護国の桜
4月10日
水戸の護国神社の春の大祭に市の遺族会で行く事になり、参加させていただいた。
冷たい雨の降る、あいにくの天気だったが、予定通りに到着し参列させていただいた。
自分は初めての護国神社の参拝だったが、以前は母が何度も来ていたと聞いていた。
祖父の弟が海軍の一等整備兵曹で南方のクェゼリン島で戦死しており、私の家もその事により遺族会に入っていた
同じバスに乗っていた人の話を聞く事ができたが、その人の父親は硫黄島で戦死したと言っていた
一緒に行った人達は皆、そういった70代以上の年配の人ばかりだった
護国神社の境内は広く、沢山の桜の木があって、まだかなり咲いていた
同じ茨城県の内でも自分の住んでいる所は県南であり、桜はほとんど散っていたのだが、県北に位置するこの神社の桜は散り始まりの木がまだかなりあった
なかには満開の桜の木もあって、きれいな花を咲かせていた
拝殿の前には大きなテントが張られ、その下には木製の腰掛が並べられていた
遺族会の役員の方は拝殿に上がり、別に設けられた席に座って参列していた
自分達は一般席のテントの内にずっといたのだが、冷たい風が時折強くなりテントを揺らす事があった
その時に、テントの裾に溜まっていた雨水が、不意に下にこぼれたりして騒ぎを起こす事があった
神事を行っている間も冷たい雨が降ったり止んだりの天気だった
風も時々強くなり、その風に桜の花びらが舞うのがテントの外に見えた
桜の花びらは少しになったり、多くなったりして、時には桜吹雪といった感じにも見えた
テントの内にも桜の花びらが風に乗って入ってくる事があった
神事は約2時間続き、その間は皆、言葉を慎みテントの内は静かだった
寒かったのだがじっと我慢をして、神事が終わるのを待った
自分は拝殿の脇にある杉の木を見ていた時に、少し突飛な思いが浮かんできた
自然は永遠である、その永遠から見た戦死者を供養し祀った神社は永遠のなかの一瞬なのかもしれない
ここにいる自分も含めて永遠のなかの一瞬の出来事なのかもしれない
宇宙的なスケールを持つ宗教においては神々の世界もその一部に加えられている
また自分の戦死者に対する供養はどのようであるべきなのだろうか
などといった取りとめのない事を思った
帰り道、参道を歩いてゆくと、やや粒の大きい砂利が敷かれていて少し歩きにくかった
明治神宮の参道は小粒の砂利だった事を思い出した
砂利を避けて参道の縁の石の上を歩いて帰った
見上げると桜がきれいに咲いていた
小さめの桜の木があって、それはまだ満開で本当にきれいだった
バスの内で昼食のお弁当をいただいて少し休みを取った
それから百里基地に向かった
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護国の桜