クリオネ

クリオネ

「窓辺」

私のすべてが終わったとき
私があなたに
語れることがあるだろうか

窓辺で見下ろした海辺に
流れ着いた枯れ木の
もの言えぬ悲しさよりも


「それから……」

今日あなたに会ったら
話したいことがあります
昨日あなたに会う前にも
話したいことがありました
明日あなたに会うときも
話したいことがあるでしょう

グッピーのえさやりの話や
それから、昨日の晩ごはんの話
それから、良い夢を見る体操の話も
それから、朝テレビで見たニュースの話も

それから……
それから……

いつだってあなたに
言いたいことがあるけれど
ときどき
ほんのときどき
あなたに話すことが見つからなかったときの
ひとひらの小さな
悲しさの話もするでしょうか


「コップのむこうにあるもの」

1.

 木のテーブルがあるでしょ
 そこを朝の光が照らすでしょ
 コップが一つ置いてあるでしょ
 樹のにおいがするでしょ

 あなたが芸術だと思えば
 何だって芸術になるわ
 例えばそのコップに水を注ぐことでさえ

 私はそれを見ているだけで満足だわ
 他力本願と言われるかも知れないけど
 それが私の芸術だもの
 そんなことより、ねぇ
 そのコップのむこうにあるものを取ってくれるかしら

2.

 例えば氷は一つの世界だよ
 氷は色が無いのにさ
 人の目に見えなけりゃいけないんだ
 そうしなけりゃいけない理由があるからさ
 そんなふうに考えてると
 この世にくだらないものなんて無くなるよ
 氷が透明であって透明になれない理由でさ

 そんなことさえ見ずに
 君は世界を見ようとするけどね
 それも生き方だよ

3.

 ピアノが好きだよ
 ピアノの音も好きだけど
 ピアノというものが好きだよ

 大きな四角い部屋に
 一台のピアノだけを置くんだ
 たったそれだけだよ
 僕はピアノが弾けないけど
 僕はそこに音楽が流れる気がするんだ

4.

 ときどき恋をするのも億劫になるわ
 時間が経つのが遅すぎるんだもの
 朝が来るのもまどろっこしい
 砂時計が落ちるのもまどろっこしい
 一層のことひっくり返してしまいたいくらい
 そうしたらこの恋はどうなるかしら
 あなたは私を覚えているかしら
 
5.

 人々が一つの大変な事件に注目してる間に
 他のさして大変じゃない事件がやってきて
 いつの間にか世界を変えて去って行くんだ
 どんな時でも一番大事なのは
 人の目をくらますことさ

6.

 時間は目に見えない
 今まで一度だって人の目に見えたことはないんだ
 なのに誰でも時間の存在を信じている
 不思議なことに
 神の存在を信じない人がいるのに
 時間の存在を信じない人はいないのさ
 いつだって人は目に見えるものしか信じないのにさ

 みんな気付かないんだよ
 結局はどっちも同じなんだってことに

7.

 私の写真を撮っておいて
 でも絶対にそれを見ないで
 部屋の隅っこにしまっておいて
 だって見る必要なんてないでしょ?
 あなたの記憶の隅っこに私がいるなら 

8.

 他の人がピアノの音に夢中になってる間
 僕はピアノを弾く手に夢中なんだ
 ピアノを弾く手は芸術だよ
 ひょっとすると
 ピアノはそのためにあるんじゃないかって思うくらい
 そんな君の手を見ていたいよ
 いつかピアノなんて飾りだって思うくらい

9.

 いつだって人は探し物をしているようなものよ
 でもそれが見つかることなんてないのね
 だって何を探してるのかだって
 いつか分からなくなるもの
 それでも人は探し物をするわ
 だってそうしてないといられないのよ
 何かが心を占拠してないと
 人は空っぽに耐えられない

10.

 掃除機の中を見てみたら
 無くした指輪が入っていたわ
 もしかしたら世界って
 そんなものかもしれないわね

 あなたはどうかしら
 掃除機の中なんて汚くて見られない?
 いつか人は汚いなんて心を無くすわ
 だって今の私
 テーブルの上のコップでさえ美しいと感じるのよ
 世界に美しくないものなんて
 無いとさえ思う日が来るわ
 あなたはいつになるかしら
 そんなことより、ねぇ
 そのコップのむこうにあるものを取ってくれるかしら


「クリオネ」

夢の始まりはいつも唐突
流氷が潮に乗って来るのは分かっても
クピドの矢が胸に刺さるのは分からないの
たとえあなたが頭の上に
ふわりふわりとやって来ても
きっと誰も気付かない
小さな天使
あなたが去っていくときになってやっと
私だけが気づくことになるの
悲しみの理由が今日も恋だったこと
あなたはきっと何も知らずに
ミジンウキマイマイを食べながら
夢の底へ帰っていく
頬を赤らめた天使
恥ずかしがり屋の天使


「無題」

とっぷりと夜に漬かって
そのうち、あなたも私も真っ黒になるわ
でもね、真っ暗い闇の中でも
真っ黒なお互いが見えているの
だから手探りで探し合うの
でも、指先を掴むことだって出来ないの
いつか真っ暗な闇はもっと真っ暗になるわ
そうするとお互いのことも見えなくなる
だから私たちは一人ぼっちになって
すぐに自分も見えなくなるの

きっと、それが私たちにとっての死よ


「ダ・ヴィンチ」

僕がミスチルの話なんか手振りをつけて大仰に話していると
彼女は決まってくすくすと笑う
それは決して面白いとか可笑しいではなくて
彼女はミスチルのことなんてこれっぽちも興味ない
彼女の関心はコーヒーカップとスプーンのずっと向こうにある
それでミスチルどころじゃないからとりあえずくすくす笑う
僕はそのこともちゃんと分かってるんだけど
それでも彼女が好きでたまらない
彼女ははっと気付いて
急にダ・ヴィンチの特集の話をする今までの話なんかまるでなかったみたいに
そうしている時彼女のコーヒーを混ぜる(もうとっくに混ざっているというのに)その手付きはひどく色っぽい
僕のそんなフェティシズムを彼女は知らない
知ればきっと失望するから僕は言わない
彼女がセックスの話をするのはただ一つのタイミングだけ
カフェでコーヒーにミルクを入れる時
彼女は不意にそれを精子だなんて言う


「なんだか、エッチ(はぁと)」

なんだか、エッチ。
あの人の、
髪をかきあげる仕草。
やん!  あたしったら!
でも、本当なんだもん。
校則無視したような、ぼさぼさの長い髪。
それ自体もすごく好き。
だって、色っぽい。
だらしない人って、素敵じゃない?
綺麗な方が逆に信用ならない。
結局はね、人の魅力って不潔なところにあるものよ。
不潔なところの中にある、
小さな綺麗さ。
そう、あの不潔なぼさぼさ頭からね、
髪をかきあげる時に、
ちょっとだけ覗く、
小さな、
綺麗な、
耳。
なんだか、エッチ。
すごくエッチ。
そうやって髪かきあげて、
耳が覗いてるとき、
あの人の顔ね、
口がツンと尖ってるの。
見てるとうずうずする。
つい言ってあげたくなっちゃう。
後ろからそっと、
耳もとに顔だけ寄せて。
『あなたのその仕草、
 すごく色っぽいよ』
なんて(笑)
その時の、振り向いた驚き顔を見てみたい。
そして、耳をつねってやりたい。
こんなこと、
一人で考えてあたし、
いつのまにか振るえている。
身体が熱い。
冷や汗が身体に滲んでぞくぞくする。
興奮しているの?
いいえ、違うわ。
あたし死ぬのよ、
もうすぐ。
この不潔の中の、
ずっと底まで溶けていくの。


「ヘイ少年」

ヘイ、少年
『ドラえもん』は面白いかい?
お兄ちゃんかい?
お兄ちゃんは東京事変の『ブラックアウト』を聴いてるよ
まぁまぁいい曲だよ
ヘイ、少年
鼻クソは食わない方がいいぜ
それ、学校でやったらモテなくなるぜ
友達に陰口言われちまうよ
『ドラえもん』の漫画汚れちゃうよ
君はきっと他にもいろんな癖を持っていくんだからさ
ヘイ、少年
学校は楽しいかい?
お兄ちゃんは君くらいの頃楽しくなかったなぁ
お兄ちゃんはこれからねぇ
ばあちゃんと神サマの話とかしてさ
その後履歴書清書してアルバイトの面接に行くんだ
まぁ君の宿題のようなもんさ
ヘイ、少年
世の中は生き辛いよなぁ
楽しいことなんか少ないよなぁ
アフリカの子どものことなんてよく分かんないよなぁ
鼻クソも食っちまうなぁ
でもそこは我慢した方がいいぜ
『鼻クソマン』って面と向かって言われるなら
まだ良い方だってそのうち分かるよ
ヘイ、少年
訳もなく泣きたくなることはあるかい?
無いよな
ハハ、お兄ちゃんも無いよ
世の中にはそういう人もいるんだってサ
俺には自分の泣く理由が分かりすぎて泣けねぇや
こんな話はちょっと難しいなぁ?
だって君はいくらでも泣いて笑っていいんだから
ヘイ、少年
俺たちは同志だ
ママは元気かい?
好きな女の子はいるかい?
犬に追っかけられるのは怖いかい?
ヘイ、少年
世界は綺麗だなぁ


「公園」

1.かくれんぼ

 もういいかいを
 いつまで経っても
 僕は繰り返している
 木に向かって
 じっとへばりついて
 あなたがいつまで経っても
 もういいよと言わないから

2.シーソー

 あなたが上になるなら
 僕は下になるしかない
 僕が上になるなら
 あなたは下になるしかない
 なんでも同じではつまらない
 それは分かっていたけれど
 僕らは一緒にシーソーを下りた

3.ぶらんこ

 高い所に行くには
 低い所で頑張らなくてはいけない
 僕らは面倒くさがった
 後ろからあなたに
 持ちあげてもらったら
 二人ですっころんだ

4.おにごっこ

 おにがいつまで経っても
 追いかけて来ないので
 僕がおにを探しに行った
 最初いた場所におにはいた
 ずっと同じ所でじっとしていた
 仕方がないので
 僕がおにをやってやる
 と言ったら
 あなたはぴゅうっと走って逃げた

5.トンネル
 
 二人で砂を集めて
 大きな山をつくる
 最後に僕が腕を突っ込んで
 トンネルの出来上がり
 そして僕が石の電車を用意している隙に
 あなたがそれをぐしゃぐしゃにする
 もう五回目になるけれど
 僕はあなたを怒る気にはなれない

6.すべり台

 一生懸命登ったのに
 楽しいことがすぐ終わるなんて
 つまらないわとあなたが言うので
 僕は一度も
 すべり台を滑ったことがない

7.ジャングルジム

 こんなに狭いのに
 こんなにすかすかなのに
 こんなに寂しくなるものはない
 だってあなたが
 すぐ近くを逃げるのが見えるのに
 僕はちっとも追い付けないから


「恋文」

夜空を見上げたとき
月が地面からあんなに遠くに浮かんでいるの
不思議じゃない?

そんな風に考えたら
毎晩夜が来るのが楽しみになりました

外に出て耳を澄ましていると
静かな街の中に電車の音だけが鳴り響いて
夜はいっそう静かになり
きっとあなたの夜も
同じように静かなのでしょう

愛の言葉を今ここで呟いても
あなたには届かない
けれど同じ夜を過ごすことは出来ます
あなたは同じ月を見ているでしょうか
ここで聴いた音が線路に沿って
あなたのところへ届く事はあるでしょうか
言葉では伝わらない思いが
一緒に運ばれていくことは

目を瞑って
触れる風にあなたを探しています
苦しみはありません
悲しみも
けれど涙が溢れてきます
止まることなく零れていきます


「夕焼け」

いつの間にあなたの頬は
そんなにすべすべしていたのだろう
いつの間にあなたのまつげは
そんなに長く伸びていたのだろう

いつの間に胸がそんなに膨らんだのだろう
いつの間にあなたの腕は長く
手は白く柔らかくなったのだろう
(いつの間に僕の手は黒くごつごつしたのだろう)

夕べも同じ
公園を横切って
同じ家の盆栽を覗いて
同じ橋から夕焼けを眺めていたのに
今日はすべてが違って見える
いつの間にか変わっていたのか
それとも変わったのは僕だろうか

雨上がりの朝
水たまりを蹴って歩く
あなたの姿は美しかった
いつの間にあなたはそんなに大人びていたのだろう
(いつの間に僕はこんなに老いたのだろう)

僕の知らない内に
沢山の景色が変わっていく
一人で歩く夕方の路地が
こんなにも寂しいのは何故
橋から眺める夕焼けが
こんなにも美しいのは何故

クリオネ

クリオネ

18~22歳くらいの頃に書いた詩集です。色々ゆるしてください。

  • 自由詩
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-07-17

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted