凍る心


 青年は恋を知りひ人を愛する喜びとその苦しさのなかでもがき苦しんだ。思いこがれる相手は青年のことを振り向いてくれはしない。まだ柔らかい、なんでも受け入れることのでこる心を持った少年時代に恋をしなかった青年は傷つくことを恐れ、一歩を踏み出せずに思いを寄せる女性が他の男と、さらに言えば友人と親しげにする様を見るだけで心は張り裂けそうで息が詰まった。
 青年は心が熱情を失い凍ってしまうのを恐れた、ようやく手にいれた人らしい感情、人を愛する温もりを失いたくはなかった、たとえ叶わぬ恋だとしても。終わりを見なければ未来へと進めはしない。そう自分に言い聞かせて青年は一歩を踏み出す。
 これはそんな恋に心を焦がしやがて心を凍らせた一人の青年の話。

 僕は故郷で過ごした18年間をあまり思い出したくはない。と言うのも裕福な暮らしが忘れられず、借金を重ねながらゆるりゆるりと壊れていった家族のなかで人形のように親や上の兄弟の命令を聞いて動くだけの人形のようだったからだ。
 面白いものを見れば笑うし、残酷な事件を聞けば憤った。だがそれはそうあるべきというテンプレート的な周りに合わせた生き方だった。悲しくても、感動しても涙は溢れず、笑っていても目だけはいつものままだと言われた。
 それでも友人はいたし、楽しいと思うことはあった。でもなにか自分の中には大きなものが欠けていると常日頃から思っていた。
 そんな僕も年を重ねる。高校に入った辺りから考えていたことを高校三年生になって動き始めた、それは大学進学と共に地元を離れ独り暮らしを始めることだった。
 もちろん親にも反対されたが意地で押し切り、祖父母から入学金を援助してもらい、高校入学の頃からバイトで貯めていた貯金を使うことで僕は上京し独り暮らしを始めた。

 都会で出会い、見るものはどれもきらめいていて、心を震わせた。そんな新しい環境の大学で僕は映画研究のサークルに入った。と言ってもそれぞれが好きな作品についてだらだらと語るだけのようなサークルだった、それでも楽しく夏にはキャンプをしたり、合宿をしてひたすら友人と語り合うようなこともした。そうして大学一回生はあっという間に過ぎ去った。そして僕が彼女に出会ったのは春。新一回生として入学し、僕らの映画研究サークルに入ってきた何名かの内の一人だった。
 最初は何人かいる一年生の内の一人くらいにしか思っていなかった。それほど積極的に会話をすることもなかった。しかし、彼女のことを複数のなか一人から、一人の後輩として認識して積極的に交流をもつようになった。
 それは夏休みに入ると同時に行った合宿の帰り際のことだった。ほとんどの部員が合宿が終わると同時に帰っていくなか、僕は学校にある合宿所の鍵締めをするために最後まで残っていた、他にも数名の部員が残っていたがそのなかに彼女も残っていた。
 合宿所の鍵を閉め、戸締まりの確認をするとき彼女は僕についてきていた、まったく会話をしないのは気まずいので彼女に質問をした、
「皆のところで待っていればいいのに、なんでわざわざこっちに来たの? 」
「私、タバコの臭いが苦手なんですよね。でもあそこから離れると一人になっちゃうし、そしたら先輩が鍵閉めいくって言うので、じゃあついて行こうかなと」
 彼女はそう言っていた。そこからはとりとめのない会話だが、彼女と二人きりであれほど話したのははじめてだった。話し方や考え方を聞いて、他のどこか軽い後輩とは違うことに気が付いて少し彼女のことを気に入った。もうひとつか彼女を意識するようになったのは僕が持っていたある本のことだ。全ての鍵を閉めたあと僕は鞄の中身を確認して忘れ物に気が付いた。
「ごめん、ちょっと忘れ物したみたい、僕の寝てた部屋寄るね」
 そう言うと彼女は軽く、いいですよ、やはり付いてきた。
 寝泊まりしていた部屋に行くとやはり忘れ物の本が置いてあった。新作が出る度に購入してあるお気に入りの作家の新刊だ。それを見た彼女は少し興奮したように食いついてきた。この事が転機とでも言うのだろうか。
「先輩、その作家さん好きなんですか!? 私も新刊出る度に買ってて、でもそれはまだ買えてなくて、どうでしたか? あっ言わなくていいです! 」
 実際のところ僕は突然テンションの上がった彼女に面食らった。それと同時にそんな風にリアクションが良い彼女のことを少し可愛いとも思ってしまった。なにより嬉しいのほ僕のお気に入り作家を知ってた上にファンだったことだった。

凍る心

凍る心

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-02-05

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