映画『きれっぱしの愛』レビュー

 『わたしは最悪。』や『センチメンタル・バリュー』といった芸術性に富んだ話題作を積極的に取り上げるギャガのレーベル、NOROSHIがスクリーンにかける一作。しかも舞台がアニメ化も決まった入江亜季さんの漫画、『北北西に曇と往け』と同じアイスランドということでワクワクしながら観に行きました。
 ストーリーの核となるのは父性の空まわり。遠洋漁業の大型船に乗り込む漁師であるためにほとんど家にいなかった父親が離婚後もしょっちゅう家を訪れ、以前と同じ生活を送ろうとするのに対し、別れた後の新しい暮らしに馴染み始めている母親と子供たちとの間に生まれるズレをユニークなカットで切り取り、それらを不器用に繋ぎ合わせて、行方不明になりそうな愛の結末をアイロニーたっぷりに描いていきます。
 元夫婦の関係はなかなかに緊張感を持っていて、売れない芸術家であるために、恐らくは収入面で高級取りの元夫に頼っている母親は、けれど誰よりも密に子供たちと接して暮らしています。父親の方も概して子供たちと良好な関係を維持できてはいますが、いてもいなくてもいいという認識が子供たちに中にすっかり根付いている。そのことに(恐らく)気付いていない父親は、訳知り顔で子供たちに説教したりして大いに反発を買ったりする。ある時は母親のご機嫌を取ろうとして取った行動で長女の信頼を失い、その愚かしさに苛まれてB級映画のような悪夢を見たりと、踏んだり蹴ったりの有り様。「それでも、経済的には支えてんじゃん」と口にできる抗弁が家族という名のか細い縁を繋いでいる。
 お金がないと生活はできない。けれど、お金があるだけで生活は成り立たない。これらの事実が正しく循環する限り、「僕」たちの奇妙な生活は続いていく。そのはずだったのに。
 子供たちの身を守るため、そして男女平等の社会を実現するために、広範なトピックを取り上げる性教育を小学校から行うアイスランドだからか、劇中においてもあけっぴろげなワードが遠慮なく飛び交い、その残響で、元夫婦の姿も大いに歪んでいく。自然豊かな情景を一列になって歩いていく美しいカットと並列して、魚やキノコといった命あるものを美味しく頂かないと生きていけない人間の残酷さも暴かれていく。私たちは本当に矛盾だらけ。だからいいんじゃん、と開き直れないのは、世界を無邪気に遊び回る子供たちが迎える危機に「どう」接するかで、元夫婦の命運が決定的に分たれたから。その要となった物理的な距離に、無慈悲なほどの現実を見出せたから。
 経済的に云々の言い訳が全く通用しない状況になって、自らの落ち度をやっと認められた元夫が海原にぷかぷか浮きながら歌う自虐のメロディは、けれど決して誰にも聴いてもらえない。その姿に寄り添う自然のどれもがまた彼に味方しないのは、共に暮らすという選択が変態的で、人を人たらしめる行為として有する価値をひたすらに証明するため。
 君は本当にベストな道を選んだ?収入を減らしてでも、家族といる時間を増やそうとは思わなかった?
 海岸沿いではしゃぐ子供たちと、ちょっと離れた場所にあって、足元にある何かを拾った母親を映すシーンに認められる穏やかは、どのカットが真のエンディングとなるべきものなのかを如実に語ります。その上で、実際のスクリーンには最も滑稽な映像を垂れ流すのですから、底意地が悪いにも程がある。
 ドラマチックな要素はほぼ皆無。退屈といえば正しく退屈な映画なのですが、観終わってからどれだけ時間が経っても脳内再生されるカットのクオリティが少しも落ちない。思い出す毎に解釈だって様変わりするから、多義性に優れた珠玉の作品といえるでしょう。観る人を選ぶことは間違いないので、予告などで興味を持った方には是非、とお勧めしておきます。都内だと、ヒューマントラストシネマ有楽町あたりがスケジュール的に◯の劇場です。

映画『きれっぱしの愛』レビュー

映画『きれっぱしの愛』レビュー

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-07-12

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted