反乱ーその1日目
だいぶ前に書いたんですが、ちょっと出すのをためらってました
最近は世情不安定なモンで、某社のハッカー騒ぎもありましたし。
古(いにしへ)に天地(あめつち)未(いま)だ剖(わか)れず、
陰陽分れざりしとき、渾沌(まろか)れたること鶏子(とりのこ)の如(ごと)くして、溟涬(ほのか)にして牙(きざし)を含めり。
俺はここに来て後悔し始めた、ふいに脳裏に日本書紀の神代の巻、冒頭を思い出していた。
○
「おい、コンピューター立ち上げたか?」
「いや、まだだけど・・」
月曜朝のビジネス街は週明けの電話連絡と部署ミーティングでデスクのノートパソコンを立ち上げているヤツなど殆ど居ない。
「ちょっと、立ち上げてみてくれよ」
「あぁ、いまパワーを入れたから・・」
画面にパスワード表示がされて、所定の記号を入れるとソコに現れたのは、
OSのデスクトップ画面ではなく、警告文だった。
??キカレヨ キカレヨ イツノカシリタマイ
「おい、なんだこれ?エラー?文字化け?・・・新しいウィルス・・?
しかも、キカレヨってなんだ、聞かれよ?・・何を聞くんだ?」
「お前のパソも、そう言うのが出ているんだ、他はどうなんだろう」
次々と余所の部署にも伝達はされた、例外なくそのフロアのパソコンのデスクトップには同様の表示が現れ、
それはこの部署だけではなく、支店含めた全支社そして本社のシステムがこういう事態に陥っている事が確認された。
さっそく庶務部からサーバー管理会社に事情が伝達され、システムの異常は点検されることとなったが、事態は午後を経過しても変化がなかった。
「どうなっているんだよ、これじゃ、仕事にならないから、なんとかしてくれよ」
「あ、はい、いま早急に対処のチェックをしておりますが、なにぶん、初めてのことで・・」
「はじめて?こういうエラーが初めて出たのか?システムの問題だけじゃないのか?」
「えぇ・・、どうも外部からの、システムと言うよりも、
強制的な何かが書き加えられたようなんです」
「それってハッカーか?うちのセキュリティの問題か?」
「いや、御社だけではなく、うちが管理担当している全社に同じ症状があるんですよ・・」
「な、なんだって?ということは、このシステムを使っている所が、トロイの木馬やワー
ムのようなコンピュータウィルスにかかったのか?」
「ハッキリしたことは言えませんが、ウィルスじゃないですね」
「ウィルスじゃないって、じゃ何なんだよ?」
「いや、それが分からないので、苦労してるんです。不正アクセス記録もないし
ウィルスならプログラムに改竄した跡があるんですが、プログラムに
改竄箇所はありません」
「じゃ、なんなんだよ」
「とにかく、しばらくお待ち下さい。解決のメドが立てば連絡させて頂きます」
「どれくらいで、直るの?」
「あ、はい、とにかく全力でやっておりますので・・・もう暫くお待ち下さい」
電話を切った管理会社の人間は困惑していた、表示されているメッセージは、
ハッカーのプログラム改竄やシステムエラーでもなければサーバー伝送トラブルの問題でもなかった。
もちろん端末のパソコンにも異常はなかった。
対応チームの人間の誰もが、なぜこの表示が出ているのか原因は不明であることだけは一致していた。
午後を過ぎた時点で分かったことは、メッセージは相変わらず消えないまま、M社OS使用のパソコンのみではなく、
それ以外のL社やA社のOS使用のパソコンにも表示されており、被害各社のコンピュータ処理はストップしたままだった。
そしてこのトラブルはこのサーバー管理会社以外にも徐々に広がっていた。
同じ朝、東京の区役所職員が悲鳴を上げた、徹夜で作ったデータが表示できないのである。
しかも画面にはあの言葉が現れていた。
???キカレヨ キカレヨ イツノカシリタマイ
突然の事態にパニックに陥った職員は、すぐにパソコン管理業者に電話した。
しかし、ここでも結果は同じ事だった、エラー原因が分からないばかりでなく、
メッセージ表示を消すこともできなかった。
この現象は少しずつ大企業や学校関係でも起こって、みな同様にパニックに陥った。
正午を遙かに経過しても事態に変化はなかった、最悪なことにマスコミ関係が
この事を取り上げようにも、放送局や新聞社のIT環境でも同じ事が起こっていた
マスコミ関係も同様の事態で制御不能状態だった、
なにしろ番組進行からCMのタイミングまですべてコンピュータで一元処理されていた。
放送局の一日のタイムスケジュールや放送は、各局共にストップ状態だった。
従来の手作業に戻そうとしたが、放送システムがそうはなっていなかった。
いつまで経っても?しばらくお待ち下さい?のテロップに
視聴者からの抗議の電話が鳴りまくった。
もう一つのメディアである新聞も、いまや電子送稿・製版が大半を占める進行のために
コンピュータ無しにはページ1枚刷ることもできないまま、事態を見守るだけだった。
某市・都市銀行ATM前でお昼に出金しようとしていた婦人が、いぶかしげに画面を見た。
???ちょっと、コレ何?
係員との連絡用の受話器を取って、婦人は、係員に尋ねた。
「あのぉ、出金しようとしたら、変なメッセージが出ているよ」
係員は、すぐにそのATMの前に出向いた。
???キカレヨ キカレヨ イツノカシリタマイ
係員は、息を呑んだ、昼前に通達が回っていたとはいえど、まさか自分の目の前に
このメッセージが現れるとは思わなかった。
彼はすぐに、取り扱い停止に処置して、婦人を窓口に案内した。
「ちょっと、他のATM使えないの?、窓口だと手数料が・・」
「はい、申し訳ありません、他も同様でして・・どうも
センターのトラブルみたいで・・はい」
と、アナウンスしたが、脳裏にはATMのトラブルだけでなく、
本社のシステムネットワークのデータもやられている可能性を考えた。
その被害の甚大さをイメージすると、目まいがしそうになった。
同時刻、同じようなトラブルは、コンビニでも起こっていた。
ネットワークに繋がっているレジが、まったく作動せずに、
あのメッセージが小さな液晶画面に表示されていた。
客は不審そうに、その画面を見つめている、店員は慌てていたが、
そのメッセージがまるで自分が店員に懺悔するのか?
そういう文章に見えたのだ。
店員は操作不能になったレジを諦めて、大型の古い卓上計算機での清算を申し出た。
系列のスーパーでもレジカウンターは同じ事になっていた。
長蛇の列で、計算機が間に合わず、そろばんを持ち出す店員も現れていた。
コンピューターを介したシステムを導入している金融企業や流通は
軒並み同じ現象に見舞われて、あちらこちらで混乱を極めた。
そうそうに営業停止を表明する店舗も少なくはなかった。
徐々にその被害は、IT関連から金融・流通に広がっていた。
ライフラインの突然の機能停止状態に、政府は、対策協議に乗り出した。
IT関連の学者、ブレーン、有名エンジニアが緊急招集され対策が検討されたが、
ようとして知れない原因には対策も何もあった物ではない。
コンピュータはしばらくネットにつながず、電源を落とすしかない、
という誰でも考えつく結論を布告する事に一致した。
これらの対策の一環として警視庁のサイバーポリスの出動が要請された。
合同プロジェクトとして民間システム管理会社とのチームが編成され、一同は、協同して額に汗して取り組んでいた。
しかし、このトラブルはどこから発信されているメッセージなのか、いまのところ、それも分からなかった。
なにしろコンピュータを立ち上げて、ネットにアクセスすることもできないのだから、
アクセスの発信位置を知る事などできるはずもない。
ただこのトラブルに至るまでの記録されたアクセスログとサーバに残された記録を解析を続けるしかなかった。
サーバーのメンテナンスは通常通りで完璧だった、
少しずつデータを置き換えながら再起動やタイプ毎の異なる
サーバーOSのインストールのやり直しを試みたりしたが、効果はなかった。
立ち上げてみるとやはり、あのメッセージは表示されていた。
いまはただ、表示されたメッセージのソース解読とサーバに
残されているスクリプトコードやプログラム言語をプリントアウトして、
解析の手がかりを探すしかなかった。
???キカレヨ キカレヨ イツノカシリタマイ
表示文章は、同じメッセージを告げていた。解析は続いていたが、
プログラムがどこかと同期しているのは理解できるが発信元は、あいかわらず不明なままだった。
何よりも、全文の意味はもっと不明だった、何を、誰に対して、そうするのか?
固定メッセージになった画面の前には、全く無力だった。
「なんだろうね、このメッセージ、なにか隠しコードがあるんじゃないか?」
サイバーポリス室対策チームに派遣された浅山ケンジがつぶやいた、
パソコン画面に何かを表示するにはプログラムをマシンに表示させる為の変換作業が必要だが、
いま現在の手元にあるコードにはそういった記述はない、
考えられるのは、既存のコンピュータ言語と違う方法論か、不可視プログラムではないか。
「しかし、そうだとしても、我々の知らない隠しメッセージをどう見つける?」
サイバーポリス室の責任者であるユウイチが言った
「トライしてみるよ、何か分かるかも知れない」ケンジは画面を見ながら応答した
「そうだな、じっとこの画面を見ているよりも、ましだな。しかしこの不可解なメッセー
ジがどういう意味か?俺はネットで交わされているネット独特の短縮ワードを当たって
みるよ」ユウイチも作業にかかった
被害対策のための解析ルームはまた静寂に戻った、時折叩かれるキーボードの音、それだけが人のいる気配だった。
初動の一日目はそして終わった。
反乱ーその1日目