたし…
「はぅ」
またしても思い出した。リップクリームを塗ってくれた。
何であそこで私、指なめちゃったんだろう。
調理がほぼ終わったので、掃除に入る。シンクとコンロを磨き、換気扇を軽く拭く。
調理器具置き場を綺麗にしてから、水を切った調理器具を元の位置に戻していく。
ごしごしとこすりながら、セイ君に何をして上げられるかを考える。
おいしいものを作るくらいしか、出来ないからなぁ。
つまりは今日出来ることは、もう終わってしまったらしい。
帰って来た平熱
37度から下がらなかった日、夜中の0時前に測った熱は、まだ37度、あった。
夕方に一度寝付いたものの、
その日4度目のお椀一杯のねこまんまを食べ、眠れなくなったために、
本を読み静かにすごした。
そのまま夜中を迎え、しばらくして、眠った。
起きてすぐに身体の調子が違うことに気づいた。
白タイツのウイルス軍が身体の中にほとんどいない。
感動と期待と、期待しすぎちゃだめだ、というよく分からない気持ちの中で、
とりあえず体温を測る。
35,7度
さがりすぎだろ。と突っ込みを入れつつ、もう一度。
35,4度
さらに下がった。
どうやら感動していいらしい。
本日より平熱。解熱して一日目、ウイルスはまだ居るらしいので自宅軟禁はこの日と翌日、と決定した。
ご飯が尽きていたので、白米を炊く準備をし、水に浸している間にシャワーを浴びる。
かなりすっきりする。
その後白米を炊きながら、野菜たっぷり味噌汁を再び作り、
ジンジャーシロップのお湯割りも作る。
そういえば、昨日、ジンジャーシロップの中の生姜を食べた。
あの時は身体があったまる感じがよかったけど、今食べるとどうなるだろう、
という疑問が急に湧き出る。
食べた。後悔する。
口の中が生姜の辛さで一杯になった。
熱がぶり返すと非常にショックを受けるので、ビタミン剤を継続して摂りつつ、
野菜たっぷりの味噌汁と、白米を無理ない程度に食べ、洗濯、掃除などの軽い家事以外は
布団の上で過ごすことにする。
梓乃と彼氏5
家事があらかた終わってしまったので、私はセイ君を起こさないように最大限注意しながら、
セイ君のほうへ歩いていく。
そーっと、そーっと。
セイ君は学校でもよく寝てるけど、机の上に突っ伏して寝てるから寝顔はあんまり見たことがない。
今はちょっと上向きの細い眉毛が寄っていて、苦しそうだ。
あったまってしまったおでこのタオルを、そっとはずし、冷えたものと取り替える。
汗を一杯かいている。
私も一杯かいたけど、辛そうだな・・・。
あったまったタオルが入った洗面器をもって、またそーっとその場を離れる。
洗面器のお水を入れ替えて振り返ると、セイ君の目が開いていて、びっくりした。
「セイ君?」
セイ君の目は開いているけど、片手をおでこに当てたまま、お布団から動かずずっと天井を見つめているので、声をかけてみた。
セイ君は、こっちを見てくれた。
「セイ君、どうしたの?」
セイ君は笑顔になった。
「なんでもないよ。目が覚めた」
セイ君は特製ビタミンドリンクを飲んでから、雑炊をどんぶり一杯食べて、ちょっと機嫌が良さそうだった。
セイ君の熱は数日続いて、熱の所為かセイ君の唇がカッサカサになってることに、
私は気づいてしまった。
さっきから私は、自分のリップクリームを手に、セイ君の唇を見つめている。
塗ろうか、どうしようか…。
自分がリップクリームを塗ってもらったから、塗ってあげてもいいんだと思うんだけど、
なんだろう、何でだろう?これはものすごく恥ずかしい…。
触りたくないんじゃないし、塗りたくないんじゃないし、塗っちゃだめなんじゃないし、つまりは塗ることに誰も反対してないんだけど、けど!! 私の唇に置かれたセイ君の指の感触が蘇る。
私今、顔真っ赤。
頭がくらくらしてきて、私は一回考えるのをやめてみた。
リップクリームのケースをテーブルに置いて、「やーめた」とつぶやいた瞬間、セイ君の声がかかる。
「何をやめたの?」
「はぅ」
あんまり顔が真っ赤なのが分かるので、振り返ることが出来なくて、私は固まってしまう。
セイ君に背を向けたまま、答える。
「考えるのを、やめたの」
「ふぅん」
セイ君は納得してくれたらしい。
最後の自宅軟禁
解熱後2日間は、外へ出ないこと。
そう内科医に言われた。
この朝、解熱後2日目の朝。
なんてすがすがしいのか!
熱はなく、身体は軽く、白タイツは身体の中にほとんどいない。
ちょっと疲れやすい傾向を考えると、今日も布団は敷きっぱなしで、
疲れたら眠ることを心がけよう。
具沢山味噌汁で栄養を補給しつつ、縫い物をしようか、
ヨガをしようか、読書をしようか、DVD鑑賞をしようか。
「神様がくれた休日」だ。
私は休むことが出来る。
ジンジャーシロップの中に漬け込まれていた生姜をさらに細かく切り、
蒸しパン生地の中に混ぜ込む。
蒸しあがったジンジャーパンは…。
辛かった。
回復食くらいにはなるかもしれない。
ずっと出来なかった球根の植え替えをしたくて、
ベランダに出てシャベルを手にする。
ヒュっと後ろから風が吹いてきて、驚く。風ってそんな方向から吹くものだっけ。
外が眩しい。ここは、人が通らないから私が居ても大丈夫。
人の足音が、室内よりよく聞こえる。
商店街の放送はまだかかっていなく、どこかでシャッターが開く音がする。
世界が眩しい。
私は完治した。
インフルエンザを大分早くに撃退できた気がする。
明日には外に出る。
人にも会えるだろう。
インフルエンザと前向きに付き合った数日間は、とても楽しい時間だった。
梓乃と彼氏6
二週間ぶりの学校だった。
久しぶりに全力で作ったお弁当はセイ君に持ってもらい、
気持ちよく登校する。
すぐにお弁当仲間がやってきた。
「梓乃!待ってた~!!」
「梓乃!おはよう!これで学食から開放される~!!」
「梓乃、インフルエンザはもういいの?長かったね」
仲間たちに会って嬉しくなって、梓乃はにこにこと自然に笑みがこぼれるのを止めない。
「おはよう。今日は、中庭で食べようね。」
私がインフルエンザに罹った日、お弁当を食べるはずだった中庭。
今日はそこでお昼ご飯を食べたかった。
6人で二週間振りに皆で食べたお弁当は、とてもとてもおいしかった。
インフルエンザ、善処します。
あとがきです。
現実と妄想の間のもくもくしたものを、とにかく書き出してみました。
インフルエンザの予防は何よりまず、
ストレスのない生活、規則正しい生活と睡眠、栄養の豊富な食事からです。
ワクチンには「このワクチンによって予防できない」と書かれていますから、
過信できません。
さて。結局どこでウイルスをもらってきたのかはわからないままですが、
私は夜中に発熱し、その後二日間の高熱を経て、完治しました。
どうせどこにでもあるウイルスなのです。
今後は、罹らないように全力で予防したいと思います。
妄想した彼女と彼は、それぞれ5日間高熱に苦しんでいます。
一応おしまいにしますが、ちょこちょこ修正を入れるかと思います。