嗚呼 花の学生寮5  500円の女

嗚呼 花の学生寮5  500円の女

500円の女


寮というところは、

とにかく、発情した若い男どもが

ゴロゴロたむろしている場所だから

寄ると触ると女の話でもちきりである。


ある日、大学から帰ってくると、隣の部屋の梅田が、

何やら意味ありげな薄笑いを浮かべながら、

「おい、ちょっと栗田の部屋へ来いや。」

と、一平を呼びに来た。


『なんだろう。』

と、思いながらついて行くと、

すでに10数人の1年生が栗田の部屋に集まっていた。

ドアを閉めると栗田が、

「こりゃ、ぜったいナイショだからな、先輩にばれたらことだからよ。」

と、ニヤニヤしながら小声で言う。


みんな、いったいなんの話だろうと、

興味深々で栗田の顔を見ている。



「実はよ、500円でやらせてくれる女がいるんだ。」


「・・・・・」

「えーっ!」

一瞬の間をおいて、みんなが一斉に驚いたように

嬌声を張り上げた。


「ばーか!なんの話かと思ったら、女かよー!」

「ジョーダンだろー?」

「うそだべーっ!」



ざわついているみんなを見回しながら、


「シーッ!、まあ聞けって、ホントなんだよ。

オレのクラブの先輩が見つけてきてよォ、

その女、巣鴨のアパートに住んでる本物のOLなんだってさ。

結構いい女らしいんだけど、500円でやらせてくれるんだよ。」

と、栗田が言う。



「ホントかよー。」

「バッキャロー、かつぐんじゃねえよ。」

「ありえねー」

と、みんな半信半疑である。


「トルコ風呂だって10000円するのによー、
500円って、それ、なんなんだよ?あるわけないべ!」

と、天馬が言った。


500円というのはどう考えても話がうますぎると一平も思った。


「いや、ホントの話なんだよ。

オレも、最初信じられなかったんだけどよ、

うちのクラブの連中が、もう何人か行ってきてさ、

ホントに500円でやらせてもらってきたんだよ。」

と、栗田が天馬に向かって言った。


「ヤクザもからんでいないし、ヒモがついているわけでもないんだってさ。

その女、若い男とやるのが好きなだけみたいなんだよ。


別に金はいらないらしいんだけど、タダっていうのもなんだから、

こっちは学生だし、500円でいいよっていうことらしいんだァ。」

と栗田は言う。


「病気持ちじゃねえだろうなァ、

梅毒もらって鼻がぽろって落ちたら真っ青だべやァ。」

と、山野が笑いながら、みんなを見回した。


「コンドーム着ければだいじょうぶだよ。」

と、砂元が知ったかぶりをすると、

「おまえ、女とやったことあんのかァ?」と成島が茶化す。



「だいたいサァ、君達、お○○○がどこについてっか、知ってんの?」

と、この1年生のなかでは、

一番女性経験がありそうな天馬が言うと、


「足の裏だろ。」

と、砂元がすかさずやり返したので、

みんな腹をかかえてドッと笑った。


ワイワイ言いながら騒いでいるうちに、誰かが

あみだクジをつくって順番を決めようと言い出した。


一平は、遊び半分で女とやるとか、金で女を買うなどということは、

道義に反する事だと思っていたので、とてもこの話に乗る気はしなかった。


一平は、みんなで女の話をしている時などに、

「一平はやったことあんの?」

と、聞かれても、

「まあな・・・」

と、話を濁したり、

「新撰組の土方歳三がさ、男というものは、

自分の色事をぺらぺらしゃべるもんじゃないって

言ってんだよな。」

などと、答えたりして、そういう話題を避けるものだから、

かえって、みんな想像をたくましくしてしまい、

一平には彼女がいて、けっこうやっているらしいということになってしまっていた。



一平は、困ったことになったと思ったが、

みんなすっかりその気になって、盛り上がっているので

とても、ここで自分一人だけ行かないと言える雰囲気ではなかった。


一平はしかたなく差し出されたあみだクジを引いた。



全員が引き終わり、あみだクジを開けて順番が決まる時点で、

騒ぎは最高潮に達した。



『この異様な興奮状態はいったい何なんだろう。』

まるで、この部屋にいる10数人の男たちの

性欲のエネルギーが渦を巻いているように

一平には思えた。



「わあーっ、おれ一番!」

と、梅田がうれしそうにガッツポーズをとる。


「あれー、オレお前の後かよー、病気うつっちゃうべやー。」

と、天馬が素っ頓狂な声を上げて梅田の背中をたたく。


「バッキャロー、おめえの後のほうがヤベエよ、なあ。」

と、梅田が皆を見まわしながら言う。


「ムフフフフッ、おれは3番だ。」

と、中葉が、ニヤニヤと不気味な笑いを浮かべた。


「ダンパのときの、コンドームが無駄にならなくてよかったなあ、中葉。」

と、天馬が茶化すと、

「ああ、でも俺1箱買っちゃったからなー。」

と、真面目な顔をして答えるので、

『こいつはいったい、何考えてるんだろう?』

と、一平は思った。


クジを引くとき、なかでも一番張りきっていたのは

今まで童貞だといって、みんなによくからかわれていた安川である。

ところが、安川は10番目だったので、

「なんだよー、オレ初めてやるのに、みんなのお古かよー。」

っと、くさっていた。


「安川、代わってやるよ、オレ4番だから。」

と、一平が言うと、

「えーっ、いいの一平、悪いなー、えへへ!」

っと、安川は急に上機嫌になった。



一平は、最初からこの話に乗り気ではなかったので、

日にちをかせいでどうするか考えようと思っていた。

女との連絡は栗田がとることになるので、

すっぽかすとばれてしまうし、

女のところまで行って、金だけ渡してなにもせずに帰ってきても、

もし女が次のヤツにしゃべったらおしまいだし…。

一平はどうしようかと思った。


次の日、梅田の部屋には戦果報告を聞きに

1年生が集まっていた。

「それで、どうだったんだよ?いい女だったか?」


安川が、梅田に聞いくと、

「まあ、そうがっつくなよ、安川。 今、ゆっくり教えてやるから・・」

梅田が、ニヤニヤして答えた。

「バッキャロー、もったいつけずに、さっさと言えよ!」

天馬が言った。


「あれ? それが人にものを聞く態度??」

梅田がそう答えた途端、

成島が、梅田に飛びかかって、

ヘッドロックをかけて、

「おらっ!さっさと吐いちまえ!この野郎!」

と、言いながら、梅田の頭をぐいぐい締め上げた。


「イテテテッ! 言うよ、言うよ! 離してくれーっ!」

梅田が、情けない声を上げた。


成島のヘッドロックをはずして、頭をなでながら、

「今日、授業が終わってからさ、お茶の水の駅に行って・・・」

と、梅田がしゃべりはじめると、

「そこから言うか? さっさと肝心なとこ教えろよーっ!」

と、成島が、また梅田の頭に手を掛けた。

「わかった、わかった。冗談だよ。」

梅田が、成島から逃れて言った。



梅田は、授業が終わったあと、パチンコをやったりして時間をつぶし

ラーメンを食べてから、8時に女のアパートへ行ったらしい。



アパートは、四畳半一間の狭い部屋で、

入るとタタキがあってすぐ右側が小さなキッチン、

上がった目の前に布団がひいてあって、

右側にファンシーケースがあり、

奥に小さなドレッサーが置いてあるため、

それだけで足の踏み場がないくらいだという。



「あの女、ずーっと布団ひきっぱなしで

やってんじゃねえかなァ、そんな感じよっ。」

と、梅田はヘラヘラ笑って言った。

「25、6才くらいでさ、結構いい女なんだよなー。

ちょっと瘠せているけれど、おっぱいもそこそこあるし・・・」

ちょうど、これくらいよ。」

と、言って小太りの天馬の胸をわしづかみにした。

「いやん・・やめてっ!」

と天馬が、悶えたので、

みんながどっと笑った。


梅田のキャバレー通いは有名で、

どこのキャバレーにいい女がいるだとか、

どこのサービスが一番だとか、

あげくのはてに、どうやって抜いてもらうかということまで、

いつも、みんなにおもしろおかしく話して聞かせるのだが、

今日も、いつもの調子でみんなを笑わせながら、

事細かにその時のようすを、みんなに語って聞かせていた。



一平は、梅田の話を聞きながら、

その女が住んでいるというアパートの

薄暗い小さな部屋を想像して、

なんだかもの悲しくなってしまった。


昼間はOLとして働きながら、

夜になると、毎晩見ず知らずの男と

セックスを繰り返す生活を送るその女も、

かつて自分たちと同じように都会にあこがれて、

何かしら夢をいだいて、東京に出てきたんだろうに、

いったいどうしてそんなふうになってしまったんだろう

と思った。


そんなことを考えていたら、

一緒に田舎から出てきた

高校の同級生の女の子が、

「私、ときどき、寂しくてしょうがなくなるの。」

と言っていたのを思い出して、

その子のことが急に心配になってきた。



梅田の話を聞きながら、

「うわーっ、俺、立ってきちゃったよー」

と、天馬が言うので、みんな大爆笑している。


「オレ、もう待てねーっ!」

と、安川が叫んだ。

その安川のズボンの前もテントを張っていた。



梅田の話を聞いてから4日目の夜、

安川が一平の部屋に

バタバタと入って来た。


「一平!やってきたよ!あの女とやってきたよ!へへへっ。」


安川は、上気した顔で、目をキョロキョロさせながら、

「イヤー、すごかったぜー、

オレいろんな体位でやってやったよォ、

帆掛け舟だろー、松葉くずしだろー、バックからもやったしよォー」


興奮した様子で、

本日の成果?

をべらべらとまくしたてた。



「女が、ヒーヒーいっちゃってさァー、

もうやめてって言うまでやりまくってやったよ、へへッ。」


と、安川は鼻の穴をふくらませて、

えらく得意げにしゃべりまくっていたのだが、

よくよく話を聞いているうちに一平は大笑いしてしまった。



安川は、夕方、女のアパートへ向う途中、

初めてなのがバレて、馬鹿にされるといけないと思い、

公園のトイレでまずセンズリをかいて、

それも、ごていねいに2回もやって

それから女のところへ行ったというのである。


安川は、この話が決ってから、

体位の研究を一生懸命やったらしく、

その女に随分いろいろな体位を試そうとしたらしい。


ところが、あんまりいろんな体位をやりたがるし、

ぜんぜん射精はしないし、とうとう女のほうがいやになって、

いいかげんに帰ってくれと言われ、

結局、安川はやったにはやったけど、

射精しないうちに追い返されてきた

というのが真相らしいのである。


しかし、安川は、自分のテクニックのせいで

女がヘトヘトになってギブアップしてしまったのだと

思い込んでいるようであった。


一平に、自慢話をした後、

安川は、他の1年生のみんなに

その話をして回ったらしい。



それからというもの、半分だけ童貞を捨てた安川の態度が、

ずいぶんでかくなったなあと感じたのは、

一平だけではなかったはずである。



いよいよ明日は一平の番という前夜、

栗田が一平の部屋にやって来た。


「一平、すまんっ! あの女から電話かかってきて、

もう来ないでくれって言ってきたんだよ。」



「えっ?なんで?。」

一平が驚いたように言うと、

「なんかよー、あんまりうちの連中が毎日行くもんだから

女が悲鳴あげちゃったみたいなんだァ。」

栗田は困ったような顔をした。


「考えてみたら、毎日続けてだもん。

中葉みたいに、3回も4回もやりたがるヤツもいるし、

安川みたくセンズリかいてから行くバカもいるしよぉ、

そりゃあ、いくら好き者の女でも、いやになるかもなァー。」

と、栗田が言った。



「そうかァー。」

一平が、ちょっと残念そうな顔をすると、


「というわけだからよ、一平、悪いな。」

と、栗田が申し訳なさそうに言った。


「いいよ、いいよ、別に女には不自由してねえからよ。」

と、冗談のように言いながら一平は、内心ホッとしたのであった。


ついさっきまで、一平は、

明日は仮病を使って行くのをやめようかとか、

途中で不測の事態が起こり、行けなくなった

と、言ってキャンセルしようかとか、

それとも、その女に、何もしなかったことを

誰にも言わないでくれって頼み込もうかとか、


いろいろ考えをめぐらせていたのだった。


栗田が、思わぬ解決策を持ってきてくれたので、

一平としては、願ってもない形でこの難問が片付いたのだった。


巣鴨に行かなくてすんだので、

一平は、ホッとはしたものの、

ただ、その反面、大都会に埋もれ、

四畳半のアパートで暮らす「500円の女」が、

いったいどんな女だったのか、一度会ってみたかった

という気もしないではなかった。




『女って、よく解らん。』


一平は、なぜかやりきれない気持ちになって、

ベッドに寝転がると大きくため息をついた。

嗚呼 花の学生寮5  500円の女

嗚呼 花の学生寮5  500円の女

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-02-06

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