夢の壺

夢の壺

 彼女はとある出版会社でタイピストとして働いている。まだ勤めて二年目である。
 ここのところ長い時間コンピューターに向かっている。大量の清書原稿がはいってきたので、それを打ち込んでいるところだ。腕がとても疲れ、二十分もするとコーヒータイムを喉ではなく指が要求する。
 昨年入社した隣の席の男性から親指と人差し指の間を押すと気持ちがいいよと教わり、コーヒーを飲む代わりに二十分ごとにそこを押している。確かに気持ちがいいのだが、そうしていても次第に疲れがたまり、指の動きがよれてくる。
 両親が留守していることから、今は一人暮らしの彼女は家に帰ってからも気がつくたびに指の間を押したくなる。
 その日、寝る前に左右の手の指の間を押してからベッドにはいった。どちらの指も気持ちよくすぐに寝付いた。
 その夜、いつも見ないのに夢を見たのである。
 猫が顔をだし、はじめはニャーと鳴いたのだが、彼女を見ると日本語をしゃべり始めた。彼女もその話に乗じ、猫といろいろ会話をした。どこの猫なのか判らないのだが、昔飼っていた虎猫に似た顔をしていて、からだがかなり大きかった。
 最後にはベッドにとびのってきて、自分の顔の脇にうずくまった。そしてこう言うのであった。
 「明日は金目が食べたいな」
 横を見ると、すーすーと寝息をたてて寝ている。
 朝起きたら、猫が金目と言っていたことを覚えていて、なんとなく食べたい気分になった。会社では昨日の続きで、原稿をリライトしながらPCにうちこんだ。手の間をもみながらである。それでも会社がひける時間までに何とか終えることができた。
 手をもみながら自宅のある駅に降りた。今日の食事を買おうと、駅のビルにあるスーパーによった。
 やけに魚コーナーがにぎわっている。覗いてみると、いつもは高くて買うのをためらっていた金目が半額セールだ。食べたいと思っていた矢先だ。
 ならんでいる金目の目玉と目があった。おいしいぞといっている。そういわれなくても、見ただけで食べたくなっていた彼女は金目の開きを一つ買ってしまった。
 家に帰り、焼いて食べたのだが、やけにおいしく感じた。
 その日も疲れた指の間を押してベッドに入ると、夢の中にまた猫が出てきた、どんな話をしたのか忘れてしまったのだが、鯵が食べたいなと言って、枕の脇で丸くなったのだけ覚えていた。
 朝起きると、頭の中に鯵が巣くっている。その日の会社での仕事は小文のタイプだけだった。ほとんど疲れを感じることはなかった。
 駅のマーケットに新鮮な小あじが一皿400円であった。フライにすると美味しいんだ、昔母親がよく作ってくれたのを思い出した。買って帰り、久しぶりに揚げ物をした。
 アジフライのおいしいこと、めったに飲まない缶ビールをあけてしまった。そのためか指を押すこともせず、ぐっすり寝てしまい。夢を見ることはなかった。
 次の日はいつものように料理をしなくてすむような出来合いの惣菜を買って家に帰った。やはりその夜も夢を見ることはなかった。
 次の日は仕事がたいへんだった。急ぎの原稿を仕上げなければならない。懸命にPCに打ち込んだことから、指の疲れることはなはだしく、人差し指と親指の間を押しながら仕事をした。結果として百ページもの原稿ができあがった
 腕と指が腫れているのではないかと気にやんで、通勤電車の中でも人差し指と親指の間を押した。インスタントカレーを食べ、風呂にはいっているときも揉んだ。もちろん寝る直前も懸命に押した。
 寝付いてすぐだろう、夢の中に黒猫が現われ、いろいろ話しをした末に、ベッドの上に飛び乗ってきて、自分に向かって鯖が食いたいと言った。
 起きてみれば、頭の中に鯖がうずまいていた。その日の帰り、疲れた指を揉みながらマーケットに行くと、新鮮そうないい鯖の切り身があった。当然買ってきて煮て食べた。おいしかった。
 そのようなことが続き、手が疲れ人差し指と親指の間を押した日は、必ず夢の中に猫が出てくることを認識した。夢の中にやってくる猫は同じ猫ではなく、白猫だったり、三毛猫だったり、黒だったりする。さらに日本猫だけではなく、外国の猫だったり、様々である。しかも最後には必ず顔の脇で、サンマが食べたい、鰯が食べたい、などという。猫が乗り移ったように、彼女もその魚が食べたくなるのである。
 そうこうすると、いくらキーボードをタイプしても指の疲れを感じなくなった。しかもタイプがとても早くなり、通りかかった上司がその音に驚いて立ち止まりしばらく見ていた。
 「うまくなったねえ、間違いもほとんどないし、ベテランになったよ」
 そのようなこともあり、手の指の間を押ことも必要とせず、一月も経った。もちろん夢も見ず、猫と顔を合わすこともない。だが、毎日のように自分からなんらかの魚が食べたくなって、必ずどこかの魚屋で新鮮な魚を買って料理をして食べた。
 そのころは、朝六時にはすっきりと目が覚め、朝食も味わって食べ、会社に行くのが楽しくなった。コンピューターに向かうと、勝手に手が動き、与えられた原稿をあっという間に仕上げてしまった。
 生活に余裕の出てきた彼女は、休みの日に自宅の庭に出ることが多くなった。ある日曜日、親が大事にしている庭のバラの手入れをしようと薔薇の茂みに足をいれた。
 今両親はフロリダの兄のところに一年間遊びに行っているところである。植物の手入れはあまり得意ではないのだが、何月はこうしておいてと言われており、たまに手をくわえる。
 薔薇に近寄ったとき、ちくっと足に痛みが走った。スカートを持ち上げてみると、右足のふくらはぎにとげが刺さっている。
 すぐに部屋に戻りトゲを抜いて消毒薬をぬった。
 その日、寝るときに右足のふくらはぎを見たが傷は大したことがない。むしろ足がむくんでいるようなので気になった。会社に行って買い物をして帰るという単純生活が続いているため、運動不足なのだろうか。いや、魚と一緒にご飯をたくさん食べるようになったので太ったのかもしれない。
 手の指をのばして、両足の親指と人差し指の間を押してみた。おやずいぶん気持ちがいい。一生懸命押した。とてもいい。
 それからは毎日、気がついたときには足の指の間を押した。もちろん寝る前にベッドの上で押した。ともかく気持ちがいい。しばらく押していると眠気がおそってくる。そのままいつの間にか寝てしまった。
 その日、久しぶりに夢を見た。犬が出てき鼻を手に押し付けてきて、くーんと鳴いた。犬は自分を見上げた。
 柴犬だった。子供の頃飼っていたことがある。その犬と夢の中でいろいろなことを話したのだが覚えてはいない。最後は夢の中にでてきた猫と同じようにベッドにはいってきていびきをかいた。犬は寝言を言った。
 「今日はビーフが食べたい」
 朝起きたとき、ビーフを食べたい、といきなり思った。
 仕事帰りにマーケットでサイコロステーキ用の牛肉を買った。久しぶりに魚ではなく肉を食べた。ずいぶんおいしかった。
 その日も両足の二本の指の間を押した。今度はレトリバーが夢にでてきた。とても親切な犬で、話をするだけではなく、腰の上にのってもんでくれたりした。
 最後は布団にはいってきて、寝言で豚肉が食べたいといった。朝起きたとき、彼女は生姜焼きが食べたくなっていた。
 その日の夕食は生姜焼きが目の前に現れた。現れたと言っても自分で作ったわけだ。これまたとてもおいしく、ビールをあけてしまった。
 パジャマに着替え、ベットの上で足の指の間を押そうと、右足を見るとふくらはぎのトゲの傷はとっくに治り消えていた。足の疲れもない。手の指を押すと猫が夢に出てくることを思い出した。手の指の間を押した。久しぶりに気持ちがいい。すぐに眠くなった。
 その夜、シャム猫が夢の中にあらわれ、ベッドにはいってきて話をした。何の話か忘れたのだが、最後に、
 「鯖が食いたいな」といって頭の脇で丸くなった。
 その日は鯖の押し寿司を買って会社から帰った。
 そこで法則をみつけた。手の親指と人差し指の間をおしたときが必ず夢に猫が出てくる、足の親指と人差し指の間を押すと必ず犬が出てくる、というわけだ。
 夢の中の猫も犬も人なつっこく、よく話をして、最後にはベッドの隣で寝る。
 そして夢の中でこう言うのである。猫は魚、犬は肉を食べたいと。
 自分も食べたくなるので、彼女はこの法則をこのように利用した。魚を食べたくなるように左手を押し猫を呼びだし、肉を食べようと思うときは右手を押した。必ずおいしい魚か肉に出会えるのである。食事がすすむのである。
 食べる選択権が自分の意志にもどったことになる。それを実行したところ、すこぶる体の調子がいいのである。おいしいものを食べるのは幸せだ。
 そのような話を指の間を押すことを教えてくれた隣の席の彼に言った。
 「猫も犬も好きなんですね、どうです、手と足を同じときに押したら猫と犬が夢に出てくるのではないですか」
 確かにそうだ。やってみるわと彼女は答え、その晩ベッドの上で足の指の間と手の指の間を押した。
 すると夢の中に猫と犬が現れた。猫はシャムネコで犬はスピッツだった。二匹は同時にベットの上に飛び上がった。二匹は、向き合うとうなった。
 いきなり二匹はとびかかり、彼女の体の上に乗っかると、きゃんきゃん、にゃごにゃご取っ組み合いのけんかを始めた。
 「うわあ」
 彼女は眼を覚ましてしまった
 シャムネコとスピッツは消えた。脇の時計を見ると3時である。
 そのあと眠れなくなってしまった。彼女は手の指の間を押した。気持ちがよくなると眠れるからだ。そうしたら次第に眠くなった。いつの間にか寝たのだが、夢の中にはおとなしい三毛猫が現れて、鮎の塩焼きが食べたいと言って耳元で丸くなった。
 その日、自分も鮎があたまにこびりついた。といってもこの時期に鮎は売っていない、魚売り場を離れ、名産品のコーナーに入った。神奈川の厚木の名産展コーナーがに鮎があった。生の魚ではない。鮎最中である。薄い青緑色の綺麗な色の餡が入っている厚木特産の最中だ。厚木を流れる相模川は川底が石なので、流線型のきれいな鮎が取れる。残念ながら今はあまり取れないようだが、最中は今でも有名だ。それを買って帰った。
 食事は買っておいたツナの缶詰で終りにし、鮎最中を食後に食べたのだが、とても美味しかった。
 次の日、会社で彼に手と足を押したらどうでしたと聞かれた。
 「犬と猫が大喧嘩をして、大変、目が覚めちゃった
 そう答えると、
 「どんな種類の犬と猫でした」と、聞かれたので、
 「シャムネコとスピッツよ」、そう答えると、
 「そりゃあ、悪い組合せでしたね、シャムは気が強いし、スピッツはきゃんきゃんなく犬だ」と笑った。
 さらに、「もっと違う夢を見るからだの壷をさがしたらどうかな、ウサギとかネズミとか出てくるかもしれないから」とアドバイスをくれた。
 鼠はいやだが確かにそうだなと思ってどこを押すのがいいのか彼に聞いた。
 「明日本を持ってきて上げますよ」と彼は言った。
 次の日、彼はからだの壷がわかりやすく書いてある本をもってきて貸してくれた。
 ずいぶんいろいろなところに壷があるものだ。
 「どこをためしたらいい」
 彼に聞くと、「若いとき足が疲れたら、母親が三里に灸をすえてくれましてね、そのときは足が軽くなった、他は知らないな」と言った。
 「押しやすいところがいいですよ、背中などはできないから、やっぱり手足かな、顔なんかもいいかもしれないですね、本にありますよ」とも言ってくれた。
 ともかくその本をしばらく借りることにした。
 家で本を広げると、付録に壷が書かれた大きな図があった。
 テーブルに広げると、からだ中にずいぶんたくさんの壷があった。足には「足三里」と「三隠交」がある。足の裏には「湧泉」がある。そこを押してみたら確かに気持ちがいい。
 手はどうだと見ると、手の甲には「合谷」がある。手の平には親指の付け根あたりに「注夏」があって真ん中ほどに「労宮」「手心」とあって、押すとどこも気持ちがいい。タイピストには大事なところだ。壷のことなど何も知らずにすでに押していたところでもある。しかし猫が夢に出てくる親指と一差し指の間は特に名前はなさそうだ。犬の夢の場所も特に名前はわからない。まあ別物なのだろう。
 肩は首の付け根に「肩井」、頭の後ろの骨の下あたりが「風池」、背中は腰の下に「大腸愈」だ。何とか手を伸ばし押したがどれもたしかにいい。あ、頭のてっちょうに「百合」というのがある。押したが特に気持ちよさは感じなかった。意識には上らないが効いているのだろう。
 興味が増してきたので、図に書いてある壷がなにによく効くのか知りたくなった。本文を開いた。
 「三里」は足のトラブル、歯痛、胃腸の壷のようだ。足のくるぶしの近くの「三隠交」は女性の生理や子宮に関係があるという。これは私には大事だ。
 そろそろ寝る時間だったので、その日は女性に利くという「三隠交」を押してみた。
 足だからやっぱり犬が夢に出てきた。チャウチャウだ。チャウチャウがしゃべった。自分は赤犬で、昔し中国で食洋犬だったことなどを話してくれた。そのあとどしんとベッドにはいってきた。大きな犬だ。寝言で鯨の肉が食いたいと言って、あの図体で海に飛び込み、海の中にもぐっていった。
 チャウチャウがマグロほどの大きさの鯨をくわえて戻ってくると、そのままベッドにはいってきた。パジャマがびしょぬれになった。寝ているチャウチャウを見たら、おねしょをしている。そういえばチャウチャウという赤犬は飼うとかわいいがだらしがないと、どこかで読んだ記憶がある。
 次の朝、鯨が食べたくなって目覚めた。その日、会社の帰りに鯨の缶詰を買ってきた。鯨缶は懐かしい。それにしてもずいぶん高くなったものだ。
 それから毎日、手か足の壷を押して寝た。どの壷にしても手の壷を押すと猫、足の壷を押すと犬しか出てこなかった。
 他の動物の夢を見たい。ということは手と足以外の壷を押す必要があるだろう。
 壷の図を改めてみた。顔は押しやすいだろう。眼の下に「四白」という壷があった。めまいや腎臓にいいらしい。ここなら押しやすいし、何か面白い動物が出てくるかもしれない。
 その夜は両目の下の「四白」を押した。周りがぱっと明るく見えた。
 ベッドにはいった。時計を見ると一時を過ぎている。壷のことを調べてたらいつも寝る時間よりかなり遅くなってしまった。
 夢を見た。背の高い若い娘が現れた。ベッドの脇に立って、彼女を見つめている。色が白い。顔はぼんやりとしか見えない。きっときれいな娘だ、そう思ったとき、「お茶でもどう」、と鈴がなるような声で言った。うなずくと、娘はベッドの脇で紅茶をいれた。私はダージリンよりアッサムが好きなのよ、そう言いながら、なみなみとついだカップを二つ持って、ベッドにはいってきた。その女性は「アーンして」と言った。ベッドの中で彼女は口を開いた。アッサムが彼女の口にカップから注がれた。彼女は口に流し込まれたアッサムを美味しく飲んだ。
 目が覚めたとき、そうか人間も動物なんだ、と女性が夢に現われたことを納得した、猫や犬が夢に出てきたときと同じように、無性にアッサムを飲みたくなった。朝は紅茶とパンだから調度いい、アッサムのティーバックを探し出しミルクティーを飲んだ。おいしい。
 彼女はアッサムのティーバックを持って会社にいった。みんなにこれおいしいのよ、と飲ませた。
 その日も眼の下を押すと、あたり一面に白い光が満ちた。目がくっきりするが、眠くもなった。そのままベッドにはいったらすぐ寝てしまった。
 夢にはまた若い女性が出てきた。出てきた女性は昨日の娘よりちょっと年上のようだ。顔には薄いベールがかけてある。
 これ一緒に飲みましょうと、テーブルの上にウイスキーをおいた。ロックを作ってくれたので、自分もテーブルの前に腰掛け、彼女が作ってくれたロックを飲んだ。飲んでいたら眠くなってきた。ベッドに戻ると、女性も洋服をきたままベッドにはいってきた。お尻が自分の手に触れた。女性同士でベッドに寝たことはない。なんだかどきどきしてきたら、女性はもう寝息をたてていて、チョコレートが食べたいと寝言を言った。
 朝起きると、無性にチョコレートが食べたくなり、通勤途中で、コンビニによって森永の大きな板チョコを買った。
 会社に行った。珍しいわね、と言われながら、みんなにも分けて食べたところ、懐かしさとおいしさでほっぺたが落ちそうになった。
 その夜、ベッドにはいったのは十二時だった。その前に眼の下を押した。目の周りに白い光がさした。するとすぐに眠りに落ちてしまった。
 昨日より少しばかり年をとった女性が赤いドレスを着て夢に現れた。白い細い指でワイングラスをテーブルにおいた。なにを話したのか覚えていないが、ボルドーワインのボトルが一本空になった。
 眠くなりベッドにはいった。女性は赤いドレスを脱ぐと、下着になって自分の脇にはいってきた。横を向いた背中に胸が押しつけられた。自分の胸より大きい、どきどきどきと胸がなみうち、眠るどころじゃない、男の人がこんな夢を見たら、大喜びなのだろうか、会社の壷を教えてくれた彼に、眼の下を押すと美女が現れることを教えてあげなくてはと思った。そのときには女性の寝息が聞こえた。マシュマロが食べたいと寝言を言った。
 その日はマシュマロを買って出勤した。どうしたの、と同僚の女の子に言われたが、みんなもおいしくマシュマロを食べた。
 壷を教えてくれた彼もいっしょにマシュマロを食べた。
 「眼の下の「四白」を押して寝ると、夢に人間がでてくるわよ、きれいな女性よ、しかも下着姿」
 彼はふっと笑って、彼女を見た。目の色が変っている。
 「へえ、やってみよう」
 私が夢に出てあげようかと言おうと思ったのだがやめた。
 その夜も「四白」をおすと、回りが明るくなり、眠気がかんじられてきた。
 昨日より一時間早くベッドにはいった。十一時だ。夢の中には少しばかり年増の女性が和服姿で現れた。顔がはっきり見えない。澗をしたお酒をついでくれ、二人で飲んだ。徳利が五本も空になった。
 夢の中でベッドにはいると、女性は和服をするすると脱いで、薄着一枚になって隣にはいってきた。女性のからだが手に触れた。足が手に触れた。胸の柔らかさが指に伝わってきた。股間が触れた。今日の女性は顔を見ていない。顔がみたいと思って女性の方を向いたのだが、くるりと反対を向いてしまい、お尻の柔らかさが自分の太ももに感じられた。女性はもう寝てしまっていた。ウグイス餅を食べたいわと寝言を言った。
 言われた通りその日はウグイス餅を買って会社にいった。
 「今日は和菓子ね、明日はなにになるのかしら
 女性の同僚がそう言いながら、お茶をいれてくれた。みんなでウグイス餅を食べた。
 お茶を飲みながら隣の彼が、
 「僕もやってみました、いい夢を見ましたよ、毎日見たいと思ってます」
 「どんな女性だったの」
 彼ははずかしそうに、
 「顔は見なかった」
 それだけしか言わなかった。今度は私が夢の中に出てあげよう、彼女はそう思った。
 自分の夢に今夜はどのような女性が出てくるだろう。今までの女性は顔を覚えていない。今日は女性の顔を正面から見てみたい。自分も楽しみになってきていた。
 期待に膨らんだ気持ちをもって家に帰った。
 いつもはまだ寝ない時間だ。まだ十時。だが、「四白」を押した。四白を押すと必ず、白い光に包まれたのだが、今日それはなかった。
 今日はパジャマではなく、ネグリジェを着てベッドにはいった。電気を消した。
 寝付くのに少し時間がかかった。それでも寝付いて間もなくだったのだろう、黒いドレスを着た髪の長い女性がドクロのマークのついた黒い瓶をテーブルにおいた。顔を見た。絵に出てくるような綺麗な人だ、こんな顔に生まれたら私は何になっていただろうなどと思い、テーブルの前についた。女性はカットグラスに黒い瓶から酒をなみなみついでくれた。
 女性が笑顔で手を伸ばし、グラスを彼女の前に差し出した。彼女は受け取ると、琥珀色の酒を一気に飲んだ。甘いお酒だ。おいしい、またついでくれた。また飲んだ。ドクロのマークの付いた酒瓶が空になった。
 黒いドレスの女性は着ているものをすべて取り去って彼女がいるベッドの上に横たわった。裸のまま布団の上で上向けに寝た。女性の手が彼女の手に触れた。彼女はどきどきしながら女性の手を握った。女性と唇とあわせたことはない。
 彼女は半身を起こすと女性の顔を見た。
 「うわ」
 鷲鼻のおばあさんが、しわしわに包まれた大きな目で彼女を見た。
 「あんたが食べたい」
 おばあさんは彼女の頭にかじりついた。
 にんにくの匂いがした。
 彼女は手足をばたばたさせた。
 ふとよぎった思いがあった。会社の彼にもおばあさんが現われる、そして飲み込まれる、何とか伝えたいが、
 「あの男もすぐお前のそばにいくさね」
 ヤニ臭いおばばの口から声が聞こえた。
 「これは夢じゃないよ」
 そう言われたときには頭がかじり取られていた。

夢の壺

夢の壺

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ホラー
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
  • 強い反社会的表現
更新日
登録日
2026-04-24

CC BY-NC-ND
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