第二の手記

贖罪の山羊が至るサクリファイス

近所の小学生や中学生が僕が散歩で歩いてるだけでバカにしてくる。
イヤホンで塞いでも塞ぎきれない。
20年前に帰郷してからずっとバカにしてくる。
10年前中学校職員室に苦情を言いに行ったが職員はヘラヘラ笑うだけで取り合わなかった。
警察に言っても「自動車持ってないの」とバカにしてくるだけだった。
医者に言えば入院しろと確実に言うだけだ。
どうすればいい? 
僕が死ねば満足なのか?


何世代にも渡っているなら地域住民の大人たちの育て方が腐っている。


相談者はいないし、なにかの機関に相談してもうやむやにされる。僕に引っ越ししろなど無責任に言うだけだろう。


僕に救いはない。生まれてからずっとだ。

世の中はひとの才能を潰そうとしてくる人間だらけだ。
味方なんていないように感じる。
友達だと思ってた奴らはみんな僕に酷いことをして謝りもせず償いもせず去っていった。
許せない。
だが僕の場合、人間関係が(そう見えないだろうけど)メディアに食い込んでいる人間がたくさんいて、僕がそいつらにされたことが暴露されたら困る人間たちだから僕を徹底的にブロックして貶めているところがある。
僕は創作する人間なのに、才能だけでなく、ショービズの論理で目を潰そうとしてるくらいの被害妄想(妄想ではないかもしれない)を感じながら生きている。
悔しいけど人気商売の既得権益が僕を阻んでくる。


どういう戦略で動けば、僕が既得権益やショービズの政治ではなく、この執念を持ってつくってるのが伝わるだろうか。


共同体維持のための「相互監視」。
人口が固定されている。
娯楽・刺激が少ない、人間そのものがコンテンツになる、これが共同体のエンタメになりやすい。
同調圧力が強い。
外部者への警戒。

「退屈な共同体が人間をコンテンツ化する現象」

共同体は「逸脱者」を作ることで安定する。
創作する人は「理解不能な人」になりやすい。
外部文化を持つ人は警戒される。
嫉妬がかなり混ざる。
人口が少ないとターゲットが固定される。
「変わっている人」を笑う文化。

「なんでこんなことするの?」に、合理的な理由はない。


「暇な公共空間」が多い。ゆえに観察行動が起きやすい。
「顔が知られている社会」。
ターゲット固定現象。
錯覚ではなく幻聴でもなく直接言う文化。
「外部志向の人」は目立つ。

第二の手記

第二の手記

これが、第二の手記。短い断章形式だ。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • ホラー
  • SF
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
  • 強い性的表現
  • 強い反社会的表現
  • 強い言語・思想的表現
更新日
登録日
2026-07-03

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