仮面ライダー龍騎 〜第一話〜
《第一話:反転世界》
【登場人物】
・城戸 真司(二十四)……新米ジャーナリストで、少々抜けたところがあるお人好しの青年。とある仕事をきっかけに、ライダーの戦いに巻き込まれていく。
・大久保 大介(三十六)……モバイルネットニュース配信会社『OREジャーナル』の編集長で、真司の上司。ぴっしりとキメたオールバックが自慢。
【プロローグ】
〜二〇〇二年二月二日・午前零時零分"ミラーワールド—渋谷・スクランブル交差点" 〜
夜の闇に、廻戦を告げる鐘の音が鳴り響いた。そして其処には、今まさに戦わんとする戦士達が三人。黒のアンダースーツとメタリックグリーンの鎧で身を包んだカメレオンの戦士『ベルデ』、同じく黒のアンダースーツと白銀の鎧で身を固めた猛虎の戦士『タイガ』、そしてやはり黒いアンダースーツの上に茶色い生物的な鎧を身に纏った、ガゼルの戦士『インペラー』である。
「……いいねぇ。やっぱり人間は、こうでないとな。」
ベルデが、挑発するようにタイガに向けて中指を立ててみせた。
「バカにしやがって……いけるか、インペラー!!」
「おぅ!!」
タイガとインペラーが、各々のバイザーにカードをセットした。
<STRIKE VENT>
<SPIN VENT>
ライダーはそれぞれ、自身の武装に備わった召喚機のスロットにカードを装填する事で、武器や特殊能力といった様々な力を発動する事が出来る。そうして、タイガはストライクベントの力で白虎の両腕を模した巨大なクロー型の武器『デストクロー』を、インペラーは、スピンベントの力で羚羊の頭部を模した手甲型の武器『ガゼルスタッブ』を装備した。
「……助かるよなぁ、バカで。」
<HOLD VENT>
向かってくる両者を嘲り、ベルデは自身のヨーヨー型の武器『バイオワインダー』を振るった。宙を滑空したそれは彼らの頭上にあった街灯を砕き、そのキラキラとした破片がタイガとインペラーの眼を眩ませる。
「ぐあっ……!?」
「く、くそっ……!」
それでもタイガの方は直ぐに視界を取り戻し、辺りを見回した。しかしそこに、ベルデの姿は無い。
「アイツは……どこに……!?」
その腹部を、背後からベルデの手刀が貫いた。あまりに突然の出来事に、呆気に取られるタイガ。
「なっ……」
<CLEAR VENT>
「よぉ。」
クリアーベントの力で透明になっていたベルデが、勝利を確信して姿を現した。二人の前では、未だ視界の回復しないインペラーが必死でガゼルスタッブに備わった二本のドリル状の角を振り回している。
「ほら、義弟に最後の挨拶だ。」
「みつ……る……。」
タイガは力無くその場に崩れ落ちると、二度と動かなくなった。そんな死体を蹴り付けながら、悠々ともう片方の獲物へと歩み寄っていくベルデ。
<COPY VENT>
「よぉ、大丈夫か。」
「あぁ……義兄ちゃんか。」
ようやく視界を取り戻したインペラーの前に立っていたのは、紛う事なきタイガの姿だった。
「あいつは……ベルデは。」
「安心しろ、殺したさ。」
*
*
*
インペラーは、兄が自分を裏切ったという虚構に絶望しながら死んだ。そうして目の前に転がった二つの死体を見ながら、ベルデは嘲笑った。真っ暗な闇の都会で、その愉悦に満ちた笑い声だけが猛々しく響き渡っていた。
— 仮面ライダータイガ・インペラー死亡。残るライダーは、あと十一人。—
【一】
〜翌日・午前八時五分"OREジャーナル"オフィス〜
爽やかな朝のオフィスで鳴り響く、やかましいアラーム音。編集長の大久保大介はその音の主である目覚まし時計を止めると、傍らで気持ち良さそうにいびきをかく男の耳元に顔を近づけた。
「おーい、真司! 起きろォー!!」
「どわぁあ!? お、おはようございますっ!!」
大久保の大声に驚いて飛び起きる、スウェットとデニムパンツに身を包んだ青年。彼の名は城戸真司。二十四歳。ネットニュース配信会社である此処『OREジャーナル』の新人ジャーナリストで、家賃の度重なる滞納を経てアパートを追い出されてからは、この職場に"居候"している。
「全く……夜通しで猫捜しなんて手伝うから寝坊すんだよ。そもそも、お前は"取材"をしに行ったんだろ。なんでペットの猫見つけただけで満足して帰って来ちゃってんだよ。取材メモがこれ、ほら。真っ白じゃねぇか。」
「すみません! でも、あの奥さん凄く悲しそうに話すもんだからつい……。」
そう言いながら頭を下げる後輩の姿に、どんどんと怒る気力を削がれていく大久保。真司には、そういう力があった。
「……まぁ、いいや。とにかく程々にしとけよ。」
上司の話にうんうんと相槌を打ちながら、茶色い長髪をセンターパートに整えて向き直る真司。
「はい、気を付けます! 大久保先輩!!」
「バカ。ここでは編集長だろ。」
「あ、そうでした。すみません、編集長!」
大久保は、相変わらず精彩を欠く後輩の言動に呆れてみせた。
「全くお前って奴は……あぁ、そうだ。朝イチで悪いが、お前に仕事だ。取材に行ってきてくれ。」
上司から無造作に突きつけられたメモを受け取り、真司は寝床の傍に放っておいたダウンジャケットを羽織りながら尋ねた。
「取材……ですか。一体何の?」
「例の連続行方不明事件だ。新たな被害者は榊原耕一、二十八歳……そのメモの住所が榊原のアパートだ。大家さんに話を通してあっから、色々聞いてこい。」
最近頻発している、行方不明事件。密室などの通常では"有り得ない"場所で人が忽然と姿を消すという、なんとも不可解な事件だった。
「今度は"余計な事に首突っ込むな"よ。いいな?」
「はい、編集長! 行ってきます!!」
念入りに釘を刺す大久保に決意の敬礼を見せつけると、真司は気勢よくオフィスを飛び出したのだった。
「おはようございます編集長。彼、今日も元気ですね。」
そう言いながら真司と入れ違いで入ってきたマッシュショートの女性は、桃井令子。真司の先輩ジャーナリストであり、OREジャーナルの頼れるエースだ。彼女が身につけるパールホワイトのスーツは、その信念の表れである。
「あぁ、大学の頃からちっとも変わらんわ。俺もちょっと、甘やかし過ぎてっかなぁ……。」
大久保の、虚しいため息が漏れた。
〜午前九時"都内・某アパート"〜
住所を頼りに真司が辿り着いたのは、寂れた古いアパートだった。そんなアパートの前に立った糸目の中年男性に、声を掛ける。
「どうも大家さん。俺、城戸真司です。取材許可してくれて、ありがとうございます。」
「うん、宜しく。いやぁね、ウチも最近景気悪くてさ……ここらで面白く取り上げてもらって、入居者もばんばん増やしちゃおうってわけ。良い記事書いてよ?」
大家はそう言いながら、真司の肩をバシバシと叩いた。調子のいいその言動に、たじろぐ真司。
「は、はい……。」
ギシギシと音を立てながら、少し錆びついた階段を登っていく。そして榊原の部屋の前に着くと、大家がその扉を開いた。
「じゃあ、とりあえず部屋の様子から見てってよ。結構面白いからさ。」
(……どういう事だろう。)
真司が中に入ると、そこにはとても不気味な空間が広がっていた。戸棚のガラス、窓からテレビに至るまで"映り込む"もの全てが新聞で覆われていたのだ。まるで何かに怯えていたような、そんな印象を受けた。
「どう。面白いでしょ?」
「面白いっていうか……怖いっていうか……」
コツッ
歩を進めると、真司の足先に何か硬いものが当たった。ふと拾い上げたそれは、真っ黒く塗られた謎のカードデッキだった。
「大家さん、これは?」
「んん……なんだそれ。悪いな、分からんわ。」
「そうです、か……!?」
突如として、真司を激しい耳鳴りが襲った。まるで何かが反響し合うようにけたたましく鳴り響くその音に、堪らずうずくまる真司。
「おい、真司さん。アンタ大丈夫か?」
「い、いえ……少し耳鳴りが……」
その時うっすらと開けた自分の眼が、一瞬だけ巨大な赤色の龍を捉えたような気がした。それは、向かいのビルのガラス窓の"中"に居たように見えた。
「おいおい、大丈夫かよ……救急車呼んでやるから、ちょっとそのまま待っ」
途切れる声と、携帯が落ちる音。次の瞬間、剥がれ落ちた新聞の奥から伸びた蜘蛛糸が大家を包んでいた。
「な……なんだこれ!? おいアンタ、助けて……助けてくれ!!……アアァ」
「お、大家さん!」
その糸は大家の悲鳴などまるで意に介さず、新聞の奥のガラスへと彼を引き摺り込んでいった。そして聞こえ始める、おぞましい"咀嚼音"。
「ちょ、どうなってんだこれ?!」
真司は、急いでその新聞を剥がした。一枚、また一枚。部屋中の新聞を夢中で剥がしていると、ガラスから漏れ出た謎の光がその視界を白く染めた。
「うわぁぁあ!?」
——そうして次に視界が開けたとき、真司が居たのは謎の世界だった。そこは一見すると先程と何も変わらない風景だったが、新聞の文字や部屋の家具に至るまで、そこに存在する自分を含めた全てが"反転"していた。今居る場所が鏡の"向こう側"だという事を、真司は肌で感じ取った。
〜午前九時二十分・ミラーワールド"都内・某アパート"〜
突如として異界に放り出された真司の身体は、何故か灰色のアンダースーツと銀の鎧に包まれていた。
「これ……え……?」
顔に付いた鉄仮面を触り、確かにそれが自分の身を守る鎧であることを認識する。しかし、何故そんな鎧を身に付けているのか。そもそもここは何処なのか。分からない事が、あまりにも多すぎた。
「……この音は?」
アパートの外で響き続ける謎の"咀嚼音"に気付き、その音を辿って裏手の駐車場に出る真司。が、すぐにその行動を後悔した。駐車場の中心に、半身を食いちぎられた大家の遺体と——口から血を滴らせた巨大な蜘蛛『ディスパイダー』が居たのだ。
「バ……バケモノ……!」
思わず大声をあげてしまった真司を認識し、巨大蜘蛛が此方に向きを変えた。ジリジリと近付くディスパイダー。
「に……逃げないと。逃げないと死ぬ……!」
しかし、真司は逃げ出す事が出来なかった。両足が恐怖で動かなくなっていたからだ。
「……死ぬのか俺、こんなとこで。」
「キシャアアァ!」
真司を射程圏内に収めたディスパイダーが、あのおぞましい蜘蛛糸を吐き出す。
「し、死にたくねえ——!!」
<ADVENT>
その叫びに応えるかのように、無機質な電子音が鳴り響いた。そして次の瞬間、素早く飛翔する巨大な蝙蝠が、蜘蛛糸を切断して彼を救ったのだった。
「今度は、蝙蝠かよ……。」
「驚いたな、まだモンスターと契約していないのか?」
「え?」
真司の背後から歩いてきたその男は、紺色のアンダースーツと蝙蝠を象った銀の鎧で全身を覆っていた。男の名はナイト。仮面ライダー、第一号。
【二】
〜午前九時三十二分・ミラーワールド"都内・某アパート裏手—駐車場"〜
ナイトはレイピア型の召喚機『ダークバイザー』を構えると、そのグリップ部に備わったスロットにカードをセットした。
<SWORD VENT>
電子音と共に召喚された巨大な槍『ウイングランサー』が空中より飛来し、まるで吸い寄せられるように男の手元に収まる。そして彼はウイングランサーを構えながら少しずつディスパイダーとの距離を詰めると、放たれた蜘蛛糸をそれで払い除けて素早く怪物の足元に入り込んだ。標的を見失い、慌てるような素振りで辺りを見回すディスパイダー。
「はあぁ!」
ナイトは標的の腹部にウィングランサーを深々と突き刺すと、持ち上げるようにしてその巨躯を横転させた。
(凄ぇ。なんだ、アイツ……)
呆然とする真司を尻目に、ナイトがトドメの一撃を仕掛ける。
「これで終わりだ。」
<FINAL VENT>
ダークバイザーにカードがセットされた瞬間、空中から紺色のコウモリ型モンスター、『ダークウイング』が飛来した。それに合わせて駆け出し、空高く跳び上がるナイト。そしてその身体を、ダークウイングの羽が素早く包んだ。
「飛翔斬!!」
空中で見事な槍状となった彼らは、まるでドリルの如く回転しながら対敵に突撃し、その巨体に風穴を開けた。
「こいつは……違うな。」
爆散するディスパイダーを背に地面へと降り立ったナイトはそう呟くと、そこに突っ立った真司を一瞥して歩き出した。あまりの素っ気なさに真司もたまらず我に返り、慌てて後を追って歩き出す。
「ちょ……なぁ、あんた一体何者なんだ!? ここは何処だよ! てかあのモンスターは!? 大家さんは!? この鎧は!?」
どれだけ真司が捲し立てようとも、ナイトは面倒そうにするばかりで一向に足を止めようとしなかった。
「あ、あんた……人がこれだけ困ってるわけなんだから、ちょっとくらい相手してくれてもいいんじゃないの。」
苛立つ真司の胸中を知ってか知らずか、ナイトはついに足を止めた。そして、おもむろに空を見上げる。
「……マズイ、避けろ!!」
突如二人に降り注ぐ火球。ナイトは真司を押し倒しながらその場から飛び退き、真司もよろよろとバランスを崩して後方に倒れ込んだ。
「うわっ……て、え?」
顔を上げ、愕然とする真司。自分がさっきまで立っていた場所は高熱に焼かれ、そこに丸いクレーターのような跡が出来ていたのだ。
「おいおい……もう勘弁してくれって……。」
二人を襲ったのは、真司がアパートの部屋で一瞬見た赤い龍『ドラグレッダー』だった。空中で大きく旋回する赤龍の姿に、真司はある種畏怖とも言える感情を抱いていた。
「……来たな、奴だ。来い! ダークウイング!!」
ナイトの呼び声に応じて飛来したダークウイングがその背中に収まり、マント状の羽となって彼を空中に羽ばたかせる。
「おーい、待ってくれよ! 俺はどうすればいいんだよー!」
「来た道を戻れ!!」
ダークバイザーを振るいドラグレッダーと応戦しながら、そう告げるナイト。
「来た道って……あっ、もしかして!!」
真司は直ぐに駆け出すと、アパートの前まで戻った。
「来た道って、ここか?」
なんとかして頭を働かせながら、生還を願って息を呑む。そんな彼に向かって、ドラグレッダーが火球を吐き出した。それは少し狙いを外しはしたが、真司にとっては運悪く、アパートに直撃してそれを粉々に吹き飛ばしてしまったのだった。
「あぁー! テメェ、ふざけんなよ!!」
「うるさい! 戦いの邪魔だ、失せろ!!」
赤龍の隙を伺うべくその周囲を旋回していたナイトが、やかましく捲し立てる真司の方を向いて怒声を飛ばした。しかし、それが仇となる。
「あっ、コウモリの人! 危ない!!」
「なっ……!?」
次の瞬間、ナイトは龍の強靭な尾によって薙ぎ払われ地上に叩き落とされていた。真司に気を取られた隙を突かれた、あまりに一瞬の不覚であった。
「ぐっ、今回はここまでか……。おい、そこのバカ!」
「なんだよ! てかバカじゃねぇし!!」
今度はドラグレッダーに目線を向けたまま、立ち上がったナイトが語る。
「この世界に居られる時間は限られてる。早く戻らないとお前、死ぬぞ。」
「はっ!?」
そして、ナイトは近くにあったバイクのミラーに入っていった。どうやら鏡が元の世界と繋がっているらしいと、真司は直感した。
「でも……俺はどうやって戻れば……。」
空中には自分を狙うドラグレッダー。"来た道"であろうアパートは粉々に粉砕されてしまい、真司は絶望感に包まれてその場にへたり込んだ。
「……ん?」
足元に、キラリと光る何かがあった。それは、アパートの窓ガラスの破片だった。
「……一か八かだ!」
三度吐き出された火球が直撃する刹那。真司はそのガラスの破片に、飛び込んだ。
〜午前十時十分・都内"某アパート"〜
気が付くと、真司は榊原の部屋で仰向けに倒れていた。天井の木板に浮かんだ黒いシミが、何やらとても不気味に感じられる。
「とりあえず……帰るか……。」
真司はのっそりと起き上がると、その場を立ち去った。部屋で拾った、黒いカードデッキを持って。
——次回、『第二話:初陣』——
〜続〜
仮面ライダー龍騎 〜第一話〜