ラストチャンス
平日の午後九時、私は塾が終わり自転車置き場に急いで行くと、彼がそこにいた。
「何で…」
「お疲れ」と、彼は笑んだ。
「ホントにいるし…突然過ぎるよ。で、どう思うの?」
と、私は少し薄曇りの夜空を見上げ、彼も夜空を見上げながら
「分かんないけど、とにかく堤防行ってみよう」と、笑んだ。
「うん」
私達は自転車に乗って夏の生暖かい夜風を切って数キロ先の堤防に向かった。
ほとんど何も喋らず、ただひたすら自転車をこいだ。
時間が無かったのもあるけど、私にとって彼は一緒にいるだけで安心する存在だった。
ハァハァハァ…。
息を切らしながら堤防に着き、そのまま二人で草むらに寝転んだ。
「見えないな…」と、彼。
「うん…折角来たのにね…明日は?」
「明日、俺旭川にいないって…」
「あっ、そうだよね…」
私は薄曇りの夜空を睨んだ…。
中学三年の頃、私には大好きな人がいた。
いつも側にいたから好きと伝える事さえ出来なかったけど、それでも良かった。
同じ高校に行こうと約束していたし、まだ時間はあると思っていた。
そんなある日、彼の引っ越しが決まり、一カ月前から約束していた『ペルセウス座流星群観測』も無くなった…。
というよりは明日の朝早く引っ越すらしく彼には流星群何て見に行く時間も無く、私はサボるはずだった塾にいると彼からメールが来た。
『これから時間ある? ペルセウス座流星群見に行かない? 塾の自転車置き場で待ってるよ』
突然過ぎるよ…と、思いながら私はにやけていた。
『うん。行く…』と、返信した。
彼と一緒にいられるラストチャンスだと思った。
「ペルセウス座流星群見たかったな…」と、彼。
「うん…。メール送るから、返事返してね」
「あぁ…」
「たまに帰って来てよ」
「あぁ…、そっちも遊びに来いよ」
「うん。行く…」
最高の思い出では無かったけど、それでも楽しかった。
彼が引っ越してから私達は携帯電話と言う便利で不便なモノだけで繋がった。
最初のうちはメールや電話をして繋がっていたけど、高校に進学して、新しい友達が出来、いつの間にか電話をしなくなりメールも月一回ぐらいになったある日彼からメールが来た。
『久しぶり。これから時間ある? ペルセウス座流星群じゃないけど、今日、他の流星群が見えるんだって。行かない? あの堤防で待ってるよ』
いつも突然だ。
帰って来てるならもっと早く連絡してくれればいいのに…。
『うん。行く…』とだけ返信したあと、急に涙が溢れてきた。
私、何で泣いてるんだろう…。
これが、嬉しくて泣くって事なのかな…。
- end -
ラストチャンス