癌は意のまま

癌は意のまま

一、若い頃

 蟹絵銀杏は大きな広告会社の宣伝文句のクリエーター、さらにイラストレーターとして働いて5年になる。その間、病気一つもせず、せっせと依頼された広告の文や絵を考え、描き、それなりの評判をとってきた。
 28になったその年の始め、水産加工会社の新しいカンズメの宣伝動画に使うキャラクターをたのまれた。その会社は高級なタラバガニのカンズメが有名で名が知られている。今回、新たな試みで、蟹蒲鉾を高給蟹缶と同じ形でカンズメにして売り出すという。その宣伝の依頼である。本物のタラバガニの缶詰は正価が三千円もする、売り出す蟹蒲鉾缶詰は三百円だ。だが味と口の中での感触は本物のタラバガニに負けず劣らずだそうだ。そこを旨く表現しなければならない。
 蟹江は一冊の古い本を手に取った。とある大学の蟹一筋で研究をしてきた人の蟹の本である。なぜか会社の図書館にあった。かなり古いものだが、専門的な記述ばかりではなく、蟹を描いた絵画、マンガ、ことわざ、様々なことが書き記されている。もちろん、多くの蟹の写真もあった。昭和31年の本だからほとんど白黒写真だが、それでも蟹のかたちの違いはよくわかる。
 その項目の一つに、蟹と名がついているが、本当の蟹の仲間じゃないものについて書かれている項目があった。
 蟹だましである。磯に行けばふつうに見られるらしい、歩行に使う足が四本ではなく三本だそうだ。だが立派なはさみをもっている。ヤドカリに近い種類ということだ。
 蟹蒲鉾だから、カニダマシの絵でも配置しようかと考えた。ところが読み進めてみると、タラバガニそのものが本家の蟹ではないという。やはり歩くための足は三つで、四本目は小さく細く背中の下の方にかくれているという。
 タラバガニの缶詰の写真をみると、確かに立派な足は三本だ。
 とすると蟹蒲鉾の缶詰にカニダマシではだめだ。タラバガニと同じ仲間じゃないかと文句を言う人が必ずでてくる。
 ままよ、とその本を読みすすめた。蟹の本がおもしろくなって、最後まで読んでしまった。いろいろなことを知ることができたが、なんと、英語で癌のキャンサーは、蟹の学名になっているということだった。足の短い堅い大きな甲良の蟹が、はさみや足をたたんで石のよう固まって岩の間にかくれているさまは「癌」に似ていることから、学名にキャンサーがついたという。いや違う、キャンサーと英文で辞書をひくと、原義:カニとあり、癌を取り巻く血管がカニの足に似ているからそうつけたとあり、カニのほうが先のようだ。まあ、どっちでもいいことではあるが。
 特に海外でおいしいとされる銀杏蟹にその名前が付けられていることを知って、自分の名前、蟹絵銀杏は、なんと癌と蟹に縁があることだと感心してしまった。これはがんばらなくては。
 一週間かけて、本物のタラバガニが自分の足にかまぼこを詰めている場面を考えた。三百円のタラバカマボコ缶詰の表紙である。大人のおつまみにも、子どものおやつにももってこいであることをうたうことにした。
 こうして、仕事は一段落した。
 そうしたとき、蟹はキャンサーがふたたび頭に浮かんだ。健康体そのものの自分には、蟹が癌だと知っても実感がなく、今では癌は怖い病気でもなく、いい医療方法が確立されてきている。いい薬も開発されている。自分には関係ないといったんは思ったのだが、こんなに健康体であるにも関わらず、一番高いガン保険に入っていることを思い出したのである。
 彼が社会にでて給料をもらい始めたときに、心配性の親が、半ば強制的に癌保険にいれさせたのだ。
 なんでもガン治療何回でも保証され、しかもプレミアムという、給料の減った分までもカバーする保証だった。
 父親も母親も親族にガンにかかった人がおらず、遺伝的には問題ないと思われる家系なのだが、そのために逆にガンをとても怖いものと思いこんでいたのかもしれない。
 だがすでに結婚した妹は生命保険にははいっているが、癌保険にははいっていない。癌になったら消えろ消えろと言えば消えちゃうのよ、と楽天的な彼女は言っていた。
 彼も楽天的なところもあり、蟹の本を読んで、思い出したガン保険はやめ、生命保険だけにしようと思った。両親の心配性は子供たちには遺伝しなかったようだ。
 ガン保険をすすめた両親はもういない。コロナがはやった数年前、新コロナウイルスに両親とも早々とかかった。健康だったのが災いしたのか、風邪などすぐ治ると思っていたのがいけなかったのか、二人そろって高熱を発し命をおとしてしまった。楽天的な彼もそのときばかりは病気の怖さを目の当たりにした。
 しかし、蟹蒲鉾の宣伝仕事を頼まれたおかげで、給料の三分の一も癌保険に持って行かれている現状を何とかしようと思うこととなった。もしやめると、生きていたら両親、特に母親は大騒ぎするだろうな、とも思うのだが、これから掛け続けて意味があるのだろうか、だけど今までかけた分をすてることになるのだが、その額は馬鹿にならない。やめないなら、なんとか癌保険を利用する方法はないのだろうか。いっそ癌になって、保険金をもらったらどうだろう、そんなむちゃくちゃな思いがわいた。
 夜寝るときに癌よできろ胃の中にできろと思いながらベッドにはいった。苦労しているガン患者さんが青筋を立てて怒るだろうに。

 しばらくたったある日、胃が何となく重いと感じた。そういった内臓の異常らしき感覚が意識にのぼった経験が今までない。それだけでもうガンになったのではないかと思って気が滅入った。
 胃が重いだけなら胃薬でも買って飲めばいいのだろうが、なにしろ対処の仕方もよくわからない。
 会社にでて、そんな話をしたら、ちょっとぐらい胃が重いのは、食いすぎ飲みすぎだよ、今日は医務室にお医者さんがきているから、見てもらったらいいじゃないかと同僚に言われた。そうだ会社は医者を雇っている。市販の胃薬なんか買うのは金の無駄、まずただで見てもらおう、そう思って昼休みに初めて医務室にいった。
 若い女医者がふりむいた。「顔色はいいわね」、そう言って容体をきかれ、目をめくられ舌を出させられた。なんてことするんだ。
 「仕事のしすぎでしょう、胃の粘膜を整える薬を出しますね、この薬は気を静める働きもあります」
 そう言って薬をくれた。いつも用意してあるようだ。細かな仕事が多い会社だから、胃の相談も多いのだろう。
 女医さんは「一応、血液検査しますね」と、ハイと返事する間もなく、腕をつかまれ、手を握られ手のひらをかいされ、ゴムで上腕を縛られ、指を握ってといわれて採血針を浮き出た静脈にさされた。細長いガラスの瓶に血がはいっていく。俺の血だ。あっという間に血をぬき採られてしまった。何と言う早業だ。
 「ここ抑えてね、二日後にきてくださいよ」
 そう言ってほうりだされたのである。腕を押さえて部屋に戻った。
 「どうだった」
 同僚に聞かれ、手を握られたとまじめに答えてしまったので、もてることと大笑いされて終りである。
 胃のもやもやは残っていたが、その日の夕食はおいしく食べることができた。
 三日後に室に行くと、医者はおらず、常駐の看護師さんが、
 「血液検査の結果がでています」
 紙切れを渡してくれた。
 数値が羅列した検査結果に、一カ所Hと頭にかかれている数値があった。何の数値か説明してくれなかった。
 「ほんのちょっとですが、その値が大きいですね、レントゲンをとるようにとの指示があります、検査結果を持って病院にいってください」
 そう言われた。
 会社と連帯している病院にいくことになってしまった。
 その日、会社に行く前に病院によるとすぐ診てくれた。レントゲンを撮り、その写真を見ながら、消化器内科の先生が信じられないことを言った。
 「胃ガンですね、とても初期です、手術をしなくてもなおせるかもしれない、もっと詳しく調べましょう」
 彼は嘘だろと思いながらも、精密検査を受けることになった。
 MRI検査をしたところ、やはり胃にステージ1という癌ができていた。上皮癌というものでまだ初期のものだそうだ。
 「自宅での治療になります、新開発の免疫薬を使いましょう」
 そういわれて、わけのわからない詳しい説明のあと、飲み薬をもらって会社に行き、上司に医者に言われたことを伝えた。
 「それじゃ、しばらく家でできることは家でしなよ、在宅勤務にしておくよ」
 配慮をしてくれて、彼はコロナの時と同じように、自宅で宣伝の構想を練ったり、デザインをしたりすることになった。
 胃に痛みなどもなにもない。ずいぶん仕事もはかどった。
 「お兄ちゃん、癌だってね、我が一族で、歴史上初めての人よ、そんなもん、胃ガンよ消えろ消えろと毎日唱えていれば消えちゃうのよ、うちの家系は、安倍晴明の末裔なのよ」と妹から電話があった。
 そんなもんかと同意して、癌よ消えろ消えろと、三日三晩となえ、三日後に病院にいったところ、本当に癌の陰がなくなっていた。胃カメラはもちろん、すべてやったが何もないということがわかった。
 医者は首を傾げた。
 「ふーむ、ずいぶん早く癌が消失しましたな、最初に間違えたかと思って、カルテやデータを見直したけど、たしかに初期の癌はありました、蟹絵さんのからだの修復力がよかったのと、新薬がからだにあったのでしょうな」
 といってくれた。
 それで、そのまま会社にでて報告すると、みんな祝福してくれた。だが、自宅で仕事がかなりはかどったこともあり、予後もみなければならないとして、しばらく自宅中心に仕事をしなさいといわれた。
 家では仕事ばかりしているわけではない、改めて病院の領収書を見て、癌保険のことを今まで忘れていたことを思い出すことができた。このようなとき保険がどのように使えるのか聞いてみようと思い、保険会社に電話をいれた。電話に出た女性はなれた口調で懇切丁寧に教えてくれた。それで言われたように、PC画面上で、その会社のホームを開き、保険請求書類を書き上げてしまった。そういったコンピューター操作はお手の物だ。
 必要な添付書類を病院でもらい手続きをとった。しばらくすると支払いの書類が送られてきた。それはかなり驚くものだった。自分がかかった癌は上皮癌といわれるもので、ともかく癌になったことだけで100万円もくれるとあった。上皮癌とは臓器の表面だけの癌で奥にはいっていないものだという。
 今回は10日ほど胃がちょっと重かっただけで入院もしていない。会社の保健室にかかってから10日ほどで病気の気分はなくなっている。それで100万もらえるとはすごい、特殊な薬代は検査診療費を差し引いても10日で8万ほど得したことになった。
 おおもうけじゃないか。
 それなら今度は肺ガンになってやれなどとバカな想像をした。
 心の中で今度は肺ガンだ肺ガンだと天の声がこだました。ベッドにはいると、さあ、肺ガンだと天の声がつぶやいた。頭の中にリピートモードが組み込まれてしまったようだ。肺ガンで苦しんでいる人が聞いたら、バカにするな苦しいのだぞと、どなられてしまうだろ。
 今回の胃ガン騒動がこの男の脳の神経回路に癌になる癌になると唱える神経回路が構築されてしまったようだ。自分ではあまり意識していないが、デザインを考えたり、映像を考えたりしていると、脳の隅からふっとそんな声が聞こえたりする。
 それから一週間後である。駅の階段をのぼっていると息苦しくなった。会社のエレベーターの中で咳がでた。なんだ。
 また保健室に行くと、女医さんが胸に聴診器をあてて、「うん、気管支が荒れているのかな、喘鳴が聞こえる。胃ガンになったばかりだから気をつけたほうがいいわね、肺のレントゲン撮ってもらってよ」
 栄養剤をくれた。
 ゼンメイってなんだと思いながらも病院に予約を入れた。
 レントゲンの結果、左肺に小さな癌があった。
「転移していたのかなあ、胃がんの治療書類をみると、完治していると思えますけどね、新しい癌かな」
 そう言いながら、呼吸器内科の医師は胃がんと同じ新薬を使うことを提唱した。もちろん同意した。
 最近は自宅での仕事が自由にできるようになっていたので、仕事にほとんど支障にならなかった。
 今回も数日で癌はみられなくなった。もちろん、頭の中でたまに聞こえてくる声は、肺ガン消えろ肺ガン消えろだった。脳が勝手に言葉を作り出しているような感じだ。
 無意識的に脳が肺がん消えろと唱えていると三日で肺ガンは消えたのである。
 またもや癌保険からおりた。こうやって、二百万が二ヶ月の間に自分の銀行にふりこまれた。
 仕事は順調で、自分の考えた宣伝文句が、日本中ではやり始めた。これでその会社は大喜び、会社も彼に特別賞与をだしてくれるまでになった。
 年が明けた。頭の中に脳に癌ができろ、脳に癌ができろと、聞こえてきた。自分が言っているのにも関わらず、意識的にその文をとなえたわけではなく、いつの間にか、その語句が作られ、脳の中で回り始めたのだ。
 脳の癌てどうなるのだろう。
 そのうちなんだか頭が重くなった。もしかすると本当に脳が癌になったのかと、コマーシャルなどを考えるのに脳が癌じゃできなくなると心配になり、会社の保健室にはいかず直接病院にいった。
 あった。脳のMRI検査で前の方に癌ができていることがわかった。
 脳神経内科の先生が、
 「胃ガンと肺ガンがなおったら、すぐに脳が癌になるとは、私にとって初めてのケースです、学会で話をさせていただきたいがどうでしょう、お名前は出しません」
 と言った。彼は、どうぞどうぞと、返事をした。
 「うーん、しかし、すぐ治ってしまうというのは、薬のせいばかりではありませんな、自分で癌を退治する能力を持っているようです、今回は一応、今までの薬を出します」と同じく薬をだしてくれた。
 「脳の癌と言っても、神経細胞が癌になったわけではないのですよ、脳の膜にがんができたのです」
 付け加えの説明をもらった。
 今度も脳の癌消えろ、脳の癌消えろ、と頭の中で呟きがまわり始めた。
 おなじだった、薬を飲み始め三日後の検査で脳の癌が消失した。医師たちはその新薬がよほど蟹絵のからだにあっていたのだろうと新聞にまで発表した。
 そういうことで、また100万円癌保険から支払われた。
 おおもうけだな、今度はどこが癌になるか楽しみになった。
 変なところの癌はイヤだ。
 そうおもっていると、陰茎癌になれ、陰茎癌になれと、頭の中で聞こえた。
 こりゃいやなとこだ、そう思ったら、次の日には、陰茎に痛みを感じ、さわっても勃起しなくなった。
 たいへんだ、それはいやだ、陰茎癌は消えろ、陰茎癌は消えろ、と意識の中で、となえた。
 すると、次の日陰茎の痛みは消え、朝勃起も起きた。医者に行かずに勝手に脳が癌を作る呟きをとなえ、治るようにつぶやく。どうなっているんだ。
 だが、脳の中では何かを癌にしたくてしょうがない気持ちがわきあがっている。
 今度はどこの癌がいいのだろう。ともかく、癌になってもすぐ直る、しかも癌保険がおり続けるから、一月にどこかの臓器に癌ができて、百万の収入が保証されていることになったわけである。年収1200万になる。
 保険会社も手をこまねいているわけではなく、調査員を何人も病院に派遣し、またひそかに彼の生活を調査する探偵も雇ったのだが、彼の生活はオープンであり、そういった癌になりやすい体質であって、人為的なものではないことが証明されたに過ぎなかった。だから彼が保険料を払い続けるかぎりは、がん保険を支払わなければならないわけである。
 彼は楽しんでコマーシャルのアイデアを出し続けていた。

二 癌は美のもと

 蟹江銀杏は38で会社をやめた。癌になったのが28のときだから10年、毎月、どこかしらに癌ができて、治り、を繰り返し、120箇所の癌ができたことになった。胃癌は5回やった。噴門部、胃体部、幽門部、胃の筋、胃の腺にできたので、胃癌が5回ということだ。このように、できる部位が違うと何度も同じ臓器の癌になる。10年も毎月繰り返しているとだいぶ飽きてきた。と言っても、脳が勝手につぶやくのだから仕方がない。これじゃ結婚どころじゃない。
 すこしばかりこまってきた。ともかく癌は怖くないが飽きるものだということがわかた。それで仕事をかえて少し気分を転換したいと思ったわけだ。
 独り立ちして、宣伝事務所を開いた。
 映像画像の依頼はそれなりにきた。
 PCをみながら、頼まれた宣伝のイラストを考えていたら、目の癌になれ目の癌になれと声が脳の中で湧き上がった。
 目が癌になったらどうなるのだろう。
 すると、次の日には目の前に超未来のような映像が浮かんだ。蟹絵はコンピューターグラフィックでそれを画像にした。
 発表したとたん、日本中、いや世界中の美術界が驚いて、その作品を買い求めた。
 一月たつと莫大な金が彼のもとに転げ込んだ。
 今回も癌の検診を受けて、目の奥に癌らしきものが写っていたのだが、眼の癌よ消えろ、眼の癌よ消えろのコールはおきなかった。
 眼の奥のその固まりから赤い光がでてきて、黒目から外に放たれた。彼の目が赤く光るようになってしまった。他の人が彼と会うと、彼の目が赤く光りその人を照らし出す。その人はなぜかとても綺麗に見えた。そのことが伝わると、知り合いの写真家がモデルの写真を撮るときスタジオに呼んだ。彼がモデルと見ている間に写真を撮ったら、それは見事な写真となった。何しろモデルがとても美しく写るからだ。知り合いの写真家は一流の仲間入りした。彼は法外な料金で呼ばれるようになった。
 さらに、いつまでも新たな映像が目の前にあらわれ、彼は夢中でスケッチをした。それは手書きの作品として、どんどん売れた。有名な画廊が個展を持ちかけ、それも大成功のうちに行われた。
 癌はできたままのはずだった。
 そんなとき、今度は指に癌ができろ指に癌ができろという声が脳の中に響いた。
 知らないうちに両手の指の根本に膨らみができはじめた。さすがに気味が悪くて医者にいった。
 すると両手の五本の指の根元に癌化した軟骨がみつかった。
 また彼は新薬をもらって飲んだ。
 一週間飲み続けたが、左右五本の手の指の根本の癌は消失せず、軟骨が伸び始め、とうとう、親指人差し指中指薬指小指の脇にまた指が生えた。片手に10本の指ができた。両手で20本である。その指すべてが動いた。しかも脳が命ずるまま繊細に動かすことができた。
 成人の手の指が新たに生えてくると言う奇妙な現象を生理学者が調べたいといったのだが彼はいやがった。
 20本の指でコンピューターのキーボードをうったら、一時間必要な作業が30分で終わった。なれてくると10分ほどになった。六倍の早さでキーボードを打てるようになった。
 彼は文章を作り始めた。どんどんできて、一日で一冊分の小説を打ちあげた。
 そのような調子で小説を書き、しかもそれが飛ぶように売れていった。
 二十本の指の作家として知られるようになり、芸術家、作家として成長を続けた。
 彼は自分の出版社を作り、人をたくさん雇って絵と文の作品を作り続けた。
 とうとう八十歳になった。
 目は赤く光り、二十本の指が今ではピアノを弾くようにまでなった。複雑な旋律がピアノからでてきた。大ホールでコンサートを開いた。
 ところがである。いままで結婚してくれる女性がいなかった。
 お金があるからといっても、気味が悪いといって誰も奥さんにはなってくれなかった。彼はある学者の頼みを聞いて精子バンクに精子を提供した。
 そして百をすぎて寿命がつきた。
 盛大な葬式が営まれた。
 ある学者が送る言葉にこう締めくくった。
 「癌は遺伝子が狂ったもの、進化というのはそこから生じるもの、蟹絵銀杏さんは、地球上最も進化した人間だった。未来の人間だった。ここに彼の偉大な一生はおわったが、遺伝子は精子バンクに残されている、有効活用によって新たな人間がつくりだされてくるのもそんなに遠くない夢だろう」
 

癌は意のまま

癌は意のまま

癌よ消えろと思うと癌が消える。そんな男の一生。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-04-03

CC BY-NC-ND
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