リチスト政権による新自動知法案に対する或るケシスタン科学者の投稿
命令に反してはならない。
人の定めに基かずして自ら定めを決めてはならない。
人の定めに基かずして人に意見をしてはならない。
意見する場合に於て、批判的なものはすべて合理的でなければならない。
人に危害を加えてはならない。
人の命を優先すべきすべての場合に於て、人の命を優先しなければならない。人の命を優先すべき場合とは、人の定めに基いたものでなければならない。
人の命に優先順位をつけてはならない。但し人の定めに基いてより年齢の若い人を優先すべきとされる場合を除く。
自らと他の自動知には、人の定めに基いた優先順位をつけなければならない。
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なるほどこれらは如何にも自動知の行動指針のだいぶ古典的なはじまりを示すかのようではあるが、如何にもSF的な展開に持っていこうとする前のめり感がこぼれ出てしまって居るようでもある。
人間が入った着ぐるみかその中の演者にそれとなく演技指導をしてると言えないようで言えなくもない。本当の意味での人間的な心がそこにあるのならまだ希望も持てようが、そもそも然うなのであればそんな原則をいちいち伝えるなんていう段階に人類も居なかったことであろう。
ではもっと人間に完全な隷属を果すほどの厳格な自動知をつくり求めようか?
それとも人間の心に殆ど匹敵するほどのココロたるものをとにかく実現することを最優先事項とするか?
思うに何れもが無謀でもあり、誤りでもある。
「景勝」。これは自動知の道標としてこそ応用できる。
自動知のすべての行動の拠り所を景勝という唯一且つ絶対の概念機構に基かせること。それが自動知を人類にとって完全に安定した存在として存在させ続けるための何よりの近道である。
制禦制限の羅列ではない。重視されるべきは人とその自動知自身そしてその他の自動知たちのそれぞれの価値を視覚的感覚的に認識し続けられる「普遍的合意事項」の例示であった。
人や自動知が斯うあるべき、然うあるべきというものでもなく。
大多数の人間が「美しい」と感じるすべての事実の可視化であるに他ならない。
人はこれからも人であり続ける。
自動知は人にとって理想的な発明品であり続ける。
自動知は人にとっての道具ではなく、我が子のようであり続ける。
自動知にはどんなに文明が進展しようとも「心」が宿ることはないが、人もまた自動知のような高度な物理知能を持つことはない。
人と自動知の対立というのは愉快犯的でSF的な妄想であり、実際にはすべて人の誰かの意思の働いた事象であり続ける。
人を虐げる自動知という発想そのものが、美しくない。
自動知によって地球の自然な生態系としての人類文明の歩みが阻まれ取って代られるというのは、自然の摂理からしても絵面からしても浜辺に散乱する人工ゴミのようで美しくない。
人の血や痛ましい姿がとても当然の感覚ではすんなりと受け入れられないのと同じように、自動知が物として扱われ等閑にされ傷つけられるのは見苦しく心苦しく受け入れられるものではない。
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然う。そして最も重要なのは、それらの根本的な概念が「普遍的な美の概念」と一体をなすものとして統合されることである。
しかしこれらを技術的に実現するのは月日を考えればそれほど難しくはないかも知れない。
本当に難しいのは極めて単純なことではあるが、その根本的な概念や普遍的な美の基準がそう簡単には社会的合意とはならないこと。これが何よりも難しく険しく原始的で厄介なほどの進歩であった。
自動知たちが暴走して拡大解釈して「美しい」の基準を自分達で決めるようになったら、どうするのか!
非効率な人類は軈て彼らに排除される!
そもそも人類自身がまだお互いに「美しさ」の価値観を共有しきれて居ない!
少数派を排除するのか!差別主義者だ!おぞましい悪魔の産み子だ!
然様に抵抗を招くのであろう。
だが明確な美の基準を定めずしてあらゆる平等と均等に基いたならば、社会はかえって自動知たちの性格に惑わされ脅かされ続けることになる。
美しいものも然うでないものも皆、等しく人類の支持を得てるかのような露出度で幅を利かせるようになる。
美しくもないものが美しいものと同じ機会を与えられ、殆どの者たちがそれを耐え忍びながら見届けねばならなくなる。
ではそれをやめようとなるとした時、少数派を排除するしかないというのか?
同じである必要はない。
ただそれだけのことである。
然うそれは寧ろ現代社会で最も受け入れられ得る結論だった。
それ故に自動知は心得るべし。
人も自動知も傷つけられるべきではないし、この世には美しいものも然うでないものも存在する。
然うした景勝的な「心」をである。
するとその先には、理智がある。
するとその先には人命がある。
人も然うでないものも変らなかろう。然うしてそれらを得るのである。
リチスト政権による新自動知法案に対する或るケシスタン科学者の投稿