呪い


 この世のすべての人は生まれた瞬間に呪いにかかります。それは産声を上げ、助産師さんに抱かれたその日からかかります。いや、もっと言えば妊娠したその瞬間からかかっているのかも知れません。母体からへその緒を通して送られてくる栄養。生まれた後に口にする食べ物、着る服、眠るベッド、雨風をしのぐ建物。すべてに費用が掛かっています。そう、私達はお金という呪いに縛られるのです。

 望んでもいない、求めてもいない、ただ生まれたというだけで強制的にお金により手足を縛られるのです。ここまで自分のパソコンに打ち込んだところで私の手は止まった。「あ、今使っている電気もパソコンも費用が掛かっているな」呟きながらマグカップに残っていたコーヒーを飲み干す。なんとなく窓の外へ目を向ける。陽の光が差し込んでいた。「太陽は無料だな」温かい日差しを浴びながら数少ない呪いの対象外のものに気づいたとき、少し嬉しく感じて穏やかに微笑んだ。

 こんな卑屈なことを考えるようになったのは、私が三十路の年になった頃だった。部屋の窓を開けると高架鉄道が走っているのが見え「あれも金か・・・」と呟いた。あまりにも憂鬱な気分の休日だったので、外に散歩に出かけることにした。鉛のように重い体をゆっくりと動かし、衣服を着替えて、冷蔵庫の飲みかけのお茶のペットボトルを飲み干し、少し臭う黒のスニーカーを履いて、玄関を出た。街を行き交う人たちの衣服、バッグ、靴、走る車、今踏みしめているアスファルト、視界に入るもののほとんどにお金が掛かっている。掛かっていないものと言えば、先ほどの太陽、青い空、雲、空を飛ぶ鳥、野良猫、虫、草木くらいかとお金の掛からないものを数えるように視線をめぐらせていると、前を歩いている小学生の男の子が帽子を落とした。思わず拾ってしまい、声をかけて渡すと「ありがとうございます」と笑顔でお礼を言われた。そのとき気づいた。「あ、お金が掛からないものはここにもあったな・・・」遠ざかっていく小さな背中がなぜか私には明るく見えた気がした。

呪い

呪い

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-05-29

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