忘れられない人

学生時代に一目惚れした人は、友達の彼女だった。
そんな彼女との二人だけの秘密は、僕にとって重荷となってしまい、彼女を失う事に…

でも、そんな彼女とまた再開できるとしたら⁉

あなたなら、どうしますか?

告白できなかった人にまた、会えるとしたら、あなたはどうしますか?

第一章

「昨夜のことは二人だけの秘密ね。」と君は僕にキスしてから言った。
僕は、その笑顔を今でも忘れられない。
あれからもう7年の月日が流れた。
それでも夏が来る度に君とドライブした、あの海のことが僕の頭を駆け巡り、
僕はどうしようもなく君に会いたくなってしまう。

初めて君に会ったのは、高校時代の仲間が久しぶりに集まった飲み会の席だった。
友達の一人が「俺の彼女仲間も近くで飲んでいるから、二次会は、一緒に飲まないか?」
というナイスな提案にだれもが賛成で合流した中に君がいた。

僕はその中からすぐに君の笑顔に一目惚れしてしまった。
でも、そんな君は僕の友達の彼女だとわかった時、とても淋しい気持ちでいっぱいなった事を覚えている。

合コン的に自己紹介をして、皆んなで楽しく話をしている間も、僕は君が気になって仕方なかった。
どうしようもなく、僕は、君の笑顔にドンドン心を奪われていった。

隣にいる女の子との会話の最中も、時折君に視線がいってしまう。
そして、時々視線が会う度にドキッとして、目を逸らしてしまう自分がいた。

そんな中、盛り上げ役の武史が席替えの提案をした。
君は「賛成!」と言って「彼とばっか話してても、つまんないもーん。こんな時は、いろんな人と話したい!」と
言って席を立ち、まるで磁石のS極とN極が引き合うように僕の隣に座った。
そして、めちゃくちゃ顔を近くに寄せて来て「はじめまして、裕司の彼女の中冨 里香です」と挨拶した。

僕はそんな君に度肝を抜かれながら「あ、あ、初めまして、山本です」とだけ言った。
君は「下の名前は?」と聞いて来た。間近で見る君の笑顔に心臓が飛び出そうになるくらい、緊張しながら
「浩一です」とだけかろうじて、どもらずに言えたのは、奇跡だった。

その後は、君がずっと主導権を握ったまま、そしてその笑顔に圧倒されながら、いろんな話をしたんだ。
本当に二人は話が合って、色んな所が似ていて、びっくりした。
一番驚いたのは、誕生日が一日違いだってこと。
僕が3月20日で君が3月21日だって⁈

すごい偶然。

それだけで、より一層の親近感が湧いたのは、僕だけじゃなかったと思う。


その日はとうとう朝まで皆んなで飲み明かした。

別れ際、無性に淋しかった。
君と離れるのが辛かった。

君は裕司と一緒に帰って行った。
その二人の後ろ姿は、仲が良さそうで、いても立ってもいられない気持ちだった。

家についても、君のことが頭に浮かんで徹夜しているのに、全然眠くなくって、目が冴えてしまって…

そんな時、君からメールが届いたんだ。
「今日は、本当に楽しかったです。私たちすごく話が合ってたよね。自分でもびっくりしてます。
あっ、このことは裕司には、内緒ね。彼、ヤキモチ焼きだから(^-^)/  それに最近あんまりうまくいってないんだな~(涙)」
それから何回のメールのやり取りをしただろう。

もう、終わろうと何度も思ったけど、なかなか終われなくって。

やっと、君が「眠くなったからまたね」と切り出して終わったのは、お昼近かった。

僕もやっと眠くなって来て、眠りにつくことが出来た。


あの合コン的飲み会から君に会う事はなく、月日は過ぎて季節は夏の終わりに近づいていた。

僕は夏休み中、最寄りのターミナル駅の喫茶店でウェイターのアルバイトをして過ごしていた。

朝から晩までサラリーマンやOLを相手にコーヒーやランチをサービスしていた。

そんなある日、君が僕のお店に入って来た時は、本当にドッキリした。

君も本当に嬉しそうに僕を見つけると駆け寄って来てくれたね。

その後、折角だから話がしたいと僕のバイトが終わるまで待っていてくれて、二人でご飯を
食べに行ったその時、君は「夏も終わっちゃうね。海が見たい」と言ったんだよね。

その言葉で僕は、家に戻り車で君を迎えに行って湘南の海へ向かったんだよね。
もう夜だったけど、今すぐに君と海が見たいって思った。
今しかないって思った。

湾岸線を車で走っているとき、君はずっと助手席にひざを抱えて僕のほうを見つめて座っていた。
「男の人が真剣な顔で運転している姿って、ドキッとしちゃう。」って言った君に僕はドキッとしてた。
横目に写る君の顔がすっごくかわいかったから。
その声がかわいかったから。

横浜に入り、ベイブリッジに差し掛かった時、港のライトがオレンジ色に光っていて、君を照らしていた。
カーステレオからは、杏里の「砂浜」が流れていた。
僕はこのままずっと時間が止まればいいのにと思った。
そして、君が僕の彼女だったらな・・・と考えていた。

でも、君にその言葉を言えなかった。

道は空いていて、あっという間に僕らは江ノ島の海に着いて、夜の砂浜を二人で歩いたね。
砂浜に座って色々な事話したね。

本当に君と僕は色々なところが似ていて、こんなに話の会う人いないなって思った。

そして、いつしか二人は、お互いに砂浜に並んで座りながら江ノ島の灯台の光を見ていたね。
そして、ふっと君の肩が触れた瞬間、あんなにおしゃべりだった君が急に無口になって、じっと僕を見つめていた。
僕はもう、ブレーキが効かなかった。
君の肩を抱き寄せ、瞳が閉じた瞬間、僕は君にキスしていた。
長い、長いキスだった。

そして、僕は君の身体を求めた。月明かりに照らされた君の身体が僕を男にしてしまった。
そんな僕を君は、何も言わずに受け入れてくれた。
そして、君の胸を揉みくちゃにして、押し倒そうとした時、僕に優しく
「ここじゃ嫌。ちゃんとしたところでして。」って言ってくれた。
僕は、急に恥ずかしくなって「ごめん。」と言って砂浜に立ち上がり、君に手を差しのばした。

君は僕に寄り添って、「二人きりになりたい。」と言った。

僕らは、車に乗り込み、国道沿いのホテルへ向かった。
ホテルに入るとお互いがお互いの身体を求め、そして何度も何度も感じあった。

あんなに女性の身体がいとおしいと思ったことは今までなかった。

僕たちは心も身体も一つになり、やがて、深い眠りについた。

朝日が登り目が覚めた僕は、すごく照れくさくって、恥ずかしかった。
そして、隣に君がいることが嬉しい反面、裕司がこの事を知ったらどうしようと言う気持ちになっていた。

昨日の夜の僕は、冷静さを無くしていた。そして今、段々と冷静になって考えれば、考えるほど、
大変なことをしてしまったという気持ちでいっぱいになってしまった。

君はやっぱり、僕の友達の彼女であって、僕は君を裕司から奪い取ろうとは思えなかった。

帰りの車の中で僕はそんな事を考えてしまって、今までみたいに話が盛り上がらなかった。
君は「どうしたの?調子悪いの?」と心配してくれたね。
本当に君は、優しくて、素敵な人だ。でも、裕司の彼女だ。
それだけが僕の心に引っかかる。

やがて、車は、君が指定した駅の近くのコンビニの前に着いた。
僕は車のハザードランプを付けて、歩道ぎりぎりに車を止めた。
そして、君に「着いたよ」とだけ言って口を閉じてしまった。

君は僕に次の言葉を待っているようだったが、何も切り出そうとしない僕に気づき、カバンを手に取り降りる準備をした。
降りる前に君は「昨夜のことは二人だけの秘密ね。」と僕にキスしてから言った。
そして、「また、逢えたらいいな。もっと浩一の事が知りたい」と笑顔で言って車を降りて行った。

僕は「あぁ、ありがとう」としか言う事が出来なかった。
一人になって車を運転している間も、どうして君にもっと優しい言葉をかけられなかったのだろうと後悔する僕がいた。

僕は、とうとう最後の最後まで君に「愛している。君を離したくない」と言うことができなかった。

それからまた、毎日のようにバイトの日々の中で、心に君を思いながら過ごしていた。

でも、僕から君に電話をする事が出来なかった。
どうしても、やっぱり心のどこかに友達の彼女ということが引っかかっていた。

これ以上、君と深い関係になってしまう事が怖かった。

そんな日々があっという間に過ぎた9月のある日、君から手紙が届いた。
とても綺麗な字で山本 浩一様と宛名に書いてあって、裏には、中冨 里香と名前だけが書かれていた。

私は、その手紙をポストから見つけると、すぐに部屋に入り、封を開けて読みはじめた。

そして、その手紙は僕を後悔させる内容だった。

『元気ですか?あの日のこと思い出すたび、あなたに会いたいって思っていました。
 でもあなたは、電話ひとつくれませんでしたね。私が友達の彼女だったから?
 そんなことで私を諦めてしまうんですね。
 実は、あの日会った時には、もう私は裕司の彼女でも何でもありませんでした。
 あなたのことが大好きな一人の女性でした。
 あの日偶然、喫茶店で出会ったのも、偶然でもなんでもないのです。
 私があなたを待ち伏せしていたのです。
 あなたはそんな私の気持ちを知りもしなかったでしょう?
 そして、あの日私は、あなたとひとつになれた。
 すごくうれしかった。
 うれしくって涙が出てしまいそうだった。
 あの日、あなたが眠ってしまった後、私ずっと起きてあなたの寝顔を見てました。
 何度も寝ているあなたにキスしました。
 好きで好きでたまらなかったから。
 でも、あなたは、私に愛の言葉を一言もかけてくれなかった。
 女性はやっぱり「愛してる。」の一言が欲しいものなのです。
 でもこれで私、吹っ切れました。
 この手紙をあなたが見るころ、私は日本を旅立ちます。
 さよなら。
 そして、ありがとう。』

手紙を読み終えて僕は、絶望感に立ちすくんだまま動くことができなかった。
なんて馬鹿なことをしてしまったんだろう。
それから、君の携帯に電話してみたがつながることはなかった。


僕はあの日初めて触れた君の髪を思い出していた。
細くてサラサラで甘い香りがした。
そしてじっと僕を見つめる瞳、何度と重なり合わせたやわらかい唇の感触。
そのすべてが僕の体をあの日の興奮へと導く。
あの時、どうして僕は君を捕まえておかなかったのだろう。
なぜ、抱きしめて連れ去らなかったのだろう。
友達の彼女だったから?
もう、二度と戻る事が出来なかった。
僕が情けない男だったということだ。
涙も出ないくらい僕は絶望感でいっぱいになって、その後の秋を冬を春を過ごした。
そして、また、夏が来たけれど、もう、君はいない…
僕の心に残る君は、今何処にいるのだろうか。

第二章

若葉が眩しい!そんな朝だった。社会人になって5年が経ち仕事が楽しくなってきた頃だった。
東京で一人暮らしをはじめてから、この朝の情報番組を眺めながら朝食を摂るのが日課になっていた。
いつもの様にニューヨークからの中継が流れる時間だった。
永年、この番組を見ながら朝食をしているので次のコーナーが何か分かるくらいだ。
案の定、ニューヨーク最新トレンド情報のタイトルが画面に流れるとメインアナウンサーが
「今日からこのコーナーの担当は、新しくなります。それでは、呼んでみましょう。ニューヨークの中冨さん。」

俺はアナウンサーが言った言葉に耳を疑った。

今、「中冨」と言った⁈

次の瞬間画面に映った顔を見て、俺は、胸がキュンとなった。

そこには、7年間前に俺が好きで好きでたまらなかったが、友達の彼女だったから告白出来なかった彼女がいたから。
彼女は笑顔で話ていた。あの時よりずっと綺麗になっていた。
食べていたトーストを噛むことも忘れて俺は画面に見とれてしまった。
たった3分程のコーナーが終わり、画面は日本のスポーツニュースに切り替わっていた。
画面が変わってからも、俺はあんぐりと口を開けたまま、動けずにいた。
なんていう再会だろう。
今のこの気持ちをどうしたらいいのか、自分でもわからなかった。

間違いなく、懐かしい彼女の笑顔に心が動揺していた。

やっとの思いで現実の世界に戻った俺は、トーストをコーヒーで流し込み、出社の準備を始めた。

いつものようにスーツに着替え、部屋の戸締りをして、駅まで向かい、電車に乗り込んだ。
いつもなら当たり前に出来る行動が今日は一つ一つ意識しないと出来ない気がした。
あのテレビに映った君の画像を見てから、私の心は7年前にタイムスリップしてしまった。
また、君の笑顔が俺の気持ちをドキドキさせた。
“なんて事だ。もう、絶対に会う事なんでできないと思っていたのに。”
俺は心の中で呟いた。

浩一に別れを告げた後の里香は、以前から勧められていたアメリカ留学に行く決心をして
二年間の留学をし、その後も日本に戻らずにアメリカの出版社に就職していた。
いくつかの本の翻訳や日本人から見たアメリカを題材にエッセーや紀行文を書いたりしていた。
そんなある時、参加していたパーティーで日本のテレビ局のプロデューサーと知り合い、
今度の番組編成の時からあるコーナーのリポーターにならないかと勧められ、今回のテレビ出演になった。

里香は、アメリカで色々な経験をしてきた。辛い事もたくさんあったけど、何事にも諦めず頑張ってきた。
そして、沢山の出会いもあったが、どうしても、浩一の事が忘れられないで、踏ん切りがつかないでいた。

人を好きになるって、時間をかけてゆっくりと好きになる事もあれば、一瞬にして燃え上がる時もある。
里香にとって、浩一との出会いは、後者の方で本当にあの合コンで知り合って、すぐに恋に落ちてしまった。
付き合っていた彼に別れを告げ、彼に飛び込んでいった。
でも、彼はそれに気づかず、いや、気づいていたけれど、恋よりも友情を選んだ。
そんな彼を諦めて、アメリカに来てもなお、なぜか浩一の事が頭をよぎる事がある。
それ程に里香の中で浩一は、特別な存在になってしまっていた。

時は経ち、夏の真っ盛りになっていた。
今週も朝の番組で里香は、アメリカから最新情報を伝えていた。
それを浩一は、テレビの前で見ている。もう、二度と会えないと思っていた人が毎週のようにテレビに映る。
でも、浩一は、どうする事も出来ないでいた。
ニューヨークくらい、飛行機に乗って10時間もすれば行ける場所とはいえ、行ったところで里香に会えるか
わからないと考えてしまっていた。
浩一は、自分の性格に嫌気が差していた。どうして、昔の里香みたいに何もかも、かなぐり捨てて、
好きな人に向かっていけないのか。情けないと思うがどうしても、心の何処かでストップをかけてしまう自分がいた。

そんな気持ちでいっぱいになっていると画面で彼女がこう言った。
「来週は、夏休みをいただくのでお会い出来ません。思いっきり、バカンスを楽しんできます。」
アナウンサーが「おや、何処に行くんですか?」と聞くと
里香は、「本当に久しぶりに日本に帰って、私にとって思い出の海に出かけようと思っています。」と笑顔で話していた。

俺はその言葉にドキッとしていた。まるでテレビ越しに俺に対して言っているかのようだったから。
そして、カレンダーを見ながら、8月20日を探していた。
そう、その日は2人が初めて江ノ島の海に行った日だった。
来週の火曜日だった。
浩一は、彼女は絶対にあの海に来ると確信した。

里香は、この番組出演の前の日の夜に夢を見た。あの海に浩一が立っている夢だった。
懐かしい浩一が一人で砂浜に座っている。いくら、里香が声をかけても、浩一は、気づかない。
いくら近づこうと走っても距離が縮まらない。
悲しくて、悲しくて、涙が出ていた。「どうして、気づいてくれないの」そう、叫んだ時に目が覚めた。

目が覚めて、夢だと気づいたけれど、悲しさは募るばかり、会いたいという気持ちは、いつにも増して膨らむだけだった。
そして、里香は、決めたのだ。今度の夏休みにあの海に行こうと。
2人が出会ったあの日にあの海に行こうと。

第三章

それからの浩一は、指折り数えて8月20日を待ち望む毎日を過ごした。
今日から一週間後に彼女は絶対にあの海に来ると願っていた。
そして、やっと自分自身も彼女に会おう、いや、会いたいと心の底から思っていた。


その日、会社に出社するなり、来週の火曜日、水曜日に有給休暇を申請した。
その日から浩一は、仕事をしていても、何処かで里香の事で頭がいっぱいだった。
早く会いたい。それだけが今の浩一の全てだった。

そんな週の金曜日、夕方近くに浩一は、部長に呼び出された。

いつもなら、デスク前で話をする事が多い中、
「今日は少し、席を外そうか」
と言われ、2人で会社の近くの喫茶店に出向く事になった。
部長は、嬉しそうに私の最近の業績のことを話し、褒めてくれた。浩一は、部長の言葉に感謝の言葉を返す。
喫茶店に入り、部長が言った言葉に浩一は思わず
「ありがとうございます。全力で頑張ります」
と伝えた。
部長もその対応に満足感でいっぱいの笑顔を返してくれた。

その日、浩一は同僚達に部長からの話をして、そのまま朝まで飲み明かした。
仲間達もみんな、喜んでくれた。
そんな飲み会も終わって、一人で部屋に帰り、ベッドに腰掛けながら、浩一は、やっぱり運命ってあるのかなと考えていた。


里香は、スーツケースに沢山の荷物を詰め込みながら、明日の出発の準備をしていた。
そんな時、電話が鳴った。
「はい、もしもし?」
受話器の向こうから母の声がした。
「いつ、成田に着くの?」
私は、
「金曜日の夕方になるよ。そのまま、家に向かうから」
と伝えると
「気をつけて帰ってきなさいね。成田に着いたら、連絡ちょうだいね」
といつまでも子供扱いされた口調で言われて、笑いながら、
「了解、またね。」
と言って電話を切った。

本当に久しぶりに帰国するとあって、母も嬉しいのだろうか。声がいつもより1オクターブ高いような気がした。

全ての荷物をまとめて、里香は、オーディオのスイッチをいれた。

流れてきたのは、あの日車の中で流れていた杏里の「砂浜」だった。少し冷めたコーヒーを飲みながら、里香はあの日の事を思い出していた。
今でも、目を閉じれば浩一と過ごしたあの日の夜を思い出せた。
でも、いつの日からか浩一の顔だけがボヤけてしまい思い出せないでいた。
それが里香にとって浩一に会いたいと思う気持ちを膨らませていく事につながっていった。

翌日、昼過ぎに空港に到着し、出国手続きを済ませて、出発ロビーでコーヒーを飲んでいると、見知らぬ女性が私に声をかけてきた。

「中冨さんですよね?いつもテレビで見ています。頑張ってください。」
と言われて握手された。
この仕事をしてから、こんな事が何度かあるようになった。
そして、この瞬間がこの仕事をして良かったと思える時だった。
里香は
「ありがとうございます」
と笑顔で彼女に言って別れた。

やがて、飛行機への搭乗が始まるとアナウンスが流れ、里香は席を立ち、デッキへと向かった。
ほぼ満席の機内の窓際の席で離陸のためにシートベルトをして待っている間、またあの海を思い出していた。

潮風の香りと灯台の光、波音と波音の間に響く浩一の声、浩一の肩に触れた瞬間の沈黙、そして…

今、思い出しても、素敵な出来事だった。
あの時の幸せな気持ちやその後の悲しみ全てがあって今の里香がいる。
でも、いつまでも思い出を引きずっていても仕方ない。
こんな事じゃいけない。と感じている自分がいる。

だから、『この休みで全てを終わらせよう。』なんて自分に言い聞かせていた。
もう一度、あの海に行けば、新しい気持ちに切り替えられると感じていた。

やがて、離陸するとアナウンスが流れ、飛行機はスピードを上げ、ガタゴトと音を立てながら、ニューヨークを旅立った。
旋回する機体から外を眺めるとニューヨークの街並みと海が見えた。海はキラキラ輝いていた。

さあ、日本に帰ろうと心に思った。
里香は、離陸後すぐに機内で出された食事を美味しくいただき、少し赤ワインを飲みながら、機内で流れていた映画を見て過ごしていたが、何時の間にか眠っていたらしい。
シートは横に倒され、毛布をかけてもらっていた。
目覚めて、ボーッとしていると、スチュワーデスが寄って来て、「お目覚めですか?何か飲み物を用意しますか?」と聞いて来た。
里香がコーヒーを頼むとすぐに持って来てくれた。
その後は、また、流れる映画をただ、ボーッと見て過ごしていると、機内にアナウンスが流れ、機長が間もなく新東京国際空港に到着する事を告げた。
そして、日本時間は、午後4時20分だと伝えた。
ほぼ定刻通りの到着だった。

里香は、何度経験してもこの時差に頭がこんがらがる自分に呆れながら、腕時計の時刻を直していた。

空港に到着し、入国手続きを済ませ、やっと空港を出た。リムジンバスの時刻表を見ると10分後に新宿行が出発するところだった。

カウンターに行くとまだ席があったのでチケットを買い、ギリギリバスに乗り込んだ。
まだ日が長くて明るい中をバスが出発し、都内に入る頃、夕闇に変わって行った。
葛西の大きな観覧車が七色に光り、綺麗だった。
道も空いていて、新宿まで、あっという間だった。
新宿駅からは、タクシーで帰る事にした。その前に、家に電話するとワンコールで母親が出た。
「早く帰ってきなさい。みんな待っているわよ」
と待ちに待った娘の帰国を喜んでいる事がわかった。
甲州街道を走り、段々と自宅に近づくと懐かしい風景が車の窓から流れて行った。
「その角を右折してください。はい、ここで結構です」
運転手に料金を支払い、トランクから荷物を出していると玄関から母が出てきた。
その後ろに弟の和也もついてきていて、私のトランクを持ちながら、
「おかえり」
と言った。
「何よ!久しぶりにあった姉に感動もないの?」
と言うと、
「姉ちゃん!おかえり!会いたかったよ!」
と抱きつこうとしてきたので、「やっぱ、いいわ!本当に限度と言うものを知らないね。」
とデコピンして
「荷物よろしくね」
と言ってそそくさと玄関に入ってしまった。
「全く、姉貴には困るよなー」
と言っている弟の横で母は、
「やっぱり家族が揃うと楽しいわねー」
とニコニコしていた。
リビングに入ると父がすでにビールで真っ赤になった顔をほころばせながら、
「おかえり」
と里香に言った。
里香は
「ただいま。元気そうで安心したよ」
言って手を洗いに洗面所に行き、テーブルに着いた。
家族四人が何年ぶりにこの部屋に集まったのだろう。3年前に私が帰って来た時は、弟が大学生で大阪にいて、会えなかったから、5年ぶりだった。
でも、すぐに何もなかったかのように決まった席に着くと、会話が弾んだ。
それは、私も弟も成人して、お酒が飲めるようになって、アルコールの力なのかもかしれない。
でも、やっぱりそれ以上の絆が家族にはあるんだと里香は感じていた。
そして、私も父と母のような家庭を築きたいと思っていた。
食事も終わり、デザートにスイカとぶどうに桃まで母が出して来た時には、
「誰がこんなに食べるの?」
とみんなから責められるも気づけば全てを平らげて、お皿には何も残っていなかった。
「さてと、私お風呂に入ってくるね」
と言ってトランクのある二階の自分の部屋に向かった。
久しぶりの自分の部屋は、以前と全く変わっていない。
懐かしいものばかりが部屋のいたるところにあって、雑誌を手に取り眺めたりしていると階段の下から母が
「里香、お風呂はいらないの?」
と言われ、
「ごめんなさい。今、行く」
と言って風呂に向かった。
そして、ゆっくり風呂に入った後に、冷蔵庫からビールを取り出しリビングで母と父と仕事の話をした。仕事は順調だった。
ニューヨークでの生活も慣れて何の問題もない。そんな話に二人とも安心してくれたが、母の
「あなた、結婚はしないの?素敵な人いないの?」
という質問には
「まだ、結婚はしない。私がときめく人がいなくて」
と言うしかなく、その答えに母は
「行きそびれないでよ」
と言った。
父は
「まぁ、里香のことだから、大丈夫だよ」
と笑いながら、言ってくれた。
私も
「まだ27歳、焦っていないし。」
と笑いながら言うと
「あっという間に30よ。もう、二人とも呑気なんだから」
と母だけが心配していた。

忘れられない人

人を好きになるって、素敵な事で簡単なことだけど、その恋を成就するのは、難しい。
恋は、盲目なんて私にはあり得ないことです。
やっぱり、自分の置かれた立場や先々の事が頭をよぎってしまう。

そして、いつも後悔ばかり。

でも、好きな人にまた、出会える偶然が訪れたら、今度は後悔せずに告白出来ると思いませんか?
そんな事を考えて、この小説が出来ました。
あり得ない事だと思うけど、人生は一寸先は闇だから、もしかしたら?なんて思ってます。

皆さんも素敵な恋愛を是非、沢山して下さい。

忘れられない人

合コンで出会って、一目惚れした人は、友達の彼女。 そんな彼女と二人だけの秘密。 その秘密が重荷で告白できなかった若い日の自分。 そんな私に今度こそ彼女に告白出来るチャンスが巡ってきた。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-02-06

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Copyrighted
  1. 告白できなかった人にまた、会えるとしたら、あなたはどうしますか?
  2. 第二章
  3. 第三章