映画『A Window of Memories』レビュー

 不思議な映画でした。① 孫である監督に対して父方及び母方の祖母がそれぞれに語る半生をテキストにしたため、②その文面を二人の俳優に朗読してもらう。この基本的な構図が何度も繰り返される本編において、彼女たちの思い出はどこか宙に浮いた印象を受けます。読み手である俳優陣は全くの赤の他人です。朗読中、祖母になりきったりする訳でもない。ただ淡々とそこに書かれている内容を読み上げていく。テキストとの間で保たれるその距離感は、文面の中の祖母たちを、まるで架空の人物かのような印象でスクリーンに焼き付けていきます。
 ドキュメンタリー映画の体裁を取りながらも、ドキュメンタリー映画の定番に収まらない本作の質感は、彩光のために設られた窓辺のセットと確かに呼応するものです。そこから見える(はず)の景色は窓枠の形に切り取られ、ガラスに阻まれて直には触れられない。これに似て、私たちが語る過去もかつての知覚、思考、感情から隔ったものとしか再現できません。そこに認められる真実は語り手自身が担保する。本作において、それは祖母との間のやり取りで完成させたテキストとして万人の手に収まります。
 一人ひとりの口から思い出が語られる度に、その時々の時代や社会を象徴する何かが入り混じり、普遍へと至る流れはきっと生まれる。それでいてなお、彼女たちの人称性は損なわれない。語り部の生の声に宿る迫力ないし説得力を思うと、朗読という手法は、祖母らの記憶の保存に適しないと判断できそうですが、本作を観終わってからは考えを新たにします。誰かに読まれることを意識して手を加えたテキストは間主観的な繋がりを得てその意思を、思いを広げていく。その様子を映画として記録し、作品として公開することの意義は果てしないです。台詞のように喋り出す劇伴、音楽のように流れゆく映像の繋がりといった幾重にも工夫された非言語的な演出がつかみ取る前人未到の可能性は、恰も俗世から悟りを経て、再び俗世へと至るかのような自在の境地。その全容を目の当たりにして「映画にできることは無限大だ」と少年のような呟きを胸に、劇場を後にすることができました。
 才能ある若手監督は数多いれど、天才の煌めきを覚えて止まないのは清原惟監督ただ一人です。一映画ファンとしては近い未来、その名前が世界に轟くと確信するばかりです。そんな清原監督の最新作『A Window of Memories』はル・シネマ渋谷宮下にて上映中。良作中の良作なので興味がある方は是非、駆け足で劇場に向かって欲しい。手放しで称賛できる作品です。熱量全開で激推しします。

映画『A Window of Memories』レビュー

映画『A Window of Memories』レビュー

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-08-14

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