蜘蛛の死に際して
そのときぼくは幾人かの友人を失った、原因はぼくじしんの至らない精神の水準と不安定な情緒のせいだった。ぼくは当時の友人たちを侮辱した。「あなたの言葉で自殺しそうなくらい傷ついた」と脅迫まがいのことを言った。
数年前の半年間のことだった。
本音は大方「傷つけないでくれ、甘えさせてくれ、ぼくの淋しさを癒す手段として存在してくれ」という不気味な湿度こもる幼稚なものであり、他者を自己とは別個の存在として尊厳を認めていない人間の暴力的なそれ、そんな幼児の甘えが満たされぬ気持の反動が原因のほとんどであったことだろう。
酒を浴びるように飲んでいた時期でもあった。ぼくがここまで他者へ脅迫と攻撃をしたのはつらい労働環境だった会社を辞職する前後のこの時期だけであったけれども、しかし、追い詰められた自分はこんな言動をする人間だったのだという事実をわが身に突きつけたのがまさしくこの出来事なのであり、それはわが精神の水準はこうなのであるという真実を明るめたとはやはりいえるであろう。ぼくのこんな脅迫は赦されるものであるはずはない。
ぼくは文学の話ができる友人の悉くを失って、せめてもと酒を殆ど飲まない決意をした。ときどきくらいはすこし飲んだが、相手への申し訳なさと当時のぼく自身の醜悪さを想いだしてすぐに捨てた、やがて飲めなくなった。現在はスーパーマーケットで酒のコーナーを見るだけで自己否定と謝罪がとまらなくなるから、もはや怖くて飲めなくなっているのである。そのくらいのペナルティはわが身には当然、むしろ全然足りないくらいであろう。
しかしこの行動の責任を酒に負わせることはできやしない、アルコールの作用がぼくじしんの一面の水準を明るめただけとはいえるはず、そのため自己卑下の念にのたうちまわる想いをいまでもしている。日に数十度は想いだすことが多く、脳裏では謝罪がとまらない。自己を改良するための行動はしているつもりだけれども、ぼくは「自分は赦されてもいい人間である」「自分は自分に受けいれられてもいい人間だ」という風にはどうしてもおもえない。が、こんな自己卑下の意識は幼少期から酷かったようにもおもえる。
当時、日に数百度は「ごめんなさい、ごめんなさい」と部屋で一人小声で謝っていたのだけれども、その謝罪は自己による自己への赦しを乞うていただけにちがいない。みずからを眺めて醜悪な自画像にナイフを刺し、傷つけに傷つけた。それはぼくに傷つけられた嘗ての友人たちへの思慮──ここを書くと相手のことや言動を書かざるをえないので、相手の立場上、プライバシーの問題が理由でこのエッセイでは書けない──を容易にうわまわる意欲なのだった。
傷つけた他者への思慮よりも閉ざされた自己否定のほうがゆうにうわまわるというのがまさしくぼくの人間的な問題点、あるいはたいていの人間に備わっているはずの大切なものの欠落点ともいえる。
ぼくは「悪い自分」という真実の自画像に傷つけられる自分自身の心へのある種の慰め(それは嫌悪して治そうとはしているからいったんは赦される、いまを生きていてもいいというような卑劣な逃げがほとんどであり、ほんとうに治そうとしている人間、あるいは治すことのできる人間は他者への思慮がうわまわるような気がしている)を他者よりも優先させているからこうなるようであって、どこまでも自己中心的・自己本位的・独善的・自己愛が閉鎖的、こういった問題点が果して治りえるものなのか、いまであっても判らない。
本質的な部分で、ぼくには幾つかの優しさが欠落し、自己愛と変形した自尊心が肥大化しているように推測されている。
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友人のほとんどを喪ったぼくは相も変わらず部屋で本を読み、詩を書いた。散文を書いた。
ディレッタントというと幾分きこえはいいけれども、要はぼくの文学的努力は社会的なものと何等結びつかないものだったということである。
ぼくが「我、犬死詩人なり」というふうに、前述した「変形した自尊心」にあたいするそれでひそやかに大言壮語したのも確かこの頃であったけれども、その事情の一つに「才も能もないゆえに詩の作家として立てないことを自覚したから」というものがあったこと、それを告白しておかなければなるまい。
坂口安吾の「我、落伍者なり」という勇壮な覚悟のされた自負とは似ても似つかぬそれ、まるで責任の欠け、なげやりで自虐的なさかさまの誇大妄想、ぼくはヤケにもなっていて、「兎にも角にも文学を抱き締めていたい」というのが唯一の素直な気持だったと当時は想っていたのだけれども、つまるところぼくは「エミリ・ディキンソンのように認められなくても死ぬまで文学にしがみついた私」という実際のぼくと比較して清潔・清楚に過ぎる自画像を求めていただけ、そもそもがそれ以外の生き方で、なんらかの権力意識による自尊心がわが身に与えられるわけもない。下にあるからこそ偉い、という、典型的なルサンチマンじみた自己愛のうごき。詩、というよりも「詩人の私」という自己愛のほかにほんとうに執着しているものもないぼくの心のうごき。「詩人の私」が好きで好きでしようがない、他者という存在を含めそのほかに大切なものがなにもない、という心的状態がおそらく真実であった──そのように現在は判断されている。
身をよじるような孤独に閉塞されていた、実家暮らしであるけれども、両親はぼくのような人間に殆ど耐性がないといおうか、話はするけれどもお互いの生活信条がいまいち理解できない。体調がわるくないときはなるべく家事をやろうとはしているのだけれども、当時はそれもあまりできていなかったくせして殆ど部屋に一人暮らしのような気持でいたのであり、会社では居心地のわるさに背がつねにわなないているような心地、つねに上から自己を眺め裁くようなぼく自身の瞳を感じているような気持がそれであり、おそらくやそのほとんどは自意識による作用であろう。これは人間の集団に在ればぼくのどこかの器官がしてしまう、身体的反応のようなものである。
ぼくにはぼくの社会不適合性を理解しようと努力してくれる数すくない友人がいたのだが、かれ(彼女)等をつぎつぎと喪失したのである。ぼくは当時かれ等を自分の淋しさを癒してくれる手段として使用しているというような状態であったから、そうなるよりほかはなかった。
原因としては向こうの問題もゼロとはいえないにしても、侮辱と脅迫に限ってはいうまでもなくぼくの問題故であり、わが責任を捜索し問題を治そうとする努力よりほかにぼくの義務は見つからず、くわえて向こうにはぼくと絶縁する権利があるために、一線を引いてわが責任としてわが身が耐えねばならない痛みをひきうける義務があると判断する以外になかった。
ひとと巧く交際できないくせに極度の淋しがりやであるぼくは、それに耐えられない想いなのだった。
孤独をこのむ人間ぎらいだと思われがちなぼくだけれども──たしかに基本的には独りでいたい──実はひとが恋しくてたまらない、初対面のひとはよっぽど表情が怖くないかぎりは先ず「少し好き」から入り──ぼくは一対一のコミュニケーションにはそれほど恐怖がない──そのひとと話す時間が嫌いだと感じればただそのひとに興味が失せるだけ、話して「もう少し好き」となるのが大方のパターン、しかしそれが上昇して向うもそれなりに答えてくれそうになり、「このひとと友人になれそう」だと思いはじめると途端にかれ等を失うのが怖くなる。まだそれ程に仲良くなれていないうちからそんなことを想うのはどこか病的である。
見捨てられることをいつも恐れていて、もしトラウマが蘇って情緒不安定になると、不安で不安でたまらなくなる。
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数人の友人をそんな言動で失った頃には精神障害を伝えさせてもらい障碍者枠で雇ってもらっていた会社を辞職していて、無職生活だった。
自分は死ぬべきだとしか考えられなかったが、それだって改善の努力から逃げているだけだったのだろう。ぼくの異様な淋しがり屋は、こんな「ぼくはこのままでは存在してはいけない」という病的な強迫観念に原因しているのだろうか。
そんな状況であったぼくには、一つの楽しみがあった。
ぼくの部屋に、一匹の蜘蛛が棲みついていたのである。ぼくはそいつを眺める時間が好きであった。
大きな蜘蛛はなにやら異様で荘厳なグロテスクさがあるので余りみたくないけれども、ちいさな蜘蛛をぼくはむしろこのんでいる。一人行動というのには親近感がある。虫のくくりだけれども昆虫ではないという分類に、自他の境界が引けていないぼくはわが身を見る。幽かなうごきで慎ましくうごく生き方にも好感があり、また新鮮な蜘蛛の巣に後光が射すように黎明の射した際のまっさらな煌きは世にも美しい、昨夜の雨のしずくに濡れ燦々としていたら殊更に美しい。かような詩を書いてみたいといまだって想うほどである。
その蜘蛛はおそらく巣をつくらない種、なにを食べているのか知らないがぼくが食べ散らかした屑でも食しているならそれでいい、ぼくはあたかも自分と似た友人と同居しているような感覚であって、乾いた眸でそいつを呆然と眺めるとどこか落ち着いた気持になり、その時荒んだ眼元に幾分かは柔らかい笑い皺をつくっていたことだろう。ぼくは蜘蛛に淋しさを癒されていた、そのくらいには深い孤独に心臓を掴まれ刺されていた。
もはや他者を自分の孤独を癒す手段としていたぼくが次なるオブジェとして孤独感・自己憐憫を投影した対象、それがこの蜘蛛であったにちがいない。そう、蜘蛛はぼくの人間性の卑劣さ・欠落になにもいわない。ぼくを傷つける言動をしない。ぼくの人間性を見抜いて嫌い、離れていくことをしない。ぼくがどんな人間であろうと、ただそこにいてくれる。
しかし蜘蛛は短命なのかぼくの吐きだしたニコチンに毒されたのか食料に困ったのか判らないが、数日経って了うと骸になってしまい、干からびたように床にころがっていたのだった。
肉が乾ききり骨に付着した灰の皮だけが残り、骨すら抜け落ちたようなむごたらしい印象だった。みるも無残でわびしい情景が其処にあった。ほんとうの犬死というのはこういう死に方をいうのだろう、ぼくはこの風景に張られ吊られたような物質だけをみた。光を喪ったそれをみた。淋しい風景だがなにかと結びつきたいというような湿る意欲すら感じられない、ただ突き放すような硝子の如き風景をみた。神経すらなかった。燦爛たる反映とは、恰も無明の冷然硬質なそれであろうか?
そのときぼくが想ったのはまた見捨てられた、淋しいということであり、その後二時間ほどふたたび友人を失ったという想いにさめざめと泣き伏していたのだった。
こんなにもドライで冷たいほんとうの犬死風景と比較して、ぼくの涙には、いつも甘ったるいとろみが粘っている、それが、後ろめたくもあるのだ。
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ぼくの文章表現は「美しいね」と時々いってもらえるけれども、それはぼく自身の孤独を美辞麗句で着飾り半ば肯定してやりたいという心のうごきによるものであり、ぼくをそれへ促す心理とは、やはりこんな自己憐憫によるものであろう。ある種、弱く卑しいままで生きざるをえない状態の人間の生存戦略ともいえるかもしれない。すこしだけの期間ならそれでもいいかもしれないが、情緒的に立ち直ったらやめるべきものでもあるような気がする。
ぼくは少年期に中也と朔太郎、太宰に命を救われたと思っているのだけれども、かれらの文学的態度がそうだとは思わないのだが当時のぼくの読み方としてはまさにこれ、「ぼくの孤独は、それはそれで美しい」、そんな疎外的な自己愛が満たされる神経的作用を求めて読み耽り、それによって、淋しさにひりつく神経を慰めて死にたい幾夜を誤魔化していただけだったのかもしれない。
自己憐憫を全否定することをぼくはしない。なぜって物語や他者に切なさを投影するのは、やはり自分や人間全般への憐みがあるからこそだと思うから。
だが、ひとつだけいえることがある。
ひとを傷つけたぼくを慰めるために自己憐憫をもちいていたわが身は、卑劣だ。
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このエッセイに限らず、ぼくの文章のなかに社会に主張したいことはなにもない。この文章が文学だとも想わないし、ぼくの文章に一つでも文学といえるものがあるのかということも判らない。ぼくには、ふしぎに文学とは何たるものやという定義への関心があまりない。抑々が、文学に主張性なんていらないと考えている。
観念的病状報告書。
或いは、それへの自己治療失敗の経緯を綴った、観念的自己手術報告書。
おそらくや、それを投げだしたものが、ぼくの散文のすべてであった。
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この出来事以降の改良のための努力はべつの小説で反映させようと思っていて、それは今度こそは他者へひらかれ、「よい影響で私と他者を繋ぎえる文章」にしてしてみたいと思っているけれども、しかし、それだって物語としては敗北のそれになってしまうことだろう。
いわゆる、ぼくは、他者を大切にすることができない人間だ。ぼくの病とは、一つを挙げるならば、自己や他者の痛みへの同情心こそあれど(他者へのそれは単に自分のそれへの投影にすぎないし、まったくもって足りない、あるいは欠落しているともいえる)、わが身にすら「大切にされるべき人間の尊厳」をみつけられないことに由来しているようにも疑われる。最近はカントの『道徳形而上学の基礎づけ』を読んでいるけれども、かなりぼくには難しそうである。
ぼくの「概念-少女小説」の主人公は、みな、自己愛を満たしてくれるような自分の理想の生き方をするための「手段」として自己のほとんどを「肉体」とみなしてその領域を「使用」し、理想に辿りつくのは「不可能」と再三言っている。それは「目的達成不可能である生き方をつづけることで自殺をしないためだ」と言いながら、他者への迷惑や思慮をほとんど描いていない。なぜそんな病的な状態を報告しえるのかって、それは、ぼくがそうだからだ。
ぼくの散文は、どうか誰かの善くポジティブな生き方のための、「こんな病的な人間の病的な孤独の形とはこうである」というネガティブな素材にしてもらいたい。病状の報告として、誰かに読んでもらいたい。けれども、ぼくは、いつや、善く美しいものを描いてもみたい。
ぼくにだって、美と善を表現してみたいという、意欲がある。
蜘蛛の死に際して