母子草(ははこぐさ)
祖父(隅垣青霞)の俳句にも詠まれた母子草。
我が家の春の庭にも生えてきます。
そんな母子草に、少しばかり思いを馳せたテキストです。
たがつけし優しき名前母子草
私の祖父が昭和43年の春に詠んだ俳句である。
祖父は、終生丹後半島の山中の集落で暮らし、四季の移ろいや農作業、養蚕、紙漉きの様子などを詩歌にしたためた郷土歌人・俳人だった。
祖父は、幼少期に日露戦争で父を失い、その後は母親に女手一つで育てられた。
男たちにまじって山仕事や農作業に従事する母が夕方になると里へ下りてくる。そんな母を迎えるため、姉とともに暮れゆく野道を歩く情景が、祖父の心の原風景になったのだろう。祖父は子ども時代の記憶を反芻するように、後年繰り返し短歌や俳句に残している。冒頭の句も、そのような作品の一つだ。
そして、当時の親子の姿を母子草に重ねてしまうのか、どこにでも生えるこの草をしみじみと愛しみ続けたようだ。
母子草といっても、おそらく知らない人も多いだろう。
もしかすると、春の七草のひとつゴギョウという名の方が通りがいいかもしれない。道ばたやちょっとした草地をぐるりと見渡せば、たいてい見つかるありふれた野草だ。
だから、多くの人は目にしたことがあるはずだが、いかんせん地味すぎる。細やかな白い毛に覆われた葉や茎は、はっきりしないくすんだ色合いのため、今一つ見映えがしない。
肌寒い春先は、地面の近くで控えめにしているが、暖かさが増してくると、茎をひょろひょろっと伸ばし、放っておけば二十センチぐらいの高さにまで育つ。ただ、草丈に比べ、葉っぱがアンバランスなぐらい小さい。この丸っこいちっぽけな葉で、よくぞ自らの草丈を支えるだけの光合成ができるものだ、と感心させられるぐらいである。
そして四月下旬から五月ごろにかけて茎の先端に小さな黄色い花をいくつも咲かせる。しかし、この花がまた目立たないのだ。華やかな花びらのようなものが無いため、いつまでたっても蕾のように丸まった姿のままなのだが、これで一応は開花しているのである。色とりどりの花々が咲き乱れ、それぞれ自己主張をしあっている春の野原において、この冴えなさすぎる姿では、人々の目に留まるなど絶望的だ。
しかし、人には食い意地というものがある。
歴史上、人類は幾度となく飢饉に見舞われてきた。その厳しい環境を生き抜くなかで、我々の祖先は、どの野草が食に適し、その中でも、どれがそこそこイケるのかを学び取ってきたのだろう。そこでは見た目の良し悪しは取りあえず後回しにされる。おそらく母子草は、この辺りで地味にポイントを稼ぎ、かろうじて存在を認識されるに至ったに違いない。
そして、後の時代になると母子草は、ゴギョウという名で春の七草に堂々とメンバー入りするという栄誉を得た。春の野に数多ある草のなかでも、とりわけ食べやすさを評価されたのだろう。
また、外見の素朴さ、地味さが、仏のような慎ましさと解釈され、それが「縁起の良さポイント」をアップさせるという思わぬ幸運にも恵まれた。いつまでもうだつが上がらず、世を忍んで生きてきたが、ようやく脚光を浴びた瞬間である。
ただし、七草メンバーの中でも存在感がひときわ希薄なのは否めない。七福神で例えるなら寿老人的なポジションだろうか。弁財天や大黒、恵比寿、毘沙門のようなメジャー感はない。多くの人が七草粥の具材としてゴギョウ=母子草を毎年口にし、自身の体内に摂取しているはずだが、それを意識する人はあまりいないだろう。
ましてや、七草の同僚セリやスズナ(蕪)、スズシロ(大根)などと違い、見映えのしないこの草だけを選り好んで食べる人は皆無に違いない。バンドやアイドルグループなら解散後にソロ活動は難しいその他メンバーというところだろう。
ただ、地域によっては、ヨモギを差し置いて草餅の材料に抜擢されるところもあるようだから、ローカルに強い隠れた実力者といえるのかもしれない。
と、ここまでは、知った風な顔をして書いてきたが、そもそも私自身が母子草に詳しかったわけではない。
この植物の名前を、以前は気に留めたこともなかったし、ましてや、どんな姿をしているのかなんて知る由もなかった。
しかし、数年前、祖父が残した半世紀前の創作ノートを整理しているなかで、冒頭の句を見つけ、何となく心惹かれるものを感じたのだ。
優しき名前の母子草とは如何なるものだろう?
ウェブで“母子草”と検索をかけると多くの画像が現れる。スマホ画面で画像を拡大し、その姿をじっくり確認した。
そして愕然となった。
なんと、それは毎年、春先になれば我が家の庭じゅうに性懲りもなく蔓延る薄汚い雑草の姿だったのだ。
次から次へと際限なく生えてくるので、まるで親の仇のように片っ端から抜きまくっていた憎っくき敵が、まさか祖父が愛した草花だったとは。
今年も暖かな季節が巡ってくると、それまで地面にゴニョゴニョ這いつくばっていた母子草がひょろりと首をもたげ、茎の先に小さな黄色い花をいくつも咲かせた。
庭を彩る花々の中では、そう目立つ方ではない。というか、まるで目立たない。
でも、そんな慎ましい美しさを祖父は愛したのだろう。花季が終わるまで、庭の一角に母子草たちの聖域を残し、明治の母子の在りし日に思いをはせることにしよう。
母子草(ははこぐさ)