青臭い短編23エニグマ

23¥

夕方の中央線快速は、まるで湿った犬の内臓みたいな色をしていた。俺はギターケースの代わりに、意味のわからない領収書とタバコとUSBオーディオインターフェースを詰め込んだビニール袋を抱えていた。三鷹。国分寺。立川。電車は都市を運んでいるんじゃない。失敗した人格のサンプルデータを圧縮して走っているだけだ。

「脳内を修理しろ」

そう駅前の選挙ポスターが言った。もちろん実際にはそんなこと書かれていない。だが、ポスターの中の政治家は、顔面の輪郭を少しずつ崩しながら、俺の耳の中へ直接しゃべっていた。

サラリーマンが咳をすると、白いノイズが空間に発生した。
そのノイズを俺は録音したかった。

家に帰ると母が鍋を火にかけていた。プロパンガス。青い炎。昭和のアパート。換気扇。湿気。テレビ。ニュースキャスター。全部が古いラジオドラマみたいだった。

「今日はどうだった」

「フェードインした」

母は頷いた。理解しているのかしていないのかわからない顔で。

夜になると、俺はReasonを起動した。
シーケンサー画面は都市計画図だった。
キックドラムを打ち込むたびに、新青梅街道の街灯が一本ずつ増殖していく。

Malström。Thor。Scream 4。
エフェクトを立ち上げるたびに、立川のモノレール車内で誰かが立小便を始める。

俺はノブを回した。

すると部屋の隅にいたゴキブリが突然しゃべった。

「お前はまだ肉体を信じている」

「うるせえ」

「精神病院のベランダでタバコを吸っていた頃から何も変わっちゃいない」

窓の外では、コンビニのネオンが紫色に点滅していた。
紫色は危険な色だ。
昔、拝島駅の近くで見たヤクザも紫色のネクタイをしていた。

俺は昔を思い出す。

手巻きダイヤル式の電話。
親父。
ウィスキー。
団地。
二段ベッド。
夕暮れ。
ファミコンの熱。
そして、どこにも行かなかった夏。

記憶はいつもバグっていた。

小学生の頃、学校帰りに見た電柱には、「森羅万象の快楽を知れ」とマジックで書かれていた気がする。いや違う。「消費税反対」だったかもしれない。どちらでも同じことだ。

深夜二時。

俺は自作のノイズトラックを書き出した。

タイトルは
『フェードインする埠頭』。

再生すると、犬の鳴き声みたいなシンセが鳴った。
続いて、救急車のサイレンを伸ばしたようなパッド。
その奥で、誰かが延々と咳をしている。

「これ売れるかな」

部屋の隅のゴキブリは答えなかった。

代わりに、古いテレビが突然ついた。

画面の中では、ウィリアム・S・バロウズがアナウンサー席に座っていた。
痩せた顔。ネクタイ。乾いた声。

「諸君、郊外はすでにドラッグである」

背後では立川の風景が燃えていた。
モノレールがゆっくり溶けていく。

「次のニュースです」

画面が切り替わる。

そこには子供の頃の俺が映っていた。

団地の階段に座り、ポテトチップスを食いながら、ただ遠くを見ていた。

何を見ていたのかは思い出せない。

たぶん未来だ

青臭い短編23エニグマ

青臭い短編23エニグマ

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-05-30

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