恐らく怪しい景勝団体(仮想言論主義)に洗脳されたての学生の投稿
然う、今こそ先ずは言わせてもらおう。
「黙れ!」「喋るな!」「二度と喋るな!」「一生しゃべるな!」
「沈黙で、ある」
然うさ然うとも。この世界は沈黙である。
差別を嫌い、差別を廃し、反対するとき、誰もが行き着くのは沈黙であろう。目の前には思わず差別したくなるような違いという名の差があるが、それを本人たちに言っても本人たちは悪くないのだから口に出すのは極めて野蛮だ、でも思わず差別したくなるほど醜く可笑しい、、、よし、黙ろう、取敢えず黙ろうか、となるものだろう。
しかし然う思えればまだ良い方ではないか。実際は沈黙が守られずに堂々と差別が行われ、その場合は有利な状況を利用して結局は無かった事になることも少なくないのではないか。或いは時間が経てばこの現代の忙しさと楽しさに溢れた世の中では忽ち忘れて忘れられてしまうということもあるに思える。
さて、では、さきほど私が言い叫んだ言葉というのは、単なる暴力任せの憂さ晴らしのような思想の押しつけのような暴言だろうか?
何を言う!その背景を見るがいい。そこには何がある。
然う。ネット世界に於ける表現の自由の死守である!
然う。そしてそれは国土防衛や食糧資源供給といったものなどと並ぶ、国の責務であり一大事業であるのであった。
というより、然うでなければならない!
すると「黙れ!」とはどういうことであろうか?
何を隠そう、何を隠そう現実世界や対面世界では何人もとにかく何も喋るなということだ。
先ずそのために国家は何が何でもネット上の表現の自由を随一の目標として常に死守し続けなければならない
その上で国民は現実世界で対面で仕事に関することや必要事項、他愛無い会話以外の「物騒で」「政治的で」「他者他人への私的な言及」が行われて居ないかどうか常に互いに監視し合い当該規律を守り抜けるのに貢献しなければならない
ネット上の言論の自由は絶対だ!
そしてそれが成立する限り何人も現実世界では「意識的に」黙らなければならない!
意識的。
つまり毅然と必要なことだけを話すような態度で居ることも然うなのだが、政治的な事柄や個人に対する私的な話題に踏み込むことも猛烈な拒否反応を抱き続けることである!
抱き続けろ!
すべてはネット上に解き放たれる。
然う、すべてなのだ。
仮想空間こそは皆々の言論の母胎であると同時に、それを死守する活動本体でもあるのであった。
つまり現実や対面に於て発生したすべての当該反則行為についての相談や調整や裁判などは、どれも仮想空間上に於てのみ行われなければならない。
現実対面に面と向かって反則行為に見舞われ立ち会ったとしてもそれに対する感情や反論はすべてネット上にぶつけて差し上げよう。
その場で反論したいことも当然にあることだろう!
だがその場ではたとえ何人もそのことについて物騒な反応の一切をも示してはならない。
仮想空間上に済ませるとして、その場その時には只管に文明的とも若しかしたら非文明的とも捉え得るような冷静な穏やかな態度を取ることである。
そのためには常日頃から他人と接するにあたり、すべての及び今からする自らの発言は仕事上手続上その他の都合上あくまでも必要なものであるに過ぎないことをその都度に言い述べるか、どう考えてもそのようであるような振舞い等をし続けることであろう?
或いは公然と道端に話して居る者は誰によってであったとしても取締られ咎められるべきだ。なぜ、なぜ仮想空間でもない場所でそのような誤解を招ね有らぬ憶測を来すような行為をして居るのか!と、注意を受けよ。
或いはそもそも交通機関の車内やその他公共の場に於て不必要に私語をする者は沈黙の原則に単に反するからというだけでなく、すっかり沈黙に馴染みしっかりと沈黙の守られた世界が心地よくなった市民たちにとって餘りに不快な行為であるからでもなくてはならない。
或いは公然と口元を隠して何かを話し話そうとした者は、その行為自体によっても充分に処罰されるが、そもそもそんな行為に及んでしまうような兇悪的人物として記憶されよう。
或いは公然と大声で喋る者笑う者。これはもう国家顛覆を企てるに等しいのである。
或いは他者との間で事務的な必要最低限の会話から少しでも逸れて私的な事情や政治的な事柄に話が傾いていってしまうことを感じ取った瞬間に「積極的に」会話を切り上げ収束させ如何なる誤解も生じさせぬよう互いに距離を置こうとする、というような高い意識こそ望ましい。
わかって居る。
そんなことをしては本来の人間としてのありのままの自然ぽさが失われ営みが失われ心が失われ嘗ての統制社会のようになってしまうかも知れないこと。
わかって居る。だから然ういう者は我々に賛同しなければいい。
私は思い決めて居る。仮想空間を手にした我々が開拓することのできる、私にとっての新しい文明の在り方である。それを良いと思ったのだから、私は斯うして主張する。
私は仮想世界でこそ言論世界が達成されると思って居る。
別に現実世界での言論を制限しなくても良いのではないかと言う者はだから私に賛同しなければいい。
私は好かない。とても議論の場である必要のない日常で、他人である他者同士がきな臭い話をしようとするのが。
公然には淡々としろ。そこに要らぬ物議や騒ぎを来すかも知れない煽動行為はお呼びでないのだ。
守る。私は守り抜く。この命を懸けてでも、仮想世界の言論を人類のために何が何でも全力で守る。何せ現実世界をこれ以上、汚したくないからであった!
ただし!
勘違いするでもないぞ。
諸君ひとりひとりの個人の言論が自由が守られて居るのではない。
あくまでもネット上に於ける「言論環境」が守られて居るに過ぎない。個人の自由など、守られて良い筈がなかろうに!
何れにしても心するべし。
沈黙を守る国民として。
そして私がこのように心して居るそのことをよく理解する者として。
追記
仮想空間が機能しなくなった非常事態にはどうすればいいか?
と、ここで「まあその時は仕方ないので現実対面での言論は復活するわな」とでも言うと思ったのか!
言論はその時は無い。無いのか?停止はするが、それは「無い」のか?
お前自身の内側にある。それが自由だとか自由じゃないとか言ったとしても物理的に他の誰かはどうにもできない。だから常に有るんじゃないか。
なので然ういう時だけ都合よく復活するとかありません。みんな内に思うところを秘めながら温存しながら沈黙したら宜しいがな。
恐らく怪しい景勝団体(仮想言論主義)に洗脳されたての学生の投稿