東山界隈

白い十字架

毎週ここに来ている。
山科から。
近いとは言えないけれど、
遠すぎるとも思っていない。

理由は単純だ。
彼が死んだから。
それで、いくつかの週末の使い道が
自然に消えた。

墓があるかもしれない場所がある。
心が歩む、行くしかない。

大谷本廟
それだけを彼から聞いていた。
宗派も、区画も、
誰の墓かも聞かなかった。

奥さんには聞けないからね。

この年になると、
聞けないことと、
聞かないことの違いは
だいたい体でわかる。

石の名前を一つずつ見る。
同じような色、
同じような字。
目が滑ることもある。
それを老いとは呼ばない。
ただ、必要な速度が
変わっただけだ。

彼の名前があっても、
呼ぶことはないと思う。
ここでは、
名前は声に出すものじゃない。

見つからない週しかない。
でも、来なかった週はない。
続けている、という事実が
まだ私を
生きている側に
置いてくれている気がする。

この道は、
清水寺へ向かう裏道として
ちゃんと機能している。
観光客の足を分散させるための、
角度と幅と勾配。
土地の人間と、
迷った人間だけが
同じ速度で歩くようにできている。

墓地を抜けると、
町は何事もなかった顔で続いている。
洗濯物が揺れ、
自転車が置かれ、
今日の夕飯の匂いがする。

少しだけ、上る。
ほんの少し。
その高さが、ちょうどいい。

振り返ると、
町が一段、整理されて見える。
屋根の向こうに、
京都タワーが立っている。

白くて、
まっすぐで、
何も背負っていないみたいな顔。
嘘つき。


あれが見えると、
私は急に
今の時間に戻る。
死者の数も、
名前の重さも、
いったん均される。

彼はここにいる。
そう思える範囲が、
私の週末には必要だった。

名前が見つからなくても、
かまわない。
ここにいる、
という感覚だけがあれば、
私は月曜日まで
ちゃんと戻れる。

彼がここにいるなら、
私もここにいていい。

それだけで、
週末は終わる。

七条大橋の包丁草

七条大橋のたもとに、誰も気づかないような小さな河川敷の陸地がある。
秋は芋のような葉っぱがひらひらして、夏は…包丁草。

正式な名前は知らない。調べる気もない。
でも、包丁草って勝手に呼んでる。なんか…そういう感じの葉っぱ。
尖ってて、深緑で、刃物みたいな線が入ってる。

あたしはそこに、毎朝と放課後、通るたびにちょっとだけ座ってる。
座るっていうか、立ち止まるって感じ。
ちょっとだけ、何も考えない時間。
誰にも知られてない、あたしだけの場所だった。

去年のある日。
白いシャツ着た観光客の男が、その場所に降りてた。
缶コーヒー片手に、スマホでパシャパシャ写真撮って。

心の中でちっちゃい自分が、ものすごい声で叫んでた。

やめろ、そこは、そこは、あたしのとこや。
誰のもんでもないけど、誰のものにもしたくないんや。

…それ以来、なんとなく、行くのを避けた。
見ると悲しくなりそうで。
その男がまたいたら、って思っただけで、腹の中がぎゅってなる。

でも、今年の夏。

包丁草がぼうぼうに生い茂った。
誰も踏み入れない。座れない。
観光客の姿も、とうとう見なかった。

それが、もう、嬉しくて嬉しくてしかたなかった。

誰にも言えないことって、ある。
しかもそれが、自分でもちょっと気持ち悪いくらい嬉しいときって、
もっと言えない。

包丁草の中に立って、風で揺れる葉の音を聞いた。
ざわざわざわ。
あたしの心が笑ってた。

誰かに見られる喜びより、
見られないままでいる幸せって、あるんだと思う。

辻斬り

東山三条の小さな喫茶店で、彼はいつも決まった席に座っていた。
カウンターの角、観葉植物の影。
私はその視線に、もう何度も体をなぞられていた。

眼鏡の奥にこもる目は、礼儀正しく、執拗だった。
瞬きの間に評価し、すれ違いざまに保管する。
だが彼は言葉を発しない。ただ、じっと見る。
まるで地蔵のように。

私はノートPCを広げた。
指が沈黙を破る。キーボードが、彼の存在を言葉で汚していく。

「彼の視線は、水の濁りだ。
 一度入ったら、抜けられないヌルヌルの底に引きずり込まれる。」

文は進む。
彼は何も変わらない。
しかし私の中では、既に彼は“斬られて”いた。

「その目は、神のふりをした犬の目だ。
 下から覗き上げて、媚びて、歯を隠す。」

カフェの中はジャズとアイスコーヒーの汗ばみ。
彼はカップを持ち上げ、こっちを向いた。
その瞬間、私はそっと目を逸らした。
言葉はまだ止まらない。

「彼は私を見ているのではない。
 若さという物体を、棚に並べている。」

次の日も、その次の日も彼はいた。
そして、ある日突然、いなくなった。

空いた椅子は、ただそこに在る。

肩が、少しだけ軽くなっていた。
けれど、奇妙な空虚さが胸に溜まる。

――自分は、見られることで完成していたのではないか。
そんな疑念が、湿った夏の空気と共に喉に貼りついた。

その夜、私は全ての文章を消去した。
「作品」ではなく、ただの呪詛だったことに気づいてしまったからだ。


それでも翌日、また喫茶店に向かった。
パソコンは持たず、小さな文庫本だけを手にして。
カウンターの角に空席はあったが、奥の窓辺に座った。

彼を斬ったことに満足していない。
でも、斬らずに済ますほど、世界を赦しているわけでもない。

ページをめくりながら、
目の奥で、また別の誰かを斬る準備をしていた。

セプタギンタ

夜は路上で歌い、
昼間は御幸町通の花屋で働いている。

ドライフラワーと喫茶を半分ずつ置いた、
「何屋か分からないですね」とよく言われる店だ。

歌手志望なんて言うと、
だいたい話が長くなる。
だから最近は、あまり言わない。

火曜日は、花屋を閉めたあと、
河原町のカラオケボックスに籠る。
夜中になって、
喉を休ませるつもりで、あのバーに寄る。

西木屋町の小さなバー。
カラオケのある、穴倉みたいな店。

皮肉だけど、
ここが一番、よく歌を聴く場所になった。

常連のおっさんたちのレパートリーは、
ずっと変わらない。
人の歌って、あたたかい。

十二月のある日、
仕事中、有線に違和感をおぼえた。

YOASOBIの曲が、
MAISONdesが、
緑黄色社会のタイトルが、
井上陽水の声で流れてくる。

なんだ、カバー曲か、と思った。
でも、不思議なくらい、しっくりきていた。

――これはカバーじゃない。
――翻訳だ。

原曲が持っていた若さや切迫感が、
一段階、抽象化されている。
感情は削がれているのに、
意味は、むしろ増えている。

花を乾かすときと同じだ、と思った。

水分を抜くと、
色は少し沈む。
でも、形は長く残る。
生花のときには気づかなかった線が、
急に見えてくる。

悔しかった。

そしてある日、
私はまた、あの穴倉のバーに滑り込む。

そこでは、何かが
静かに変化していた。

理由は単純だ。
井上陽水のカバーアルバムが、
思いのほか売れたからだ。

誰かがマイクを握る。
五十代後半、たぶん。
仕事の話しかしなさそうな声。

それなのに、
歌い出しで、場がほどける。

選曲は「花になって」。

音域が低い。
感情を盛らない。
「わかってほしい」とも言わない。
ただ、言葉が、そこに置かれる。

私は気づく。

この人たちは、
若い歌を“借りて”いるんじゃない。
陽水という共通語に翻訳された歌を、
自分のものとして読んでいる。

だから、歌える。

誰かが言う。
「これ、ええな」

明け方の帰り道、
御幸町通の店のシャッターを思い浮かべる。

乾いた花。
冷めたコーヒー。
歌われなくても、
そこにあるもの。

私がやろうとしていた構造が、
またひとつ、
世界に先に現れてしまった。

カタンドール

正月が終わり、
京都がまた静かな嘘をつき始めた頃。
俺が立ち止まったのは、
誰は彼時――
物も人も、まだ自分の名を思い出していない時間だった。

朝とも昼ともつかない。
空だけが先に目を覚まし、
人間はまだ言い訳の布団にくるまっている。

人形供養の寺。

境内は静かで、
静かすぎて、音が遅れてやってくる。
俺は、こういう時間に弱い。
判断が鈍る。
執着が、理由の顔をして近づいてくる。

包みは、丁寧だった。
供養に送る連中の手つきじゃない。
手放す前に、もう一度だけ
「正しい持ち方」を確認したい形だ。
箱をほどいた。

――赤だ。
深い赤。
血の色じゃない。
祭りの赤でもない。
意味だけが沈殿した、
人の体温を拒む赤。
髪は淡く、
光を吸う。
一本一本が意志を持っているみたいに、
静止しているのに、
止まっていない。
顔は、
幼い。
だが子どもじゃない。
感情を削ぎ落としたあとに残る、
構造だけの顔だ。
目が合った気がした。
いや、
合わされている。

こちらを見ているんじゃない。
俺が、
見させられている。
完成しすぎている。
可動のための球体関節は、
すべて「動かさなくてもいい位置」に収まっている。
ポーズを取らせるための余白がない。
最初から、
この姿で終わっている。

嫌な汗が、
背中を伝った。
こういうのは、
理屈じゃない。
長くやってると分かる。
触れた瞬間に、
「これは仕事じゃなくなる」と告げてくる物がある。

一瞬、
世界が狭くなった。
線香の匂いが遠のき、
柱も、畳も、
全部ただの背景になる。
このまま、
一歩近づけば――
理由はいくらでも作れる。
保管。
管理。
預かり。
誰も文句は言わない。
誰も、知りはしない。
だが、
それをやった瞬間、
俺はもうここに立てない。
この人形は、
所有されることを前提にしていない。
それでも、
引き込む。

所有ではなく、
確認を求めてくる。

――お前は、越えるか。
そんな問いだ。
俺は目を逸らした。
逸らすのに、
意志が必要だった。
欲しいと思った。
はっきりと。
だがそれは、
愛着じゃない。
執着ですらない。
完成度に対する敗北感だ。

俺の仕事は、
こういうものを
欲しがらないためにある。
執着を灰にする手間賃で、
飯を食っている。
灰を懐に入れた瞬間、
次の火は受け止められない。
それが矜持だ。

信仰じゃない。
美学でもない。
シンプルなルールだ。

経を唱える。
声は低く、
意味は追わない。
煙が上がる。
赤は、
最後まで赤だった。
焼かれても、
崩れない気配があった。
形が、
形として終わってゆく。
ああ、そうか。
これは、
供養されるために来たんじゃない。
俺が、線を引けるかどうかを
試しに来た。
京都は、
こういうことを
誰は彼時にやってくる。
街が静かな嘘をついている隙に。
俺は灰を集め、
今日も何事もなかった顔で、
次の包みを待つ。
引き込まれなかった。
本日、了。

ちゃんと生きて、ちゃんとわらう

学校には、行けない。
だから、図書館に行く。
図書館は、しずかで、
机といすがあって、
においが、すこしすきだ。

小学生のための、
うすい本を読む。
せかいのくらしの本。
しゃしんがあって、
字はすくなくて、
どの国も、朝が来る。

かんこくのジャンくん。
タイのオモくん。
インドネシアのジェラくん。

みんな、ちゃんとしている。
ちゃんと起きて、
ちゃんと生きて、
ちゃんとわらっている。

ぼくには出来ない。


おまつりのページがすきだ。
音がして、
たべものがあって、
人があつまる。
たのしそうで。

また、ぼくには出来ない。

本は、うそをつかない。
書いてあることだけ、そこにある。
それ以上は、言わない。



母さんが、
おべんとうをつくってくれた。
プラネタリウムの下の、
ロビーで食べる。
ふたをあける。
ごはんのにおい。
ピーマンと卵焼きとシャウエッセンだ。

おいしい。
……おいしい。
でも、なんだか、
ここにいちゃいけない気もする。
母さん、ごめんなさい。

古墳

私は、墓を愛していた。
それがどんな言葉かと問われたら、きっと狂気と答えられるだろう。
だが、私にとって墓とは、過去が未来に語りかけてくる唯一の“声”だった。
骨の形、土の層、錆びた剣の角度——
それらはみな、人間の記憶の断片であり、時の化石だった。

レスター大学で考古学を学んだ私は、二十代の頃から各地を掘り歩いた。
ローマ時代の遺構、ケルトの墳丘、十字軍の墓標。
掘るたびに過去が新しく生まれ変わり、
歴史とは、まるで眠っていた巨人のまぶたを開ける行為のように思えた。

そんな私に転機が訪れたのは三十八のときだ。
ある日本人研究者が学会で、
「日本の古墳は世界最大級の未調査遺跡群である」と紹介した。
スライドに映し出された前方後円墳の空撮写真は、
私の胸を一瞬で奪った。
巨大な鍵穴のような形——
あれはまるで、神話の扉だ。

翌年、私は日本に渡った。
奈良と堺をめぐり、あの丘陵の群れを見上げたとき、
まるで古代の息が吹きかかるようだった。
そして、私は確信した。
——この中に、日本の起源が眠っている。
 それを掘り起こせば、世界史の欠けた一頁が埋まる。

だが、そこに立ちはだかったのが、宮内庁という名の静かな壁だった。

彼ら、役人は驚くほど穏やかだった。
私の計画書を最後まで目を通し、礼を尽くして微笑んだ。
それから、ただ一言。

「申し訳ございません。陵墓は、発掘の対象ではございません。」

「なぜだ?」と問うた。
「我々はあなた方の文化を破壊するつもりはない。
 むしろ守りたいからこそ、正確な記録を——」

彼は首を横に振り、
まるで冬の風をなだめるように静かに言った。

「それでも掘ってはなりません。
そこに眠るのは“史実”ではなく“御霊”です。
御霊は、触れてはならないのです。」

私は理解できなかった。
英国では王墓を掘ることは、
その王を歴史の闇から救い上げる行為と信じられていた。
発掘とは、敬意の表現である。
だが日本では逆だった。
——掘らないことが敬意。
掘ることは、不敬。

私は苛立ち、失望した。
「学問より信仰か。宗教の亡霊を守って、未来を閉ざすつもりか!」
彼はただ、悲しそうに微笑んだ。
「あなたは、まだ若いのです。」

あれから二十五年。
私は老い、ロンドンを離れ、いまは京都の古い下宿で暮らしている。
四十代の私は、あの穏やかな日本人の表情の意味を知らなかった。
だが今なら、少しわかる気がする。

——掘らぬことは、忘れることではない。
——触れぬことは、軽んじることではない。

そのことを、私はある出来事で思い知った。

二〇一二年、私たちはレスターの駐車場の下から、
リチャード三世の遺骨を掘り出した。
DNA解析、骨格の湾曲、戦傷の痕。
世界は喝采した。
科学が王を蘇らせたと。

だが、再葬の日、私は棺の前でふと震えた。
あの骸は確かにリチャードだった。
だが、どこか違う。
骨は語らない。
いや、語る前に、沈黙を奪われたのだ。

花を捧げる群衆の中で、
私はあの宮内庁の役人の声を思い出していた。
「静かであることが、敬意なのです。」

ああ、そうか。
彼らは、死者を語らせないのではない。
死者を沈黙のうちに保つことで、語らせているのだ。
“触れぬ”という行為そのものが、祈りなのだ。

日本の陵墓は、学問の闇ではない。
あれは、人が死を恐れながらも
共に在ろうとした形そのものなのだ。
掘らずとも、祈れば届く。
そう信じる宗教的直感の厚みが、
あの国の精神を支えてきたのだろう。

私は今でもスコップを持って歩く夢を見る。
けれど、夢の中で私は掘らない。
ただ、古墳の上に立って風を感じている。
そして、誰かの声が聞こえる。

「あなたはもう充分に掘った。
あとは、静かに聴きなさい。」

その声は、あの日本の官僚のものでもあり、
リチャードの亡霊のものでもあった。

夜、鴨川を歩く。
月が水面に揺れ、波紋が古代の時間のように広がっていく。
学問では届かぬ“沈黙の知”がそこにある。

もし誰かが「古墳を掘りたいか」と問えば、
今の私は笑って答えるだろう。

——「いやはや、掘るなど、とんでもない。
来世でも御遠慮申し上げたいね。
歴史的事実? ふふ、あれは神話の衣を脱がせたあとに残る、
少々寒々しい真実というやつだ。
掘れば国が滅ぶ——なんて言葉、かつては笑っていたが、
今はあれが、最上の美学に思える。」

そう言いながら、私はどこか安らいでいる。
なぜなら、その“亡ぶ国”とは、
たぶん私自身の中の傲慢な学問のことだからだ。

静寂の中で、土が呼吸している。
あれは、古代の眠りではない。
——今も続く祈りの音なのだ。

ラッセン

ラッセンを好きだと言うのは、うちの学科では、デッサンが下手だと告白するより少し恥ずかしかった。

「ラッセンみたい」

講評でそれを言われたら、その作品はもう助からない。

彩度が高すぎる。
説明しすぎている。
感動を先回りしている。
余白がない。
批評性がない。

私たちは「伝わるデザイン」を学びながら、一目で伝わるものを軽蔑していた。

8月28日。

岡崎に海が来た。



京都市勧業館みやこめっせ。

第1展示場B面。

入場無料。
予約特典あり。

極彩色のシースケープ。
極上の可愛さのドルフィン。
極限の生命美のアニマル。

「極」が三つあった。

コピーの授業なら、一つに絞ってください、と赤字を入れられる。

地上へ出れば、京セラ美術館がある。
少し南へ歩けば、国立近代美術館がある。

美術史は地上に展示され、
ラッセンの海は地下のB面で販売されていた。

しかも、その日。

京セラ美術館では、歌川国芳展をやっていた。

江戸エンタメの最高峰。

浮世絵スーパークリエイター。

こちらにも「最高」があった。

ゼミのグループチャットにURLを貼られる。

《国芳のあとラッセン行く? 教材として笑》

私は笑っている猫のスタンプを返した。

それから一人で来場予約をした。

午前中、私は学生証を見せて国芳展に入った。

猫がいた。
役者がいた。
武者がいた。
骸骨がいて、人の顔をした寄せ絵があって、画面からはみ出しそうな鯨がいた。

《宮本武蔵と巨鯨》。

鯨は大きすぎた。
余白は、ほとんどなかった。
見る者を驚かせる気に満ちていた。
感動を先回りしていた。

それでも、その作品は百年以上、助かり続けていた。

やりすぎは「奇想」と呼ばれていた。

一世紀半は、
やりすぎを奇想に変えるのに、
十分な時間らしかった。

国芳は、江戸っ子を喜ばせるため、エンターテインメントに徹した。

そこが偉いのだと、解説には書いてあった。

ラッセンも、たぶん同じ方向を見ていた。

ただ、まだ歴史になっていなかった。

国芳には「奇想」という額縁がついていた。
ラッセンには、まだ値札しかついていなかった。

私は《宮本武蔵と巨鯨》をもう一度見た。

鯨はガラスの向こうで、
美術になったことなど知らない顔をしていた。

本館北回廊一階に国芳の巨鯨を残し、
私は地下の海へ降りた。

母の部屋には、昔、ラッセンの海があった。

絵ではない。

千ピースのジグソーパズルだった。

母が三週間かけて組み立てた。
右下の黒い岩だけ、一ピース足りなかった。

それでも母は額に入れた。

小学生の私は、その海の奥に道があると思っていた。
波を越えれば、紫色の山まで歩いていけると思っていた。

十八歳になった私は言った。

「これ、もう外したら。人が来たら恥ずかしいし」

次に帰ったとき、壁は白くなっていた。

会場の受付で、白い手袋をした女性に聞かれた。

「ラッセン、お好きですか?」

「いいえ」

私はすぐに答えた。

本当は、好きなのか嫌いなのか、もうわからなかった。
わからないと答えるには、右下の欠けた一ピースから説明しなければならなかった。

「いいえ」なら、一秒で済んだ。

サカタニ

駅前のスーパーエビスクが閉店してから、しばらく外に出る理由がなくなった。
行きつけやったのに、急に、更地になると、まるで人生を置き去りにされたみたいな気分になる。
家にあるもんで済ませる日が増えて、気がつけば足腰まで弱ってきた。
けど、なんやかんやで週に何度か、サカタニのファミマに行くようになった。
あそこは入りやすいし、午前中は日陰だし、野菜やだいたいのものはある。
レジの子も愛想がいい、
あんまり喋らんけどな。

そこで、よく会う男の人がいる。
シャキッとした帽子に、下駄、新聞を小脇に抱えて、果物やらを手際ように選ぶ。
なんとなく、「東京の人やな」と思った。
しゃべり方に、にじみ出る小気味よさがある。
梅雨が明けた日、その人が声をかけてきた。
「よお、あんたもひとり?」
びっくりしたけど、変に馴れ馴れしいわけでもなく、
その一言がなんとなく、胸の奥に引っかかった。
話すうちに、最近こっちに引っ越してきたこと、
前は東京の下町で暮らしてたことなんかを、ぽつぽつと聞いた。
「あすこ(ファミマ)があるだけ、助かるね」
と言われて、ちょっと笑ってしまった。
うちもそうやった。
エビスクがなくなって、どこに行ったらええかわからんかった。
それに今、あの人に会えるかもしれんと思うだけで、少し、足が軽い。



ある日、その人がいなかった。
次の日も、そのまた次の日も。
ぼんやり店の前で立ち止まってしまった。
こんなこと、若い頃には考えもしなかったのに。


「京都の暑さにゃ参ったね。風鈴鳴らずに蝉だけガン鳴き、こっちの頭もガンガンよ!」」
不意に声がして、そっちを見たら、
いつものカンカン帽と笑顔があった。
口が勝手に動いた。
「あらまぁ、あんた、夏バテしてはったん?」
ふたりで笑う。
ただそれだけで、今日がなんとかなる。
恋やなんて、そんなおこがましいことは思わん。
でも、会えるとうれしい。
誰かを待つ気持ちを、こんな歳になって、また持つとは思わんかった。

灰皿のあった朝

シゲさんは、毎朝7時すぎに来る。
チューハイ、新聞、セッターのソフトパック。
何も言わなくても私がレジに立ってるときは、目だけで会釈して、
ぴしっとお金を出して、
「今日も頼むわ」と、まるで薬を受け取るみたいにタバコを受け取って帰る。

店の前にあった灰皿で、新聞をめくって、
チューハイをちびちびやりながら、タバコに火をつける。
真夏でも、真冬でも。
その姿が、いつの間にか「朝の風景」になってた。

でもある日、その灰皿がなくなった。
本部の方針ってやつで、
「健康志向」「イメージアップ」とか、そんな理由だったと思う。

次の日も、シゲさんは来た。
でも、手にした新聞を眺めながら、灰皿がなくなった場所をじっと見て、
一言も何も言わずに、そのまま帰っていった。

それが最後だった。

別に、仲が良かったわけじゃない。
でも――
なんていうか、
こっちが勝手に「見守られてる」ような気持ちでいたのかもしれない。

灰皿がなくなった場所に貼られた禁煙ポスターが、
妙にうるさく見える日がある。

健康? たぶん、そうなんだろう。
でも、シゲさんのあのタバコは、
あの人が、今日もここに生きてるっていう、
誰にも知らせないサインだったような気がする。

今日も朝の京女ラッシュが過ぎて、
新しいお客さんが変な総菜パンとコーヒーを買っていく。
私も、新しい顔を覚えていく。

だけど、
灰皿のあったあの場所だけは、
シゲさんの椅子のままだと思ってる。

朝顔

冬の馬町。
空は閉ざされ、風が金属のにおいを運んでいた。
その日、雪は降っていなかったが、空からは別の白いものが舞っていた。
焦げた壁紙の破片、手紙の断片、ふいに崩れた屋根の欠片。
そして、だれかの生活だったものたち。

空襲は、夜中にやってきた。
気配もなく。まるで誰かが「次はお前だ」と言ったかのように。
馬町の通りに火の粉が落ちて、風のように燃え広がった。

わたしはあの時、小さな箪笥の引き出しを開けたまま逃げた。
そこに、朝顔の浴衣が入っていた。
母が縫ってくれたものだった。
藍の地に白い蔓、ピンクの花。夏の光を思い出させる布。

でも、それはもういらなかった。
寒さも、季節も、女の子だったことさえも、
あの夜、すべて燃えてしまったと思ったから。

それでも、焼け跡に戻った。
黒く崩れた家の中で、奇跡のように焼け残った引き出しがあった。
そこに、朝顔の浴衣はまだ折りたたまれていた。
ひどく煤けていたけれど、
柄は残っていた。
やさしい、あの蔓と花と、縫い目の曲がり具合が。

以来、わたしはそれを着なかった。
でも、捨てることもなかった。
何十年も、あの箪笥の奥で、浴衣は眠っていた。

そして今、
孫娘がその浴衣を「かわいい」と言って、広げている。
「ちょっと丈は短いけど、うち、着れそうやな?かわいいなぁ、これ」
笑いながら、鏡の前でくるくると回ってみせる。

わたしは何も言わなかった。
ただ、指の先で浴衣の端をそっと撫でた。

それは、わたしの夏だった。
そして、わたしの冬だった。
燃え尽きたものと、生き残ったもの。
あの朝顔は、その両方を知っている。


あの子がこの浴衣を着て歩く姿を、わたしは生き残った夢の中で見ている。
街の灯りが揺れて、どこかの屋根の上に、焼け残った記憶が影を落とす。

冬の馬町の灰と、
箪笥の中の夏の色。
今も、重なっている。

犬殺し

本町の叔父が死んだ。
独りきりで、東山の小さな古い家で、のたれ死にみたいな最期だったらしい。
もう何年も誰とも口を利いていなかったとかで、
部屋には、埃をかぶった焼酎の瓶と、カビの生えたそうめんが残っていたそうだ。

変わり者だった。
というか、ろくな男じゃなかったらしい。
女癖も酒癖も悪くて、親戚中から煙たがられていた。
おまけに偏屈で、身内の集まりにも顔を出さなかったから、
“ああいう人やから”と、何年も誰も訪ねなかった。

そんな人の葬式だ。
悲しむ者なんて、いるはずもない。

親戚は、仕出しの弁当をつつきながら、
笑ってた。
酔ってた。
「ほんまアホやったなぁ」
「あんたもあんなんなったら終わりやでぇ」
そんな軽口すら飛び交っていた。

私は黙って天ぷらに醤油をかけたら、
横にいた伯母が眉をひそめて言った。
「ええっ……信じられへん。塩やろ、普通」
みんなに笑われた。
「関東暮らし長いからやわ、かわいそ」
そう言われて、
私はこの場で異物になっていた。

そのときだった。
酔った父が、ふと叔父の話をした。

「あいつ、小学生のころな――」
と、ポン酢の小皿を指先でなぞりながら語り出した。

叔父は阿弥陀ヶ峰、つまり豊国廟の中腹で野犬を飼ってたんだって。
あの長い石段の途中、昼でも暗くて誰も寄りたがらないあの場所で。
毎日、今熊野商店街を回っては、裏口から残飯を“拝借”して、
少しずつ与えてたらしい。

最盛期には十三匹くらい。
痩せこけて、牙をむいて、でも叔父にはなついてたという。
変わり者でも、犬には好かれてたんだろう。

けど、ある年の夏。
犬殺しが来た。
昔の言い方だが、保健所のことらしい。
竹の棒を持った男たちが、繋がれてない犬を捕まえてまわってたらしい。

一瞬で何頭か、トラックの檻に放り込まれた。
野良犬なんてそんなもんだ。
だれもかわいそうなんて言わない。

でも、叔父は――
ひとりで、戦った。

鎌を持って、男たちに向かっていったらしい。
「こいつらは俺の家族や!」
そう叫んだらしい。
警察まで呼ばれて、
大人たちに押さえつけられて、それでも泣き叫んで。

「そこからやな……目が変わったんは」
父がそう言った。

“目が変わった”。
つまり、何かが壊れた。
その瞬間から、叔父はもう普通の社会とは噛み合わなくなっていったんだろう。

私は思った。
すげぇかっこいいじゃん。
誰も味方しない時に、ひとりで戦える人間なんて、なかなかいないよ。


私がいたら、きっと一緒に戦った。
包丁でも何でも振り回して、守ろうとした。
警察に止められたって、大声で叫んだはずだ。

叔父は、たぶん不器用で、哀れで、
でも、ちゃんと魂を持ってた人だった。
私は醤油をつけた天ぷらを静かに食べながら、
そう思ってた。

誰もわからなくても、いいや。

私は、あの人を笑わない。
だって、
魂に、キラキラと輝くものが見えるから。

レティクル

――目が覚めた。

酔ってない。
それがまず、おかしかった。

あれだけ飲んで、あれだけ汚く吐いて、心と体を叩きつけ、
ぐずぐずに酔いつぶれてたのに。

今は、不思議なくらい澄んでいた。
心の中も、頭の中も。

あたりは白かった。
もやのような光が遠くまで続いていて、地平線なんて見えない。
どこまでもぼんやりしていて、どこからが上でどこからが下なのか、はっきりしない。

花が、咲いていた。
名も知らない草花の狂い咲き、風もないのにふるふる揺れていた。

そして――

「……おまえら……!」

あの子たち。あの頃の。十三、いや、それ以上いる。
ちっちゃかったやつが大きくなってる。
片耳がちぎれてたやつが、元通りになってる。
白内障だったやつが、まっすぐ目を見てくる。

一匹が飛びつき、胸元を前脚で叩く。
舌を出しながら鼻を押しつけ、うれしそうにくるくる回る。
それにつられて、他の犬たちもわらわらと群がってきた。
じゃれ合いながら、前足で地面を叩き、
尻尾をちぎれそうなほど振り回している。

一匹が急に走り出し、花畑の中をぐるりと駆け回る。
それを追いかけて、わあっと群れが広がる。
花びらが舞って、空気まで笑っているようだった。

なんだ。
ここで幸せにしてたんだな、おまえら。

ふと気づくと、少し離れた場所に、一頭だけじっとしている犬がいた。
体格は大きく、毛並みは黒と茶のまだら模様の甲斐。
他のやつより少し年上に見える。
目を細めて、こちらを見ていた。
吠えない。動かない。ただ、見ていた。

群れが戯れまわる中で、ただひとり、静かに立っている。

…おまえか。
あのとき、一番先に吠えて、俺の前に立ちはだかったやつだ。

視線がぶつかる。
まるで、問われている気がした。

――来るの?
――もう大丈夫?

胸の奥で何かが答える。
うなずくでもなく、言葉にするでもなく、ただ、ちゃんと届くように。

すると、あいつは一度だけ尻尾を揺らして、くるりと背を向けた。
そして、群れの先頭に立って、ゆっくりと歩き出した。

花の中に足音はない。
でも、確かに道ができていく。

体が勝手に歩き出す。
でも、それは悲しい歩みじゃない。

目の前に現れた、虹の橋を見上げそう思ったときだった。


――君は、こっちだよ。悪い子だったからね

ああ、そうだ。
そう言われると思ってた。
でもその声は、決して冷たくなかった。

その瞬間、不思議な感情が胸に溢れた。
これまでの生が、心のなかでぐるりと裏返った。
孤独、恨み、怒り、恥、後悔。
それらが全部、なにか大きなものの輪郭を成していたことに、ようやく気づいた。

魂に足が生えたみたいに、地面を踏みしめる感覚があった。
振り返ったが、もう何も見えなくなっていた。

「行こうか」

犬たちが、先に立つ。

コートの襟を直して、足元を確かめながら、
その後ろに、静かについていく。

――大丈夫
――君とおなじ、さみしい奴ばっかりだし、悪くはないところだよ

そうか。
楽しみだな。

東山界隈

東山界隈

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-08-24

Public Domain
自由に複製、改変・翻案、配布することが出来ます。

Public Domain
  1. 白い十字架
  2. 七条大橋の包丁草
  3. 辻斬り
  4. セプタギンタ
  5. カタンドール
  6. ちゃんと生きて、ちゃんとわらう
  7. 古墳
  8. ラッセン
  9. サカタニ
  10. 灰皿のあった朝
  11. 朝顔
  12. 犬殺し
  13. レティクル