もう1番じゃなくて良いよ
17:55
ホントは今日
お休みの筈だったのですが
またまたまたまたまたまたまた
ピンチじゃない時あるのか?
って
くらい
人手不足で
しょうがないので
返上して
働いてきました。
三回断って
まだ
電話が掛かって来たので。
振られたのは1番楽な仕事でしたし。
此処らへんが
まだまだ
私の甘いところで。
私にとっても
頼んだ人にとっても
絶対にプラスにはならないのは
至極承知なのに。
これは
軽い言葉では無いですよ、
そうして長年に渡り
あらゆる犠牲を払ってきた
私が得た
完全な真実です。
そこで
どれだけ頼まれようとも
ハッキリ
と
断れる人が
あらゆる面でプラスになる人生を送る。
で、まあ
お仕事帰り際に
たまたま
お越しになられていた
ウチの新トップと
鉢合わせしましてね。
うわー
もう
早く帰りたいのに・・・
『マチさん!ちょっと良いですか?』
――――良くないです!
と、間髪入れず
即
口にしていたのが
ついこの前迄の私。
これホント
相手が誰だろうが
定時を回れば言ってました。
歳下だろうが
上役だろが
お構いなしで。
なのでわたしは
敵だらけです。
そも
好かれていない上に
こうだったので。
どうせ
付いて言った所で
また
マチさん宛に
ダイレクトクレームが
名指しで来ていてね
くらいが関の山です。
実際
そんなの山程あったので
もう
ウンザリなのです。
今年だけでも
もう
三回くらいやられてますし。
しかも
それ
全部
理不尽なのばっかり。
人がやりたくない所を
回されて
やるから
当然そうなる。
なんか
下手すると
恨みを持たれてる
同僚に仕組まれてる感さえあります。
気の所為は気の所為では無い事の
方が圧倒的に多い。
要領良く2番目以降が避けて歩いている
地雷をわざわざ
どうぞどうぞ言われて
嘲笑われながら
踏んで歩いてるようなものです。
しかしながら
言わせて貰えると
わたしは
自分のお仕事には
プロフェッショナルとは
かくあるべき!
という
鋼の信念がある為
誰に何を言われようが
一切の忖度はしません。
そうなるのには
そうなるだけの理由があり
何を言われようが
それは
すべて
お客様方、ひいては
我が職場の繁栄のために
それこそが
ただしい!
と
確信して
そうしているのです。
それが
わからない
阿呆達がおかしい。
自己肯定感
ハンパないっス。
でもまあ
最近ようやく
ギリ大人になったのか
ハァ
言いながらも
付いて行きましたよ。
で、結論から言いますと
ウチの新トップが
秘密裏に雇って
新年度から始まった
覆面調査員による
審査結果で
設定された審査項目すべてが
断トツで全事業所含む
総合1位だったそうです。
これ
嘘じゃないです。
つい
さっきのことなので。
私も
報告書を拝見しましたが
良い事しか書いてません。
模範的だの
明瞭だの
快活だの
カインドネスだの
英語によるレポートもありましたので
どうやら
外国人の調査員も入ってますな。
ほらなー
『私は貴方を誤解していたようです・・』
複数調査員ですべて
最高得点なので。
そりゃそうなるわな。
私
職場での
嫌われ部門 第一位
誘いたくない人部門 第一位
居ると空気が重くなる部門 第一位
だの
箇条書きが
ドンドン長くなるので
止めますけど
そういう
イメージですから。
当然
上役だってそう思うでしょうに。
自分で分かってますよ、
それくらい。
だから
これから
優遇されるのか
と
言われれば
それは無いと思いますが
それは
自業自得です、
人望が無いということも
また
これはこれで事実なので。
それも
職場に
過度な馴れ合いは必要ないと
思っているから
改めるつもりもない。
けれど
それももう
おわる
ビヨンザタイムですよ。
すこしづつですが
もう
こだわりも薄まりつつある
気がしています。
そう、あまり
頑張るつもりもありませんし
年齢的なものか
無理に出来ないです
そして
強がるつもりもないし
その必要もないのかな、と。
そも
私が
小学生の頃から
おそらく同級生達より
頑張ってきたのは
そうすると
喜ぶ家族がいたからです。
特に
母ね。
私は
どうしても
母の自慢になり続けたかった。
母が祖父母に
得意になる顔で
祖父もまた私の孫だから、と。
祖母は口にこそ出さないけど
そういう結果がハッキリ出た日には
必ず御馳走でしたし。
お金をまだ稼げない私が
それでも何とか出来ることで
家が明るくなるのが
どうしようもなく嬉しかった。
だから
そうしていただけです。
その家族ももう
誰1人居ない。
だから
もう
頑張る必要もない。
なんとか
暮らして行けるだけの
蓄えと生活基盤も
お陰様で。
最後の身内となった
伯母が亡くなってからの
此処数年は
ことさらに
その傾向が強くなったのが
自分でも判っていました。
職場の誰から
どう思われようと
構わない。
好かれる必要もない。
まして
己を曲げてまで。
なので
当然
嫌われる一方。
好意の返報性というやつです。
それでも
お客様方は
その中でも
心ある
お客様だけでも
解ってはくれていたのですなぁ。
報われた気がしてますよ。
専門の調査員がそう感じたなら
本来のお客様方こそ
きっとそうなのだろう、と
勝手に思ってます。
また
明日も
頑張ろう、と
思える程度ですけど。
亡きあの人達のお陰様と
なにより皆様のおかげです、
ありがとうございました。
追記
・・・・と!
書くと
まるで私が
祖父母、母の期待を一身に受け
その尽くを見事に応えてきた
ように
読み返すと
記してしまいましたが
それは
誤りであり
むしろ逆です。
失望させてしまったことも
数多く
ありました。
よく覚えているのは
あれは
母が亡くなる少し前のこと
母もよく知る
と、ある異性より
気の迷いとしか言いようもない
私への結婚を前提とした
交際の申し出がありまして
特段
優れていた人ではありませんでしたが
まあ一緒になれば
生活は安定するだろうな、という
印象の人でしたかね。
病床の母は
それはそれは喜びまして
当然
お付き合いするものだと
疑いさえ
してなかった御様子
の
ところへ
結果をいちおうワクワク顔の母から
訊ねられた私は
あ・あ〜
お こと わ りさぁ ねぇ~ぇ~
と
歌舞伎の大見得を切るように
頭をカクンカクンゆらしたあと
両手を広げ
ビシリ!
と左右の目の焦点を外しながら
ポーズを決めると
これまでに
見たことがないくらい
怒っていました。
おそらく
あれで
寿命を少し縮めたと思うくらいに。
わたしは
そういうタイプなので。
弱った母の為に望まぬ
結婚をするような殊勝な娘ではなかった。
まあ
あの時は
まさか
そんなに早く亡くなるなんて
夢にも思ってませんでしたけど。
これだけ
時が経つと
もう
笑って話せますな。
霊安室では
母の遺体を前に
ひとり
土下座して泣き伏せましたが。
その時の気持ちが
分かる人は
居ないでしょうなぁ。
わからない方が良いです、
そのように生きてくださいませ。
もう1番じゃなくて良いよ
それでも
この集計が出る少し前に
わたくし名指しで
この人を辞めさせてください、とまで
シメに書かれた
手酷い悪口雑言長文が匿名で一通
わざわざ本部宛に
寄せられているので
今回の表彰者からは外されるそうです。
これも
ホントですよ。
どういう基準なのだ?
とは思いますけど
それを決めるのは私の仕事ではないので。