恋した瞬間、世界が終わる 第100話「Hurt」
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燐光はその青い眼を際立たせるように後光を放っていた
その後光は彼の身をしっかりと包んでいたが
神殿には赤い星という不気味さがもうその背後まで迫っていた
【消え入る前のなんとやら、と言うやつね】
サッフォーは青い眼の姿を見て呟いた
そのからかいの悪意とは反対の方から思いやりの声を真知子は上げた
「GI……いえ、青い眼の人
あなたのその青白い光
それはいつかわたしも見たことがある気がするの
でも、それって……
青い眼は、真知子の遠景にあるものを見ている視線の先に首を横に振った
「サッフォー、お前は何もできずに終わるだろう」
青い眼は、赤い眼の方を指差し、サッフォーの視線を向かわせた
赤い眼の身体には、燐光が浮かんでいた
「青い眼よ……僕を道連れにする気だろうか。だとしても、僕たちが消えたとて、サッフォー様を止めることにはならないんだよ。君の先ほどの立ち上がりは、徒労に終わる。よくよく周りを見てごらんよ、世界を覆った蔦は伸び切り、巻きつくようにそれぞれの現象を支配している。全ては手遅れなんだ」
赤い眼は、祭壇上のリリアナを指差し、青い眼の視線を向かわせた
ーー祭壇上のリリアナは、再帰性を失ったまま、ただただ、満たされることのない渇きを身に集合させて、その身で撹拌(かくはん)させられていた
【そうよ、GI。あとは、“あれ”に私が乗るだけ】
サッフォーは、身に纏っていた衣服を脱ぎ始めたーー
ーー徐々に顕になってゆくその艶かしさ“ココ”でもあるその身体。しかし、ココの姿を思い重ねて観る事は、サッフォーという存在の強烈さが溢れ出ており、誰の身でもあるかで心を痛める事は飛んで、威容で豊満な胸として、その乳房は尖り、人をそそのかす興奮の色を見せ、神殿の床、神殿の柱と柱、神殿の空間、辺り一体に、心の隙間を喰おうとする乳香を蜜のように湿らせ滲ませた。そして、祭壇上のリリアナを指の先で誘い寝かし、仰向けにさせたあとで身体を重ね合わせ、その肉体を味わうように撫でてから、金色のドレスを脱がせ始めた
ーー赤い眼は魅了されたまま興奮を隠しきれなかった
「サッフォー様は、これで結合し、賢者の石となる!」
紅(くれない)の衣に
身をつつしんで
天空より舞い降り来るエロースを
「ああ、なんと美しいサッフォー様!!」
エロースは
わたしたちに苦しみを与えるもの
(※水掛良彦氏の訳に漢字を当てています)
「あの娘の身体で……許せない!!」
真知子は祭壇上へと駆け寄ろうとするも、仮面を被った男がその動きを見逃さなかった。
すかさず間に入ったあと、その身を取り押さえられ自由を奪われた。
「何なの!? このっ!!」
仮面の男は真知子のじたばたと足やら腕やらを動かそうとする抵抗を大人と子供の差以上の強い力で、真知子を拘束した
僕たちは、祭壇上の淫らな姿を魅せつけられるだけだったーー
「サッフォーを止めることはもう……」
僕は青い眼の淡い光に縋(すが)るしかなかった
「あなたには、その手段があるはずです」
青い眼はその縋る気持ちを却って僕自身へと振った
「僕にあるって言うのかい? 一体、何を?」
「これは驚いた、青い眼よ
その男に何ができるって言うんだい?」
赤い眼の嘲笑が神殿の柱と柱の間をすり抜けていったーーそれは僕の人生を全否定するように囁き声となってーー心の不安定さを強く、強く、拡大させた
「彼の今の無力で無様な姿が見えていないのか?
それに僕たち自身がよく知っているじゃないか
彼がこれまでどれほどの選択ミスをして
その都度に僕たちがその尻拭いをして
やり直すための力を与えてきたのかを」
「それは違うよ、赤い眼」
青い眼はそれを肯定しなかった
【GI、あなた何をしたの】
サッフォーの表情が曇った
「サッフォー様、どうなされたのですか?」
赤い眼は、自身の主の不機嫌さを聞き取り、すかさず声を上げた
【このわたしの身体に何をしたの】
サッフォーは青い眼を怒りに満ちた眼で厳しく威嚇した
その刹那、サッフォーは瞬時にリリアナと重ね合わせた肉体を離し、祭壇上から身を引いた
【何? この匂い!?】
サッフォーはリリアナの下着の奥を弄ったーー
【この花!! わたしが最も、嫌いな匂い!!!!】
サッフォーは祭壇の下で身をくねらせ、痒みや痛みを感じているのか、身体を掻きむしり、痙攣のような発作を起こしていた
「サッフォーさまあああ!!!」
赤い眼はその姿を見て駆け寄るも、サッフォーに跳ね飛ばされてしまう
「あの花びらは……」
痙攣するサッフォーの床には、一枚の花びら落ちていた
「あの花の!」
僕はポケットからハンカチに包まれた一輪の花を取り出して見た
よくよく見ると、花びらの枚数が足りないことに気がついた。
リリアナはあの花の花びらを少し身に忍ばせていたようだ。
「早川真知子」
「なに!?」
青い眼は、より淡い燐光に包まれた身で、真知子に話しかけた
「早川……真知子」
「どうしたの?」
青い眼は何か伝えなければならないことをどう伝えて良いのか迷っているように見えた
「君には、妹がいる」
「妹? いないわよ」
「いや、いるんだ」
青い眼はその視線を正面の方に向けた
真知子はその視線の先にいるのがサッフォーであることに気づいた
「あれが妹? 何を言ってるの?」
青い眼は徐々により青白く弱っていく光の中で言葉を選んだ
「いや違う、それにあの女の身体のことでもない」
「じゃあ、だれが……ーー?!」
真知子は察したようで
その会話の先を見つけた僕は二人の会話の中に入った
「リリアナなのか!?」
青い眼は首を縦に振る代わりに言葉を紡いだ
「メトロポリスという映画を知っているかい?」
「知ってる」
「好きな映画なんだ」
「わたしも好き、だからレンタルもして観たけど?」
「数日前にメトロポリスを返却したのは……私なのです」
真知子は青い眼の瞳を大きな驚きと腑に落ちた感覚とで覗き見た
「……もしかして、延滞してた人?」
「メトロポリスの映画には、願いが込められていました」
青い眼は語ることを選んだ
「これから訪れる人類の選択について
もう、それが何度目かの挑戦であり
もうーーそれを間違わないように、と」
【どうして? なぜわたしの邪魔をするの!】
青い眼は向き合うべきものへとまた視線を移した
「お前が『サッポー』という存在を認めようとしなかったからだ」
青い眼の背中から血が滴り落ちたーー
「さすがだ、それでこそGI」
「君は……」
青い眼は、背中の痛みの先にいる仮面の男を見てから意識が薄らいでいるのが分かった
「見事な計画だ、私の憧れ」
青い眼の片膝が再び地に着いた
「お父さん!!」
真知子は青い眼に駆け寄った
「バベルの塔に登るのは私だ」
仮面の男は、青い眼を後にし、サッフォーの近くへと歩いていった
【なに? わたしの力が弱まったから動けているだけのガラクタ】
仮面の男は、サッフォーの側に歩み寄った
次の瞬間、サッフォーが奇声を上げた
床に血が滴り落ちーー
仮面の男の手は血まみれになっていた
【きさま、よくも…よくも】
「人間の我欲を侮っていましたね
これは悟りよりも深いものです
バベルの塔に登ろうとするのは一人や二人ではない
それに、勝手に物語から出て行っては困るんだよ」
仮面の男は、手の平の上でサッフォーにあった眼を転がした
「これで、私が塔に登る資格を得たわけだ
あの男には申し訳ないがね」
男は、高笑いをしながらその足を真知子の方へと向けた
ーーブレインwi-fiが起動し、
ジョニー・キャッシュがカバーした「Hurt」を選んだ
「あなたは、あの時の」
「そうですよ、お嬢さん
さあ、高みへと至るのです」
男は、真知子の手を掴んだ
赤い星が、二人を染めあげてゆくーー
恋した瞬間、世界が終わる 第100話「Hurt」