落葉 -梟化生と押都-

閲覧ありがとうございます。
この作品は、忍たま二次創作です。
以下の要素が含まれています。

○BL
○リバ(押都×人外、人外×押都)
○オリキャラ
○人外
○性表現
○キャラ知識がない
※作者が読みたいものを勝手に書いただけ※

不快に感じたら、すぐにブラウザバックをお願いします。

出会い

 枝から枝へ、飛び移る影がひとつ。
 タソガレドキ忍軍黒鷲隊小頭、押都長烈。潜入調査を終え、タソガレドキ領地へ戻る途中であった。
 夜闇の森に、小枝の触れる音がする。押都は立ち止まり、そちらへと向かった。

 野犬が数匹、輪を作っている。中央に梟が一匹。

 梟の羽は生え揃っており、大柄だ。人の幼子ほどはある。
 地面に降りたところを野犬たちに目をつけられたか。鈍臭い梟だ。
 梟の大きな翼は血で濡れて歪んでいた。もう飛べない。それでも梟は、かぎ爪を木の幹に食い込ませ、枝上へ上がろうとしている。
 力の入らない爪が滑る。梟は幹から、ぽとりと落ちた。
 それを好機と見て、梟に野犬の一匹が飛びかかる。その前に、押都は降り立つ。

 静寂な森に、野犬の悲鳴が響く。

 押都が、野犬の体を蹴り上げた。
 両者は一瞬、対峙して、野犬が後ずさる。
 野犬たちは、散り散りに逃げていく。その足音も遠ざかり、森の奥へ消えていった。
 そして、その場には押都と梟だけになる。

 押都は梟の様子を確かめようと、身を屈めた。まだ息はある。震える梟の体には、枯葉や小枝が刺さっていた。怪我の具合を確かめようと、押都は手を伸ばす。

 血に汚れた梟が、瞳を見開く。がばりと倒れ込んだ体を起こして、全身の羽根を逆立てる。梟の身体はひと回りも大きく膨らんで見せた。新たな捕食者の存在に、精一杯の威嚇をする。
 押都はまだ余力はありそうな様子を見て、手を引いた。

「お前を傷つけはしない。助けてやる」

 忍装束の懐から手拭いを出すと、それを広げ、警戒する梟に被せる。手拭いで、梟の全身を包む。中で暴れる梟を、押都は腕に抱え込んだ。

 腕の中にある布を少しずらして、覗き込む。
 押さえ込まれた梟は息を荒く吐き、押都を睨みつけている。カチッカチッと嘴を擦り付け、鋭い音を鳴らしていた。
 雑面の下で、口を緩めた。梟の嘴につつかれぬよう、逆立った羽をゆっくりと撫でる。良い拾い物をした。これは忍鳥として手懐け甲斐がある。
 押都は布を被せ直すと、再び帰路へと向かった。


ーーーー


 梟を保護してから十数日後。
 押都は筆を止めて、部屋の隅を見る。そこには包帯の巻かれた梟が、座布団の上で眠っていた。

 梟を保護してすぐ、手当てを施し、軽く食事を与えた。
 初めは警戒していたが、口に入れてやると少し食べた。傷は浅いが、衰弱している。肉片をいくつか食べ終え、それから眠りにつく。
 汚れを落とし、羽を拭ってやる。そして、座布団の上に乗せ、様子を見るため自室に置いた。

 梟から目を離し、報告書へ視線を戻す。
 軽く斜め読みをして記入漏れが無いことを確認してから、筆を下ろす。墨を乾かしてから、出来上がった報告書を懐へしまう。
 組頭へ提出しに行かなければ。押都は立ち上がって、部屋を出る。足早に、けれど足音一つ立てずに廊下を歩いた。


 部屋の襖を開くと、変わらず座布団の上に梟はいた。
 目が覚めたようだ。包帯の巻かれた体を起こして、部屋を見渡していた。押都に気が付くと、こちらをじっと見つめてくる。

「起きたか。 傷がまだ痛むだろう。 もう少し眠っておけ」

 押都が梟へ声をかけると、返答するようにホウと鳴いた。押都はひとつ頷く。


 押都が文机に向かって腰を下すと、梟は動き出した。
 逃げ出すこともないだろうが、いつでも対処できるよう意識を向けつつ、梟の好きにさせていた。
 戦の事後処理や指示書の作成などやるべきことは幾らでもある。押都が事務作業を進めていると、隣に気配を感じる。

 そちらを見ると、梟が居た。
 押都は驚かせないように、ゆっくりと手を差し出す。梟に触れる。
 梟は逃げず、それを見ていた。

 さらに二、三度撫でて、梟から手を離す。
 文机に向き直ると、置いていた筆を再び手に取り、さらさらと紙上に走らせる。

 梟も文机を覗き込んでいた。止めどなく動く筆先が気になるのだろう。不思議そうに首を傾げながら、目で追っている。

「ホー」

 梟が鳴いた。押都はどうしたのかと、梟の方へ目を向ける。
 隣に座っていた梟は押都へ一歩距離を詰めるように歩み寄る。正座している押都の膝に、梟の身体が触れた。

 押都は一瞬、固まった。梟は押都を見上げている。

 ホホウと梟がまた鳴く。
 押都は梟の出方を待って、腕を退ける。すると梟は押都の膝に脚をかけた。

 梟はこちらを恐れることなく、押都の膝上に乗った。
 押都が動きを止めていると、梟は嘴で筆をつつく。筆先から墨が落ちぬよう、慌てて梟から遠ざける。
 梟の瞳は次に、揺れる雑面の端を目で追っていた。
 押都は梟を両手で持ち上げる。そして、隣に下ろしてやる。

「今は構ってやれない」
「ホォー!」

 梟は、抗議するように鳴く。
 押都はまた梟を持ち上げ、膝に乗せた。梟は膝上に座り込む。ここに居たいらしい。
 

ーーーー


 翼をやさしく掴み、骨の具合を確かめる。

「もう傷は良くなったな。どうだ。動けるか?」
「ホーゥ」
「よしよし」

 膨らんだ梟の首元を撫でる。梟は瞼を閉じて、満足そうだ。
 明日にでも忍鳥として訓練をつけるか。そう考えながら、押都は梟を降ろしてやる。
 怪我の治った梟を他の梟と同じように、飼育小屋に移した。使用済みの包帯を回収して、小屋から出る。

 自室へ戻ると、押都は忍装束を脱いで、寝巻きに袖を通した。事務仕事も終えたことだし、今日は休もう。床に入ると、待たずに眠気がやってくる。


 微睡みの中、意識が浮上する。若葉の香りが、鼻孔をくすぐった。締め忘れた襖の隙間から、風でも入ったか。息を絞り出すような声を零して、身じろぐ。
 薄く瞼を開いた瞬間、押都は身体を固くした。息が止まる。瞬きすらできない。

 何者かが、居る。

 月が昇る夜。
 床の脇に、それは座していた。頭から白紙を垂らしていて、顔が見えない。身にまとうのは、白一色の狩衣。

 押都が覚醒したことに気が付くと、その者は押都を見下ろした。何も言わず、されど身動きもしない。
 押都は、物言わぬ侵入者を見上げた。乾いた喉から音を絞り出そうとするが、声にならなかった。害意はない。だが、何か対処せねば。身体を起こそうと、力を入れる。
 まばたき一つ。意識が僅かに逸れる。次に、その姿は消えた。

 全身から汗がどっと流れる。枕元の苦無を手に取ると、床から飛び起きた。雑面をつけることも忘れて、襖を一気に開く。だが、そこには誰も居ない。
 頭を手で押さえて、首を振る。悪夢か。幻か。
 乱れた呼吸を整えつつ、自室へ戻る。とん、と音を鳴らして襖を閉じる。

 床の上に戻ると、何かに気が付く。
 枕元に、羽根が一つ落ちていた。手に取ってよく見る。茶色の羽色に、手の平ほどの大きさ。
 誰かに説明できるわけではない。だがしかし、一人、合点がいった。
 置いてあった雑面をつけてから、押都は足早に自室から出る。向かうは、あの梟をいれた飼育小屋だ。

「押都小頭」
「何か異常は起きていないか」
「はい。何も」

 長屋の廊下を歩いていると、夜番の忍びから声がかかる。その者曰く、感知できるようなことは何も起きていないらしい。押都は一つ頷いて、労いの言葉をかけ、その場から離れる。

 飼育小屋の扉を開くと、梟たちの闇夜に光る瞳が、押都へと向けられる。その間を通って、奥の仕切りに近づく。
 仕切りの扉は開いていた。中に入れたはずの梟がいない。
 押都は深く息を吐いた。仕切りの扉を戻して、引き返す。不気味に静まり返った小屋。梟たちは一声も鳴かない。

 押都が飼育小屋から出ると、他の忍びが何事かとやって来た。

「どうかなさいましたか?」
「梟が逃げた」
「梟が、ですか。 盗まれたのではなく?」
「いや、自ら逃げた」

 その後、各所に確認を取ると、梟が一匹居なくなっただけで、侵入者などの知らせもない。これ以上、騒ぎを大きくしないよう、集まった忍びを警備に戻らせる。押都も自室へ戻り、大人しく眠りについた。


ーーーー


「へえ。 昨晩、そんなことがあったんだ」

 タソガレドキ忍軍百人を率いる組頭。雑渡昆奈門。包帯に隠されていない方の右目が歪む。雑渡の興味を引いた。
 集会後、部屋に残った組頭に、押都は昨晩の出来事を報告する。

「拾ってきた梟が人の姿になって枕元に立った、ねえ」
「化生の類かと」
「感謝でも伝えたかったんじゃない?」

 雑渡は、押都から受け取った羽根をくるくると指で弄ぶ。綺麗な羽根から目線を上げて、部下の方を見た。 普段の平然とした様子から、少々外れている。
 人間の理では理解しがたいものを目にしたらしい。それならば、致し方ないか。

「あっ」

 雑渡は外の庭木の方へ顔を向けて、目を丸くした。静かに腕を上げて、木の頂上辺りを指差す。押都もそちらを見る。

「もしかして、あの子」

 ふふ、と組頭が笑う。腕を組んで、頬に手をやる。押都の方を見ると、押都の蘇利古の雑面が揺れていた。
 庭木の枝に一匹の梟。その嘴には、肥えた野鼠。

懐く

 タソガレドキ忍軍が所有する訓練場の一角。
 頭上では、梟が旋回している。押都が合図を送ると、梟は押都の元へ降下してくる。押都は片腕を出して、そこを指し示す。
 梟はそこを目指して、そして。

 ズザザザっと地面に身体全体を擦りつけながら、着地した。土埃が舞う。

「梟初心者かな??」
「これでよく今まで生き残れたものです」

 雑渡は頬に手を当てながら、気の毒そうに梟を見る。
 押都はやれやれと肩を落とす。地面に落ちた梟を拾い上げる。身体を確かめた。問題はない。
 押都は顎に手をやって、しばらく考えた。梟自身の素質だろう。この梟。とてつもなく不器用だ。


 結論から言うと、梟は忍鳥に向かなかった。

 理由は多々あるが、まず飼育小屋に入れると脱走する。
 自由気ままに、忍び長屋の上空を飛び回った。そして、いつの間にか押都の自室に来る。押都の側を離れない。ずっと付いて来る。押都を気に入ったようだった。

 押都はその梟を追い払わなかった。
 押都の自室。布団をしまっている押し入れの中に、梟が隠れる。ひとまず、梟はそこに住み着いた。


ーーーー


 押都に、忍務が入った。しばらくの間、タソガレドキを離れることになる。
 使役できない梟を潜行に連れていけない。そのため、長屋に残る者に、その梟の世話を頼んだ。
 押都は、黒鷲隊の忍びたちを率いて敵城へと向かう。
 予定地にたどり着くと、訓練した忍鳥へ指示を出す。一匹は、他の隊へ伝令。もう一匹は、偵察。他は、近くの森に潜伏させる。



 タソガレドキ領の忍び長屋に、梟の鳴き声が響く。

 押都が自室に戻らなくなったことに、梟が気付いた。押都の部屋に忍び込んで、器用に押入れに入る。中の畳まれた布団の上で、か細い声で鳴く。それが毎晩、続いた。

 長屋で寝泊まりする忍びには、堪ったものではない。
 世話を任された忍びが、押都の部屋に入る。苦情の元が、押入れの中からこちらを見ていた。餌を与えても食わない。そんな梟を忍びは心配していた。
 梟は押都が帰ってきたのではないと分かると、開いた襖から外へ出ていく。そのまま、森の方へ飛び去ってしまう。初めは、押都小頭の忍鳥を逃がしてしまったと焦った。
 しかし、この梟。夜になると、また戻ってくる。そして、鳴く。忍びたちから、ため息が漏れた。



 押都は任務を終え、タソガレドキに戻った。すると、忍びたちから申し訳なさそうに、苦情が伝えられた。押都は、すぐさま部屋に向かう。
 文机の上に、梟の羽根。押都はそれを手に取った。

 長屋に戻って来た忍びたちの声が、遠くで聞こえる。
 押都は押し入れを開く。梟はまだ戻ってきていなかった。

 梟は押都に構ってもらいたい時、羽を咥えてこちらに持ってきた。
 憶えている。梟がこちらへ歩く度、かぎ爪が当たる音。
 押都がその羽を受け取ると、短く何度も鳴く。ホホホホホ。嬉しそうに声を上げて、瞳を小さくしたり大きくしたりした。

 押都が事務作業をしている時。梟は文机の端に座って、眠たげにする。
 こちらを見上げてくる、あの瞳を思い出していた。


ーーーー


 押都がお手玉を放り投げる。中に入っている鈴が鳴った。
 梟はそれを目がけて、飛び跳ねる。お手玉を捕まえた。かぎ爪を食い込ませ、しっかりと握る。梟はお手玉に顔を寄せ、それを嘴でつつく。

 梟が遊んでいる様子を二人で眺めている。それから、雑渡が口を開いた。

「気に入ったみたいだね」
「椎良が作った物です」

 黒鷲隊に所属する若い忍びが一人。椎良勘介。雑渡人形をつねに持ち歩いており、本人も手先が器用。
 お手玉を作ったと言って、よろしければと押都に差し出してきたのだ。

「お手玉のことではなくて。 押都のことだよ」

 雑渡の言葉を待つ。

「押都がこの子のこと、気に入ったんだねって」

 押都は答えずに、組頭から顔をそらす。梟の嘴から振り落とされたお手玉。鈴が鳴って、また梟が跳ねた。


「そういえば」

 雑渡の呟きに、押都が振りむく。

「この子に名前はあるの?」
「落葉と呼んでいます」
「らくよう?」

 押都が梟を両手で持ち上げる。腕の中で、梟は無抵抗だ。見開いた瞳で押都を見つめる。
押都は、梟の身体から枯れ葉を指で取ってやる。摘んだ葉を、地面に捨てた。

「よく身体に落ち葉をつけておりますし、それに。 こやつも木からよく落ちる」

 ハハハ、と雑渡の笑い声が響いた。


ーーーー


 押都と山本が立ち話をしていると、梟が飛んでくる。

「おっ! こいつがあの梟か」
「そうだ」

 梟が、押都の背中に当たる。そこからよじ登って、押都の肩に留まった。

「うーむ。 ただの人懐っこい梟にしか見えんが」
「落葉、だ」

 もう名付けもしたのか、と困り眉を下げる山本。狼隊小頭、山本陣内。よく組頭に振り回されている。義理堅く、面倒見の良い男だ。

 山本は梟を見る。
 梟も山本を見つめていた。やがて、梟はふいと顔をそらす。翼を震わせて、羽繕いを始めた。
 
 それを見て押都は、山本と話を再開する。そうすると、押都の視界が遮られる。
 梟が片方の翼を広げて、押都と山本の間に割り込んだ。羽の下。頭を隠された押都は、低い声で名前を呼ぶ。

「落葉、やめなさい」
「ホ、ホ」

 あっはっは。山本は腹を抱えて、涙が浮かぶほど大笑いした。

「確かに、これでは押都も困るな」

 二人が話していたのは、この梟のことだった。
 梟は、押都を見つけると嬉々として飛んでくる。それだけなら微笑ましい光景だ。しかし、問題があった。
 
「普通の梟じゃないだろ」
「然り。 化生だ」


ーーーー


 押都はこの梟以外にも、様々な生き物を調教している。その度、梟は牽制してしまうのだ。
 それは動物だけでなく。人間にも。
 押都に近づく全ての生き物にするものだから、本当に困った。これでは、押都の仕事に支障をきたす。
 調教途中の鷲が枝から落ちたり、他の梟たちは押都の側に近寄ってすら来ない。


 数日後。
 怯えながら、部下が報告に来た。頭上を気にしつつ、恐る恐る話す。押都は、忍務の報告を聞いていた。頭の隅で、これはいかん、と呟く。

 押都たちを見つけた梟。飛びかかる勢いで、こちらへ降下してきた。
押都は部下の前に立って、梟を受け止める。広げた翼が押都の身体を抱きしめるように包む。梟は目を大きく開き、押都を見上げた。
 押都は梟と見つめ合う。平穏に努めて、諭す。

「他の者を襲っては駄目だ」

 梟が嘴を開こうとする。その前に、押都は指で触れて止める。梟の目が吊り上がった。
 押都は、梟の体を宙に放り投げる。
 梟は離れた木まで飛んで行って、枝の隙間から押都を見ていた。

「ホー……」

 そして、頼りなく鳴いて、離れていった。


 その日はそれ以降、押都の前に姿を現さなかった。
 次に梟を見つけたのは、その日の夜。押し入れの中だった。

 押都が使っている布団の上に、梟は蹲っている。梟は後ろを向いたまま、こちらを見ない。

「落葉」

 押都が呼ぶ。梟はそのまま、お手玉を弄っていた。押都は深いため息を吐く。

「すまなかった」

 押都は、謝罪を口にする。
 梟は咥えていたお手玉を離して、押都の方へ向いた。小さく鈴が鳴る。押都を見て、ためらう。けれど、歩み寄ってきた。
 押都が梟を持ち上げる。梟はホウと鳴いて、押都の雑面の端を嘴でつつく。それを手で制しながら、押都は梟の頭を撫でた。


 着替えた押都は早々に寝支度を整える。雑面を取って、床に引いた布団に横たわった。
 枕に頭を乗せ、布団を首元まで引き上げる。
 小さな気配が近づく。顔を横に傾けると、枕元に梟が身を寄せていた。

 押都は布団から腕を出して、梟に触れた。嘴をゆっくり撫でる。
 押都の手の平に梟は頭をすっぽりと入れた。思わず、口端に笑みが溢れる。緩やかに頭を撫でてやって、布団の中に腕を戻す。
 梟は足を羽の下へしまって、そこで眠る。押都も瞼を閉じた。

 それ以降、梟の牽制はなりを潜めた。けれど、まだ、どこからか視線を感じる。


ーーーー


 それからしばらくたった、ある日。

 魚が食べたい。

 部屋に独り言が響く。思っていた言葉が口から出ていた。押都は特別、魚を好んではいない。けれど、なんとなく。そういう気分だった。


 その日の昼飯時。
 押都が忍軍の食堂でからあげ定食を食べていると、突然、障子がぶち破られた。

 押都はとっさに棒手裏剣を構える。食堂を利用していた忍びたちも苦無を構えた。皆、音の方を見る。
 障子は粉々に壊れ、紙と木になっていた。その上に、梟がうずくまっている。
 押都は席から立ち上がり、すばやく近寄った。只事ではない様子に、後ろで人だかりができる。

 梟は顔を上げる。

「ホーーォ!」

 押都を認めると、大きな声で鳴いた。そして、翼を退かして、足に掴んでいたものを見せる。
 それは葉で包まれた、大きな川魚だった。

 きらきらと輝く瞳に見つめられながら、押都はため息を吐く。押都が腕を差し出すと、梟はそれに飛び乗った。


 押都は壊れた障子の修理を黙って、引き受けた。
 窓を壊した梟には、補修費分、黒鷲隊が運営する購買部の手伝いをさせることにした。

 購買部の受付台の横。タソガレドキ忍軍と同じ茶色の布を首元に巻いた梟。雑貨を買いに来たお客様へご挨拶する。
 ホウとお利口に鳴く梟に、皆がお駄賃をやる。結果として、購買部の売上がいつもより増えた。
 押都は無事、魚を食べられた。


ーーーー


「らくよーう」

 押都の声が梟を呼ぶ。遠くから、鳴き声がする。待っていると、梟がやってきた。
 こちらに向かって、飛んできた梟をキャッチする。受け止めた梟を、腕に乗せてやる。
 梟が鳴く。その頭をやさしく撫でた。

「可愛いやつだ」
「ホー」

 しばらく、梟を撫でていた。すると、もう一人、押都が現れた。
 梟は目を見開いて、二人を交互に見る。その様子に、笑いがこみ上げる。梟を乗せていた腕が揺れる。

「ホ、ホー!」
「組頭。 いたずらは程々にしてください」
「だって」

 面白いから、と雑渡が言う。顔から雑面を取り、変装を解いた。
 それを見て、梟が足を踏み外す。その身体を押都が受け止める。押都の腕の中。梟は雑渡に向き直る。両方の翼を広げて威嚇を始めた。

「梟にも変装術が通用するんだね」
「からかいが過ぎると、嫌われますよ」

 押都は梟をなだめる。それを見て、雑渡はくすくす笑った。

 タソガレドキ忍軍に梟が馴染んできた、ある日。
 梟がひとつの文を持って帰ってきた。
 押都はそれを受け取ると、すぐ開く。

 恋文だ。

 助けてもらった感謝から始まり、押都への想いが綴られている。文には、紫色の小さな菫の花が差し込まれていた。人懐っこい梟に納得がいく。

「お前、字が上手いな」
「ホーーーー!」

 つついてくる嘴を避けながら、押都は文を読み進める。そして、読み終えた。文を畳み直して、菫と共に机に置く。

「ありがとう。 確かに読ませてもらった」

 押都が撫でると、梟は満足気に目を細めた。それを見て、押都はふっと笑う。

「これからは、菫の君と呼ぼうか?」

 梟は、全身をわなわなと震わせる。
 押都は、低い声を喉奥で響かせるように、囁く。


 落葉。ホー。
 
 菫の君。ホーゥ。


 どちらの名で呼んでも、梟は答えた。
 押都は、また何度か名前を呼ぶ。それに合わせて、梟が鳴く。押都を見上げる瞳は、熱っぽく潤んでいた。

 押都はこちらに向ける嘴の下を、指で掬った。
 梟が、見つめてくる。

 ーー押都様

 知らない声が聞こえた。どこから聞こえたのかすら分からない。

 顔は動かさず、目だけで部屋を見渡す。他の者が、からかっているのか。気配を探る。
 けれど、押都は確信していた。防衛本能が訴えている。
 背筋にぞくりと悪寒が走った。抑えられず、口角が上がる。
 

ーーーー


「これが、化生の書いた文か」

 雑渡から手渡された文を、山本が読む。梟が一生懸命に書いた恋文。それは、無慈悲にも忍びたちによって、回し読みされていた。

 すでに文を読んだ若い忍びたちは、顔を青白くさせていた。
 狼隊所属、組頭の側近でもある。諸泉尊奈門。
 同じく狼隊所属、諸泉の先輩。山本陣内が烏帽子親を務めた。高坂陣内左衛門。

「押都小頭。その化生は、危険なのでは?」

 諸泉が口を開く。高坂も、押都へ目を向けた。

「左様。 取って食われてしまうやも知れん」
「ひっ!」

 諸泉は肩を跳ねさせた。押都のわざとらしい言い方に、雑渡は目を細める。

「尊奈門。 それと陣左」
「はい」

 二人は、組頭へ向き直る。

「化生の正体を探ってきなさい」
「ええーー!!」
「く、組頭……」

 怯える二人。押都はピースサインを見せる。

「梟には、私からの文を持たせた。 それに返事が欲しいと書いたから」

 きっと隙を見せるはず、と押都と雑渡が目を合わせた。山本は目を瞑る。

「相手は化生ですよ! 私にできるかどうか……」
「あ、大丈夫。 変装も見抜けないし、気配にも疎いから」

 雑渡の言葉を聞いて、ひとまず、諸泉と高坂は息を吐く。

「組頭命令だよ。 二人とも頑張って」

 捕まえなくていいから、と手を振る。二人は意気消沈した面持ちで、部屋から退出した。


「それで?」

 山本が口を開く。押都は、雑渡と山本へ向かう。

「おそらく。 タソガレドキに害はないかと」
「ふうん」

 雑渡は、腕を組む。まあ、今は様子見か。三人の意見は、そこで落ち着いた。


ーーーー


 長屋の天井裏で、息を潜める。
 諸泉と高坂は、天井板をずらして、その下を覗いていた。


 件の梟がいる。

 押都が不在の部屋。梟はお手玉で遊んでいた。押都小頭があげた、鈴入りのお手玉。
 中の鈴が鳴る。ちりん。梟はお手玉を咥えたり、離したりする。

「高坂さん」
「なんだ?」

 高坂は、諸泉を見る。

 鈴の音が止んだ。天井板の隙間から、部屋を覗き込む。
 そこに居たのは、人に見えた。

 声を上げそうになる。諸泉は咄嗟に口を押さえる。高坂の眉間に皺がよる。


 注意深く、それを見た。
 白い着物を身につけている。それは、公家や武家など高貴な身分の者が着るような服に見えた。衣擦れの音もなく動けるような服装ではない。
 背丈は諸泉とおおよそ同じ。年頃は若く見えた。
 肩にかかる黒髪。後ろ頭には白い紐が巻かれていた。顔を隠している。

 化生は、文机に向かって手を動かしていた。押都の筆を持ち、すらすらと書いている。遠くから見ても、達筆だ。
 

 さらにその人物を見ようと、諸泉が身を乗り出す。
 かたん。
 その拍子に、天井板が僅かにずれて、音が立つ。慌てて、押さえる。しかし、遅かった。
 それは、もう居ない。


 外で、風が揺れる気配。


 諸泉は、おずおずと隣を見る。鬼がいた。


ーーーー


 諸泉が、雑渡に笑う。

「組頭! 化生の正体、しっかり見てきました!」

 頭にたんこぶを作っている諸泉。雑渡は、高坂を見た。



 一旦、報告の続きを聞く。

 諸泉曰く。
 梟が飛び去った後。2人でそれを追った。
 しばらく飛んだのち、開けた場所に辿り着く。忍里の辺りにある野原。梟はそこに着地した。

 梟は、地面に擦り付けた顔を上げる。
 そして、のろのろと瞼を閉じた。梟は羽を広げて、そこから動かなくなった。


 死んだかと焦る諸泉を、高坂が止める。

 梟は、うっとりと太陽へ顔を向けていた。日向ぼっこをしている。しばらく、梟は野原に座っていた。

 それを遠くから見張る。陽気の差す肌に、風が涼しく感じる。

 穏やかな昼時。

 梟は、嘴を何度か、開いたり閉じたりした。それから、側に咲く花を摘む。

 黄色の花。蒲公英だった。
 梟は蒲公英と文を器用に咥えて、長屋の方へ戻ってゆく。


 話し終えた諸泉は、押都の手元を見る。蒲公英と文があった。雑渡は頬に手を押さえて、目を閉じる。


 高坂は、雑渡へ姿勢を正し、口を開いた。

「梟は確かに化生でした」

 化生の姿を詳細に話す。この目で見たと語る高坂。何度も頷く諸泉。

 2人が見た化生の姿も、押都が枕元で見た姿も報告と同じ。雑渡は首を傾ける。

「恩義を感じているだけ、みたいだし」
「そのままにしておくんですか!」

 諸泉が叫ぶ。まあまあ、と宥める山本。
 部屋の中が賑やかになる。押都は、文を開かずに持ったまま、蒲公英を見ていた。


「それなら、直接聞いてみたら?」

 雑渡が言う。押都はひとつ、頭を下げた。

「承知」

 機会があれば、必ず。そう言うと、押都は懐に文をしまって、退出した。


ーーーー


 それから、押都と梟の文通が始まった。互いに文を送り合う。梟の文には、花や小枝が添えられている。

 今回は、淡い花が付いた桜の小枝だ。押都が枝を持ち上げると、小さな花びらが取れる。

 梟はさらに押都へ、ぴとりと体を寄せることが増えた。
 押都から触れると、梟は身をよじって悶える。その反応を面白がって、また撫でてやる。



 事務仕事の途中。ふいに手を止める。

 何枚も文をもらったが、どれにも名は書かれていなかった。

「落葉……」

 梟の名前を呟く。
 押都が勝手につけたあだ名。
 それは、押都が呼んでいるだけで、本当の名前ではない。

 押都が呼ぶと、答える。
 嬉しそうに駆け寄ってくる。

 名も知らぬ。だが、呼べば来る。
 それでこと足りているはずなのに。
 化生には真名はあるのだろうか。どんな思惑で、押都に近づいてきたのか。疑念が浮かんでは消える。けれど、もういい。早く、あの声が聞きたい。
 ああ。もう逃がしてやれない。

 部屋に1人。筆を走らせる音だけが残る。


ーーーー


 脇腹から、血が止めどなく流れる。
 押都は傷口を庇い、かがみこむ。森へ逃げ込み、追っ手を撒く。

 撤退の際、殿を務めた。
 戦い慣れしていない部下を先に逃がす。

 押都は、手の平を見た。真っ赤に濡れている。
 ここはまだ敵地だ。援護は望めない。

 
 このまま諦めるのか。押都は、いびつに笑う。
 まさかな。
 俺は、最後まで。意地汚く。藻掻くまで。


 動くたびに激痛が走る。奥歯を噛み締めた。布を掴む。震える手で巻きつける。渾身の力で、きつく締め上げた。

 死角へと、身体を引きずる。痕跡を消して、そこに倒れ込む。
 もう指一本、動かせない。
 傷が脈打つ。焼けるように熱い。だが身体は寒さで震えていた。

 
 その時、頭上で梟が鳴いた。

 ホー。ホー。
 矢羽音ではない。獣の声だ。

「らく、よう……」

 瞼をこじ開ける。
 押都の傍らに、梟が降り立った。
 
 頭の中で、警告が聞こえる。
 置いてきた梟がここにいるはずがない。千切れた雑面の下。汗が、顔に伝う。

 梟は、押都の雑面を覗き込む。顔を寄せて、押都の頬に触れた。


 ーー押都様


 あの時の声が、蘇る。全身の神経が逆立った。

 森が、静まり返る。
 鳥も獣も。風さえ消え去る。

 
 白紙で顔を隠した青年が、そこに居た。
 
 白の狩衣。
 その背中に、大きな翼。
 僅かに露出した首筋にも、羽が見える。


 本物の。化け物。


 化生が、手を伸ばす。逃れられない。
 押都の身体へ、触れる。

 そして、背中と膝裏に腕が回る。身体が持ち上がる。

「……うっ」

 苦悶が漏れた。

 押都は、化生に抱きしめられる。
 白い衣に、血が滲む。

 しっかりと支えられている。抱えられているはずなのに、妙に安定していた。

 さらに強く、抱き留める。
 翼が広がる。

 翼を羽ばたかせ、地面が離れた。空へと飛び立つ。

 連れて行かれる。
 殺されるかもしれない。
 
 ーーだが。

 押都の身体を。
 どう喰らいつき、貪るのか。

 惹きつけられる。
 逸らせば、終わってしまう。
 腹の底に何かが、ひしめき合うのを感じていた。


 二人は、空の上を飛んでいた。

 風が吹きつける。
 押都は首を巡らせ、景色を見ていた。

 逃がさないとでも言うように、鋭いかぎ爪が腰に食い込む。
 その痛みが、押都を現実に引き戻す。 

 白紙の隙間から、顔を盗み見る。
 端麗な鼻筋。鋭い目元。猛禽類のような瞳。琥珀色の光。

 化生と、視線が合う。


 それからすぐ、地面へと降り立った。

 人里から離れた小屋。
 タソガレドキ忍軍の潜伏所だ。

 化生は翼を小さく畳む。扉を開いて、中へ入った。
 床へ静かに横たえられる。
 
 化生は、何も言わず踵を返した。

 押都は声を出そうと、口を開く。だが、言葉にならない。
 荒い呼吸だけが響く。

 扉が閉まる直前、化生は一度だけ振り返った。

 小屋の外で、風の気配。
 そして、消えた。


 押都は一人、残される。
 やがて、別の気配がこちらへ近づいた。

「押都小頭!」

 仲間の忍びだった。
 押都は発見され、助け出される。

 ーー帰ってきてしまった。


ーーーー


 タソガレドキ忍軍の医務室。

 治療後、押都は眠り続けた。
 目が覚めてからも、しばらく身体を動かせなかった。


 山本が見舞いに来た。

 山本は、押都へ笑いかける。
 穏やかな言葉の中。山本はあの日に起こったことを、訊ねた。

「知らせを聞いた時は驚いたぞ。 どうやって、あの怪我で戻って来れたんだ?」

 押都は顔を上げる。

「化生だ」
「は?」
「心優しき化生に、小屋まで送ってもらった」

 山本の言葉が途切れる。沈黙が続く。



 医務室から出る。
 押都は、静かに廊下を進む。長屋の庭木の方。

 梟の鳴き声。

 そちらへ目を向けると、あの梟がいる。
 胸元の羽が、赤黒く固まりかけていた。

 押都は立ち止まる。落葉、と呟く。

「助かった」

 梟はそれに合わせて、ホーウと鳴く。

 押都はひとつ頷いて、歩き出す。
 数歩進んで、足を止めた。それから、梟を見る。

「血が、付いているぞ。 乾く前に落とした方がいいだろう。 洗ってやる」
「ホー!」

 梟は飛んできた。
 地面に降りて、押都の後ろを歩く。

 押都は部下へ矢羽音を飛ばす。先に、外へ水桶を用意させる。


 押都は、桶の中へ梟を降ろす。
 水をかけて、羽に触る。優しく擦って、汚れを落としてやる。
 その後、梟は水浴びを始めた。羽を何度もばたつかせる。

 水浴びを終えた梟。眠たげに、瞼を閉じる。

 押都は布を広げて、梟を包み込んだ。羽の水気を拭き取る。
 梟は押都にされるがまま、お包みの姿にされる。

「ホォー……」
「くくく。 すまん、すまん」

 布を解いて、膝上に降ろす。
 梟は押都を見上げる。
 嘴を優しく撫でながら、押都は声を掛ける。


「お前は何者だ?」


 梟は何も言わず、ゆっくり瞬きを返す。
 押都は止めていた息を吐いて、顔を上げる。

 駄目か。

 梟と共に、押都は部屋へ戻った。



 今日はもう寝よう。
 押都は、床の支度を整えて、布団に入った。
 梟は隣で蹲っている。

 身体から力を抜いて、泥のように眠る。
 静かな夜。
 押都はふと目を開いた。

 意識が覚醒する。部屋を見渡すと、梟が居なくなっていた。
 ゆっくりと、上半身を起こす。
 押都は気が付いた。枕元に置いてある雑面をつける。

 部屋の外。襖の向こうに誰かが控えている。
 苦無を手に取って、後ろに隠した。
 その後、声をかける。

「誰か、そこにいるのか?」

 声に反応して、その者は頷いた。

 入ってきなさい。押都は促す。
 また一つ頷いて、襖に手をかける。
 部屋に入ってきたのは、あの時の青年だった。

 けれど、様子が異なる。
 押都を抱えて飛んだ時のような、翼がない。
 化生と言うよりも、ただの人に見える。
 姿を自在に変えられるのか。


 青年は、押都の方へ歩み寄る。
 眼前に座して、手をつき、頭を深く下げる。

「……落葉なのか?」
「はい」

 頭を下げたまま、青年は答える。
 あの時、聞こえた声だった。押都は再び訊ねた。

「お前は、何者だ?」

 青年はゆっくりと顔を上げて、語り出す。

「分かりませぬ」
「分からない?」

 青年は黙り込んだ。

「では、化生なのか?」
「そう思われるのならば、きっとそうなのだと思います」
「ふむ。 自分では分からないと言うのだな」
「はい」

 押都は青年を見やる。嘘をついている様子は見えない。
 青年の拳に力が入る。

「自分自身では、獣だと自覚しております」
「獣? 山に住む、ただの梟だと?」

 青年は静かに頷く。私は山で暮らしておりました、と話す。

 押都は、口に手をやる。押さえたはずの口元が僅かに歪む。
 指で撫でるように、苦無を確かめた。青年の声に耳を澄ませる。

「けれど、私はもう獣として生きることができないのです」
「何故?」
「もう森へ帰れない。貴方に会って、貴方を知ってから」

 青年は、押都から顔をそらす。そして、手で顔を隠した。
 白紙がくしゃりと歪む。

「私は、可笑しくなってしまった。梟でもなく。人ですらない。化生と呼ばれる存在へとなり果てた」

 それでも、と声が落ちる。青年は顔を上げて、微笑む。

「私は構いません」


 押都は、床から飛び上がった。青年の白紙を奪い取り、首元へ苦無を突き付ける。
 鼻先に、青年の匂いがする。

 青年は身じろぎもせず、押都を見ていた。感嘆の吐息を吐くように、言葉を連ねる。

「押都様に出会えて良かった。 自分を知ることができたから。 風が好きなこと、飛ぶことが好きなこと、森が好きなこと、夜が好きなこと」

 青年は、首をわずかに傾ける。苦無を構える手へ、自ら頬を寄せる。

「押都様に触れられることが好きなこと。 
 ーー貴方の側に居ると、よく分かるのです」

 苦無を構えられている中。青年は目を瞑る。

「ですから、お側を離れたくありません」

 瞳を閉じた顔は美しく、安らかだった。

 押都の動きが止まる。苦無はそのままに、青年へ手を伸ばす。
 触れるか触れないかの距離。

 しかし、手を引いた。

 まだ、これを見ていたいと思った。


 苦無を下ろす。押都は、前のめりになっていた体を離した。
 青年が目を開ける。不思議そうに、押都を見ていた。
 
 
「去れ」

 苦無を懐にしまう。押都は、青年に背を向ける。
 後ろから、声がかかる。

「それは、嫌です……」


 押都は振り向く。青年の瞳に熱が浮かぶ。水面のように、輝いていた。

 押都は固まってしまう。
 そして、押都の手の甲に、手が重ねられた。優しく力が入って、握られる。

「押都様。 お慕い申し上げております」

 目線を落として、手を見ていた。手に感じる温かさを確かめる。
 青年の、わずかに震える指先。
 押都は黙った。それから、長く息を吐いた。

「勝手にしろ」

 ため息と共に、身体から力が抜ける。その拍子に、押都の身体が傾く。

 青年が、咄嗟にかけ寄る。押都の肩を抱く。
 先程震えていたとは思えないほど、力が入っていた。
 

ーーーー


「殺さなかったんだ?」
「はい」

雑渡は、ニヤリと笑う。昨夜のことは、隠れて見ていたのだろう。
押都は片膝をつき、言葉を続ける。

「組頭。 化生についてですが」
「うん」
「タソガレドキに、害は無いと思われます」
「そうだね。 今回はこちらが助けてもらったからね」

 しかし、と押都は言葉を切る。

「私には害がありそうです」
「ん?」

 押都は、言葉を選ぶように沈黙した。

「どこまで堕ちるのか、見たくなった」

 雑渡の笑みが、すとんと消える。

「すぐにでも、寝屋へ引きずり込まれそうです」
「……それは、どっちが?」

攫う

 日差しが強くなり、森が青々とする。夏が来た。


 戦は、閑散期に入った。それに合わせて、忍びも手すきとなる。
 しかし、黒鷲隊に閑散期はない。小頭である押都も、例外ではなかった。


 ある時、雑渡の元へ苦情が入った。
 黒鷲隊の者からだった。それも複数。

 押都小頭が休みを取ってくださらない、と。

 頬に手を当てる。雑渡は、ため息を吐く。


 タソガレドキ城主、黄昏甚兵衛。我がタソガレドキ忍軍の主君である。
 我らの城主様は戦好きで知られる。好戦的な大名だ。

 殿の無茶振りが酷く、戦も続いていたし。単純に忙しかった。
 仕方ないところもある。
 しかし、直近の戦は今のところない。休める時に、休まなければ。


 組頭として何度か声をかけたことはあるが、あまり変化は見られなかった。
 どうしたものかと、頭をひねる。


 思いあぐねている時、目の前に梟が通る。
 化生の梟。すでに、忍軍のマスコットになりつつあった。
 今日は、散歩の日らしい。

「落葉ぅ」

 雑渡は、梟を呼び止めた。
 梟はこちらに気付いて、足を止める。その場で、羽を逆立てた。
 まだ、根に持っているらしい。

「押都のことで、頼みがあるんだが」

 梟は、身体を弾ませ、こちらに歩み寄る。
 ちょろいな、この梟。


 梟は、雑渡と同じように首を傾けた。
 その様子に、小さく微笑がこぼれる。

 雑渡はしゃがみ込んで、梟を見る。小さな子供に話しかけるように、梟へ声をかけた。

「押都が最近、休みを取ってくれなくてね。 困っているんだ」

 どうしたらいいと思う?と言ってみる。
 梟はこちらを見つめて、止まる。しばらくすると、一声鳴いて飛び去った。

 あれ、飛んでった。雑渡は梟が飛んで行った方角を見つめる。
 それも束の間、すぐ戻って来た。
 雑渡へ突っ込んでくる梟を受け止めてやる。

 梟の嘴に、紙と筆があった。しかも、墨が付いている。

「ああ、なるほど。 押都へ文を届けてくれるんだね」
「ホー!」

 梟は目をきりりと吊り上げた。頼もしい顔つきだ。
 雑渡は、それを受け取ると、筆を動かす。押都への休暇要請を、簡潔に。
 梟に文を持たせると、ホウと鳴く。そのまま、どこかへ飛び去って行った。
 


 次の日、押都が消えた。
 忍軍の長屋や、タソガレドキ城、忍里にも。どこにもいない。
 
 慌てた忍びたちが探し回って、ついに見つける。

 押都の自室。文机の上に、書置きが置かれていた。
 見慣れたはずの文面。
 押都の字に、よく似ている。だがーーどこか違う。

 雑渡は、顔を上げる。そういえば、あの梟もいない。

「もしかして、余計なことしたかな?」
「昆?」

 山本が、雑渡を呼んだ。
 雑渡は、後ろの威圧感をひしひし感じ、目を閉じる。振り向きたくない。


ーーーー


 押都は今、森の中を全力で駆けていた。


 今いる場所から少しでも遠ざかる為、必死に足を動かす。
 視界の全てに、濃霧が漂っていた。季節に合わず、空気がひんやりと冷たい。

 見覚えがない。まるで、別の世界だ。

 このまま走って、タソガレドキへと戻ることが出来れば良いのだが。
 それは難しそうだ。
 頭上に気配を感じ、押都は草むらへ身を隠す。

 まず、逃げ切るのが優先だ。


 どうしてこうなったのか。
 記憶を遡る。
 押都は目が覚めるとーー見たこともない部屋に居た。
 頭を押さえる。
 長屋の自室で眠ったことまでは、記憶している。
 
 しかし、まずは状況を確かめようと、頭を切り替えた。

 まず、寝間着を漁る。忍具はない。
 次に、部屋を見渡す。
 床の近くに、押都の忍服と蘇利古の雑面が置いてあった。
 それを手に取る。細工などはなさそうだ。
 とりあえず、寝間着から着替えた。

 警戒しながら、部屋を出る。
 ここは、山奥にあるらしい。見えるのは、山ばかりだ。

 そして、今いる建物を吟味する。
 屋敷は小さいながらも、手入れが行き届いていた。


 短い廊下を進み、厨にたどり着く。

 そこで、何者かが忙しなく動いている。エプロンが、ひらひらと揺れていた。
 火加減を見て、湯を沸かして。食事の支度をしている。
 その姿に、覚えがあった。
 
 落葉……。
 
 青年に化けた、梟の後ろ姿だった。とりあえず、安堵した。


 青年が振り向いて、こちらに向かってくる。手には、皿の乗った盆。
 押都は、即座に身を隠す。

 青年が通り過ぎるのを見届けた後、押都は逃亡を図った。



 思考を戻して、息を潜める。

 しかし、押都の頭上に影がかかる。
 その影は、上空から翼を羽ばたかせ、降り立った。羽音もほとんど聞こえない。
 押都の背中に汗が流れる。

 青年は翼を畳むと、押都のいる方へ向いた。

「押都様」

 青年が、名を呼ぶ。
 押都は答えない。

「押都様。 そこにいらっしゃらないのですか?」

 小さく震える声音。そして、また押都を呼ぶ。

 すでに、こちらに気が付いている。
 翼を持つ青年にとって、押都を追うことなど容易い。
 そして、押都はここからタソガレドキへの帰路が分からない。
 八方塞がり、か。


 押都は息を吐いて、草むらから出る。
 逃げられないと分かったからだ。

 目の前に現れた押都を見つけると、青年は翼を一度はためかせた。
 押都の目の前まで飛んでくる。
 そして、押都の身体を優しく抱きしめた。

 青年は、押都の耳元で呟く。

「ご無事で、本当に良かった……」

 身体を離して、押都を見る。戻りましょう、と言って、手を引いた。
 導かれるまま、青年の側までやってくる。

 青年は、押都の身体を横抱きにして持ち上げる。
 翼を広げて、大きく羽ばたく。2人は空へと飛び立った。

 青年の腕の中から、森を見下ろす。
 早朝のように、濃霧がかかる森が広がっていた。
 


 屋敷へと連れ戻された後。
 押都は、いたせり尽くせりで世話を焼かれていた。

 土汚れの付いた衣服を脱いで、温かい湯で身体を清める。
 上等な着物に腕を通す。
 用意された食事に舌鼓を打った後、庭先に案内される。
 花の咲く庭を眺めながら、茶を飲む。
 青年は、押都の肩に着物をかけ、茶菓子を勧める。

 やっとそこで、押都は青年に声をかけた。

「ここは何処なんだ?」
「私の屋敷です」

 青年が、ゆっくりと語り始める。
 押都が休みを取らないと、雑渡が嘆いていたこと。
 それを聞いて、押都へ文を届けたという。

 押都は思い当たる。ああ、あれか。しかし、それはすでに処理済みのはず。
 押都が不思議そうに首を傾げた。
 それを見て青年は、キッと眉を釣り上げる。
 
「押都様に休んでいただこうと思い、此方へ連れてきました」

 恐らく善意だろう。押都は強く言い返せない。
 顔を上げて、口を開く。

「連絡もなく休暇に入ってしまったら、部下や組頭が困るだろう」

 すぐに帰らねば、と押都。哀車の術を使うまでもない。
 この梟は、大変押しに弱く、純粋無垢で騙しやすい。言う事を聞くはず。

 しかし、青年はにっこりと微笑む。

「私が一筆書いておいたので、心配は要りません」
「何と書いた」
「傷が癒えるまで休みを取ると」
 
 押都は、空を見上げる。
 外部からの助力も見込めない、か。

 青年は新しく茶を入れ、差し出してくる。それを口に含みながら、押都は考える。

 色を使って、此処から脱するとしようか。
 好都合なことに、青年は押都を好いている。色仕掛けが、よく効くだろう。
 

 押都は青年に向き直って、青年の襟元に触れる。
 するりと指を這わせ、指先で撫で上げた。
 
「なあ、落葉……」

 押都が次の言葉を口にする前に、青年が震え出す。
 頬を火照らせた青年。
 青年の喉が小さくなる。何かを堪えるように、自らの唇を噛み締めていた。

 しかし、次の瞬間、姿が掻き消えた。

 辺りを見渡す。
 すぐ下に梟がいた。翼で、器用に顔を隠している。
 押都はその様子を見て、はあ、とため息を吐く。
 これは駄目か。


ーーーー


 梟曰く、ここから帰るには飛んで行くしかないらしい。
 けれど、いざ押都を持ち上げようとすると、変幻が解ける。

 梟が化生の姿に戻れなくなって、数日。

 さすがに押都は待てなくなった。
 ここは穏やか過ぎる。この霧のように、思考までも朧げになってゆく。


 身支度を終えて、門を出る。
 青年はやはり追ってきた。押都は、青年を振り払う。

「何故、私に付きまとう」

 押都が、忍びになった時。
 タソガレドキの為に生き、そして死ぬ。この命の全てを使うと決めていた。
 けれど、青年はそこから押都を遠ざけようとする。

 青年は負けじと、押都の腕を掴む。

「貴方は私を助けてくださった。だから、今度は私が、貴方の助けになりたい」

 押都は、ハッと息を吐き捨てる。

「私がお前を助けたのは、忍鳥として調教出来ると考えていたからだ」

 冷たい声で、青年を突き放す。
 青年は怯み、腕から手を離した。唇を噛み締め、静かに俯いてしまった。

 一呼吸おいて、青年は目を開く。

「私が忍鳥として役に立たないと分かったのに、それでも押都様はお側に居させてくれた。 何故ですか」

 青年の静かな瞳に見つめられる。
 その瞳を、ほんの一瞬だけ見返す。それから、押都は目を逸らした。
 何も言えない押都は青年へ背を向けて、その場から立ち去ろうとする。

 その時、背中に衝撃が走る。
 青年は押都の背中に抱きついていた。青年は、顔を寄せる。
 ぎゅっと忍び装束を掴むいじらしさに、押都の足は地面に縫い付けられてしまう。

「押都様、貴方が好きです。 貴方の優しさに触れる度、私は……」

 口籠り、言葉尻が小さくなっていく。
 押都には、風で揺れる木々の騒めきが執拗に耳についた。


 青年に手を引かれ、押都は屋敷へと戻っていった。
 食事と湯浴みを終えて、床へ入る。

 枕元に梟が近寄る。押都の首元に、身体を滑り込ませた。
 なだめるように、撫でていると、押都の指をかぎ爪で握った。
 また押都が抜け出すことを恐れているようだ。

「落葉」

 押都が名を呼ぶと、そこに青年が居た。
 押都は、青年の手を取り、こちらへ引き寄せる。布団の端をめくり、隣へ入れてやる。 
 青年は押都へ身を寄せた。

 布団の上から、何度もさすってやる。
 二人は寄り添いながら、その夜を明かした。


ーーーー


 押都は、途方にくれていた。
 帰りたい。けれど帰れない。膝に乗せていた梟を撫でた。

 化生が押都に触れると、変幻が解ける。
 ーーまるで、拒んでいるように。

 それでいて、押都が逃走すると飛んで追って来る。

 押都はゆっくりと手を動かしながら、ため息を吐く。
 このまま、ここで暮らすのか。
 霧は一向に晴れない。


 押都は、湯呑を持ち上げる。冷めた茶を飲み干した。
 次を注ごうと、急須を見る。空になっていた。
 茶を入れてこようと腰を上げる。

 梟はすぐ青年の姿になって、押都から湯呑と急須を受け取る。

「今、入れ直してきますね」

 お待ちください、と言い残して、離れて行く。
 押都はふと疑問に思う。
 
 梟は変化を自在に操っているように見える。しかし、押都が触れると変化が解かれてしまう。何が違うのか、青年が戻ったら話してみようか。
 押都は、目の前の庭へ視線を向けた。


「お待たせしました」

 青年が淹れたての茶を勧める。押都は湯呑を受け取って、口を開く。

「そういえば。 なぜ白紙で顔を隠している?」
「押都様がそうしているからですが」

 押都は驚く。点と点がつながる感覚を憶えた。

「もしや、文を書いたのも私の真似か?」
「はい」

 はあ、と息を吐く。押都は静かに顔を上げて、本題へ入る。

「落葉。 お前は姿を梟や人へ変えるが、それはどうやっているのだ?」
「えっ」

 青年が頭を抱える。押都は、想定外の反応だと思った。
 てっきり、姿を変えようと思って変えているとばかり考えていたからだ。

 沈黙が落ちる。その中で、青年は何度も頷いてから、顔を上げる。咀嚼し終えたようだ。

「押都様に美味しいお茶を飲んでいただきたい、と思ったら人の姿に。 押都様に触れていただきたい、と思ったら梟の姿になっていました」
「なるほど。 ならば、化生の姿になった時はどう思っていた?」
「押都様の助けになりたいと強く思いました。 私に押都様を抱えられる腕があれば、押都様を運べる大きな翼があればいいのに、と思っていました」

 押都は、ふっと笑う。
 青年の方を向いて、顔の白紙を引っぺがす。

「ホ、ホォ~~!」
「ははは! 愛いやつだ。 私に撫でて欲しいとでも考えたのか?」

 押都は梟を持ち上げて、小さな身体を揉んでやる。指が羽毛に沈んで、温い。そのまま、梟の翼の下や足の付け根をさすってやる。
 梟は気持ち良さそうに、目を閉じる。
 膝上で、梟が溶けた。


 押都は、ある答えに辿り着いた。
 望んだ姿になれる化生。その梟が、押都へ触れられて、化生の姿を保てないのは。
 押都をここから帰したくない、と思っているからではないかと。

 化生が望む限り、一生、この屋敷に囚われ続ける。

 押都は、小さく微笑んだ。
 ーーなるほど。そういうことか。


ーーーー


 梟が鳴いた。目を開く。
 霧がかかり、月も見えぬ闇夜。

 押都が問う。

「私に何を望む?」

 いつの間にか、部屋に青年が現れる。青年は答える。

「わたしの名前を呼んで」

 落葉、落葉。押都が化生を呼ぶ。

 名前を呼ぶ度、目前の青年の姿が歪む。風が吹き荒れる。
 徐々にその身体に羽が生えて、鋭く爪が伸び、二つの眼が黄色に光る。
 姿が変化して、化生へとなってゆく。
 化生は、押都を見る。

「番なのだから、もっと深く触れ合いたい」



 押都は、青年に押し倒されていた。

 上から涙が落ちてきて、雑面の模様が滲む。
 青年は涙を堪えきれず、目を潤ませる。

「私達は、番ではないのですか」
「なぜ番だと思ったんだ」

 こぼれる涙を指で拭ってやりながら、訊ねた。
 頬を撫でられ、青年は微笑む。

「押都様の。 そんな優しいところも好きです」

 押都の手が止まる。
 青年は身体を起こして、佇まいを直す。


「私の声に言葉を返してくれました」

 押都は頭をわずかに傾ける。

「私が持ってきた魚を食べてくださいました」

 黙って、顎に手をやる。

「私の羽根を受け取ってくださいました」

 何度か頷く。

「私の恋文を読んで下さいました」

 頭を垂れて俯く。
 押都は長いため息を吐いて、顔を上げた。

「確かにしたなあ」

 押都は呆れたように返した。
 青年は、はらはらと泣き始める。

「お、お慕いしていると、お伝えしました」

 青年の背中を優しく撫でる。

「それなのに。 押都様は、私に触れてきて」
 
 青年のたどたどしい言葉を聞いていた。
 押都は大いに、青年に絆されている自覚があった。


 押都は、化生の顔を上げさせる。

「番でなくとも、どこまで満たされるか。 確かめてみるか?」

 押都が笑う。化生の手を取る。襟の合わせの間、素肌の上に滑り込ませる。
 化生は、手を引く。

「押都様を傷つけたくはないのです」
「お前ごときで傷つくほど軟ではない」

 押都が、化生の身体に乗り上げる。

「私にとって、お前を殺すのは容易い。 その方が恐ろしくないのか?」
「大変、恐ろしい。 貴方を失ってしまうことが、とても怖い」

 またがる押都の身体を、そっと抱きしめる。
 化生は押都へ、額を擦りつける。

 狂ってしまうほど、愛してしまった。可哀そうな獣。
 押都は振り払わず、そのままにしてやった。


ーーーー


 押都は、立ち上がる。

 化生から向けられる、劣情を帯びた視線の中。自ら、帯を外す。
 するりと前をはだけさせ、そのまま着物を床へと落とす。
 身に付けているものを全て取り去った。


 鍛え抜かれた裸体を化生へ向ける。その身体には大小問わず傷が絶えない。


 押都は、自分の身体へ手を這わせる。
 化生が、その指先を目で追う。押都は嘲笑う。
 欲情した者は、隙だらけになる。それが人間だろうが。化生だろうが、同じ。

 指の背で、自らの乳首に触れる。つんと立った粒を、わずかに持ち上げる。

「触れたいか?」

 待てのできない駄犬を揶揄うように、見せつける。
 押都は、挑発的に化生を誘う。
 化生の喉がごくりと、生唾を飲んだ。

 化生が、押都に覆い被さった。
 その勢いのまま、押都は後ろへと身体を倒す。
 真白く柔らかい敷布団へ、身体が落ちていった。



 化生は、押都の唇を吸う。
 押都が少しだけ口を開けると、そこへ舌が入ってくる。

 口付けが深くなるほど、呼吸も合わなくなる。
 けれど、離れられない。それはどちらの意思だったか。
 口の中で混ざりあって、分からなくなった。
 

 胸元に口を寄せる。
 触れられた途端、わずかに押都の呼吸が乱れる。
 軽く吸って、口を離す。満足するまで、両方に口付けを繰り返していた。

 押都は、化生の好きなように吸わせてやった。
 その間に、身体に引っかかったままの着物を脱がせてやる。


 化生の背中へゆっくりと腕を回す。翼の下へ手を差し込む。
 翼の生え際辺りを、かき混ぜるようにくすぐる。

 化生はふるりと身を震わせた。

 押都の顔のすぐ横に両手を付き、腕の中へ囲い込む。かぎ爪が布に食い込んだ。
 耳元で、布が引き裂かれる音が聞こえた。

 押都は構わず、化生へ手を伸ばす。
 邪魔になった白紙を取ってやる。

「落葉…」
「押都、さま…」

 押都が名前を呼ぶ。化生は、それに答える。

 露わになった青年の顔。そのまつ毛は、涙で濡れていた。
 青年の頬をそっと撫でてやる。くすぐったそうに、目を細めた。
 その拍子に、雫がこぼれる。

 押都の指先が触れる度、青年の身体が小さく跳ねる。
 未熟な反応を隠しきれていない。
 
 押都は喉の奥で笑った。


 荒く呼吸を繰り返す。
 部屋に残ったのは、息の上がった二人だけ。

 汗ばんだ肌に、髪が張り付いて煩わしい。
 けれど、それも暫くして収まる。
 青年のものは立ち直したようで、また固さを持ち始める。
 若いなと、押都は鼻で笑う。それにまた手を伸ばした。

 お互いの身体に触れ合う。

 
 二人は、布団の上に倒れ伏す。

 色の忍務は慣れたはずなのに、と押都は思う。
 けれど、化生とまぐあうことは初めてであった。こんなものかと、独り言ちる。

 水と手拭いで身体を軽く拭いた後、押都も横になる。
 目を閉じた青年の横顔を見つめ続けた。
 押都は眠らず、夜が更けていくのをただ待っていた。



ーーーー


 同じ部屋で朝を迎える。

 白む空。霧は絶えず、辺りを漂う。
 忍びの装束に身を包み、押都は屋敷の門をくぐった。

 青年は、心細そうに押都を見る。けれど、何も言わない。
 押都は振り向いて、声をかける。

「なぜ、そんなに悲しむ?」

 押都は笑う。青年が揺れる。

「ここにいる限り、押都様は私だけのものだから」

 押都は黙る。

 忍びとして、情報を得るためには使える物は何でも使ってきた。
 己の声、知識、身体、媚び、色仕掛け、そして閨事ですら。


 風が吹き抜ける。


 押都は一歩、青年に近づく。

「ここから戻ったら、私の屋敷に来い。長屋の方ではなく」

 押都の唇が、青年の耳に触れる。それも構わず、口を動かした。

「その時は。 今度こそ、お前を抱いてやろう。 “女”にしてやる。 抱かれたくなったらそこへ来い」

 青年の身体から力が抜けそうになる。押都は腕を掴み、それを捕まえる。
 潤んだ瞳が、押都を見つめ返す。

「そこで待っていてくださいますか?」
「来たければ、来い」

 青年は、押都の胸にもたれる。胸に落ちた頭へ触れる。押都は顎を掴んで、口を吸ってやる。
 
 青年の瞳が、歪んだ。



 押都を抱えて、青年は翼を広げる。
 二人は空を飛んでいた。

 空までにも達する濃霧。
 視界の全てを包む霧の中を、青年は進む。
 押都が、瞼を再び開いた時、霧は消え去っていた。

 押都は辺りを見渡す。

 そこは見知った場所。タソガレドキにある忍里の近くであった。

 木々の開けた場所へ、青年は降り立つ。それから、押都を下ろす。
 ご自愛ください、と一言残して、青年は飛び去った。
 押都は、その後ろ姿が森の奥へ消えるのを見届ける。
 空を、見上げる。


 今は、黄昏時。
 カラスの鳴く声がする。夕日がかかり、忍里を赤く染めていた。
 とぼとぼと忍里の中を歩いていると、山本が現れた。

「押都! どこに行ってたんだ!」

 心配したんだぞ、と声を張り上げる山本。
 その声を聞いて、悟られぬようにそっと息を吐いた。

 二人の元へ、雑渡もやって来た。雑渡は、押都を見る。

「ちゃんと休めた?」
「存外楽しめましたな。 だがしかし、組頭。 後で話がある」


 雑渡は押都の言葉を聞いて、安堵の表情を見せた。
 懐を漁って、文を見せてくる。

「押都のではない書き置きが残されていたから、驚いたんだよ」

 雑渡はその文を押都へ手渡す。押都はそれへ目を通した。短く一言。


『一日休暇を頂きます』


 押都とは違うが、達筆な字がそこにあった。
 ふっと鼻で笑った押都は、懐へそれをしまう。

 話を聞いて確かめたところ。
 消息を絶った日の夕方に、押都はタソガレドキに戻ってきたらしかった。

 霧がかる屋敷で過ごしたあの数日間が、綺麗に無くなっていた。
 押都は、自分の脇腹へ手を伸ばす。癒えたはずの傷口が、また開いていた。

「それにしても」

 雑渡は、押都の装束へ手を伸ばす。
 装束についた、綿毛のように柔らかく小さな羽毛を摘み上げる。

「無事に戻って来れて良かったよ」

 押都は、黙って腕を組み、仁王立ちする。
 とりあえず、組頭の顔を撫でくり回しておく。顔に巻かれた包帯が、緩んで飛び出す。

「ああぁ~~」

 雑渡は、無抵抗にされるがままになっていた。


ーーーー


 忍里にある、押都家の屋敷。
 書斎の一室に、明かりが灯り続けている。

 
 そこで押都は一人、筆を走らせていた。開けていた襖から、風が入る。
 押都は筆を止める。

「また、あそこへ連れて行ってくれないか?」

 書斎に入ってきた梟は嬉しそうに、尾羽を振った。
 押都の元へ近づいてきて、見上げてくる。

 「ホォウ?」

 何か、勘違いしているようだ。
 押都は、文机の周りに積み重ねられた書類の束を見せる。

「あそこに居れば、事務作業を多く出来ると思ってな」

 梟は、ガクッと翼を落とした。

 押都は再び、筆を動かす。
 その後ろで、梟がひっくり返ったまま、床に転がっていた。

落葉 -梟化生と押都-

落葉 -梟化生と押都-

  • 小説
  • 短編
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2026-03-30

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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  1. 出会い
  2. 懐く
  3. 攫う