他人同士

誰よりも近い<誰よりも遠い


僕は目を開けた。

カーテンから朝日がさして、とても眩しい。
いつも通りの気だるい体をベットから起こし、下のリビングへ降りる。

たどり着いたリビングには先客がいた。
いつもより派手なメイクを施して、だらしなくソファーにもたれながら携帯を覗き込んでいる少女。
僕の姉だ。
「おはよう」
僕が挨拶すると、こちらを少し見やって、また携帯に没頭する。
彼女が挨拶を返さないのは、もうずいぶん前からだから、我が家では当然になってしまっている。
別に彼女が非常識なわけではない。
彼女が挨拶しないのはこの家の住人だけだし、僕だって彼女の立場になったとしたら、
ここの人間に挨拶はしないだろう。
だから僕は彼女が挨拶しないことに腹は立てない。

キッチンへ入ると、朝食の用意をする。
15分くらいで作り終えたところで、2階から最後の一人が降りてきた。
「おはよう」
僕はまた挨拶をした。
「・・・おはよう」
寝起きなのか、かなり重低音で挨拶を返された。
それでも、彼にとっては比較的元気なほうだ。
一時期は挨拶どころか顔さえ見せなかった。
「レイは?」
彼女のことを聞かれて、ぼくはソファーを見た。
彼女の姿はなかった。
「もう学校にいったと思う」
そう彼に答えて、ぼくは作った朝食を食べだす。
彼は黙っていた。
そして思い出したかのように、棚からマグカップを取り出した。
僕はそれを横目で見ながら朝食を食べ終え、自分の部屋に戻った。
鞄に今日の分の教科書と、友人に借りたゲームや本を入れて、家を出る。


僕とレイ、そして先ほどの彼、ユウジ。

僕たちは、家族だ。

家の外の世界、

僕はバス停からバスに乗って、学校に通っている。
僕の家の近くのバス停から、3つほど進んだバス停で、あいつは乗ってくる。
スポーツバックを肩にかけて乗り込んできた、同年代の少年。
僕の友人である、ユズル。

「よぉ」
僕の姿を見つけて、ユズルが声をかけてきた。
僕は少し席をずれて、彼が座るスペースを作る。
ユズルが座ると、しばらく沈黙が下りる。
だけど、それは気まずさや居心地の悪さとはかけ離れている静けさだ。
ゆっくりした時間が流れる中で、僕は口を開いた。
「ユズル。ゲームありがとう。おもしろかった」
鞄から借りたゲームを出すと、ユズルに渡す。
「そっか、よかった。もういいのか?」
「うん。もう大体クリアしたから」
「早いな!4日くらいしか貸してないだろ、これ」
鞄にしまいながら驚くユズルに、そうかな、と僕は言葉を返した。

「ユズルは今度、陸上の地区大会出るんだって?」
「おう、今度の大会で3位に入ったら、ようやく全国大会に行けるからな。
 これが最後かもしれねぇし。」
3年生になったユズルは、今年の夏で引退する。
2年生の冬からずっとこの大会に向けて練習していたから、相当気合が入っている。

「そうだ、ケイ、大会見にこいよ」
「僕?」
「あぁ」
文化部である僕は、あまり、というかほとんど運動部とはかかわっていない。
部外者が見にいって大丈夫なのだろうか、と心配する僕に、
「なんか言われたら俺に見に来い、って言われたっていっとけ」
とユズルは笑って言った。
「わかった、じゃぁ見に行くよ」
僕も笑ってうなずいた。


よく、文化部の僕と、運動部のエースであるユズルがなぜ親友なのか不思議がる人がいる。
おそらく性格的に合わないとでも思っているのだろう。
僕も昔は、そう思っていた。



1年生の頃、放課後になると僕は音楽室にいた。
音楽室の掃除当番だったというのもあるけど、もうひとつ理由がある。

僕はなぜか少しだけピアノが弾けた。
弾けたといても、ある1曲だけだが。
誰にも教わった覚えはないのだけれど、その曲は楽譜を見れば簡単なところは弾ける。
どうせなら全部弾けるようになりたいと思って、こっそり学校のピアノで練習していたのだ。

一人ぼっちで弾いていると、いつの間にか横に人が来ていた。
僕が驚いて手を止めると、
「ごめん、邪魔したな」
と言って、音楽室を出て行った。
それがユズルだった。

それ以来、ユズルはちょくちょく音楽室に来るようになった。
当時ユズルは通学中に事故に合い、怪我をしていて陸上部を休んでいたから、ヒマだったのだろう。
(話が横にそれるが、ユズルが通学にバスを使い始めるのもそれがきっかけだ)

僕は見られると緊張してしまうのだが、不思議と彼に見られても何とも思わなかったので、
そのままほっといて練習を続けていた。
ある日、いつも通りに弾いていると、
「その曲、なんて曲?」
と聞かれた。

「・・・忘れな草、って曲」
「ふぅん」
たったそれだけの会話だったけど、それ以来僕たちはよく話すようになった。
あの短い会話から、こんなに仲良くなるなんて、あのときは思いもしなかった。



しばらくすると、学校が見え始めた。
僕は停車ボタンを押した。



 

他人同士

ちょっと変わった家族の関係を書きたいと思います

他人同士

――僕たちは、家族だ。 それぞれ複雑な事情を抱えた3人が、1つ屋根の下で過ごしています。 お互いが、お互いに「家族」という依存をするお話。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-02-07

Copyrighted
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  1. 誰よりも近い<誰よりも遠い
  2. 家の外の世界、