空っぽの人生に、幸せの一滴

タイムリープ屋「Regretion」、堂々巡りのやり直し

 人には、苦い経験や思い出の一つや二つはあると思う。だから不平だとか不満だとか、そう言うことを言いたいんじゃない。けれど、俺のは人一倍不幸で、理不尽だと思う。
 思えばずっと、流されるがまま生きてきた人生だった。何かをすごくやりたい、ということも無く、周りに合わせたり、強いて言えばこれという選択肢を取り続けた。だけど、取り立てて不幸でもなかったから、そのまま生きていくと思ってた。でも、この姿勢が変わった瞬間がある。高校生の時のことだ。一年生の時に知り合い、仲良くなった女の子がいた。

 名前は、成戸(なりと)(めぐみ)。すらっとした長身で、大人びた落ち着きがある子だった。彼女の何が良かったとか、どこが好みだったとか言われても、上手く言葉にできないけど、とにかく、彼女と過ごす時間は楽しかった。彼女のことが好きだった。
 ただ、五年前の九月三十日。高校二年生の時、彼女は死んだ。帰り道の途中、誰かに殺されたという話だった。犯人は未だに見つかっていない。俺にとって、最も不幸な出来事だった。

 あの日以降、俺は抜け殻のように生きてきた。したいこと、やりたいものなど何も無くなり、なぜ自分が生きているのかもわからなくなった。ただ、死ぬと周囲が悲しむこともわかっているので、流されるように生きてきた。

 そんな心境で入った大学の勉学に身が入るわけもなく、授業に出る必要性が無いことから次第にテニスサークルの部室へと入り浸るようになった。サークルに入ったのは、同期生から強い勧誘を受けたからというだけで、テニスの経験も無ければ、興味もそれ程無かった。
 運が良かったことに、このサークルはいわゆる飲みサーであった。毎週のように飲み会を開いており、新入生の頃から参加した。飲んでいる間、飲まずとも雰囲気に飲まれている間は、不幸がどこかへいなくなる感じがしたからだ。ただ、酒を飲んでも幸せにはならなかった。それでも自分の感情や記憶を誤魔化すため、行けるものには全て参加した。そんな生活をし、留年すれすれで三年生となったところだ。



「おい、(たちばな)勇生(ゆうき)!」
 新歓の二次会が終わり、酔っている友人に声をかけられた。フルネームで呼ぶ辺り、相当飲んだと見える。
「ここで帰るなんて、しゃばい真似しねえよなぁ?」
 体をフラフラさせながら、俺の肩に手を置く。俺も酒が回っているようで、上手く振り払えず、彼に行き先を委ねた。

 やがて入った路地裏にて、白地に黒いアルファベットの看板を見つけた。「Regretion」、そう書かれていた。まだ新しい店なのか、やけに小綺麗な看板である。そのまま友人に肩を押され、暖簾をくぐってしまった。部屋の中はエスニックな雰囲気、というのだろうか。どこか民族的な、明るめでカラフルな壁紙が広がっている。看板とは対照的に、古臭いように感じた。

「やり直したいこと、ありませんか?」

 奥から声がした。よく見ると、三人組の男が立っている。左右の男はスーツ姿なのに対し、真ん中の男は緩めの白Tシャツを着ていた。厄介なことになる前に出ようと振り返る。呆れたことに、俺をここへと連れ込んだ友人は、道で横になっていた。しかも、すーぴーと寝息を立てていやがる。
「お連れの方、大変そうですね。少し休んではいかがでしょう?」
 スーツの男が友人の肩を持ち、ゆっくりと立たせる。友人は暖簾の内側へと連れられ、されるがままソファへと腰かけた。まだ目を閉じている。俺も男達に促され、その横に座った。対面する形で男達も座る。

「人生、やり直したいことってありますよね? うちではそういう人を、実際に過去に送ってしまうんです」
 スーツ男からの第一声が、これだった。これには酔いが回っているとはいえ、呆気取られて何も言えなくなった。
「厳密には、今のあなたの意識を過去のあなたに送ります。平たく言えば、タイムリープです。料金は要相談ですがね」
 白Tシャツの男がそう言った。続いて、スーツからの説明が長々と続く。何を言っていたのかは覚えていない。タイムリープ? 意識を過去に送る? バカバカしい。俺は友人と肩を組んで立ち上がり、その建物から出た。道中、なんとか友人を叩き起こして、その日は家に帰った。

 しかし、その後に俺を待っていたのは、退屈な日々だった。何の意味も無く、味気ない毎日。とうとう授業に出る気すら無くなり、今期全ての単位を落とした。そんな暮らしを送っていると、頭の中で「もし恵を助けられたら」という思いが膨らんでいく。ありもしない妄想が、あるはずのない希望が、支配圏を拡大していく。

 もし、今も恵が生きていたら?
 一緒に飲み会にいただろうか?
 いや、そもそも飲み会などではなく、もっと他のことが楽しかったかもしれない。授業やサークルも充実して、いつか行った遊園地にもう一度行ったかもしれない。
 そんな日々が、取り戻せるのかもしれない。
 そう思うと、金など重要ではないと思い始めてきた。

 夏のある日、俺はありったけの貯金を持っていき、あの路地裏へとやってきた。昼間に来ても、あの「Regretion」の看板はわかりやすかった。
「おや……数ヶ月ぶりでしょうか」
 暖簾をくぐると、あの日と変わらない三人の男が出迎えてくれた。

 俺は、自身の過去について話した。恵とのこと、恵が死んだこと、それからの大学生活のこと。そして、「恵が死ぬ前の高校生の頃にタイムリープしたい」と伝え、三人に頭を下げた。
「人の死の前後であれば送りやすいですね。戻る時期の設定もその程度でいいなら、安くしてもいいでしょう。五十万で請け負います」
 白Tシャツの男がそう言う。依頼料は五十万。今日持参してきた、ギリギリの額。その大部分は、母親が俺のために貯金していた、いざという時のためのお金だ。それでも迷いは無かった。
「お願いします」
 そう言い五十万を差し出すと、それを横からスーツの男が受け取る。そして、白Tシャツは俺を二階の部屋へと案内した。真っ暗な部屋の中に、フード男と二人きり。ふと冷静になり、危険な状況なんじゃないかと感じた。
「ここでタイムリープの儀式を行います。あなたは目を閉じて、私に全て委ねるだけでいい」
 俺は指示通り目を閉じた。彼の手が頭の上に置かれるのを感じた。特に変な感じも無く、ただ手を置かれているだけのようだ。
「しばらくすると、自然とあなたは目が覚める。その時、既に過去に飛んでいます」
 その言葉を信じ、俺はその場でずっと目を閉じていた。



 ピピピ、ピピピと、聞き慣れた音がする。頭上の時計を思い切り叩いた。目を覚まし、時計を覗くと、九月三十日の朝七時を指していた。俺は自室のような部屋にいた。直前まで何をしていたか思い出すと、すぐにカレンダーを見る。年は、五年前と記載されている。高校二年生の頃。恵が殺された事件の当日だった。

 あの頃と同じように朝食を摂り、制服を着て、いつもの道を歩いて登校する。高校までは家から歩いて三十分はかかる。恵は家の方向が違うため、もし会えても途中で合流ということになる。
 ふと、商店街を通ってみた。大学生になってからは通ることはなくなったから、気になったのだ。中へ入ると、帰りがけにコロッケを買った惣菜屋、一時期漫画を買い漁った書店に、二年前に潰れてしまったアクセサリーショップもある。懐かしさと同時に、思い出が色鮮やかに蘇る。そしてその全ての中に、恵がいた。そう思いながら、商店街を通り抜けた時。

「よっ!」
 女の子の声と同時に、肩を叩かれた。振り向くと、そこには恵の姿があった。
「珍しいじゃん、こっちから来るの」
 そう言ってニコッとする彼女を、思わず抱きしめてしまった。
「ちょっと!? なになに!? 離してよ!」
 俺の腕を振りほどくものの、顔を赤くして視線をそらす恵。彼女らしからぬ仕草と表情に、ドキッとしていまう。
「今のって……そういう、こと?」
 横目でこちらを見ながら、彼女が問いかける。俺は唇が震えて、すぐにはしゃべれなかった。
「会いたかった! ずっと、ずっと……!」
 そう言葉にした瞬間、視界が滲む。溢れる涙を抑えられない。
「ちょっと! なんで泣いてるの!? 今日変だよ、勇生?」
 変じゃない、と強がろうとしたが、言葉に出せなかった。

 その後は、あの頃の通りに進んだ。当時の雰囲気のまま進んでいく時間。全然真剣に聞かなかった先生達の授業、ノリが軽い同級生、冷凍食品のおかずが入った母の弁当、体育の後に飲む炭酸飲料。全てが懐かしく、愛おしい。唯一違ったのは、恵が俺に抱きしめられたことを、やたらいじってきたことくらいだ。

 やがて放課後の時間となった。俺も恵も卓球部に入っていたが、この日は部活動が無く、二人で遠い寄り道をすることになっていた。
 寄った先は、地元の遊園地。都心程栄えてないが、俺にとっては最高のデートスポットだった。コーヒーカップを回す恵、ジェットコースターで叫ぶ恵、お化け屋敷で俺の後ろに隠れる恵。無邪気にはしゃぐ彼女を見て、来て良かったとしみじみ思う。しかし、この後の帰り道、彼女が殺されてしまうことも、頭の片隅にずっとあった。
「もし、今日が人生最後の日だったら、これからどうする?」
 遊園地のベンチで休憩している間、気が抜けてしまい、俺は恵に聞いてしまった。
「最後の日? どういうこと?」
 首を傾げる彼女に、俺は例えを考える。
「例えば、今日の日をまたいだら、ひっそり死んでしまう。もし恵が、そんな病気だったら?」
 それを聞き、うーんと唸りながら考える恵。
「そもそも、その前提が嫌。だって、死ぬ時は、幸せな中で死にたいもん。だから、このまま勇生と日が暮れるまで一緒にいて、すっと死んじゃいたい」
「ええ? どうしてだよ?」
 突飛なことを言われ、反射的にそう返してしまった。
「そんなに変?」
「いや、まあ、いいや」
「えー、何その反応ー?」
 どうやら、少し機嫌を損ねてしまったようだ。

 遊園地で一時間ほど遊んだ後、夕焼け空になり、俺達は帰路に着いていた。そして、最後の分かれ道へと差し掛かった。
「家まで送るよ」
「ううん。大丈夫」
 あの日と同じやり取り。彼女が断ることも知っていた。
「いや、ゼッタイに家までついてく。それが男としての務めだ」
 おちゃらけた言い方でそう言うと、彼女もフフッと笑い、ゆっくり頷いた。
「じゃあ、手、つなご。家までさ」
 手を繋ぎながら、彼女の家へと歩いていく。彼女の手は暖かく、この時間はまさしく幸福だった。だが、警戒心を解かない。この間に必ず、犯人が現れる。
 実はこの道中、護身用に武器を持ってきていた。といっても、自宅の物ではない。朝の時間では十分に考える時間も、物を隠し持つ時間も無かった。そのため、学校の技術室から、トンカチをくすねた。いざという時は、これを投げて撃退しようと考えていた。手提げのサブバッグに入れておき、いつでも取り出せるようチャックを開けておく。

 日も暮れ、街灯の下を歩いている時。
「あれ!? 恵じゃーん!」
「あれ? 香子!? 久しぶりー!」
 狭い路地の向かいから、見覚えの無い女子高生が恵へと話しかけてきた。うちの学校の制服でもない。こいつが犯人か? 一応、トンカチを出せるよう警戒する。
「どもでーす! あ、もしかして恵の彼氏?!」
「え? うーん、まあそんなとこ」
 はぐらかさず言う恵。そう言われると実感が湧いてきて、恥ずかしくなるが、警戒は解かない。
「だ、誰? この子」
「香子。私の友達。中学時代の」
 俺は納得した。中学の友達なら、見覚えが無いわけだ。その後も二人は話していたが、これだけ仲が良い相手なら、殺されることはないだろう。そう思っていた時。

「きゃあ!?」

 突然、香子が叫び声を上げる。急に視界が真っ暗になり、気が付くと俺は横になっていた。そして、うっすら聞こえる叫び声と、駆け出していく香子。恵は尻餅をつき、逃げ損ねていた。だが、それを見ても体が全く動かず、なぜか心も平静だった。視界の端から現れたのは、黒いフードを被る男。怖がる恵にゆっくりと近づいていく。その左手にはトンカチを握っている。
「なんで!? どうして!?」
 恵がそう言った途端、男は右手でナイフを取り出し、彼女の首を掻っ切った。



 次の目を覚ますと、病院のベッドの上だった。頭がジクジクと痛む。日付は、十月一日。
 昨日、恵は死んだ。死因は首からの大量出血。あの黒フードがやったのだろう。俺はその近くで生き延びていたらしい。頭を強く打ったものの出血はなく、軽傷で済んだ。だが、今もフラッシュバックする。恵の首から、赤いものが噴き出そうになる、あの瞬間。瞼を閉じると、勝手に目の前へと映し出される。それが怖くて、病院にいる間は一睡もできなかった。

 一日で退院した俺は、元の生活に戻らざる得なかった。二日間は登校し、ただ落ち込んだだけの学生を演じた。その裏で、自宅での親の動きを観察し、家中を探索した。「Regretion」のことを思い出したからだ。
 彼にタイムリープをお願いするためには、お金が必要だ。その額は五十万。お小遣いや貯金箱でどうにかなる額ではないし、親がポンと渡してくれる額でもない。そのため、銀行の通帳の在り処を知りたかった。運のいいことに、すぐにその場所がわかった。深夜、通帳の中を確認すると、俺の名義の口座で二十万以上は残高があった。翌日、学校を無断欠席し、通帳を持ってATMへと行った。そして、お金を全額引き下ろし、「Regretion」へと向かった。

「タイムリープをさせてください」
 暖簾をくぐると同時に、俺はそう言った。
「過去に……あるいは未来に、ここを利用したお客さんですね。どうぞ」
 白Tシャツに案内されたソファで、俺は経緯を詳細に話した。今は有り金が二十万しかないことも伝えた上で、再度タイムリープをお願いした。
「何度もリープするのはリスクがあります。それでも、やりますか?」
 俺は迷いなくうなずく。恵を救えるなら、リスクでもなんでも大歓迎だ。ありがたいことに、三人は俺の事情を汲んでくれて、依頼料を二十万で儀式を行ってくれた。




 目を覚ますと、再び九月三十日の七時。また同じ生活が始まった。だが、一度ダメだった以上、学校生活を楽しむほどの余裕も無い。
 一度目は不意打ちを喰らったため、トンカチでは迎撃できなかった。それどころか、犯人もトンカチを持っていた。いや、あのトンカチは恐らく、俺が持ち出した物だろう。サブバッグのチャックを大きく開けていたから、盗られた可能性も十二分にある。武器を持てばいいというものでもない。
 授業中、休み時間、ずっと策を練る。友達との会話など、応答はするものの、上の空で返事した。

「どうしたの? なんか元気ない?」
 昼休み、弁当を食べている途中で恵に話しかけられる。彼女は、心配そうに俺を見つめる。
「大丈夫だって! 元気元気!」
「ふーん……」
 疲れからか、オーバーにリアクションしてしまった。そのせいで、彼女からはかえって訝しまれそうだ。

 放課後まで考えた末、俺は自力での反撃ではなく、帰り道そのものを変える方法を思いついた。夜道を歩いているところで殺されてしまうのなら、恵が自分の家に泊まるように仕向ければいいのでは?

「急に何? なんで勇生の家に?」
 帰り際、恵に伝えたところ首を傾げられた。
「なんでもいいだろ、訳ありなんだ! 頼む!」
 俺が必死に懇願すると、恵は折れたのか、スマホをいじり始めた。
「うちの両親がOK出したらいいけど、ダメだったら諦めて」
 俺は頷くしかなかった。恵はしばらくスマホ越しで話をし、通話を切ってポケットへとしまう。
「七時までには帰るようにって」
「七時!? それじゃあダメだ!」
「なんでよ?」
 疑問を投げかけられて、俺は困った。殺されるからなんて言っても、絶対に信じてもらえない。
「じゃあ真っ直ぐ帰ろう。お互い家は遠いわけだし」
「はあ? 今日は勇生が一緒に帰ろうって言い出したんじゃん」
「いいから! 今日はそうするぞ!」

 その日、お互いに真っ直ぐ家に帰ったはずだった。三時に学校を出たので、日が傾く前に恵は家に着いている計算だ。しかし、結果は変わらなかった。彼女はまた殺された。家の近くの路地で、切り付けられたことによる大量出血。買い物を任された道中だったようだ。

 俺は再び「Regretion」を訪れ、タイムリープした。時間が戻ることで、お金は毎回復活する。家で自分の通帳を盗み出し、口座から引き落とす。代金は問題なく払えた。




 三度目、俺は恵にずっと家にいるよう頼んだ。
「なんでよ? なんか勇生、変だよ?」
「訳ありなんだ! 頼む、この通り!」
 土下座までしたが、今度は恵も聞かなかった。
「他人を束縛しようとする人、嫌い。勇生がそんな人とは思わなかった」
 恵は立ち去ろうとする。俺は彼女にしがみつくも、あっさり振り払われてしまった。その後色々語り掛けたが、彼女は無視して行ってしまった。

 彼女が見えなくなった後、俺は一人で帰った。逆にチャンスだと思った。すぐに家に帰って服を軽くし、再度家を出た。そして、彼女が普段通っているであろう道を全速力で走り、彼女の家までたどり着いた。そして、彼女が出てくるのを待った。

 日が暮れる直前に、彼女は買い物に出た。徒歩五分ほどのスーパーへ入り、野菜などをたくさん買っていた。店を出る頃には、辺りは真っ暗になっていた。恐らく、二度目同様の行動だ。俺は彼女を見逃さないよう、しかし気付かれないよう、こっそり跡をつけた。

 前に香子と出会った地点を通りかかった時、フードを被った人物が現れた。一度目同様、恵は腰を抜かす。しかし、あの時とは決定的に違うことがある。それは、俺が自由に動けること。ナイフを取り出そうとした瞬間、俺はフードに飛び込み、抑え込んだ。思いの外簡単にできてしまった。フードが深すぎて顔は一切見えなかったが、マウントポジションを取り、ひたすら頭を殴った。やがて男は動かなくなった。
「大丈夫か、恵?」
 そう言って声をかけるも、彼女はまだ怯えたままだった。
「勇生……なの?」
「そうだ、俺だ! もうお前を殺そうとする奴はいない!」
 安心と喜びで、声が大きくなる。一方、恵はまだ怯えている。
「じゃあ、その人、誰……?」
 恵が恐る恐る指をさす。なぜだ? 君を襲った犯人はもう気絶した。君を脅かす者はいない。なのになぜ、そんな反応を? 俺は戸惑いつつ、倒れた男のフードを剥がすと、そこには何も無かった。ただの空気。あるべきものは何も無い、空洞。顔が無い人間?
「きゃあぁぁぁっ!?」
 それを見た恵が怯え、走り出す。止めようと思ったが、あっという間に姿が見えなくなってしまった。その場で立ち尽くしていると、不意に肩を叩かれた。振り返ると、そこにいたのは黒いフードを深く被った人物。俺が殴った男は足元で倒れたまま。犯人は、二人いた? それとも、一人目はダミー? 混乱している隙に急接近され、首を絞め上げられた。

 気が付くと、また病院のベッド上だった。恵は、またしても大量出血で死んでいた。現場近くには、犯人のものと思しき黒いフリースとズボンが残っていたものの、詳細は何もわかっていない。犯人は一人じゃない。そう確信した俺は、退院後すぐに「Regretion」へと向かった。



 再び目を覚ます。九月三十日の七時。もうなりふり構っていられなくない。俺は学校を行くフリをして無断欠席、その足でホームセンターに行った。そして、できるだけ刃渡りの長いナイフを買った。刺し違えてでも犯人を殺すと決めた。というか、すぐに殺して動かないと、二人は防げない。そして、できるだけ目立たない服装で恵の跡をつける。こちらから一人目には不意打ちを仕掛け、二人目を迎撃する。それしかない。

 その後は三度目のリープと同じ動きを取り、同じ展開を迎えた。夜道の中、一人目のフードが恵へと歩みを進める。その後ろから素早く近づき、俺はそいつの首元を切った。ナイフの感触が確かにあり、一人目は血を流しながらその場に倒れた。そして、恵が腰を抜かしている間に、二人目を探す。隠れられそうな場所は、ブロック塀の隙間しかない。隙間の手前で止まり、拾った小石を投げ入れる。カツンと音がした直後、二人目がナイフを振りながら飛び出してきた。振り切ったところへ飛びつき、馬乗りになった。そのままフードを剥ぐと、やはり空洞。剥がしたと同時に、二人目の動きが止まった。
「きゃあっ!?」
 しかし、恵の悲鳴は止まない。三人目だ。同じ服装の人物。想定はしていた。俺は全速力で駆け出し、勢いのままそいつをナイフで一突きする。そいつは血を流しながら倒れた。そのフードの中は、やはり空洞。俺は立ち上がり、しばらく辺りを見回す。しかし、何かが現れる気配は無い。

 今度こそ、やった!

 そう喜びを感じたのも束の間、恵はまた悲鳴を挙げる。
「恵、大丈夫だ! もう、お前を殺す奴はいない!」
 俺がそう言っても、彼女は叫び、駆け足で去っていった。なぜだ? なぜ、逃げていくんだ? 訳もわからず、けれどどうしようもない状況に、体中の力が抜けていく。なんとか歩いて家に帰ると、そのまま自室のベッドへ飛び込んだ。家族から何か言われた気もするが、気にせず寝た。ようやく守れたんだという安心感から、すぐに寝付けたと思う。

 翌日、ワクワクしながら学校に行く。周りの人間は特に変わった様子は無かった。ただ、朝礼の時間になった時、俺の希望は木っ端微塵に打ち砕かれた。
 先生から恵が死んだということを聞いた。自宅近くで何者かに首を切られたという。

 また、守れなかった。俺は再び「Regretion」へと向かった。


 俺は、もう一度、さらにもう一度と、タイムリープを繰り返した。犯人と思しき人物を撃退していった。タイムリープをしていく度に、その人物の人数がどんどん増えていく。五人、六人、七人……それ以上はもう数えていないが、全員殺している。頭の無い殺人鬼を、何度も、何度も。しかし、どれだけやっても恵は俺から逃げていき、翌日になると死の知らせが入ってくる。俺はどうすればいいかわからず、でもやめることもできず、ただただナイフでフードを刺し続けた。

最後のリープ、死と後悔は回帰しない

 どれくらい経ってからか。俺が「Regretion」へと着いた後、スーツの男から言葉をかけられた。
「お客様、もう人間の顔をしてないですね。何をしにここへ来ました?」
 いつもと違う反応に固まるが、内容を理解した俺は呆れた。
「なにって、犯人を止めるんだ。じゃないと恵が死んでしまう。最初に言ったじゃないか」
 そこまで伝えた時、俺は思い出した。目の前にいる彼らは、最初に会った時の彼らではない。俺と違い、記憶は無いのだ。だから、俺が言ったことなど覚えていなくて当然だ。しかし、彼らはそんなことには反応せず、妙な顔色のまま考え込んでいた。
「次のリープの前に、少し話をさせてくれ。あんたのことを聞きたい」
 急に砕けた口調になった白Tシャツ。彼に誘導されるまま、俺はソファに腰掛けた。

「なるほど。何度やっても犯人が大量に出てきて、その恵ちゃんが殺されちゃうわけね」
 俺がこれまでの経緯を話すと、しばらく眉間にしわを寄せていた彼の顔がほぐれ、ニヤリと笑った。

「あんた、霊魂って信じているか?」
 唐突な質問に、驚き、なんとか答えを考える。
「本気で信じてはない、と思う」
「そうか。だが結論から言うと、存在はする。この三次元世界にではないけどね」
 三次元世界? 突然出てきた変な言葉に、俺は先の展開が少し読めた。
「俺のタイムリープは、厳密には次元、世界の移動だ。時間の流れが少しずつズレている複数の世界、並行世界が、同時に存在し再生されている。タイムリープはその世界の間を、意識だけが移動するのさ」
 俺が必死に考えて理解しようとしているというのに、白Tシャツは気にせず説明を続ける。
「俺のやっていることは二つ。あんたの意識を動かすことと、それぞれの世界の出入り口を開けることだ。すると、開いた出入り口から三次元世界、俺達の認識する物体の世界へと、入ろうとする奴がいるんだ。わかるか?」
 彼はこちらを、ニヤニヤしながら見つめてくる。
「それが、霊魂?」
「その通り!」
 急に彼は指パッチンをし、立ち上がった。
「奴らは物体を持てず、三次元世界から爪弾きにされ、世界の間を漂っている。奴らの一部は、生みの親が三次元世界なのさ。だから戻りたい欲がある。だが、一つ一つの霊魂では力が足りずに入り込めない。だからこそ、複数の霊魂が一つの集合体となって、三次元世界に干渉しようとする。干渉後に力が残っていると、霊魂が肉体、物体へと還元される。一人の人間として実体化するってこともあり得るのさ」
 盛り上がる彼に対し、俺はまだピンと来なかった。
「俺の能力はその世界の出入口を開ける。つまり、タイムリープをしている間、霊魂は三次元世界に入ってきやすい状況なんだ。そして、同じ時間帯でのリープを繰り返すと、奴らもいつ出入り口が開きやすいか気付いて、入ろうとする奴が増える。これがどういうことか、わかるかな?」
「俺がタイムリープを繰り返したせいで、顔の無い犯人が増えていた?」
「そういうことだ」
 理解半分で答えたら当たった。それなら最初からそう言って欲しかった。そんなことを考えていると、彼の顔つきが急に引き締まる。
「今は犯人としての姿を再現しているが、恐らく親となる人間と同じ姿になり、やがて時間移動中のあんたの体を乗っ取るだろう」
「俺の体を、乗っ取る!?」
 初めて聞くことに、思わず声を上げてしまった。だが思い返すと、タイムリープに対してリスクがあると忠告されていた。そのリスクが、このことだったのだろう。
「この期間でリープを繰り返すなら、二十回が限度だ。それ以上はあんたが死ぬ危険度がグッと上がる。当然だが、一度でも死ねばやり直しはできない。今の回数は?」
 記憶をたどり、リープした回数を数える。十六、十七、十八……。
「…………十九回」
 渋々そう答える。
「あんた、机に手を出してくれ」
 彼の指示通りに右手を差し出すと、彼は俺の手を両手でガッシリ掴んだ。その手は大きく、温かい。なんだか、その感覚でホッとした。
「次が最後だ。それでも、やるかい?」
 俺は、彼の手を握り返す。そして緩やかにその手を解き、膝の上に戻した。
「ありがとう。でも……」
 バッグから札束を取り出し、机に置く。
「二十万を出します。これが最後の依頼です」
 俺の返事に、彼はどこか物寂しそうに眉を曲げたが、すぐに手をパチンと鳴らした。
「OK! 金さえもらえれば、何でも請け負うさ。お客様のお望みのままに」



 かくして最後の挑戦、二十回目のリープが始まった。俺の人生、二十一回目の九月三十日。
 しかしタイムリープしたとは言え、解決策やプランがあるわけではない。恐らく、ただ犯人を殺すだけでは解決しない。彼らは霊魂、いわば怪奇現象なのだ。もっと根本の解決策が無いといけない気がした。何をどうするのか、学校生活を送りながら考えることにした。安心できる環境の中に身を置けば、自ずと答えが見える気がして。
 いや、本当は、これが最後になっても後悔しないよう、楽しんでおきたかったんだ。何気ない日常、何気ない会話。何度も繰り返すうちに軽視し、避けた何気ない出来事。そんな場面をも、俺は楽しむことをした。充実感があった。だが、策がまだあるわけではない。

 ふと、国語の授業で読み進めていた、小説に意識が向いた。その小説は昔読んだことがあって、授業を聞いていた時には既に展開を全部知っていた。故に、なんの興味も持てず寝かけていた。だが、その小説の内容こそ、今俺が置かれている状況に近い。
 その小説は、死んでしまい記憶を失った魂が、別の死にかけている少年の体に入り、自分の正体を思い出せば生き返らせてもらえる、という内容だ。
 これが、今の俺とものすごく似ている。違っていることは、記憶を持った意識ごと、別時間、もとい別世界の肉体へとワープしているということ。こうして思い返していると、とある疑問が浮かぶ。

 タイムリープ先の世界にあった、元の俺の意識はどうなる?

 小説とは違い、リープ先の俺は生きている。それなら、意識も生きているはずなのに、リープ後は今の俺の意識が肉体にある。
 このことは、本当なら白シャツに聞いておくべきだっただろう。だが俺の中には、確信があった。今から「Regretion」に行く必要は無い。そして、策を弄する必要も無い。最低限のことだけして、後は本番を迎えればいい。

「先生! ありがとうございます! おかげで、恵を救えます!」
 国語の授業後、俺は先生にお礼を言った。先生はキョトンとしていたが、気にせず俺は技術室へ向かった。



 そして放課後。俺は久しぶりに、恵と一緒に遊園地へと行った。リープ二回目以降は、ずっと遊園地に行っていなかった。日数にすれば一、二ヶ月ぶりくらいのデート。とても懐かしく、感慨深く感じた。彼女のはしゃぎ様も、声も、仕草も、全てが初々しく感じた。ここに来て再び、二週目の人生を楽しんでいるような気分になれた。
「もし、今日が人生最後の日だったら、これからどうする?」
 遊園地のベンチで、俺は恵に問う。
「最後の日?」
「今日の日をまたいだら、ひっそり死んでしまう。もし恵が、そんな病気だったら?」
 それを聞き、うーんと唸りながら考える恵。
「そもそも、その前提が嫌。だって、死ぬ時は、幸せな中で死にたいもん。だから、このまま勇生と日が暮れるまで一緒にいて、すっと死んじゃいたい」
 一度目に聞いたのと、同じ答え。予定調和だ。だがこの答えの意味が、今ならわかる。これを聞けたことで、俺は決心がついた。
「ありがとう、恵。おかげで決心がついた」
「ええ? なんの決心がつくわけ?」
「それは、明日になったら教えるさ」
 彼女は戸惑っていたが、俺の胸の中は満たされた。

 やがて、いつもの分かれ道まで来る。
「家まで送るよ」
「ううん。大丈夫」
 今回は俺も引き下がらず、大人しく帰ることにした。人生一週目の時も、こんな会話を交わした。
「また明日ね、勇生。なんの決心だったのか、ちゃんと教えてよ?」
「ああ、教えるって。じゃあまた、明日」
 恵は自分の家路を、手を振りながら進んでいく。俺は彼女が前を向くまで、手を振り返した。嘘をつき通すのが心苦しかったが、そのまま恵と反対側へと進んだ。だが、ここから俺は家に帰らず、回り道しながらあの地点に向かった。一度目に香子と会った、あの場所だ。日が暮れるまで時間は無い。走って、走って、全速力で向かった。走って行った結果、思いの外早めに着いてしまった。恵よりも先回りできたようだ。だが、俺はそこからさらに奥へと進む。ゆっくり、辺りを見回しながら。そうして恵の家まで歩いていこうとした。
 途中、ブロック塀の隙間の前を通り過ぎようとした時、横からナイフ飛び出してきた。間一髪で避け、すぐに距離を取る。すると塀の影から出てきたのは、何度も対峙してきたフードを被った男だった。今までと違い、フードの中に顔がある。
「恵を殺した犯人、ようやくわかったぜ」
 俺はそいつに聞こえるように言ってやった。

「俺だ。お前は」

 俺がそう言うと、男はこちらを振り向き、フードを脱ぐ。そこには家で見慣れた顔があった。もう一人の俺、それが犯人の正体。
 俺の意識がリープする時、リープ先の世界に元々あった俺の意識は、俺の肉体から追い出される。その意識は三次元世界から外に出て霊魂になる。少なくとも俺は二十人の俺を、肉体から追い出したことになる。それらが現実に干渉してきたのが、今までの犯人。
「霊魂の数が増えていった結果、肉体を構築できるようになり、一つの怨念人間として現れた。それが今のお前だ」
 白Tシャツが言っていた、『親となる人間と同じ姿になる』という言葉。今まさしく、同じ姿の人間として、目の前に現れている。だから毎回、俺は殺さなかったんだ。しかし、こいつは俺を殺したかったはず。なぜなら……。
「怨念人間ではない。俺は橘勇生だ」
「人間は、自分が本物だって主張しないぜ?」
 俺の言葉に、もう一人の俺は声を荒げる。
「恵と共に生きるために、邪魔なヤツを全て排除しなければならない。お前の存在も、もう必要無い!」
 そう言いながら、もう一人の俺はナイフの刃先を向けてくる。
「それが俺とお前の分岐点だ。俺はただの人間だった。それ以上でも以下でもない」
 恵が好きだった俺は、学校で共に生活していた俺。隣で歩き、話し、時に笑い合った俺。だから、最初から彼女を振り向かせる必要も、引き止める必要もない。足りなかったものは、失われるかどうかなどで考えず、そこにある幸せを享受すること。失われる物ばかり見ていると、目の前にある幸せに気付かなくなる。二十回目のリープの末、ようやくわかったことだ。
「だが! 恵が死ねば! それも全て意味をなさない!」
 どうやら、俺の発言が彼を逆上させてしまったようだ。そう言いながらも恵を殺し、タイムリープを強要してきたのはお前達だろうに。
「身から出た錆だが、生かしておくわけにはいかない!」
 俺がトンカチを取り出そうと動くと、もう一人の俺は急接近しナイフを振ってきた。その動きは全てわかった。無意識に体が、脳が覚えている。四度目以降、自分が振っていたナイフの振り筋。次は首元を、次は背中を、その次は太腿を切りつけてくる。荷物を放り、俺は相手のナイフを次々に避けた。そして今度は、真っ直ぐ胸元へとナイフを突き刺そうとしてくる。
「ここだ!」
 ナイフに対し、平手を払う。思いつきだったが、上手くいった。相手はよろめいたが、すぐに逆手に持ち替えて上から振り下ろしてくる。俺は一歩下がり、ナイフが通り抜けたのと同時に押してやった。すると、ナイフは相手の横っ腹に刺さった。
「ぐあっ!?」
 しかし、相手はすぐに引き抜き、こちらの顔を目掛けて突いてきた。間一髪で避けることができたが、そのまま振り下ろされたせいで、首を切られたらしい。熱い。一気に頭がふらつく。バランスを崩したようで、膝が地面に着く。指先から懐かしい布の感触を感じる。サブバッグ。
「そのまま死ね!」
 顔を刺そうとするもう一人の俺。その一瞬に、全ての力を振り絞った。
「お互いになぁ!!」
 思い切り叫びながら、右手を振り抜く。土壇場で取り出したトンカチが、相手の頭に命中し、かち割ったことだろう。固い衝撃があった。ただ、同時に俺の頭へもナイフが刺さったようだ。体中が脱力し、勝手に横たえた。視界がぼやける。過去味わったこと無い致命傷。恐らく俺は助からない。感覚が消えていく。



「…………き、ゆうき!」
 うっすら声が聞こえる。確かに聞こえる。覚えている。彼女だ。恵が、きっとそこにいる。ふと、視界が赤く光って見えた。その手前に、影になって、彼女がある。
「どうしたの!? しっかりして! ゆうき!!」
 肩を揺さぶられたのか。彼女の顔がほんの一瞬、はっきり映った。取り乱し、泣きわめく彼女。顔をぐしゃぐしゃにして、ありったけの涙を出していたその光景が、ずっと、ずっと、脳に残っている。それを見て、申し訳ないけど、俺は幸せになった。

 これだ。
 俺は、恵のために、死にたかった。
 恵を助けた瞬間に、恵の無事を確かめた瞬間に、死にたかったんだ。
 痛みもない。体の感覚も。だが、なんとなく物静かで、暖かくて、心地良い。これで、心残りは一切無い人生になった。
 身勝手だけど、ありがとう、恵。そう心の中で唱えると、目の前から光が消えた。



―――――――――



『先日○○市内において、男子高校生と成人男性の、三人の遺体が発見されました。警察によると、男性は刃物で腹部を刺されたものと見られており、男子生徒二人は頭部を損傷、うち一人の身元は判明しておりません』
 職場のテレビから、ニュースの音声が聞こえる。隣町で物騒な事件が起きたらしい。
「三人分の死体、ね。通り魔がいたのか、あるいは互いに殺し合ったのか」
「お前のせいかもしれねえっつうのに、呑気なもんだ。少しは手伝えよ」
 俺は正利の白Tシャツを引っ張る。正利も渋々動き始めた。
「売り渡し先との交渉、終わりましたぁ!」
 突然、出先に言ってた山崎が帰ってきた。スーツを着崩している。今朝飛び出してから、日が暮れるまで出歩いていたようだ。
「お疲れちゃん。残りは二人分だな」
「まだあんだよな~。ホント、儲かるのも悪くないっすけど、大変っすね~」
 口調も砕けている。疲れているからか、完全にオフモードのようだ。
「おかえり。今日は客が来なかったよ」
「マジっすか!? 良かったぁ。正利さん、しばらく休んどいてください! 俺も休みたいんで!」
 山崎の喜びようを見て、正利もははっと笑う。
 
 神田正利。職場でも白いTシャツを着ている変な奴だ。だが、俺はこいつのおかげで商売できている。こいつは手で触れている人間をタイムリープさせることができるからだ。かくいう俺も、そのタイムリープを一度経験している。そして俺と山崎は、その超能力を使ったビジネスに加わっている。いわば、正利のマネージャーみたいなものだ。と言っても、この店は表向きには雑貨屋で通しているが。

「Regretionはしばらく休み! もう仕事したくねえ!!」
「まだ在庫があるって言っただろ」
「それはもう先輩やっといてください! 俺はもう帰ります! おつかれしたー!」
 帰ろうとする山崎の襟を掴み、書類を渡す。
「帰る前に、荷物整理に協力しろ」
「ええ~、正利さぁ~ん」
 正利は、山崎に微笑み返すだけだった。山崎も肩を落としながら、在庫商品を箱から取り出す。俺も商品を移動し陳列した。
 ふと、レジの上に置いてある紙が目に付いた。何かと思って見てみると、タイムリープについて客に説明する時の台本だった。俺か山崎が置きっぱなしにしてたのだろう。たまにある。なんとなく拾い上げて、文を読んでみる。
「正利。気になったんだけどよ」
 俺の声に、正利は顔を向ける。
「なんでタイムリープに回数制限を付けないんだ? 上限超えた奴は、生還できねえことはわかった上で送り出してんだろ?」
 その質問を聞き、正利はニヤッと笑みを浮かべた。
「タイムリープする人の大半は、一回のやり直しで目的を果たせない。再びここに来るリピーターになるわけだ。上限数を超えても、ここの記憶を保って、またリープしようとする。すると、どの世界の俺も金が稼げるってわけ」
「なるほど。並行世界の自分の収益目当てとはな。どこまでも金を稼ぐことしか考えてねえのか」
「いや、それだけじゃない。俺はあくまで傍観者なのさ。人の生死とか命運とか、そういうものには関わらない。ただ、客に俺の力を分け与えているに過ぎない。能力を報酬に変換する、それが仕事でしょ?」
 正利の顔が終始ニヤニヤしている。どうやら、彼の饒舌を煽ってしまったようだ。
「それに、人の死っていうのは、それだけで集客力があるのさ。その原因がなんであれ、ね」

 そう言った直後、誰かが暖簾をくぐり入ってきた。肩で息をしている。服装からして、女子高生のようだ。
「初めまして、お嬢さん。やり直したいこと、ありませんか?」
 正利が聞くと、女子高生は答えた。


「タイムリープさせてください。勇生が死ぬ前まで」

空っぽの人生に、幸せの一滴

空っぽの人生に、幸せの一滴

好きな人を亡くしたら、あなたはやり直しますか? 惰性で生き続ける人生。 もしやり直せるとしたら、やり直しますか? やり直した先で、好きな人を守れるかわからなくても? そのために、別の誰かを殺すことになっても? そのために、好きな人を殺すことになっても? やり直さない方が、幸せに生きることができたとしても? その欲望の代償は、自分自身。 これは全てを投げだした青年、橘勇生がタイムリープと出会った不幸と、幸運の物語。 ※ほんの少し、出血表現があります。 ※本作はpixivを始め、カクヨム、エブリスタ、Solispiaなど、他サイトでも投稿を行っております。

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  • SF
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更新日
登録日
2026-05-02

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  1. タイムリープ屋「Regretion」、堂々巡りのやり直し
  2. 最後のリープ、死と後悔は回帰しない