映画『ぼくのお日さま』レビュー

 緻密に作り上げた偽物のセットを如何にして「本物」のように見せるかが映画の核心である、という一般的な認識が何ひとつ通じない。それが本作で荒川役を演じられた池松壮亮さんをして「正真正銘の天才」と言わしめる奥山大史監督の真価であるとすれば、『ぼくのお日さま』はそれが遺憾無く発揮されている点で無類の映像作品になっている。そう評価することができると思います。
 何せ、ロケ地である北海道の雄大な景色をひとつ撮っても、そこには詩的で素敵な要素がぎっしりと詰め込まれている。画角内に映し出された色やフォルムが物語に欠かせない情景をしっかりと描き出し、タクヤやさくらといった登場人物の足取りを映画として組み上げていくんです。スケートリンク上に設置された自動販売機、なんていう見慣れた機械ですら、それを撮る画角に施す工夫だけで非日常の舞台装置に仕上げていました。
 カットの繋ぎにも丁寧な手仕事が現れていて、特に明暗の使い方が非常に優れている。ただ優しいだけじゃないストーリーに応じて、文字通りに、目が覚めるような場面展開を真っ暗な映画館の中で行う。その大胆さないしは遊び心が、主演のお二人のキラキラした演技を一層より良いものとして映し取っていくのには一観客として感銘を覚えました。
 技術でその全てを語ることができる映画という表現活動において、技術以上のものをカメラで記録する。映画の魔法というべきその仕事がスクリーンに流れるという凄さ。驚き。これを体感するだけでも本作を観るべき価値が十分にあると私はここに断言します。ガチで才能の塊ですよ、奥山大史という監督は。


 物語については、「憧れ」という要素が極めて大切なポイントになっていると感じました。
 タクヤ→さくら、さくら→荒川、そして荒川→タクヤと続く憧れの眼差しは個別に見ればただバラバラになるだけなのですが、三人で集まるとこの世に二つとない均衡を生み出します。その優しくも切ない関係を、本作のテーマであるフィギュアスケートが表情豊かなものへと高めていくのです。このフィギュアスケートが物語の第二の鍵となります。
 はい、そうなんです。『ぼくのお日さま』という映画は本邦で数少ない、純然たるフィギュアスケートの映画なんです。
 フィギュアスケートのノービス選手権大会にも出場していたさくら役の中西希亜良さんは勿論、タクヤ役の越山敬達さんもフィギュアスケートの経験者。何だったら、奥山監督自身もフィギュアスケートができるという徹底ぶりです。その強みを活かして撮影されるスケートのシーンはスポーツとしてのフィギュアスケートを迫力ある映像で捉えていました。滑っている本人にしか見えない視界の移り変わりや、スピードの乗っていく感じが体感できるぐらい、真に迫っていた。恐らくは奥山監督自身が手持ちカメラでスケートをする二人を追いかけながら映したのだと思います。その上で描かれるフィギュアスケートの芸術的側面は、だからもう、本当に「美」そのもの。特に中西さんがさくらとして見せる演技には見惚れるばかりでした。劇中、フィギュアスケートの初心者として四苦八苦するタクヤにおいても、技に成功した時の喜びがその時にしか得られない感動となって画面いっぱいに広がっていきます。そんな二人が挑戦するアイスダンスが劇中に唯一無二のハイライトを生み出すんです。その過程と、迎える結末に夢中にならない訳がありません。


 本作は①カンヌ国際映画祭の『ある視点』部門で高い評価を受けた作品であり、また②予告映像でも若葉竜也さん演じる五十嵐と、池松壮亮さん演じる荒川の仲睦まじい姿が映っていた事から同性愛の描写が物語上、大事な重みを本作に付与しているのは確かです。
 しかしながら、本作はここに政治的な意味合いを少しも乗せていません。ただただ一人の人間が抱く自然な感情として映し出すのみです。そこにさくらへの恋心であるのと同時に、綺麗に踊る彼女への純粋な憧れが未分化で同居するタクヤの心情描写が重なっていく。これにより生まれる側面が「人を好きになる」という想いの所在とその痛み、辛さ、そしてどうしようもない愛おしさを儚く映し取ります。タクヤ、さくら、そして荒川の三人が迎える現実と、そこからの続きが最上級のオープンエンドとなって美しく、そして健やかに花開いていくのです。
 幸運にも、私は2024年頃に開催されたジャパンプレミアに参加できたのですが、上映終了後、どこからともなく自然発生した万雷の拍手を今も覚えています。いい映画を観終わった後の、観客一人ひとりから発せられるあの興奮冷めやらぬ雰囲気が劇場内を満たしていました。
 その比類なき感動は現在、Amazonプライムなどで配信されています。映画ってこんなに面白いんだ!という体験を約束してくれる傑作なので普段、映画を観ないという人にこそ観て欲しい。激推しの一作です。是非。

映画『ぼくのお日さま』レビュー

映画『ぼくのお日さま』レビュー

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-07-17

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