五月の晴れた日だった。昼を食べたら眠くなったのでいつもの散歩道を歩くことにした。池のある広い公園。その周りを歩くのが私は好きだ。
 向こうの方から人影。いつも会うおじいさん。おじいさんは亀を連れている。リードみたいに紐を伸ばして、亀の腹に巻いている。亀はそれなりに大きいし、よく動く。
 亀は子ども達に人気だから、普段は遠くから私は見ている。しかし今日は運よく子どもの姿はなく、近くまで寄ることができた。
 挨拶をすると、おじいさんは挨拶を返した。
 かわいいですね、と私が言うと、おじいさんはむうと唸った。
 どうして亀を散歩させているのですか。
 なぜって言ってもな、と要領を得ない返事が返ってきた。
 おじいさんはしばらく考えて、散歩してるんじゃないよ、と言った。
 散歩じゃないんですか?
 うん。これは、釣りをしているんだ。
 釣り? 
 亀は目をしばたたかせている。
 そう。釣り。
 言われてみれば、リードを釣り糸に見立て、亀を餌に見立てたら、釣りをしているように見えなくもない。歩きながら。
 何が釣れるんですか?
 おじいさんはまたむうと唸った。
 なんだろうね。釣れてみないと分からないけど、こうやってたら、亀を食べに向こうから何かがやってくるんじゃないかって気がするんだ。ザリガニ釣りみたいに。地球に餌を垂らせて。
 私は、おじいさんは彼なりのやり方で、何かを待っているのだと得心した。おじいさんは照れ隠しのように笑い、しみに覆い尽くされた皮膚に深い皺を寄せた。
 その次の日、簡単に作ったスープを食べながら亀のことを私は考えていた。頭に亀の姿を思い浮かべていると、私は、自分の身体がとても変な形をしているような気がしてきた。手の平を見つめていると、紙に書いた文字をじっと見ているとこの文字はこんなのだっけなと気持ち悪くなってくるように、私の手はどんどん崩れ始めた。どうして指は五本もあるのだろう。なぜ指の腹は丸いのだろう、柔らかいのだろう。関節がふたつあるのはどうして。
 私の部屋は305号室だ。3階で四番目の部屋なのに、四が不吉だから5号室なのだ。配達員は困らないのだろうか。人間の指が四本でも、指が分かれた靴下は五本指ソックスというのだろうか? 私は、おじいさんのように、亀を食べにやってくる地球の何かのことを想像してみた。もう二度とおじいさんには会えないのだと思った。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-05-11

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